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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
14/18

ユーはもう戦えない

第十四話です。

バトルシーンがあるので、登録必須キーワードに「残酷な描写あり」を加えました。

R15指定は……要りませんよね、この話?

 

じりじりじりじりじりじりっ!


 ソフィアが逃げ出した晩に鳴り響いたのと同じ警報が、屋敷中に響きわたる。



「ふん、あのデカブツが騒ぎ出したか?」



 嘲笑を浮かべたレイナスは、顔に飛び散った血液をぬぐうと、足元に転がるものを見た。


 レイナスの足の下には全裸で縛られた少女が、芋虫のように転がされている。


 はぁはぁと波打つ小さな胸が、彼女がかろうじて生きていることを示していたが、その全身は血に染まっていた。



 レイナスは裸にして縛り上げたソフィアを、折檻せっかんと称してムチで叩いたのだ。


 それも、皮膚が破れて血が飛び散るほどに。


 叩かれるたびに悲鳴を上げながら、それでもソフィアは歯を食いしばって痛みに耐えた。



 今までは次々と姿を見せなくなる友人たち(物心ついたときからこの屋敷で育てられたソフィアには、一緒に養子にされた数人しか、友達と呼べる者はいなかった)の末路に悲しみつつ、次は自分だと言う恐怖に、ただ、震えていた。


 毎日毎日、バランスの取れた栄養のある食事を取らされ、湯浴みをし、運動して、眠る。


 レイナスの求める美しい『洋服』になるためだけの単調な生活(レイナスは彼女たちの心を殺すために、その事実をあえて本人たちに告げていた)の中で、だんだん何も感じなくなる。


 ゆっくりと 心が死んでゆくのを自覚しながら、ただ生きて、いや、生かされていた日々。



 何とか逃げ出したはいいものの、どうやって生きてゆけば良いかさえわからず、すべてに絶望していたあの日。


 冷たい川に入れば死ねると思い、ゆっくりと川に入りながら、それでも泣くことさえ出来なかったあの瞬間。


 彼女の生まれてはじめての『希望』が、そこに立っていた。



 巨大な筋肉と、輝くような生気をまとった妖精は、彼女のたった一つの希望になった。



 妖精は話をしてくれた。


 妖精は生きろと言ってくれた。


 妖精は信じろと言ってくれた。



 今なら、耐えられる。


 どんなに痛くても、どんなに苦しくても、きっと耐えられる。


 単調な生活の中でただ絶望だけを抱きしめて、死ぬために生かされていた今までとは違う。



 妖精はきっと来てくれる。妖精は必ず助けてくれる。


 この希望さえあれば、何だって出来る。


 裸で縛られて血だらけになりながら、それでもソフィアの瞳には光があった。



 レイナスがもう一度ムチを振り上げ、ソフィアがぐっと奥歯をかんだ時。


 ドンドンと扉が乱暴に叩かれた。



「なんだ?」



 と答えたレイナスの声に、扉の向こうから悲鳴に近い声が聞こえてくる。


 声はメイドではなく、高柳のものだった。


 女は震える声で扉の向こうから報告する。



「レイナス様、妖精が座敷牢を破壊して、屋敷の中で暴れています」



 ふんと鼻を鳴らしたレイナスは、扉を開けた。


 あわてた高柳が飛び込んでくる。


 憔悴しきったその姿へ興味なさそうに一瞥をくれ、少年の姿をした化け物は



「代わりにソフィアを見張っていなさい」



 とだけ告げると、まるで何事もなかったかのようにゆっくりと歩き出した。


 言われて床に転がる血だらけのソフィアを見た女は、そのあまりの凄惨さに思わず息を呑む。




 一方、座敷牢へ向かったレイナスは、広い玄関ホールで暴れている妖精の姿を見つける。


 酷薄な笑みを浮かべると、そちらへ向かって近づいてゆく。


 三階まで吹き抜けになったホールの階段では、ガッカリスと川上の戦いがすでに始まっていた。



 ケンイチはどこに行ったのか、姿が見えない。



 レイナスはホールの中央に腰を下ろすと、無邪気とさえ言えそうな表情で叫んだ。




「川上、痛めつけるのは良いが、壊すなよ? そいつには働いてもらわなくちゃならない」


「承りました」



 階段の上で数段下のガッカリスをにらみながら、川上は小さくうなずいて答えた。


 初老に見えた執事は英国風のスーツをガッカリスに破り裂かれ、その顔の下についているとは思えない、鍛え抜かれた強靭な身体をさらけ出している。


 ガッカリスのほどのボリュームはないが、その分速度があり、ふたりの力は今のところ拮抗している。



「バトラー! ユー、痛みを『抜かれた』な? ロボトミーか」



 ガッカリスが叫ぶ。するとホール中央に座ったレイナスがうなづく。



「そういうこと。川上の仕事に痛みは要らないからね。痛みを感じないからどんなトレーニングにも耐えられるし、その鍛えた能力を極限まで使うことが出来る。止めるには、完全に破壊するしかない」



