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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
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掛け値なしの変態だな

第十一話です。

 

 少年の顔には決してそぐわない、恐ろしく老獪な粘液質の微笑を浮かべたまま。


 レイナスは高柳に向かって満足げにうなずく。



「高柳、よくやってくれました」


「は?」


「偶然とは言え、あなたは最高の仕事をしました」


「あ、ありがとうございます」



 何のことだかわからないと言った調子で礼を述べた高柳にはもはや目もくれず、レイナスは舌なめずりでもしそうな勢いで、ガッカリスをじっくりと見つめる。


 もちろん、見られている方は限りない不愉快さを隠そうともしない。



「ソフィアはつれてゆく。こんな変態の屋敷には置いておけない」


「人の家に上がりこむなり、ずいぶんとまぁ、勝手なことを言う妖精さんだねぇ」



 表面だけ見れば、ガッカリスを怖がりながらも虚勢を張っている少年だ。


 しかし、彼は断じてそんなわかりやすい生き物ではなかった。


 声に含まれた『怖い』ものを感じて、ソフィアがひっと悲鳴を飲み込みながら、ガッカリスにいっそう強くしがみつく。


 その髪を優しくなでながら、妖精はケンイチを振り向く。


 そして野生の獣のように獰猛どうもうな表情で歯をむき出し、しかし薄気味悪いほど穏やかに言った。



「ケンイチ、俺がさっき、この女やバトラーのことを『臭い』って言ったの、覚えてるか?」



ケンイチは状況を飲み込めないまま、ぶんぶんとうなずいた。



「失礼な妖精ね。あたしの香りに参らない男なんていないって言うのに」


「レイディ、においはユーのせいじゃないから、ユーを非難してるわけじゃない。ただ、この銀髪のクズのそばに長く居すぎただけさ」



 ガッカリスは肩をすくめて薄く笑う。



「そっちの物騒なバトラーだって、俺は言うほど嫌いじゃない。イライラしてたのは、ユーたちにこのクソボーイの臭いがついていたからなんだ。だが、今ならもう気にならない」



