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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
10/18

風邪をひいたりしなかったかい?

第十話です。


 

「あははははっ! もうだめ、我慢できない」



 イキナリ雰囲気の変わった女―――高柳の様子を。


 ケンイチは唖然あぜんと、ソフィアはおびえながら。


 そしてガッカリスと執事の川上は、苦々(にがにが)しい表情で見ていた。



 高柳は笑いながらシャツのボタンをひとつ外し、前をはだける。


 思った以上に豊かな双丘が、ぷるんと半分ほど顔を出す。


 ケンイチは真っ赤になって目をそらした。



「やるじゃない、ケンイチ君。軟弱な男の子かと思ってたけど、川上をやり込めるなんてなかなか大したもんよ」



 高柳は楽しそうな笑みを浮かべたまま、つやっぽい眼差しでケンイチを見る。



「お詫びに、素で話してあげる。川上も猫かぶるのやめたみたいだし」



急にはすな雰囲気になったが、しかし、高柳という女にはよく似合っていた。



「それにしても、あんたたち、本当におせっかいね? 黙ってソフィアを返していれば、めんどくさい話にならなくて済んだのに」


「ボクも本当はそうしたかったんですけどね」


「ノウ! 情けないことを言うな、ケンイチ!」



 ガッカリスはそう言いながら、優しくソフィアの頭をなでる。


 すっかりなついているソフィアは、執事と女に恐怖と敵意の混じった視線を向けながら、彼の軍用パンツにしがみついて黙って唇をかんでいた。


 妖精はその状態で、女に向かってにやりと片頬をあげてみせる。



「猫をかぶってたってお見通しだ。ユーたちの心は見づらい。それは心をコントロールできることを意味するが、そのコントロールっぷりが普通の範囲じゃない。特殊な訓練でも受けない限り、ここまで自由に心をコントロールできるもんじゃないからな」


「残念でした。そんな特殊部隊みたいな怪しいものじゃないよ。さっき言った通り私はレイナス様の秘書だし、川上は荒事も担当するけど基本的には執事。妖精さん、あなたがどう思ってたって構わないけど、これは本当のこと」



 ガッカリスはフンと鼻を鳴らして薄く笑うと、わざと大きな声で話し出した。



「とにかくまぁ、これでソフィアガールがおびえてる理由がわかってきたようだ」


「そう?」


「こんな物騒な連中の飼い主だ。ロクなもんじゃない。間違いなく頭のおかしい変態……」



びゅっ!



「ちょっと川上っ!」



 高柳が叫んだときにはすでに、川上の投げた二本目のナイフが、ガッカリスの首筋を襲っている。


 その切っ先を事もなげにかわしたガッカリスは、向かい合ったシートの背、高柳の座っているすぐ横を力任せに蹴飛ばす。


 ボコっと鈍い音がして、川上はシートの背ごと蹴り飛ばされていた。



 転がった川上は瞬時に体勢を立て直し、攻撃態勢に入る。


 高柳は腰を浮かせてシートと運命を共にするのを避けていた。


 そして運転手はバックミラーでその様子を見ながらも、無表情で淡々とクルマを走らせた。


 この状況に眉一つ動かさないのだから、この運転手も尋常ではない。



「危ないから、こんな狭いところで暴れないの! ほら、お屋敷よ」



 状況からすればありえないほど呑気な声で、高柳がふたりをたしなめる。


 その言葉にケンイチが前を見ると、クルマはちょうど巨大な門をくぐり抜けるところだった。


 門の両側には3メータはある高い壁がずーっと続いている。



(こりゃ、入っちゃまずいだろう)



 ケンイチはガッカリスをつついた。



「おい、ガッカリス!」


「大丈夫だよ、ケンイチ。この物騒なバトラーは、しかるべき時が来れば俺がぶっ飛ばす。それに、ここで逃げ出すんじゃ、何のためにこんなところまで来たんだか判らないじゃないか」



 言ってることは確かにもっともなのだが、もはやケンイチにはこれが現実のこととは思えない。


 ほんの三十分前まで、父とサッパリスを失った悲しみ暮れながら、土手を歩いていた。


 なのに、気づけば黒塗りの高級車で、どう見てもまともじゃない大きな屋敷へ連れ込まれている。


 しかも道案内は、怪しげな女と物騒ぶっそうな初老の男だ。



(冷静に考えて、今すぐこの場から逃げ出すべきなんだろうなぁ)



