4 ドロップアウト
ユキは揺れながら朝の陽射しを愉しんでいた。
坂道の両側にある石垣、そのひとつひとつの石には地元のロックバンドを称える日本語があざやかな色彩で記されていた。
ユキが部屋に迷い込んでからは「おはよう」と「ただいま」の繰り返しで彼女の寿命の大半が過ぎた。
誰もいない「カフェ漂流記」に着くと、鳥かごを軒先に下げた。鳥のさえずりのない朝は作り話みたいで寂しいから。
店内の壁に「頭に林檎をのせた女」の油絵が飾られていた。安らかな結末を願う表情…
「残念だけど、アーチェリーはしない。ぼくも同じ気持ちだけど…」
「…」
「宇宙戦争は、ぼくらの妄想だった。」
「彼ら」は幾つかの暗殺や事件と、その演出をプロデュースしたに過ぎない。ダラス、メンフィス。手を下したのは誰か。
ぼくらの文明は自ら放った数発の弾丸に支配されつつあった。
「国際社会」は存在しない。
「彼ら」は深層学習による株価予測を支配層に配当した、レベルの差は歴然だった。
ラジオをつけると「軍と家族向けの放送」がリバプールの音楽家の死を伝えた。
足元には鉢植えが転がっていた。
ぼくが蹴倒した確率は99%。
壊れた機械仕掛けは1秒で倦み、刻むことに疲れてあのバス停にもたれてゆらゆらしていた。四角いブリキは頬に吸い付いて群青色のラッカー臭がした。瞳孔は開放されて網膜は降り注ぐ流星雨に痺れた。
光が秒速30万キロで暗い空間を進んでゆくさまは美しい。
ぼくにはそれが見えていた。




