レティクス一族
先程の戦いで命を落とした四体のゴブリン。その周辺に4つの鈍く輝く銅塊が転がっている。
一見すればただの銅だが、何か違う気配を感じる。
「これは……」
「どうやらお金が出てきたみたいですね。これは倒したフィオさんのものですよ。4つあるね。売れば2銀貨くらいかな」
「そうか、これがお金か」
そう言えば、偶にしか来なくなった魂との世間話で情報を集めていた際に、聞いたはずだ。魔物は金になる存在だと。
魔物は死んだとしても魂は冥界へ行く事はない。それはフィオ達が魔物を創った訳ではないからだ。しかし魔物にも確かに魂は存在した。ならば魂は何処に行くのだろか?
簡単な話だ、行く場所がないのだから何処にも行かない。魔物の魂は死後も人間界に残り、銅塊・銀塊・金塊と呼ばれる物質に変化する。
人間達はこれを加工して通貨にする事にしたらしく、現在これで経済が回っているようだ。
これには理由があり、一般人にも魔物を倒して魂の結晶を集めて売れば金になる事を教え、積極的に魔物を滅ぼそうという狙いだ。
実際にこのシステムが出来てから、冒険者と言う民間の魔物退治屋が出来たとか。
しかしこれは魔物が経済に組まれるというリスクがある。
詰まる所、現在人間は魔族と戦っているが、魔物自体を滅ぼそうという気はないという事だ。
まったく人間と言うのは目先の利益や恐怖ばかり優先して、本当の幸せを理解しない。魔物の存在がどれだけ世界のシステムを狂わせているのか……。
「どうしたんですか? そんな怖い顔をして」
「あ、ああ、ちょっとこの鉱石に嫌な事があってな。まぁ大した事じゃない。それより、実はエレオカ村に向かっていたんだが、迷ってしまったんだ」
「そうですか、それじゃあ僕が案内しますよ」
「すまない。助かるよ」
こんなところで迷っていたらいずれ死んでしまいかねない。この姿は人間なのだから。死んでしまうと冥界に送られてしまい、次に蘇るのに暫く時間がかかってしまう。
案内してくれるエリクの後をトコトコ付いていく。かなり慣れているのか、整備されていない道にもかかわらずスラスラ歩いている。
一方でフィオは蜘蛛の巣にビックリしたり、草で隠れていた石に足をぶつけたり、良い所なしだ。
魔力で体を強化した方がいいのかもしれないが、これから旅をしようとしているのに、こういう道に慣れておかないと苦しい事になるだろうと思い、我慢した。
神の姿が早くも懐かしくなる。
「ふふ、あっすみません。笑ってしまって。ただ、旅人と言うのは嘘だったんだなと思いまして」
「……いや、笑ってくれて構わない。実際にそうだからね。それと別に口調とかに気を付けなくてもいい」
「……そう? フィオさんの方が年上だと思うけど。それと嘘の件についてはこれ以上は聞かないようにします。助けてくれたお礼だよ」
「助かる。込み入った事情があるんだ」
「ただ、ちょっと気になるんだけど、あの森の先で何をしていたの? あの先はメラン教の遺跡しかないけど」
遺跡……少し聞いてみたほうがいいか。
「ただ通り過ぎたら気になったから調べていたんだ。用事は特にない。君はあそこを知っているのか」
「知っているというほどでもないけどね、僕達『レティクス一族』は世界中にある教会の遺跡を調べて、神々の復活を使命にしているんだ」
エリクは自分の一族に誇りがあるんだろう、自信に満ちた顔をした。
それにしても神々の復活を使命にするレティクス一族か……聞いた事がなかった。意味を素直に受け止めればフィオが眠りについた後活動しているため、知らなくて当然と言えば当然だが。
気になるのは遺跡と言う単語と世界中と言う言葉だ。もしかして他の神々の教会も廃れてしまったのだろうか? そう言えば神の姿の時、眠りから覚めてから力が以前ほど出ないなと思っていたが、復活直後だったからではなく、単に人々の信仰心が以前ほどではなかったため、力が出なくなっていたのだろうか?
人が神を崇めるのは自然の摂理だったため、発想すらなかったが……。
「あれが遺跡か……噂に聞いていたが」
「そう魔物が出現した頃に、神を崇めていた頃にあったと言われる建造物。滅びてから数百年は経ったから、ほとんど伝わっていないよね。調べがいがある」
「興奮しているとこ悪いが、どうして教会は廃れたんだ?」
「現存している教会の関係者や、一族とでは意見が分かれるところだよ。聞きたい?」
歩きをゆっくりにしながら、エリクは聞いてくる。フィオはかまわないと伝えた。
「教会は魔物に襲われた、魔族に扇動されたなんて言うけど、僕は違うと思うな。魔物出現期は丁度神々が眠った頃なんだ。その頃の人は保護者が消えた子供みたいな心境だったと思うんだ、だから心の支えを失った人は助けてくれない神に怒りを向けてしまったんじゃないかと思う」
「八つ当たりだというのか。不安な時だからこそ親を、神を頼るべきだろう。教会の言う通り魔物のせいじゃないか?」
「ずっと頼っていたんだ。そこで消えたら、頼れなくなったら怒りの矛先を向けても可笑しくない。信じられないかもしれないけど、その時にいた人しか感じられない、恐怖とかがあったんだと思うんだ」
「そうか……それで、あんな場所にある教会すら滅ぶ事になったのか」
「あそこは特別かな。メラン教って言って冥界神を崇めていたみたいなんだけど、魔物を生み出したのは冥界神だって話になって、積極的に襲われたって伝承が残されているんだ。これに関しては教会も人の手で攻撃されたと認めている。冥界神が邪神かは今となっては分からないけど、メラン教っていうのは地域によっては邪教扱いされているらしいね」
憎しみや怒りも関心の一つ、信仰と同じだ。だからそれ自体は神の力になるのだが、フィオことメランズイヤーは邪神ではない。そのため力にならない。
「とにかく僕達の一族は神様に現状をなんとかしてもらうべく、遺跡を調べて神様の起こす方法を調べている訳なんだ」
「そうか」
「そうかって、それだけ!? これ結構大事な事だと思うんだ。平和になるかもしれないんだよ?」
「確証がない事だからな、期待半分ってとこかな」
「なんていうか、夢がないんだね」
「現実的と言ってほしいんだが。それで、君達はこの辺に調べに来たついでに休息か?」
「いや、僕達は今エレオカ村に定住している」
何を言っているんだ、フィオの足が止まる。続いてエリクも立ち止まる。
「今世界中を調べているって言わなかったか?」
「まぁ、そうだけどさ。最近魔物が活発化していて危ないから、この村で様子見をしているんだ。もう数十年は様子を窺っている」
「それじゃあ、君は旅に出た事は」
「ない……かな」
心なしか引きつったようにアハハと笑うエリクに大丈夫かなと思うフィオだった。