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雨の日曜日について

作者: たかさんz

 

 だから悠美はもう朝の時点で、その日曜日は外に出ないと決めていた。窓の外はトレーシングペーパー越しに見た景色みたいに灰色に歪んでいて、バタバタとベランダの柵に雨の当たる音が、遠くで福引きをやっているみたいに窓越しに微かに聞こえていた。彼女は頭を軽く振った。二日酔いを落ち着かせるため、キッチンにふらつきながら行くと、コップ一杯の水を飲んだ。やかんに水を入れ、火をつけ、彼女のお気に入りのユニオン・ジャック柄のマグカップにインスタントコーヒーの粉だけ入れると、寝巻きを脱いだ。『美胸を維持するために寝るときもつけなきゃダメですよ!』と、ランジェリーショップの店員に言われ仕方なくつけていたブラジャーも外した。彼女は鏡に向かって立ち、左手を上げて胸の横と脇の下を見た。ブラジャーの跡が付き、その部分が少し赤くなっていた。彼女はため息をついた。こんなことに意味があるのだろうか。彼女はタンスからユニクロのブラトップを取り出して着た。そしてその上から柔らかいウールの黒いセーターを着て、下に灰色のジャージズボンを履いた。レイジーな日曜日はやっぱりこれに限るな、さらっとしてるけれどおっぱいは垂れない、加えてキツくないし、痒くならないし――。

 お湯が沸くと悠美は、先ほどのマグカップにそれを注ぎ、さらに冷たい牛乳を入れて、ちょうどいい温かさのカフェ・オ・レを作って飲んだ。気温は10月にしては低めで、カフェ・オ・レから昇る湯気が悠美の眼鏡を曇らせた。外は相変わらずの雨で、空の層が一段ダルマ落としみたいにして叩き除かれたように、雲が低く、地平線の果てまで空を覆っていた。

 悠美は溜息をついてテレビをつけた。ちょうど天気予報がやっていて、「日本一凡庸な顔コンテスト」があったら間違いなく一等賞を取れるだろうと言えるぐらいひどくありふれた顔をした天気予報士が、レインコートを羽織って雨に打たれながら、新橋の駅前で雨の状況を伝えていた。天気予報士の眼鏡には水滴がたくさん付いていた。白い三菱の中型車両が信号待ちをしていて、その後ろには赤いスズキのスイフトが並んでいた。横断歩道を、私服のヘッドホンをつけた少女が渡り、黒いスーツのサラリーマンの男が渡り、大学生風の男が誰かと電話をしながら渡り、二人組の若い女の子が渡った。それぞれがバラバラの色の傘をさしていた。歩行者用の信号が赤になり、遅れて白い中型車両が発車した。続けて様々な車が発車し、バラバラに消えていった。日本一凡庸な顔の天気予報士は相変わらず何かを叫んでいた。左上のワイプには有名な司会者の男の顔が映り、彼はなにか神妙な顔をしていた。悠美はまた溜息をついて、テレビを消した。なんだか馬鹿みたいだった。


 悠美はスマートフォンをソニーのブルートゥース・スピーカーに繋いで、ラジオのアプリを起動した。適当な放送局を選ぶと、洋楽のヒットチャートを流している番組に行き着いた。ラジオDJの軽快な声とともに、テイラー・スウィフトの「シェイク・イット・オフ」が流れ出した。悠美はぼんやりと、マグカップで手を温め、小腹を満たすためにクラッカーを齧りながらラジオを聴いていた。彼女は目をつむっていた。すると突然、頭の中に先ほどのラジオDJの声が蘇ってきた。ラジオDJの声はオープンカーでハワイの道を運転するみたいに、おばあちゃんの家で夏にやる流し素麺みたいに爽快だった。彼女はそのラジオDJが朝、大雨の中洋楽のヒットチャートを流すためにスタジオに向かっているところを想像した。なんでご苦労様なことだろう。誰が聞いてるかもわからない日曜の午前中の、よりにもよって世の中の人々がもう耳にタコができるぐらい聞いたヒットチャートを流すために、かがみながら雨に濡れ、スニーカーの中の靴下に水を染み込ませながら駅に向かって、日曜の朝の空いた電車に誰にも気づかれないまま揺られ、ディレクターと密かな打ち合わせをして、今こうして軽快に曲紹介をしたのだ。悠美が寝ている間に多くのことが行われていた。でも本当はラジオDJが履いていたのはスニーカーではなく長靴で、靴下は全く濡れなかったかもしれないし、そもそも家の前からタクシーでスタジオに向かったからほとんど一滴も雨に濡れなかったかもしれなかった。しかし彼女の頭はそこまで回らなかったし、彼女にとって重要なのはそこではなかった。


