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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第一章
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成人の儀

 


「やあ、ケンイチ! 久しぶり。卒業して以来だな」



 言われて振り向いたケンイチは、そのまま固まってしまった。声をかけてきた男のかたわらに、可愛い女の子の姿があったからだ。


 妖精のようにはかなげなその少女は、男の斜めうしろへ控えめに立っている。淡い栗色のロングヘアーが、風に揺られて踊っている。


 可憐かれんなその姿が、ケンイチに与える衝撃。


 それを充分に予測していたのだろう。


 男は上気した顔をほころばせ、弾んだ声で言った。



「昨日、妖精ようせいだったんだ」



 ケンイチは、それを聞いて絶句する。


 ということは、隣にいる女の子は……


 妖精のような、ではなく……


 まさに「本物の妖精」だと言うわけか。


 つまりこの、名前も忘れかけてた同級生は、「若くてきれいな女の子の妖精」と言う、とてつもないラッキーを引き当てたのである。


 そりゃあ舞い上がってしまうだろうし、さほど親しくもなかったケンイチに、わざわざ声をかけて自慢したくもなるだろう。


 とは言え、自慢される方は面白くない。


 ケンイチは相手に気づかれないよう、小さくため息をついた。




 父親の妖精は、小さな男の子。


 母親の妖精は、おじいさん。


 ケンイチ自身は、まだ成人前の19歳。


 つまり、ケンイチの家には「女の子の妖精」がいない。なので、「女の子の妖精と暮らす」と言うことが、理解はできても実感できない。


 思春期の男子としては、いずれ成人したのち自分にくだろう妖精に対して、「色々と期待」してしまうのは仕方ないだろう。



 期待と言うか妄想だ。



 もちろんケンイチも、若い男子特有の「性欲に由来する強力な妄想力」をフル稼働し、都合のいい物語を脳内で量産しまくっていた。


 実際にそんなうまい話はない、それを充分わかった上で。


 ところが目の前に、その妄想が、そのまま現実になったヤツが現れたのだ。


 面白くないと言うか、ぶん殴りたい。


 そんな思いを押さえつけ、努めて平静を装ったまま、ケンイチは肩をすくめる。



「そうか。すごい美人じゃないか。よかったな?」



 平常心を保って言ったつもりだったが、最後の方はわずかに悔しさが混じってしまったか。


 男の喜びっぷりとドヤ顔にケンイチは、側へ立つ彼女が「何の妖精なのか」を聞きたくない気持ちが強まっていた。


 しかし、ここまでの話の流れで「それ」を聞かないのは明らかに不自然だし、やっかんでいるようでカッコ悪い。いや、やっかんでるんだけれど。



「それで、彼女の名前は?」



 男は満面の笑みを浮かべて、少女の肩を抱く。



「ミミ・ニッコリスだ。ミミ、挨拶を」


「こんにちはケンイチさん。ミミ・ニッコリスです」



 ケンイチの嫉妬は、今度ははっきり顔に出た。


 だが、それも無理ないだろう。


 ニッコリスの眷属けんぞくと言うことは、喜びを集め、笑顔を振りまく妖精。


 ただでさえニッコリスの眷属けんぞくなら、ヨボヨボのおじいちゃんだって大歓迎なのに、その上これほど可愛らしい女の子なのだ。


 こいつが舞い上がるのも無理ないか、と忌々しい思いでケンイチは唇を噛んだ。


 もちろんニッコリスの妖精と話をしていれば、こちらにも気分が良くなるだろうし、幸せな気持ちになれることは間違いない。


 しかし、会話が終わればそこまで。


 妖精が去った後は、寂しい気持ちが残るのだ。ただでさえ悔しいのに、その上、へこまされたらたまらない。


 ケンイチは会話を切り上げ、別れを告げて帰路へつく。




「おかえり、ケンイチ」



 迎えてくれたのは、ゲド・シッカリス。


 留守を任せている、母の妖精だ。


 妖精の間で賢者と呼ばれているこの老人……老妖精は確かに賢く、家族を一度ならず助けてくれている。そのためケンイチも、彼には敬意を払っている。


