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夕暮れ時の影

 朝の陽ざしが、閉ざされた窓の隙間から漏れてフィスが寝ているベッドを照らす。その光が深い眠りの底にいたフィスの意識を浮上させた。


「んにゃ……もう朝?」


 むにゃむにゃと起き上がり、机の方へと足を運ぶ。木の机の上には昨日中に用意していた水入りの桶があった。それを覗き込むと上機嫌とは言いがたい自分の顔が水面に映り、フィスはため息をつく。

 確かにフィスは朝に弱い方だ。それでも朝食を作るために朝早く起きる習慣がある。夜更かしはしないのだ。それでここまで寝つきが悪いという事はそうない。


「あーあ。昨日の件でフィオさんと気まずくなったもんね……」


 そういいつつ水をすくって顔を洗う。ちょっと温い。けれど、うん、さっぱりした。

 顔を洗ってベッドの傍にあるクローゼットのなかにある服に着替えた。儀替えが終わったあとフィスはベッドに腰を下ろす。

 エリクとフィオが目覚める前に朝食作りに取りかからないといけない。けれどまだ頭がふらついているようだ。この状態での料理は危ない。

 そこでフィスは考えの整理をする事にした。

 昨日の事をまとめると、困った事があったので頼りになりそうな人に頼ったら断られた、というものだ。

 まとめてしまえば簡単な話だ。他力本願のフィスがいけないという事になる。

 けれど、とフィスは思ってしまう。フィオにはフィスを助けられる力があった。なのにその力を使おうとしないのはどうなのだろうかと。

 

――フィオさんにはフィオさんの、考え方があるのは分かるけど……。


 分かるけど、いまいち理解出来ないというか……フィスには全貌が分からない。

 魔物に襲われていたエリクを助けてくれた、そんな優しい人のはずなのに、命と言うものに対して一歩引いている考え方をしているような。


「ん、でも、謝らないとね。うん、歩み寄りはそれからだもん」


 分からないから、自分の考えの方が正しいから、なんてずっと考えていては現状を変える事は出来ない。まずは謝って、双方別向きな現状を対面させる事が仲良くなれる最短方法だ。

 そう思ってフィスは朝食の準備に赴いた。


「あ、おはようエリク」

「ん。おはよう姉さん」


 テーブルに朝食を並べていると上の階からエリクが降りてきた。

 顎くらいまで伸ばした指通りのよさそうな金髪に寝癖を付け、まだ眠そうに大きな目をこするエリクは流石は自分の弟だ、と実感する。


「もう、ちゃんと顔を洗ってきなさい。そして今日こそは働き先を探してもらうからね」


 拳を握り、こっちは怒っているよ!というポーズをする。

 こちらのセリフにビクッと肩を震わせたエリクは、何度目になるかは忘れるほど繰り返した言葉を口にする。


「いやいや、姉さん。父さんたちが毎年持ち帰るお金で今の所は生活出来ているんだし、無理しなくてもいいんじゃないかな? 僕はまだ本と遺跡の探求に時間を使いたいから」

「そう言って何度目なの? 充分探求したでしょ?」

「まだ。この辺だけでも調べ残しは沢山」

「ほんとに何時になるのよ、それじゃ」


 エリクは昔からかつての一族のように旅に出るとか言って、そのための準備のため近くの遺跡を調査しに行ったり、本を読んだりして仕事しに行かない。

 今の所は親の金とフィスの微金でやっていけるが、外の世界はいつ命を落とすか分からないのだ。はたして何時まで持つか……。

 ……まぁ、今日はこの辺にしとくとして、問題は今日の食事をフィオが満足するかだ。

 こういう客人への食事は気を使うものだとフィスは思う。この村に妖精族はいないので忘れがちになるが種族によって味付けを大幅に変えなければいけない場合もあるのだ。

 例えば獣人といった妖精族は人族に比べ五感が優れているので、香辛料の使用を控えたり味付けを薄味にしたりしなければ獣人の鼻と舌を痛める事になる。

 その点フィオは人族のようだから、自分達の家庭の味でもそうそう外しはしないと思っているが……。


「あっそういえばフィオさんはまだ? エリク」

「ほっ……えっ? 先に食べたんじゃないの? 起きた時にはいなかったんだけど」

「そんな……」


 何気なく言ったエリクの一言は、思いのほかフィスに直撃した。

 それは大事な朝食を食べるよりも、フィスと一緒にいるのが嫌だと告げているようなものだからだ。





「おーい、フィスちゃん今日はもうあがっていいよー」

「あっ、はーい! お疲れ様でしたー!」

「おうまた今度なー」


 日も落ち始めた頃、にこやかな顔をした50手前の男性がフィスに手を振って仕事の終わりを告げる。

 土で汚れた服を払って雇い主に挨拶をした後、フィスは麦畑から離れた。

 フィスは自宅以外の土地を持っていない。当然畑なんかもないが、人手を求める土地持ちは割といる。フィスはそういう人の手伝いをして小銭を稼いでいるのだ。

 フィオと一緒に過ごしたのは昨日だけだ。知り合った時間を考慮しても二日ほど。

 極端にすれば、それっきりの人ならその間で嫌われても困る訳ではないと言えるかもしれないけれども、フィオとはこれから数十日は過ごす事になるので、こういう気まずい雰囲気はなんとかしなくちゃいけない。

