捕らわれた冥界神
「人と言うのはよく分からないな」
そう呟いたのは、村の中心にある池の淵で座っているフィオだ。
昨日チンピラに絡まれた際にフィスと気まずい雰囲気になったものの、ちゃんと家に泊めてもらい翌日を迎える事が出来ていた。
自分にとって理解出来ないものは、努力して理解したいとは思っているけれど、この手の根本的な思想の違いは短期間でどうこう出来るものではない事は分かっているつもりだ。
これからフィスとの間に気まずい雰囲気が続くと気が重くなる。
とはいえ、それだけでは終われない。ちゃんと家を提供してもらったのだ、食費を払うために稼ぐ必要がある。
先日の件で銀塊は売れないという収穫があった事を思い出す。
となると狙うはゴブリンだ。かと言って頻繁に狩る訳にもいかない。それをすればゴブリン達の怒りを買い村が襲われるかもしれないのだから。
『おお! 精霊様!』
今後の収入源について真剣に考えていると、誰かに話しかけられたのでそちらに振り向く。
フィオの目の前にいたのは精霊と勘違いした事から薄々気付いていたが、幽霊だ。しかもこちらの神の気を感じているとなれば、それなりの幽霊だろう。実際に爺さんの幽霊なのだが、その身なりは田舎の村とは思えないほどに整った服だった。
「あ、あのどちら様で?」
『やはりワシの思った通り、精霊様じゃったか。ワシの姿が見えおるのぉ! ワシは先代の村長じゃ。気軽に村長でいいぞ』
こちらを敬っているようで、慣れ慣れしい言動。随分と豪快な性格をしている村長だ。
フィオは昨日以上に注目を浴びないように小声で村長と会話した。
「それで僕になんの用ですか? 成仏なら未練を断ち切る方式の方がいいんですが、強制ですか? なら一目のつかない所で」
『一目のつかない所でナニするつもりじゃ! ってそんな目で見ないで精霊様。冗談じゃよ。昔からの知人としか会話できんもんじゃから』
「……」
『んん。実は頼みたい事があるんじゃ。これはワシの声が聞こえる精霊様にしか出来ん』
「僕にしか?」
改まってこちらに頼み事をしてくる村長に、フィオも眉に寄せていたシワを解く。
話を聞くにこの村長は物理的干渉は出来ないが、感受性の高い幽霊のようだ。不吉の予感を察知すれど、伝える手段がないのだ。
『それでの、昨日お主たちが揉めていた不良がおったろ? ホレ厳つい男達じゃ』
「ああ。いましたね」
その話題はあまりしたくはない。フィスの事が脳裏に浮かんで胸がちくちく痛む。なんだろうか? この痛みは? 自分で思っている以上に気にしているのだろうか。
『ここは悲しい事に名産物がなく、旅人は年に数人しか来ん。なのに精霊様と不良が連続で来よった。ワシは怪しんで不良の後をつけたんじゃ』
正直、現状自分は旅人ではないのだから、不良よりもこっちが怪しいんだけどねと思うフィオだった。
『そうすると奴らは街の外に出て行ったのじゃよ。そして今でも宿屋に帰っておらん』
「街の外ですか」
『そうじゃ。しかもこれは昨日の出来事じゃよ。怪しかろう』
「怪しいと言っても、魔物を退治しに行ったのでは? 旅人なんですから」
『来たばかりで一度も休まずに外に退治しに行く旅人はそうはおらんよ。金がないのに気付いた、というのは考えられるがのぉ、あいつらは見る限り他人から金を奪いそうじゃからな。律儀に稼ぎに行くとは考えられん』
村長は考え込むかのように腕を組む。
村長の言い分は見た目で判断している危険なものだ。とはいえ金を奪いそうという意見にはフィオも同意する。何しろ昨日の一件はフィオとフィスを恋人と誤解したうえでの行動なのだから。
そして村長の言う事が正しいとすれば、あの二人組は怪しい行動をしている事になる。
なるほど、村長がこちらに何を求めているのかは大体見当がついた。
「僕に調査に行けとおっしゃるのですか」
『何しろワシは現世に干渉出来ん。精霊様に頼むしかないんじゃ』
