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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
15/18

毒を喰らわば皿までって言うじゃない?

第十五話です。

引き続き、バトルです。

人によっては、グロと感じるかも知れません。

 

「そうか……では死ね」



 その言葉にガッカリスが唖然としたのと。


 うなずいた川上が舌をかんだのは、ほぼ同時だった。



「ノー! バトラーっ! ダメだっ!」



 ガッカリスが叫びながら近寄る。


 そして川上の口を開かせようとした瞬間。


 その口が大きく開かれると同時に、川上は最後の力を振り絞って、ガッカリスののど笛に噛み付こうとした。



 しかし、下半身の助けがないその攻撃は、絶望的に飛距離が足りない。


 ガッカリスが川上の噛み付きをよけると、最後の賭けに敗れた執事は、舌を噛み切る。


 そしてそのまま、噛み切った舌を吐き出して沈黙した。



 先の切り取られた舌の根元が収縮し、気管をふさぐ。


 あっという間に窒息して顔が真っ赤になり、額に血管が浮かんでいるにも関わらず、川上は何の表情も浮かべないまま。


 ガッカリスを見つめ、続いてレイナスを見つめ、やがて静かに目を閉じた。



 ほどなく、その身体は動きを止め。



 川上は、死んだ。



 死んでもナイフを離さないその遺体は、彼の強烈な生き様そのままだった。



 ガッカリスは沈黙した川上を見つめて立ち尽くしている。


 向こうは殺そうとしてきたし、自分もそのつもりで戦った。


 背骨を折ったのだから、あのまま命が助かったとしても、半身不随で一生車椅子の生活になったかもしれない。


 そして、そうなったとしても自分は後悔しなかっただろう。



 命を懸けて戦うというのは、そういうことだ。



 死ねと言われて素直にうなずいて死んでいったのだから、川上を動かしていたのは恐怖や報酬ではなく、レイナスに対する忠義とかそれに類するものだったのだろう。


 だとしたら彼の言うとおりに死んでゆくことに、川上は納得しているのだろう。


 それはそれでいい。



 だが……



「なんだ、ガッカリス。君は無傷なのかい? まったく川上も存外、役に立たないな」


「その、薄汚い口を、二度と、開くな」



 ガッカリスの身体が、むくりと一回り大きくなったような錯覚に。


 レイナスは一瞬驚いて固まった。


 それから気を取り直したように、にやりとほくそ笑む。


 その顔を構成するのは確かにあどけない少年のものだったが、浮かんだ表情と鋭い目の光は、断じて子供のものではない。



「おぉ、怖い怖い。川上でさえ歯が立たなかった君とやりあうなんて、バカげてるよねぇ」


「口を開くなよ、クソチビ」


「だから僕は僕なりの方法で戦うとしよう。おっと、彼を放っておいていいのかい?」


 飛び掛ろうとしたガッカリスに嘲笑を浴びせながら、レイナスが指差す先では。


 ソフィアを探して見つけられず、肩を落として帰ってきたケンイチが、こぼれ落ちんばかりに目を見開き、虚仮こけのように口をぽかんと開けている。


 瞬時に事態を把握したガッカリスは、レイナスに向かって強烈な視線を送った。



 瞬間、ケンイチが呪縛から解かれたように崩れ落ちる。


 空気の抜けたような状態でぺたんと座り込み、無意識のうちに胸に手をやり、バクバクと鳴る心音を確認する。


 それから思い出したように、ひゅうと息を吸い込んだ。



 呼吸を忘れていたのだ。



 ガッカリスはレイナスをにらんだまま、声だけを上げる。



「ケンイチっ! 気をしっかり持て!」



 言われてケンイチは、先ほど自分を襲った心臓をわしづかみにされたかのような強烈な驚きが、冗談のように消えていることに気づき、きょとんとした表情で妖精を見ている。


 それから痛みではなく恐怖ですくみ、座ったまま両腕を抱いて震えだした。



「そうそう、ケンイチ君への精神防御を怠ると、彼がつらい思いをすることになる。彼ほど若くて健康なら死ぬことはないだろうけど、僕の能力は心臓によくないからね」


「ドッキリスの眷属か」


「ずいぶん移っちゃったせいで、能力は半減してるけどね」


「び、ビックリした……って、あれ? ボク、何にビックリしたんだろう?」



 ケンイチが首をかしげている様を視線の隅に捕らえながら、顔はレイナスに向けたまま、ガッカリスは歯噛みする。


 コレでは人質をとられたも同然だ。


 妖精の能力は見えている範囲にしか効かないから、ケンイチをレイナスの目の届かないところまで逃がす必要がある。



「ケンイ……シット!」



 ぱんっ!


