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テレキャスター

作者: 泉 茜

 世界一綺麗な世界にいるんだ、と思った。

 静かに高まっていく熱狂、耳元で突き刺すように歌われるテレキャスター。この世界に、自分とステージで輝く演者以外何もいないような錯覚に堕ちていく。ふわふわした感覚の中で、自分の頬を温かいものが伝って落ちていくのがわかった。だが、この涙が何に対して感じたものなのかが分からない。頭の中では、スローモーションのように流れていく音をひとつひとつ大事に集めることに必死で、自分のことなど構っていられなかったのだ。

 それでも、涙は止まらなかった。音が進めば進むほど、握りしめた手の上にとめどなく落ちていく。自分の視界が滲んだ照明でどんどん煌めきを増していく。暗いライブハウスで眩しいほどのそれは、照明だけの輝きでは無いように感じた。テレキャスターから、声から生まれる命の輝き、無機質に命を吹き込むようなあたたかな何かの溢れてしまいそうな光。


 ああ、これは恋のようだ。テレキャスターを弾き狂い、楽しげにも悲痛にも歌い続ける彼は、一つの音を創り、恋をするように大切にしているのだ、と初めて分かった。


 音楽の解釈に正解と呼ばれるものは存在しない。こう思っているのは世界中探しても自分だけかもしれない。それでも、自分が感じたこの気持ちは、これからも何よりも大切なものになっていく気がした。

 初めて聴いた時、訳もわからず引き込まれたイヤホン越しの音の波に、すべての隔たりを突き抜けて呑まれている。その幸せはお金の価値だとか、人の命の重さだとか、そういうものでは量ることができない儚いものだろう。世界に必ずしも必要か言われればそんなこともなく、これに触れずに生きていく人だって何人もいる。例え触れていたとしても、この一角の小さなライブハウスではないかもしれない。もっと大きなホールで、或いは高校の体育館で。

 音楽を演じる者は、いつだって無意識のうちに何かに恋をしているようだ。自分の音に、客席から自分に向けられるときめきに、自分と向き合っている曲に。

 もっとも、こういう気持ちを「恋」と形容していいのかはわからない。咄嗟に浮かんだ言葉は恋だったが、他の表現をすべきなのかもしれない。一年後にはもっと違う表現ができるようになるかもしれない。

 だが、今の自分には、確かに恋だったのだ。それだけで、宝箱が充分に満たされた。心の中をのぞくと、テレキャスターの唸るような音が、いつも恋する誰かのように、耳元で励ましてくれるようだった。


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