ここからは俺のターンだ
第十三話です。
たぶん、十八話くらいで二章の完結です。
ガッカリスはものすごく不愉快な顔で、ゆっくりとうなずいた。
同時にケンイチは、なぜガッカリスがアレほど怒り、ケンカ腰で突っかかっていったのか、その理由を嫌と言うほど理解した。
高柳や川上の身体に染み付いたレイナスの不快なにおいと、そいつが孤児を養子にしていると言う事実から、ガッカリスはすぐこの事に思い当たったのだろう。
むしろ、よく怒り狂わなかったものだ。
ものすごい不快感と嫌悪感に襲われながら、ケンイチは立ち上がった。
「だとしたら、のんきに監禁されてる場合じゃない。ソフィアちゃんを取り戻して、レイナスを妖精郷へ送り返さなくちゃ。野放しにしてたら、何人の子供が犠牲になるか。そんなことをして警察に捕まっていないんだから、きっと上手く網の目をくぐってるんだろう」
「ザッツライ。そしてケンイチ、俺たちがそれを知ってることを、ヤツも知っている」
「そうなのか? でも、だったらすぐに殺されてもおかしくないじゃないか」
「そうは行かないのさ。第一に、準備を整えて計画を立ててから殺した方が発覚しづらい。第二に、ケンイチを生かしておけば、俺に対する人質に使える。第三に、これが一番の要因なんだが……」
ガッカリスは心底イヤそうに、顔をゆがませる。
「あの銀髪はどうしても俺が欲しいんだ。何とか懐柔して、仲間にしたいんだよ」
「なんでガッカリスなんか?」
「ヘイ、ケンイチ! ユーほど失礼なヤツは見たことがないな。言っておくが、ガッカリスの眷族は『移り』をやりたいやつにとって、宝石の山より貴重なんだぞ?」
「何言ってんだこいつ?」
「目をつけた人間に『移る』なら、手っ取り早いのは、その人間を殺すことだ。人間の自我が、幽体の定着を妨げるからな。だが、俺たちガッカリスの眷族がいれば話は変わってくる」
「どういうこと?」
「ユーも見たことがあるだろう。俺の力なら、人間を生かしたまま殺すことが出来る。廃人にして自我を崩壊させることが出来るんだ」
ちょっとドヤ顔になってるガッカリスがウザい。
「そして『移り』をするとき、もっとも都合が良いのは自我の崩壊した人間だ。相性にも寄るだろうが、五年以上同じ肉体でいることも可能だからな。だがそういう人間は、たいてい監視がついてたり施設に入ってる場合が多い」
「だろうね。それで一年ごとに肉体を移る煩雑さに耐えるわけか」
「その上あの変態は、美しい身体じゃなくちゃ嫌だなんて抜かしてる。そんな都合の良い死体や廃人なんて、そう簡単に見つかるもんじゃない。だから精神の固定が弱い子供を、殺すなり廃人にして『移る』んだろう」
ケンイチは真っ青な顔をしかめる。
「今まではそうやって、数年ごとに肉体を『着替えて』きたはずだ」
「それこそ、少年でも少女でも良いってことか」
「イエス。ソフィアガールもヤツにとっては、そんな『洋服』のひとつだったんだ。だから丹念に、好みの身体に仕上げていたと言うわけさ」
レイナスが五年間、毎日、風呂でソフィアを磨いてきた理由である。
「しかし、ここで大きく話が変わってきた。そんなメンドウをしなくても、これと決めた好みの身体を一瞬で廃人に出来る、まさにヤツがもっとも欲しかった能力を持った妖精が、のこのこやってきたんだ」
ガッカリスは忌々しげに歯軋りした。
「肉体を長く持たせられるだけじゃない。必要な人間に乗り移って、その人間の持つものをすべてそっくりいただくことが出来るんだ。環境も、収入も、地位も、名誉も、そっくりそのまま」
「あ……なるほど、そういうことになるのか」
「ヤツには俺が、世界中のどんな美女よりも『美しく』見えるだろうよ」
「筋肉は嫌いだって言ってたけどね」
「当然だ。筋肉を大切にする者に、悪いやつはいない。本当の悪人って言うのは、たいがい、筋肉を馬鹿にした頭でっかちと相場が決まってるからな」
それも極端な話だが、今はそれどころじゃない。
ケンイチは底知れぬ戦慄を覚えながら、今度こそ本当の本気、死に物狂いでここから出ることを考えなくてはならないと、決意を新たにした。
周到に作戦を練り、冷静にそれを実行しなくては、そんな化け物を出し抜くことは出来ない。
「とりあえず鎖を切って、あとは出たとこ勝負だな」
正反対の事を言い出したガッカリスに、ケンイチは思わずがっくりと肩を落とす。
「ケンイチ、確かにここでガッカリをくれるのはありがたいが、そんなに無理しなくていいぞ?」
「別におまえのためにガッカリしたわけじゃないよ。おまえのせいでガッカリしたんだ」
わかってるのかわかってないのか、ガッカリスはにやりと笑って親指を立てた。
もう一度肩を落としたケンイチは、それでも気力を振り絞って作戦を考える。
だが、一介の大学生であるケンイチが、いくら冷静になろうが脳みそを絞ろうが、そう簡単に良いアイディアが出てくるはすもない。
今まで見た映画をいろいろと思い出し、そこから、なにかしら応用しようと考えるのが関の山だ。
どうしたらいい? 何が出来る?
必死になって考えていると、真横でふいにガヂン! と金属音がする。
なんだとそちらを見てみれば、ガッカリスが鎖を引きちぎったところだった。
「タイムアップだ、ケンイチ。俺を手に入れれば、ヤツにソフィアガールは必要なくなる。だが、俺やおまえに対しての人質にはなると考えてるだろう。そのあいだはガールの命は心配ないが、だからと言って奴が今までのように彼女を大切に扱うかは疑問だ。時間がないぞ」
獰猛な笑みを浮かべたガッカリスは、ケンイチに近づくと彼の鎖も引きちぎる。
「どうやらグッドプランは思いつかなかったようだな?」
ケンイチはしょんぼりとうなずく。
そのガッカリを吸ってパワーアップした妖精は、もう一度、歯をむき出して笑った。
獰猛な肉食獣が笑うとしたら、こんな風だろう。
ケンイチはガッカリスの、怒りにはちきれんばかりの恐ろしい笑いを見ながら、そんなことを考えていた。
「オゥケイ、ならばここからは俺のターンだ」
言い放ったガッカリスは、分厚い胸板を膨らませて大きく息を吸い込むと、のそりと座敷牢の出入り口に向かって歩いてゆく。
ケンイチは緊張した面持ちで、その後ろ姿を見つめる。
やがてドアの前に立った妖精は、吸い込んだ空気を思いっきり吐き出しながら叫んだ。
「イッツ、ショウタイム!」
丸太のような脚が、座敷牢のドアを蹴破った。