 そうでなくとも人に嫌われてそれでお終いだなんて、悲しすぎるから。

 フィスは思いながら仕事場から自宅へと歩を進めていく。

 そうすると見覚えのある人影が村の隅、人気のない方に行くのが見えた。


――あれって……。


 自分の目が確かなら、さっきの人影は昨日の危ない二人組で間違いないはず。

 外に魔物退治にも行って、今頃になって帰って来たのかと思うけれど、なんとなく気になるものだ。なにしろ自分を強引にナンパする人が人気のない場所に行くのだから。

 暫く悩んだものの、フィスはその歩みを自宅から人気のない場所へと向きを変える。


「どう……変更はない……か?」

「へい兄貴、予定……正面からでもいけますぜ」


 人気のない柵の周辺、そこで二人の男は何かを会話をしているようだ。どうやら正面から何かをするらしい。

 ここからでは聞き取りづらい。フィスは危険を承知で少し前に出る。

 

「やっぱり夜まで待って親分達に合図を出しますか?」

「んーにゃ、いくらここが手薄な餌場とはいえ夜間は厳重になる。それはこれまでの調査でも明らかだ。まぁ普段に比べれば、な話だがよ。しかしわざわざ面倒を増やすなんてしたくねぇからな」

「じゃあ」

「おう、今すぐ呼んできて村中皆殺しだ!」


 兄貴と呼ばれた二人の中でのリーダー格の男が口をにやけさせ、あたかも楽しむかのような口調で村人の抹殺を宣言した。

 なんて事を言うのだろう。冗談でも言っていい事ではない。

 だから――


「あなた達! なんてことを言うのよ!」


 憤りが頭の回転を許さず、フィスを男たちの目の前に飛び出させてしまった。

 ああ、なんて事をしてしまったのだろう……後悔が冷静になった頭を包み込んだ。





「大変だー!! 盗賊が大群で襲って来たぞー! 逃げろー」

「きゃゃあああぁぁ」


 窓の外から聞こえてきたその大声で、仕事にも行かず本という世界に魅入られていたエリクは意識を外に向ける事になった。

 盗賊だって? そんなはずはない。こんな村を襲ったところで得られるものなどないのだから。

 けれど……念には念を……。

 エリクは窓に近づき恐る恐る窓を開いて一気に窓の横に身を投げた。


――……矢とかは、飛んでこないようだね。


 頭を押さえて情けなく床に身を委ねていたエリクはビクビクした様子で顔をあげた。

 エリクが得意としている防御魔法を使えば矢の嵐でもある程度は凌げるだろうが、魔力は有限である以上、避けれるものは避けないといけないのだ。

 窓から外を見るとそこには見るに耐えない光景が繰り広げられていた。盗賊と思しき男と警察や村の男が剣や槍で交戦する一方で、女子供がその争いから逃げようとしている。

 場所を変えて見渡せば逃げ遅れたであろう人物の死体が転がり、そうでない場所も血で濡れていた。


「いっ、急いで逃げ出さないと……」


 人が人を理不尽に襲い命を絶つ、そんな光景が目に入り慌てたエリクは急いで家から出ようと部屋の扉に手をやる。

 本を持って出たい、そんな気持ちを抱きつつかろうじて冷静な部分がそんな事をすれば逃げれるものも逃げられなくなると告げていた。


「――て、あれ? 姉さん……は?」


 遺跡に行くために普段から用意している簡易荷物を持って二階から降りた所でフィスがいない事に気付いた。

 普段はもう既に帰っているはずで、周りの騒音で姉の声が聞こえないものと思っていた。けど違うようだ。こんな事態でも帰ってきていないのだ。


「違う。こんな事態だからこそ……なのかな……」


 小声でボソリ、そんなことを呟いた。でなければ体の震えは今以上のものとなっていただろう。

 探さなきゃ。姉を探さないと……そう自分に言い聞かせるように拳を握り、そっと自宅から外へと出る。すぐさま自宅の裏側に回り込んだ。

 とりあえずこの裏側から見つからないように進んで、フィスの手がかりを探すしかない。生きているのか、それとも死んでいるのか。それだけでも、知っておく必要がある。知るまではこの村からは逃げ出せない。

 この頃にもなると多少は落ち着いてくるもので、周りを警戒しつつ物陰に隠れながら先に進む。

 周りからは雄叫びや悲鳴、魔物ではない血の匂いが風に流されエリクの所まで届く。

 それに吐き気を催しながらも耐え進むと、見てはいけないものが目に入った。

 それは村の中心、盗賊達に捕まった女性達が縄で縛られている場所、そこにフィスの姿があったからだ。


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