 お昼になると悠美は、「ま、今日は誰とも会わないしな……」と独り言をぼやくと、キッチンに行って昼飯を作り始めた。フライパンを熱し、オリーブオイルを入れてフライパンを傾け、刻んだにんにくとベーコンを熱したオリーブオイルの中に入れてカリカリになるまで炒めた。鷹の爪を刻んで入れ、スパゲッティを茹で、その茹で汁を少しフライパンに移し、余していたキャベツを切って入れ、炒めた。最後にスパゲッティをフライパンに入れ、軽く混ぜ合わせた。お皿に盛り、胡椒を軽く振りかけて完成だ。トマトとレタスときゅうりを切って簡単なサラダを作り、胡麻のドレッシングをかけた。彼女は調理具を全てシンクに放り込んで、スマートフォンでインスタグラムをチェックしながらそれらを食べた。ラジオはイギー・アゼリアの「ブラック・ウィドウ」を流していた。

 インスタグラムには、それでもなお多くの投稿があった。芸能人が自撮り写真をあげ、サークルの友人が家で育てているトマトの写真をあげていた。昨日の飲み会の写真も上がっていて、もちろん悠美も写っていて、タグが付けられていた。そして、久美子と莉奈が映画館の入り口で自撮りをしている写真もあった。二人は悠美の学部の友達で、何度もランチに行ったりディズニーに行ったりする仲だった。けれど二人は悠美と知り合うより以前、高校の頃からの友人同士で、特に莉奈が久美子のことを溺愛し、二人でどこかに遊びに行くことも多いようだった。『すごい大雨だけど、チケット買っちゃったから来ちゃった~! 評判通り面白かった、これからランチ!』と書いてあり、その下にたくさんのハッシュダグが並んでいた。二人の顔は見事に精密に美肌になるよう加工されていて、どちらにも優劣がないように施されていた。二人の立ち位置も、数学の問題にそのまま使えるんじゃないかと思うくらい並行だった。お見事!

 悠美も高校生の頃は入念に画像を加工して、自分の写真写りについて研究した。一番よく見える角度と、フィルターと、加工アプリを見つけた。けれどそれも、大学生になるとだんだん億劫になっていった。しかし彼女にとって画像加工はメイクのようなもので、一度やってしまったらもう無加工の写真は投稿できなかった。だから画像を投稿すること自体が少なくなっていって、投稿したとしても、レストランの料理の写真か景色の写真ばかりになっていった。けれど最近はスノーという写真アプリが流行していて、そのアプリは写真を撮る段階で自動的に、ある程度の加工を施してくれた。加えて顔に犬やら猫の耳や鼻、ひげなどを付け足して、可愛らしくしてくれた。特に彼女にとって秘密のコンプレックスである鼻の形を隠してくれるのは大きかった。そんな訳で、最近は彼女もまた自撮り写真をあげるようになっていたのだった。久美子の投稿には、既にたくさんのハートがおされていた。悠美もほぼ無意識的にハートマークをタップし、サラダを一口食べて、オレンジジュースを飲んだ。