 ケンイチのそんな思いをよそに。


 クルマは門をくぐって、悠然と屋敷の中に入っていった。


 


 ステンドグラスのはまった、巨大な玄関の扉を開いたとたん。



「やぁ、いらっしゃい」



 目の前には少年が立っていた。


 その少年が微笑みながら挨拶する姿を見て。


 ケンイチは、おもわず固まってしまう。



 多めに見積みつもっても自分より10センチは背の低い、少年にか見えない眼前の人物に、しかし、ケンイチは気圧けおされていた。


 十代(なか)ばにしか見えない幼さの残る顔立ちと、凄みを感じさせる瞳が、恐ろしくバランスを欠いている。


 たっぷり5秒ほどたってからようやく。



「こ、こんにちは」



 ケンイチは、しどろもどろで挨拶した。


 ガッカリスは仁王立ちで腕を組んでいる。


 その後ろに隠れたソフィアに向かって。



 少年―――レイナスは声をかけた。



「ソフィア、川に入ったそうじゃないか。風邪をひいたりしなかったかい?」



 つやのある優しい声だったにもかかわらず、そして、美しい顔には穏やかな微笑がたたえられていたにもかかわらず。


 ソフィアは身を硬くし、ガッカリスにしがみつく。


 それに気分を害した風もなく、レイナスは視線を部下へ移した。


 高柳と名乗った女は、最初のキリっとしたイメージを完全に捨てて、面白がっているような表情でレイナスを見返している。


 執事の川上は、ガッカリスに食って掛かったのがまるで嘘のように表情を消して、主人の前に控えている。


 従僕じゅうぼく二人を均等に見てから、レイナスは口を開いた。



「それで、コレはいったいどういうことなのか説明してくれるかな?」



 姿だけ見れば、生意気な中学生にしか見えない。


 だが執事の川上は、まるで歳とったあるじに接するかのように、緊張と尊敬の表情で少年に相対あいたいしている。


 高柳はもう少し砕けた感じだったが、それでも子供を見る目つきではなく、理解のある上司に対するような物腰だ。



「どういうことも何も『こんなにおびえているのに返すわけにはいかない。どうでも事情を聞かない限りは、ソフィアを返さない』って言うんですもの」


「ふむ」


「力ずくで取り返すにはこの妖精さん、ちょっと厄介そうだったし、騒ぎを起こすのもアレでしょう? で、メンドウだからあなたに判断してもらおうとして、つれて帰ってきたの」



 高柳がニヤニヤしたまま答えると、川上は一瞬むっとした顔をしたが、主人の前をはばかったのか、何も言わずに黙っていた。


 レイナスはふうとため息を吐いて肩をすくめると、ケンイチ、ガッカリス、ソフィアの三人を見た。


 そのしぐさだけ見れば、まるで思春期の少年のようだ。


 それから、困ったような表情で、ケンイチに話しかける。



「それで、どうしたら納得してもらえるのかな、えぇと、ケンイチ君」


「納得? 何の冗談だ? 俺が納得したのは、ソフィアをここにおいては置けないってことだけだぞ、クレイジーキッド。俺たち三人をここからおとなしく解放するなら、騒がずに黙って、お前らには二度と関わらないでいてやるよ、シルバーヘッド」



 代わりに答えたガッカリスのあまりの言いように、ケンイチは思わず息を呑んだ。


 当然、川上はその瞬間にガッカリスへ向かって襲い掛かろうとしたが、彼の腕が妖精に触れる前に、レイナスの澄んだ声が川上の動きを制止する。



「川上、やめなさい」



 驚いたことに、執事は一瞬で殺気を消し、今までと同じく静かに立つ。



「さすがに、飼い犬のしつけはカンペキだな」



 ガッカリスが皮肉な笑いを浮かべると、銀髪の美少年は優しい微笑のまま、まるで中世の貴族のように大仰な仕草しぐさで頭を下げて見せた。


 また、そんな仕草がぴたりとハマっている。


 それから頭を上げてもう一度、暴言を吐いた妖精をしっかり見つめたレイナスは、ふと、小首をかしげた。


 怪訝けげんな表情で、そのまま長いことガッカリスを見つめている。


 が、やがて何かに気付いたような顔をし。


 ニヤリと嫌らしく笑った。



 

 

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