 ケンイチをレイナスの精神攻撃から守るために意識を向けると、レイナスのムチが飛んでくる。


 高い破裂音は、ムチの先が音速を超えた証拠だ。


 ムチ先を音速で操るなら、レイナスは一流のムチ使いである。


 ガッカリスの肉体を破壊することも可能だろうし、そのまま痛みで戦闘不能になる可能性もある。


 かと言って意識をレイナスにむければ、ケンイチが攻撃される。



「ケンイチ、逃げろ!」



ビシュッ!



 ケンイチに声をかける隙を狙って、ムチがガッカリスの腕の肉を切り裂いた。


 皮膚が裂けて真っ赤な血しぶきが飛ぶ。


 ここでようやくケンイチは、自分がガッカリスの『かせ』になっていることに気づいた。


 あわてて立ち上がると、玄関に向かって走り出した。



 同時にレイナスが叫ぶ。



「高柳っ!」



 玄関先には、いつの間にか高柳が、大きな荷物を抱えて立っていた。


 それを見て取ったケンイチは、高柳の横を駆け抜けようとして、思わず足を止める。


 ガッカリスが「ケンイチ! 逃げろと言ってるんだ!」と叫んでも、動こうとしない。



 いや、動けないのだ。



 ケンイチは驚愕に目を見開き、ガッカリスはレイナスの攻撃がケンイチを襲ったのかと冷や汗を流す。


 しかし、レイナスの攻撃は今、自分が確実に防いでいる。


 ならばケンイチはどうして……いぶかしみながら視線をケンイチの見ている方へ移し。



 次の瞬間、ガッカリスの全身の毛が逆立った。



「ソフィアガールっ!」



 高柳が抱えていたのは、血だらけの少女だった。


 呼ばれて顔を上げたところから、とりあえず死んではいないことだけを確認したガッカリスは、獣のように吠えて高柳に襲い掛かる。


 高柳がひっと息を呑んであとずさるのと、ケンイチが声にならない悲鳴をあげて硬直するのは同時だった。



「ノー! ケンイチ!」



 ガッカリスがあわててレイナスの攻撃を防ぐ。


 とたんにケンイチは崩れ落ち、胸を押さえて息を荒げた。


 両手をついてひざまずきながら、それでも高柳をにらみ上げる。


 いや、その目は高柳ではなく、荷物のように縛り上げられ、血だらけでうなだれるソフィアを凝視していた。



 ケンイチの全身にも、怒りが充満してゆく。



「なんてことをっ!」



 叫びながら高柳に飛び掛った。


 ソフィアの身体を確保しようとしたその試みは、しかし、ただの秘書ではない高柳によって簡単に阻まれる。


 高柳はスナップを聞かせた裏拳でケンイチを叩き落すと、肩をすくめて凄惨な笑みを浮かべた。



「ここまでやるのはさすがに気持ちよくないんだけどね。毒を喰らわば皿までって言うじゃない?」



 言いながら、整った長い足でケンイチを蹴る。


 ケンイチは蹴られる痛みや、いつ襲ってくるかもしれない『驚愕』を恐れながら、それでも勇気を振り絞って立ち上がる。


 ガッカリスが動けないのは自分のせいだ。


 ならば逃げてる場合じゃない。


 自分がソフィアを助けなくては。



 ガッカリスにとっては、ケンイチがレイナスの見えないところへ行ってくれるのが一番助かるのだが、ケンイチにそんな予備知識はない。


 ガッカリスへの負い目と、高柳に対する怒りで、気が狂いそうになる。


 ケンイチはソフィアのケガを、高柳のせいだと思っているのだ。



 何も出来ない無力感と、何かをせねばと言う責任感。


 色んな感情が入り混じって、ケンイチは痛みを忘れた。


 高柳の蹴りから転がって逃れると、むっくりと立ち上がる。



「この代償は高くつくぞ、レディ」




 

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