 昼飯を済まして洗い物も終えてしまうと、悠美は雨の日曜日の陰鬱な雰囲気を振り払うために、簡単なアフタヌーンティーをすることにした。

 昼飯を作った時のにんにくの臭いがまだ部屋を充満していたので、彼女はまず窓を少し開けた。ひんやりとした風がひゅっと彼女の頬を撫でた。外は相変わらず灰色にパレットで白と黒の絵の具を混ぜているときみたいに灰色に濁っていたが、窓から見えるビル群は皆窓の光で輝いていた。雨の音は、窓を開けて聞くと福引きというよりもむしろ人々の拍手みたいに聞こえた。どこかで車のクラクションの音が微かに聞こえた。莉奈たちのことが少し気になった。どんなお昼をたべているのかしら。もう一度、冷たい風が頬を撫でた。秋の風! 雨も少し強まっているようだった。

 悠美はアフタヌーンティーをしようとしていることを今急に思い出した様に窓を離れ、湯を沸かした。数日前にバイト先でもらったカスタードプリンを出した。賞味期限は今日。悠美は紅茶に関しては少し凝っていて、今回は先週末に自由ヶ丘で買ったインドのニルギリを用意した。ティーセットを用意し、茶葉をポットに入れ、お湯を注ぎ、抽出される間に素早くレモンを切った。レモンは冷たくて瑞々しく、艶やかな果肉は神々しくさえ見えた。紅茶を注ぎ、レモンを浮かべた。悠美は幼い頃ピアノを習っていて、当時は嫌いで毎回のレッスンが憂鬱なほどだったが、そのおかげかクラシック音楽を今でもよく聞いた。だから、アフタヌーンティーのときの音楽は決まってクラシックにしていた。ラジオを止め、ユーチューブで適当なクラシックの曲の動画を探して、再生した。モーツァルトの『ヴァイオリン協奏曲第三番』が流れ始めた。紅茶を一口飲んで、カスタードプリンのフィルムを開けて食べ始めた。なんて美しい午後! 酸っぱいレモンの香り、さっぱりとしたニルギリ。カスタードプリンは濃厚で、卵とバニラの味が絶妙に絡み合っていた。ヴァイオリンの旋律が心地よく響く。陰鬱な雰囲気はにんにくの臭いと共に窓の外へ逃げたみたい。休日はこうでなくっちゃ――。悠美はカスタードプリンを食べ終わると、棚からチョコチップクッキーを出し、お皿に何枚か並べて食べた。二杯目の紅茶は少し濃く、また違った味わいをしていた。

 アフタヌーンティーを終えると、悠美はクラシックを流したままゼミの課題図書に少し手をつけてみることにした。教授に言われて、ブックオフでわざわざ探して手に入れていた。既に数十ページ読んでいたが、悠美にはいまいち、ジェームス・ジョイスが本に込めた数々の意味や意思や技法が釈然としないままだった。けれど雰囲気自体は彼女にとって面白く、読み進めることは苦ではなかった。

 本の中では、スティーブン・ディーダラスが行きずりの女と寝てしまったことを酷く後悔し、罪の意識に苛まれていた。どうして男はこういう風に女に堕ちてしまうんだろう? 二十年生きたって、悠美にはそのことはまだ分からなかった。 スティーブンは、自身の目の前に起こるほとんどあらゆる物事に恐怖していた。悠美は、スティーブンが時空の渦に飲み込まれて二十一世紀の都会の中心に放り出されるところを想像した。彼は目に入ってくるあまりの情報の多さに、恐怖し疲れ、死んでしまうかもしれない。そう思うと悠美は突然面白くなって、口から息を漏らすようにして少し笑った。けれど彼女はその後急に、本を読むのをやめてしまった。なんだか妙に、馬鹿馬鹿しかった。


 夜には悠美は、もうご飯を作ることさえ面倒になっていた。――ダイエットにもなるし夕飯は抜こう――それが夕方に彼女の決めたことだった。テレビではバラエティ番組がやっていて、2つのチームが何らかのことをしてポイントを競っていた。悠美はテレビはつけていたが、たいして見ていたわけではなく、スマートフォンでネットサーフィンをしていた。どちらかのチームが何らかのゲームで勝利しポイントを獲得したようで、芸能人達の喜ぶ声が部屋に響いていた。が、悠美にはほとんど聞こえていなかった。

