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魂が冥界に来ないんだが

 『アーティクシ神話』……もはや神々でさえ忘れてしまったほどの古の時代、そこは後に『大いなる神々』と呼ばれるもの達がいた。大いなる神々は自らの体から世界を生み出し、そして『曙光の神々』を創造した後、いずこかに消えた。

 曙光の神々は残された大地に己が司る物質で生命を生み出し繁栄させる事にした。こうして誕生したのが『アーティクシ』と呼ばれる世界である。

 アーティクシと呼ばれる世界が一定の繁栄をしている事を確認した後、曙光の神々もそれぞれが住む世界で長い休眠をする事となった。

 神々がいない世界において、最初に統一を果そうとしたのは最高神・ルクスを信仰していた人族と言う種であった。彼らは神から授かった魔法と文明で他種族と戦ったり共存したりしながら大陸の南半分を支配する事に成功した。

 しかしそこで現れたのが魔族と言う神々が人間に紹介した事がない種族であった。

 大陸の北半分を支配する魔王の魔物軍団と、南半分を支配する人間種は長い間交戦を繰り返すことになる。

 この種族間戦争は月日が流れるごとに激化する一方で、どちらの種族も目に見えて疲弊していった。


 そして現在、この戦争に頭を悩ませる神がいた――







「……ふぅ。今日も相変わらず、だな」


 椅子の背もたれに体重をかけながらそう呟いたのは、黒いマントのようなコートのような衣を纏い、威厳のある装飾品を身に着けた、一目で分かる威圧感がある神――『曙光の神々』の一柱・冥界神メランズイヤーだった。

 本来であれば冥界の神であるメランは忙しい身だ。何せどんな生命も必ずこの場所へやって来るものだ。そうメラン達が生命を創造した際に決めたのだから。しかし、どうした事かメランは明らかに暇そうに机にある数枚の書類を眺めていた。

 この書類は運命の神が定めた生命の期限が書かれた紙で、つまり今後予定されている死者が書かれている。本来はこの書類を見て命の灯が消える人物の元に部下である死神を向かわせるのがメランの仕事だ。だが残念ながら現在では死神を向かわせる事が出来ないのだ。


「おーい、ベテランのコネクンが魔物にやられて帰って来たぞー!!」

「えー! じゃ、回復するまで引継ぎを用意しなくちゃ……これから手配してきますっ」

「いや、もう既に送れる死神は送り込んでいる……残っているのは君達だけだぞ」

「えっ!? でもわたし達事務員なんですけど。あっ、ちょっとローブ引っ張らないでー!」


 メランの目の前で事務員の女性死神が仲間に引きずられていく。

 ご覧の通りこの冥界に滞在している死神は、素人しかいないという圧倒的に人手不足に陥っていたのだ。

 本来死神の仕事と言うのは、人間界で死んだ生命の魂が冥界に来た際に案内する簡単な仕事だ。

 難しい仕事といったら魂が未練に縛られ幽霊になったり、肉体に捕らわれゾンビになったりして人間界に留まっている魂を回収する事だ。どちらにせよ生者に干渉する事はない。

 しかし、こういった面倒な事態を避けるために死ぬ数日前に現れて、寿命を伝え余生を過ごさせる事で未練を無くし、回収しやすくするという行為を行っている。

 ただ、この行為のせいでいつしか人間界で死神は生者の命を奪うという誤解が生まれてしまったようだ。

 これだけなら冥界で人手不足になる事はない。問題は――


「あれ、メラン様今日も暇なのかい?」


 頭を悩ますメランの前にある机の上にぴょんと乗って来る黒猫……メランに仕える神獣のキショウだ。キショウは外見上では普通の猫との違いは額にある冥界の使いのマークぐらいだが、本来の姿は全長5mになるほどの巨大な黒猫だ。巨大なライオンといってもいいかもしれない。