 いるのだが、しかし。


 いかんせん口うるさくてかなわない。



「ただいまー! さぁ、課題やっちゃおうかな」


 ケンイチは挨拶を返して、言い訳がましい余計な一言をもらしながら、トントンと階段を駈け上がり、逃げるように自室へ戻った。


 ドアを開けると父親の妖精、ジュン・サッパリスが、床に転がってケンイチのマンガを読んでいる。


 いつものことなので、別に腹も立たない。


 と言うか、サッパリスにかかれば、大抵のことはどうでも良くなってしまう。


 ケンイチは黙ってベッドに転がる。


 天井を眺めながらも頭に浮かぶのは、先程の妖精、ミミ・ニッコリスの姿だ。


 白い肌、淡い瞳の色、つややかな唇。


 あの男はこれからずっと、あんな可愛い女の子、それも、歳をとらずにあのままの姿の女の子と、共に暮らすのだ。


 羨ましくて、悔しくて、ケンイチは不機嫌に鼻を鳴らす。


 すると彼の不機嫌に気づいたサッパリスが、心配そうな顔で聞いてきた。



「どうしたの? おなか痛いの?」


「いや、大丈夫だよ。ちょっと嫌なことがあっただけさ」



 会話を交わすと、ケンイチの気分はもうさっぱりしていた。


 それで具体的に状況が良くなるわけではないが、こういうとき、サッパリスの眷族がいてくれるのはありがたい。


 こればっかりは大金を積んだって権力があったって、どうにかできるものではないのだから。


 数十年前までは、「妖精を別の人間に移らせる研究」もあったらしいが、どうやっても不可能だと言うことで、現在ではその研究も規模を縮小されている。



「そう言えば、お父さん、今日、遅くなるって。会社で残業があるらしいよ」



 そう誇らしげに言うサッパリスに微笑んでうなずくと、ケンイチは彼の頭を優しくなでてから、自分もマンガを読み始めた。


 やがて夕食の時間になり、母親に呼ばれて階下へおりる。食事の間は、母親とシッカリスが代わる代わるお説教だ。



「今年は成人なんだから、もっとしっかりしなさい」


「マンガばかり読んでいてはいかんぞ?」



 そんなせりふに適当にあいづちを打ちながら、手早く夕食を済ませ、部屋へ戻る。


 ケンイチはサッパリスと一緒に部屋でマンガを読みながら、明日は大学が休みだから、どこかに遊びに行こうなんて漠然と考えていた。



「サッパリス、明日、遊びに行こうか?」


「本当? うれしいな。でも、お母さんが良いって言うかな?」


「大丈夫だ。ボクが説得するよ」


「ありがとう、ケンイチ!」



 などとまあ、仲の良い兄弟のようである。


 サッパリスは父親が二十歳のときから、ずっと子供のままだ。


 その当時は、父さんも今の自分のように、サッパリスと遊んでいたんだろうなぁなんて、ケンイチはふと考えた。


 この子といると気分がさっぱりするのだから、いくらでもいてやりたくなる。


(お金を稼いでくれる妖精もいるようだけど、苦労や嫉妬も多いみたいだ。ボクは父さんのように、心の支えになってくれる妖精が良いや。そりゃあ、かわいい女の子に越したことはないけれど)


 サッパリスの頭をなでながら、ケンイチはそんな風に考えていた。


 妖精は完全にランダムにやってくる。


 誰にどんな妖精がくのかは、やってみるまでわからない。だとしたら、大金を稼いだり、楽して生きられるような妖精を望むのは、良いことではない。


 それが世界中の人間の総意であるかどうかはともかく、少なくとも、学校の道徳の時間では、そう教えられる。




 数ヵ月の後。


 ケンイチにも『成人の儀』の時が来た。


 とは言え、昔のように大仰な儀式を行うわけではない。


 役所の妖精管理課に行って、身分証明書を出し、『妖精のほこら』の前で、しばらくじっとしていればいいのだ。


 やがて管理官が手続きを終えると、祠から妖精が現れる。


 その妖精と、これからの人生を、ともに歩んでゆくのだ。


 ケンイチは、ドキドキしながら祠を見つめていた。


 


 

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