 その時、テレビから奇妙な音が聞こえた。その音は悠美の耳にも届き、彼女は顔をあげた。それはニュース速報の音だった。彼女は続きを待った。速報によれば、とある球団が数年ぶりにリーグ優勝をしたとのことだった。悠美はそのチーム名のことは聞いたことがあったが、そのチームがどんな歴史を持っていて、どんな監督が指揮をしていて、どんな四番バッターがいて、どんなピッチャーがいて、どんなファンがいて、どんな球団を相手にしているのか、何一つ知らなかった。野球をまともに見たことさえなかった。

 それとほぼ同時にバラエティ番組が終わり、ニュース番組に切り替わった。アナウンサーの第一声はもちろん、球団への祝辞だった。男が三人、女が一人の計四人のアナウンサーがいたが、全員が全員球団の優勝に興奮しているようだった。やがて最終試合のハイライトが始まり、選手のヒットシーンが次々と流れ、投手が三振を決めるシーンが次々と流れた。観客の歓声が響き、カメラが縦横無尽に動いた。そして最後にファーストの選手がボールをキャッチしてゲームセットとなり、選手達は胴上げを始め、紙テープと紙吹雪が宙を舞った。監督のインタビューが始まり、キャプテンのインタビューが始まった。悠美はただぼんやりと、その情報の濁流を眺めていた。朝から降り続ける雨のせいで、ダムが決壊し、そのせいで悠美の部屋に水がすごい勢いで流れ込んできているみたいに、ものすごい情報量だった。けれど何も知らない悠美にとってそれは、ただの水にしか見えなかった。

 ツイッターを開いてみると、やはり皆が口々に球団の優勝について呟いていた。けれどやはり悠美にとっては、別の世界で起きている出来事みたいだった。何かのはずみで、異世界に迷い込んでしまったみたいだった。彼らは悠美の知らない言語で、知らない話題について話していた。


 夜になっても雨は止まなかった。世界中の雲を、誰かがほうきで落ち葉を集めるみたいにして悠美の住んでる地域に集めているんじゃないかと思えるほど雲はずうっと厚く、雨はどんどん降った。悠美は窓におでこを当てて外を見てみた。外は白黒映画で見るロンドンみたいに薄く霞みがかっていた。茫漠とした東京の夜の中に、チカチカと車のライトが点滅し、右へ左へ動いていった。悠美は窓をそうっと二センチほど開けた。下の方から、車が濡れたアスファルトを走る音が朧げに聞こえた。一日中雨が降っていたにもかかわらず、外の空気はあまり湿っておらず、少しピリッとした荘厳な雰囲気が感じられた。雨の夜の独特な匂いがした。隣の部屋から、水洗トイレを流す音が小さく聞こえた。風はおさまっていた。

 悠美はベッドに寝転がって、スマートフォンを眺めた。ツイッターを開くと、くだらないコラージュ画像のリツイートがまわってきた。密かにフォローしているお気に入りの絵師が、幼い男の子と女の子が滑り台で遊ぶ絵を投稿していた。サークルの男子が、長文で日本の義務教育を批判していた。色んな人が、色んなことをしていた。悠美は蜂蜜入りのホットミルクを飲み干すと、スマートフォンを充電し、ベッドに仰向けになった。天井は卵の殻みたいに白かった。二ヶ所、不自然な形の茶色いシミのようなものを見つけた。日曜日が終わろうとしていた。明日はまた一限かぁ……。彼女は思う。そして眠りに着く。


 悠美は夢を見た。どこかの球場。彼女は応援に来ていた。彼女は右手に黄色いプラスチックのメガホンを持ち、どこかで見たユニフォームを来ていた。それはさっき優勝した球団のユニフォームだった。試合は七回裏、相手球団の攻撃だった。二対三で、自球団は劣勢だった。悠美の右には太った年配の女性がいて、自球団のピッチャーにこれでもかとばかりに大声で罵声を浴びせていた。左では親子がお揃いのTシャツを着て、息を飲んで試合を見ていた。悠美はそのおばさんの事も、親子の事も知らなかった。もちろん、試合をしている選手は一人も知らなかった。

