2 ピンボーイ
(コン、コン…)
ノックの後にドアの蝶番がギィときしんで外の世界の広がりが部屋に流れ込んだ。
「自己紹介をしてもいいかな。」
道化顔のミリタリーポリスが握手を差し出した。ふと、ぼくの脳裏に「ディミトリ」という名前が浮かんだ。
「いらないよ、ディミトリ…」
ディミトリはうなずくと、ぼくを青いバスに乗せた。彼はダディの死には一切触れずにバスを発車させた。ディーゼルエンジンの唸りがぼくを身震いさせた。
行き先がボウリング場だと良い。レーンは人工のパラダイス。ジュークボックスのサウンドやピンボールのスコアノイズが溢れていて、マーブルのボールがピンを弾き跳ばす。パラダイスに奴隷はつきものだから、ピンボーイは裏方で重いピンを並べている…
ぼくのためのホテルはどこまで走っても見つからなかった。
滲んで流れる光景を金網ごしに眺めていた。昼夜が明滅するのは楽しい。繰り返しって脳が喜ぶんだ。車窓だけに集中していたら「彼ら」の記憶はぼやけてしまった。
気がつくとディミトリは遺影となってぼくを何年も見守っていた。
ぼくは「停車」ボタンを押した。
ブザーが鳴り響くと、すべての「停車」ボタンが赤く点灯した。
バスは静かに止まった。
砂漠がぼくを呼んだからだ。
「ディミトリ」は M.TAKASUKA氏の作品 ブリキのサーカス の登場人物の名前です。
この場を借りて御礼申し上げます。