「キショウか。ああ、今日も魔物が大活躍だ」

「本当にどうなっているのかねぇ、今の人間界は。死因はみんな魔物、魔物って。騎士団とか傭兵はどうしたのさ」

「そう言うな。力のあるものは前線で魔族との戦いだ。一般人を襲う魔物へ対処している余力などどこの地域にも残されてはいないだろう」


 そう言ってメランは机の上に置いてある水に手を伸ばし、飲み込んだ。


「だいたい可笑しいんだよ、魔物たち闇の眷属って。殺した命を人間界へ強制的に固定して、幽霊かゾンビにしちゃうって」

「彼ら魔物は僕達神々と、その創造物とは縛られる法則が違うようだからな。だから僕が定めた輪廻転生のシステムから外れているし、僕の力が通じない」


 戦争をやっているからたくさん人が死ぬけど、魔物に殺されているから冥界へ自動で来ない。魔物に殺されていなくても、殺伐とした世界で未練なしなんて人は多くはいまい。そのため死神が自ら冥界へ連れていくために人間界へと行くが、大量に幽霊になっているため人が足りなくなるうえに、魔物や幽霊に攻撃され傷を負ってしまう。

 そして冥界に魂が来ないと転生させる事が出来なくなる。それは新しいものが生まれない事を意味している。生命であれ、発明であれ。


「これはお手上げだ」

「メラン様、一応高位の神様なんだからさ、諦めずに頑張った方がいいんじゃない」


 キショウは呆れ顔をしている。たしかに言いたいことはメランにも分かる。これでも輪廻転生を司る冥界の神、せっかく作った転生システムを正体不明の魔王と手下に壊されるのは嫌だとハッキリ言える。

 しかし……。


「打てる手は打った。動ける死神は既に人間界にいる。僕に出来る事はないよ」

「フフッ、まだあるじゃないか。メラン様自らが魔王を倒すんだよ」


 一瞬、何を言われたのかメランは理解できなかった。キショウは今何を言った? たしかこの僕に魔王を倒せと言ったか?


「キショウ悪いけどそれは出来ない。兄妹と約束したんだ。眠りから目覚めた時、人間界に干渉せずその進化を見守ろう……とね」

「見守っている最中に滅んだらどうするんだい?」

「絶滅するようなら、それまでの種族という事だ。人間の代わりに魔族が発展するだろう。神々にとっては嫌な結末だがな」

「ん~じゃあさ、魔族と戦うんじゃなく、幽霊を成仏させる事に専念すれば? それなら干渉せずに転生システムを正しく出来るよ」

「むっ、それは」


 たしかに悪くない手だ。魔族という存在は人間達の手で解決してもらうにしても、時間はかかるだろう。しかし転生システムは限界が近い。早期に解決しなければならない。メラン自身が現場に赴き浄化活動をしていれば、この戦争に決着がつくまではシステムも持つはずだ。

 問題があるとすれば……。


――僕自身……か。


 正直な話、メランは戦闘の神ではない。魔物に後れを取るとは思わないが複数に囲まれれば他の死神同様に傷を負うのは間違いないだろう。人間界に行くとなれば人間に変身しなければいけないので、弱体化は避けられない。

 それに眠りから起きてから不思議と力が沸いてこない。以前ほどの力が出せないのだ。

 しかし何もしないでシステムが崩壊、というよりかはマシな提案だとメランには思えた。


「悪くはないな。よし! それでは暫く僕は冥界を離れ人間界を回る事にしよう。他の皆にも説明して業務を引き継いでもらう。呼んで来てくれ」

「メラン様、この部屋に今いるメンバーで全員ですよ」


 そう言ったのは事務をしている死神の一人だ。他にも数名だけこの部屋にいる。

 そうか、これが全員か……。


「メラン様、メラン教の総本山はアーティクシの中心にそびえる大きな山にあったはずだよ。そこは人間と魔族の最前線になるだろうから、幽霊は多いだろうけど、降臨するなら辺境の地が安心でいいんじゃない?」


 確かに危険地帯こそがメランの仕事場と言えるが、人間界に数百年ぶりに訪れるのに急にそこに行っては何が起こるか分からない。まずは安全地帯から情報を得て進むべきだろう。


「辺境の地に僕の神殿があったな、傍に『エレオカ村』もあったはずだし、まずはそこか」

「そうだねぇ。たしかにそこなら魔物は少ないし、いいんじゃないかい」


 キショウはかつての記憶を思い出しつつ、メランへと同調する。

魂の回収と人間界でバテているであろう死神の冥界送り、いつ終わるか分からない旅路だ。慎重になるのは当然と言える。


「では決まりだな。さっそく出発するとしよう」


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