 誰かがセンター前にヒットを打って、歓声があがった。歓声の勢いは球場の中心から外に向かって、衝撃波みたいに突き抜けていった。悠美は動けず、困り果てて立ち尽くしていた。キョロキョロと辺りを見回してみた。すると、左前方の相手球団の応援席に、久美子と莉奈を見つけた。彼女たちは相手球団のユニフォームを着て、帽子を被り、ピンク色の応援バットを持って、二人とも興奮していた。悠美は試しに前の手すりに寄りかかって身を乗り出し、彼女たちに向かってメガホンを振ってみた。けれど悠美と彼女たちの距離は遠く、気づいてくれる気配もなかった。左に座っていた男の子が、不思議そうな顔で悠美を見ていた。彼女は諦めて席に座った。ピッチャーが三振を決め、左隣のおばさんが絶叫して喜んでいた。彼女は一人だった。彼女は孤独を感じた。実といえばもとより、たまらなく孤独だった。泣いてしまいたい程だった。早くこんなところから出て、家に帰りたかった。けれど人の量と会場の熱気と歓声の勢いに囲まれ、彼女には文字通りどうすることもできなかった。仕方なく彼女は席に座り、知らない球団同士の、知らない選手による試合を見守った。スリーアウト、チェンジ。次は八回の表だ。


 月曜の朝は晴天だった。台風一過みたいに、雲ひとつなく暖かかった。心地のいい秋晴れ! そういう日は、少しオシャレをして大学に行きたくなる。クローゼットの前に立って、服をパラパラと見て、考えた。メイクを少し濃いめにして、眼鏡を普段の黒縁から、細めのべっ甲縁で、大きなレンズのものに変えた。グレー地にブルーのノルディック柄のセーターを着て、お気に入りの濃いブルーのスキニー・ジーンズを履いた。ベージュのチェックのストールを巻いて、ロンドンのアンダーグラウンドのマップの柄の白いトートバッグに荷物を詰めた。中々悪くない。真っ白なコンバースのスニーカーを履いて外に出ると、昨日からは考えられないような伸び伸びとした天気だった。東京は今日も、忙しくうねっていた。

 教室は窓から射す暖かい日光に包まれて、なにかしらの神聖な空間のように感じられた。そういえば電車の中も陽が射して、最近と比べると暖かかった。斜め前のほうで何人かの男子が昨日の野球について話していた。一人は優勝した球団の熱狂的なファンらしく、両手を激しく動かして何かを熱弁していた。授業の用意をし、スマートフォンを眺めた。

 「やっほー悠美! どしたの今日、早いじゃん」と後ろから耳に馴染む快活な声が聞こえた。久美子だ。

 「おは! なんだかいい天気で、ちょっと朝からいい気分でさ」

 「それなー、特に昨日があんなだったからねー……」久美子は苦笑いをしながら言った。そのまま隣に座って、カバンを開いて筆箱とファイルを出した。

 「そういえば悠美先週この授業サボってたでしょ、私悠美の分のプリントも貰ってたんだよね、忘れてた、なんか先週普段以上に余分にプリントあってさ、今渡す」久美子は言った。

 「そうだ、私すら忘れてたわ、ってなに、余分に? ふうん?」――普段より多め? 何か普段と違うことでもしたのかしら……。

 「あ! そう、そんなことより昨日ね、なんか凄い良さげなカフェ見つけたんだけどさ、悠美今日午後授業なかったよね? ランチ行こ!」久美子は言った。

 「マジ? 行く行く! 折角凄い良い天気だし……。 てか久美子、昨日あの雨の中映画行ったん? インスタみたんだけど――

 そんなことを話してる間に一限の時間が始まった。クラスは、いつもよりなんとなく人数が少なく感じられた。秋の柔らかな陽気に、皆一限に出る気が無くなってしまったのだろう。それを体現するかのように教室はふんわりと暖かく、安らかだった。心なしか、教授も気怠そうな声を出している気がした。

 「さ、では先週の続きから話を始めていきましょうかね」と先生は言った。






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