 それからレイナスをにらみつけ、指さして叫ぶ。



「ユーたちの臭いなんて、生ごみの悪臭の前では存在しないに等しいからな!」


「コレはまた、初対面なのに、ずいぶんと嫌われたものだ」


「シルバーヘッド、俺が気づいてないとでも思っているのか?」


「さすがにイキナリこれだけ嫌われてて、そこまで厚かましくないよ、僕は」



 レイナスの言葉に、ガッカリスは女と執事へ視線を向けつつたずねる。



「それじゃぁ聞くが、彼らはわかってて協力してるのか?」


「すべてを、ではないけれどね」


「なら、同罪か」


「ねぇ、妖精」


「ユーにそんな風に呼ばれる筋合いはゼロだ、クソボーイ」


「その呼び方もずいぶん無粋だと思うけど? 僕にはレイナスと言う名前があるんだ」


「その名が本当じゃないことは、よくわかってる」


「僕はねぇ、ガッカリス。美しいものが好きなんだよ」


「俺もだ。だからユーの前にいるだけで、生理的な嫌悪が抑えきれない」


「僕もだよ。その醜くいびつに膨れ上がった筋肉には、我慢ならない」



 静かに。低く。淡々と。


 ふたりのあいだで交わされる会話を聞きながら、周りの人間たちは固唾かたずを呑んでいた。


 初めて会った人間にここまで突っかかり、しかもいつもの皮肉な調子ではなく、明らかに爆発寸前のガッカリスにケンイチは驚いている。


 いつも不敵な笑みを絶やさずに、どんな大物でも簡単にあしらっていたレイナスが、ここまで真剣な表情をしているのを、高柳と川上は初めて見た。



「でもねぇ、ガッカリス。僕は君となら仲良くなれそうな気がするんだけどな」


「俺は1ミリグラムたりとも、そんな薄気味悪いことは思わないけどな」


「ふふふ、まあいいさ。僕は君と争う気はない。仲良くやりたいと思っているってのは掛け値なし、本当のことさ。君ならよくわかっていると思うけどね」



 レイナスはガッカリスから視線をそらさず、言葉をつむぐ。



「そして、僕が、そのためにならどんな犠牲も厭わない事も。さて、高柳、川上。皆さんを応接室にご案内しなさい」



 レイナスの言葉と同時に、川上の身体が跳ねた。


 初老のような見た目からは考えられない俊敏な動きは、しかし、クルマの中で経験していたガッカリスを驚かすまでには至らない。


 地を這うような姿勢で見えない下から突き出されたナイフを、妖精は余裕を持ってさける。



「ガッカリス! ガッカリ攻撃だ!」



 ケンイチは思わず叫んだ。


 落胆をつかさどる妖精ガッカリスは、かつてケンイチの前で三人のチンピラを精神攻撃によって廃人寸前まで追い込んだことがある。


 本来なら刑事処分の対象だが、この時はケンイチに対する正当防衛(妖精自身には、正当防衛は適用されない)と言うことで事なきを得ている。


 しかも今回、戦ってる相手はひとりだ。


 容易に片がつくとケンイチが考えても無理ない。



 しかしガッカリスはその言葉が聞こえないかのように、あくまで肉体攻撃だけで戦っている。


 ひゅんと風を切って飛んでくるナイフ、拳、蹴りをかわしながら、こちらも丸太のような腕を振り回し、ケンイチの胴体より太い足で蹴りを繰り出す。


 れたケンイチがもう一度叫ぼうとしたとき。


 間合いを取っていったん離れたガッカリスが、顔を川上に向けたまま叫んだ。



「ケンイチ! 変な名前をつけるなっ!」



 どうやら『ガッカリ攻撃』と言う名が、気に入らなかったようだ。



「こいつらは訓練を受けている。いや、そこの銀髪ヤロウに毎日心を読まれているせいで、嫌でも精神をコントロールすべを覚えたんだろう。どっちにしてもこいつらには、精神攻撃の効果が薄いのさ。その上、当のシルバーヘッドまで邪魔をしやがる、シット!」



 しゃべってるところに火がつきそうな鋭い蹴りで攻撃されて、ガッカリスは大きくよけた。



「高柳」



 レイナスが冷ややかに言った瞬間。


 女は身を翻してケンイチとソフィアの頭を抱き寄せる。ヘッドロックのような形で大きな胸を頬に押し当てられ、こんな場合だと言うのにケンイチは真っ赤になった。


 ソフィアは高柳に触られると、「ひぃ」と悲鳴を上げてすくんでしまう。



 ガッカリスは、チッと舌打ちしてから、肩をすくめて両手を挙げ、降参の合図をした。



 この手を使われればどうしようもないことは、最初からわかっていたのだ。


 戦いが始まった瞬間にケンイチがソフィアを抱えて逃げ出そうとしてもムダだっただろう。


 それくらい、高柳の動きには隙がなく、しかもすばやかった。



 ガッカリスは手を上げたまま、レイナスをにらみつけている。


 そこへ川上が近寄ってくると、あっという間にガッカリスを後ろ手にして手錠をはめた。



「こんな道具まで持ってるのか、銀髪。ユーは掛け値なしの変態だな」



 言い終わるか終わらぬうちに、ガッカリスのわき腹へ恐ろしいイキオイで拳が叩き込まれた。


 ぐっとこらえて悲鳴を飲み込むと、筋肉妖精は顔をめぐらせて川上をにらみつけながら、不敵な表情を作ってつぶやく。



「手錠してからじゃないと、怖くて俺を殴れないのか、チキン?」



ぼすっ!



 もう一度、鈍い音がして、反対側のわき腹に拳を叩き込まれた。


 それから手錠を掴まれて、後ろ向きに歩かされながら、ガッカリスとケンイチは『応接室』と言うの名の座敷牢ざしきろうへ連れて行かれた。


 ガッカリスは、絶望的な表情をしているソフィアに向かって、ぱちんと片目をつむると。



「ソフィアガール、心配は要らない。ユーの心を信じろ。そして俺とケンイチを信じろ」



 ソフィアはもちろん、この状況が理解できないほど愚かではない。


 だが、それでも唇をかみ締めて、力強くうなずいた。


 濡れたような漆黒の瞳には、今までにない強い力が燃えていた。



 その姿を見てガッカリスは、捕らえられているとは思えないほど、底抜けに明るい笑顔でうなずいた。



「ファンタスティック! やっぱりユーはパーフェクトだ!」



 

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