「しかし、あの二人がこの村に何をしようと、それは村の問題。僕がなんとかするのは村のためにはならないのでは?」
それに二人が何をしようと、そこまで大事には至らないはず。
一瞬二人の顔が脳裏に浮かぶが、それを頭から払う。
『むむ、確かにそうなんじゃが……しばらくはこの村に精霊様も滞在するんじゃろ? なら精霊様を含めての村の問題じゃ』
「……」
『それに引き受けてくれたら、精霊様に生前に隠しておいた財産の一部を差し上げますから……』
たかが二人組の男問題に土下座をしかねん勢いで頼んでくる村長に、やれやれと息を吐く。
人の姿を借りている状態のフィオには分からないが、ここまでするという事は、それほどまでに嫌な予感がするのだろうな……。
フィオは村長の話を了承し、村の外に出る事にした。
そうあくまでも了承したのはお金のため、今後の旅費のためだ。
神であるフィオが人に執着するのはあってはいけない事なのだから……。
途中、偶々出会ったゴブリンを討伐しながら、時には逃げながら森の奥の小丘にまでやって来ていた。不思議と討伐目的だった先日よりもゴブリンと遭遇している気がする。
収穫があった事と言えば下級の魔物は神の気配を感じて逃げ出すものと、騒ぎ出すタイプがいるという事だ。
――それにしても。
フィオは魔力で目を強化させながら周りを見渡す。二人の姿は見つからない。
フィオは二人を見つけるために小丘に来たのだ。空を飛べるなら見つける事も安易だろう。しかしそれは兄である天空神ルクスの怒りを買いかねない。空を自由に飛ぶ事が許されているのは鳥やフェアリー族のような一部の種だけだ。勿論、ルクスが眠っている今なら大丈夫かもしれないが。
フィオは近くにあった岩に腰を下ろし、買ってきたパンを食べ始める。
ここはエレオカ村の南側、メラン教の遺跡がある森だ。この丘から見られないとなると北側か、それともこのサイズの丘では見えないほどの先にまで進んだか。
そこまで考えてフィオは頭を振る。いや、休憩もせずにたった二人で村の外に出たのだ。そこまで遠くに行く危険を犯すはずがない。となれば北側か。
こちらに来たのは無駄骨かと思いつつ、腰を上げた時の事。フィオの強化された目に何かが映った。
――あれは?
それはメラン教の遺跡、そこに二人の男がいた。ただし他に数人もいたが。着ているものもボロボロで、あまり綺麗とは言えない服装をしていた。まさしく前日の男達の仲間だ。
いくら強化された目とは言えど、表情までは窺えない。されど遺跡と言う場所で、明らかに怪しい連中と一緒にいる姿を見れば、連中が何者かは薄々勘づく。
遺跡の前にいる連中だけで24人だ。もし遺跡の中にまだいるとしたら30人は固いだろう。そして彼らの正体が『盗賊』だとしたら、人の行き来がないこの場所にいる理由など一つしか思い浮かばない。
「勘違いであればいいが……とりあえず報告だな」
「ほぉう。何を誰に報告するんだって?」
何? と思うまでもなく頭に強烈な一撃をくらわされ、フィオは倒れてしまった。
――しまった。盗賊は気配を消せるのか!
それでもなんとか立ち上がろうと体に力を入れるものの、続いてさらに背中を踏みつけられてしまう。
最後の力で顔を上げた時に見えたのは、邪悪な笑みを浮かべた男がいた。
フィオの目が覚めたのは、顔全体が冷たくなったからだ。どうやら水を掛けられたらしい。
とりあえず目を開ける。どうやらここはあの遺跡らしい。状況を考えなくても直ぐに分かる。捕まってしまったのだな……と。
実際にフィオはロープで体を縛られており、身動きが取れない。念のため魔力で体を強化してみたが、切れなかった。
「へっへっへ。そいつを力づくで破ろうなんて考えるんじゃないぜ? そりゃ魔物の毛皮で作られた丈夫なロープだ」
そう話しかけてきたのは強面の男だ。髪を短髪にして目元に綺麗に傷跡が残っている。
この男だけじゃない。他にも5人ほどこちらを見てきている。5人? あと20人ほどは何処に行ったのだろうか?