 銀髪の少年(に見えるもの)は、ニヤニヤしながら言った。



「痛みというリミッターをはずした人間の能力は、なかなか侮れないよ?」


「そんな身体にされて、なぜあんなクズに忠義立てする?」



 ガッカリスの問いに川上は言葉ではなく、強烈な蹴りで応えた。


 鍛えぬいた身体から繰り出される、自分の身体をものともせずに、持てる力を潜在能力まで100%解放された蹴り。


 それが、当たればガッカリスの太い首さえへし折るだろう勢いで、風をまいて襲い掛かってくる。


 間一髪それをかわしたガッカリスは、そのまま川上へ向かって飛んだ。



 接触と同時に川上の胴を抱え、そのままもう一度、今度は階段の下へ飛ぶ。胴体をガッチリと締め付けたまま、ふたりはもんどりうって階段を転げ落ちた。


 ガッカリスはそのあいだも川上の胴を締め上げ、川上は自由になる肘や膝で攻撃する。



 だが、腰や身体のねじりを使えない手や足だけでの攻撃では、ガッカリスの筋肉のよろいを破ることは出来ない。



 痛みを感じない川上は冷静に攻撃を加え続け。


 やがて目の前の筋肉の塊には打撃が効かないと判ると、隠し持っていたナイフをしっかりと握って刺そうとする。


 ガッカリスは渾身の力で締め上げる。


 が、首ならともかく胴をいくら絞めても、痛みや苦しみを感じない川上に効果があるとは思えない。


 しかしナイフの刃が、ガッカリスの身体に突き刺さる寸前。



ごぐん。



 鈍い音がして、一瞬、川上は動きを止めた。


 ニヤニヤと薄笑いを浮かべて見ていたレイナスは、しかし、その音がした瞬間、表情を硬くした。


 我知らず、怒りにぎりりと歯を食いしばる。



 ぬうっと立ち上がったガッカリスの足元で、川上はもがいていた。背骨を折られて脳からの命令を受け付けなくなった下半身を引きずり、何とか上半身だけで動こうとする。


 ガッカリスは無表情、いや、わずかに苦しげな表情で、川上を蹴ってうつむけにさせると、右腕をつかんで肩の関節をはずした。それから左腕もはずす。



 関節の外れる音とともに自由に動かせなくなった自分の腕を、不思議そうに見つめる川上。


 それでも握ったナイフを離さない姿に、ガッカリスは恐怖や怒りよりも、畏敬の念さえ感じた。


 何とか立ち上がろうともがいている川上に、ガッカリスは優しいとさえ思える声でささやく。



「ジ・エンドだよ、バトラー。ユーはもう戦えない」



 射殺すような視線でガッカリスをにらみつけた川上は、諦めずに立ち上がろうとする。


 その努力はむなしいのだが、しかし、その姿には何やら神々しささえ感じられた。


 少なくともガッカリスには感じられた。



 本人が言っていたように、ガッカリスはこの男がそれほど嫌いではないのだ。



「川上、ユーのファイティングスピリッツには敬意を表する。だが、ユーの身体はもう、絶対に戦えない。両腕が使えず、下半身も動かないのだから。ユーなら首から上だけでも戦いそうだが、俺はもうユーには近づかないし、ユーは歩けも這えもしない」



 やさしく諭すように、ガッカリスは話しかけた。


 すると、レイナスが川上に向かって叫ぶ。



「川上っ!」



 川上は自由になる首を動かして、あるじを見た。


 その表情には、悔しさや情けなさ、申し訳なさが浮かんでいる。


 主のために働くことの出来ない無念と、役立てない申し訳なさで、川上は歯噛みしていた。



 少年にしか見えない男は、そんな川上に冷ややかな声で言った。



「動けないのか? もう戦えないのか?」


「申し訳ございません」


「そうか……では死ね」



 

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