「君達は盗賊か? ここで何している」
「ほう、自分の心配はしないのか」
「それを聞いてちゃんと教えてくれるものなら、自分の心配をするさ」
やれやれ、とため息を吐きつつも視線は男から外さない。
エリクから聞いていた。盗賊には二種類いる事を。
盗賊は基本的に街を行き来する商団を襲う。そのため街の外に拠点を置いている事が多い。そのため魔物と戦う事が多く、その勝利品で生活するためにも冒険者と兼任しているらしい。
ただそれ故に顔を知られる訳にはいかないので、襲った人物を意図的に見逃す事はない。
逆に専業で盗賊をしている人は獲物を手下として扱ったり、奴隷として売り出したりなどで命だけは助ける……なんて事が多く、襲われるなら専業の盗賊とエリクは言っていた。
「安心しな兄ちゃんよ。お前は幸運にも顔は良いから奴隷として売ってやるぜ」
「奴隷だと?」
「おう奴隷だ。まぁ、売られた先でどんな扱いを受けるか……それを今から考えて、膝を振るわせな」
ガハハハハ! と笑う盗賊一同。近くで大勢に笑われるとうるさくてかなわない。
それにしても、これだけ近い距離にいて、これだけボロボロの服を着ながら、特別臭い訳ではない事に驚く。臭いを消しているのか。
「答えろ。何が目的だ!」
臆してはいけない。ここは強気で攻めるべきだ。
「アンタさぁ、殺されないからって調子に乗ってない?」
奥の方から一人現れた。女だ。赤い色の髪を肩まで伸ばし、赤黒い口紅で唇を染めている。鋭い目つきは猛禽類のようだ。格好も露出が多めで、とても魔物の攻撃を防げるようなものではない。
女盗賊は伸ばした指先でフィオの鼻をツンツンした後、顎の下に指の腹で触る。
「立場ってのは分かる? 説明した方がいいのかい?」
「……僕だって、手立てがない訳じゃない。答えた方が身のためだ」
「ふっ……ふふ。アンタ、ハッタリにしては冗談が過ぎる……よっ!」
フィオの言動が逆撫でしたのか、女盗賊は手にしたナイフでフィオの頬を裂いた。
フィオは流れる頬の血を見たものの、視線を直ぐに女盗賊へと向ける。
「目的の説明をするか、しないのか。僕が聞きたいのはそれだけだ。それ以外をする必要はない」
「強情だねぇ。いいわ! 気に入った。説明してあげる」
「姉御、いいんですか?」
「いいわ。どうせ何も出来ないんですものねぇ」
そう言って女は酒を一口飲みこんだ。何かをしようと言うときに酒を飲むとは油断している証拠だ。それとも、余程自信があるのか。
もし後者だとしたら。フィオの頬に血と共に冷や汗が流れる。
「アンタ、街中でオビカ達――私の仲間に出会ったでしょ。さっき聞いたわ」
「ああ。ちょっとした口論をしたな」
「あいつらはねぇ、アンタ達のような村人と喧嘩するために村に行ったのよ! 村の防衛力を見るためにね」
「!! どういう事だ!」
「分からない? いいわ分からせてあげる。村の中で騒動が起きたらどうなると思う?」
「それは、注目されるな」
「そうだねぇ。じゃあ、その後は?」
「注目された後は騎士とか警察とかが来るだろう……」
そこまで言って気付いた。そういえば先日それなりの騒動になったのに、警察は来なかったな、と。
いくら田舎の村で騎士は駐在していないにしても、自警団はいるはず。そしてこの村は小さいので騒動を知らないはずもない訳で、となれば意図的に来なかったと考えられる。
そしてそれを盗賊は知りたがっていたと考えれば……。
「村の防衛力を知りたがっていたのか……!?」
「正解。この村は小さい事は知っていたのよ。周りからも確認した。でもね内部は確実とは言えない。で、中に入って調べさせたの。村の人の人数に警備の場所、そして防衛意識の高さをね。調べた結果、私達36人で対応出来ると判断したわ。短期行動が前提だけどね」
確かに150人くらいの小さい村だ。殺しに慣れた盗賊30人が襲えば制圧も不可能ではないかもしれない。
「だが、分かっているのか? 少数で制圧出来る村にはその少数がギリギリで生活出来る分しか、財宝はないぞ!」
「分かっていないのはアナタよ。あの村、それこそが目的よ」
「まさか……君達は」
目を見開く。
それに対し女盗賊はニヤリと笑いをした後、もったいぶりながら口を開く。
「ふふ。今頃水浸しかしらね……赤い水で」