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かわいそうなお月さん

作者: 前岡光明

            序 章 


 お月さんは、どうして、いつも同じ顔を見せてくれるのでしょう。

 私が、いつもお月さんを眺めているから、お月さんも私のことを見ているみたい。

 でも、お月さんの顔が満ち欠けするのは、気の毒だわ。満月からだんだん顔が細くなっていく時は、必死に我慢しているようだわ。でも、真っ白な新月から少しずつ大きくなって、丸くなっていく時はとてもうれしそうです。

 それに昼間のお月さんは、青白い顔をして、とても寂しそう。

 私は、お月さんは寂しいのをこらえて、必死に生きているように思えてならないの。私のように、ひたすら耐えて、ね。


 私はお父さんと離れて、長野の祖父母の家に居ます。

 エンジニヤのお父さんは、一人で、東京で働いています。

 お母さんは、九年前、私が小学三年の時、肺がんの病気で亡くなりました。

 私は慢性白血病と診断されて一年経ちました。骨髄提供してくれるドナーが現れるのを待っています。




第一章 月は自転していない

  

   一

 ある秋の夜更け。

 パジャマ姿のハナちゃんが、二階の自室の窓際に佇んで、月を眺めています。長い髪のすらりとした人だ。

 冷たい風が吹き込んできて、ハナちゃんは窓を閉めた。

 ハナちゃんがひとりごと。

「月が、常に地球に同じ面を向けているのは、月が地球の周りを回る公転周期27.32日が、月の自転周期27.32日と一致するからだ、と本に書いてあったわ。

 月も地球も、昔はもっと速い速度で自転していたが、潮汐作用が少しずつ自転速度にブレーキをかけているそうです。

 そうすれば、月は自転速度を落として、地球に向けている顔がずれていくのでしょう。

 お月さんのウサギが、見えなくなったら、寂しいわ」

 

「だいじょうぶだよ。ハナちゃん。お月さんは横向かないよ」と、小さな声が聞こえてきた。

「そうなの?」

「永遠に、今の顔を地球に向けたままさ」

「永久に、横向かないのね。どうして?」と言って、ハナちゃんは気づいた。

 きょろきょろ辺りを見回す。

「あなたは誰? 誰なの?」

「俺は、水分子」

「どこにいるの?」

「今さっき、君の体に入った」

「まあ!」

「俺は海から蒸発して、あちこち旅してきた。さっき、その窓から部屋に入って、君の鼻から体に入った。しばらく、君の体で過ごすだろう。よろしくな」と、水分子。

「こちらこそ、よろしくお願いします」と、ハナちゃんは、自分に頭を下げた。


「俺は、年齢70億歳だから、太陽系のことは誕生した時から知っている」

「どうして、お月さんは横向かないって、分かるの?」

「だって、お月さんは自転してないよ」

「でも、月の公転周期と自転周期が一致するから、いつも月は地球に同じ面を見せているのでしょう」

「そういう時期もあった。でも、今は、お月さんの自転は止まっている。

詳しく話そう」



  二

 45億年前、生まれたばかりの地球も月も、速い速度で自転していた。

 しかし、その頃、月は地球に近づいて、衛星、正確に言うと連星になった。

 その頃、渦巻いた分子雲ベルトが互いに近づいたので、その上の惑星の卵たちは合体して成長した。地球は何度も合体してこれだけ大きくなったし、月だって合体していた。

 地球の衛星になった月は、潮汐作用でだんだん自転速度が遅くなった。

 それはお互い様で、地球も海水が月の引力で引き摺られ、あるいは地殻が引っ張られて、その摩擦で自転速度が遅くなっている。

 しかし、小さな月は、はるかに大きな影響を受けた。

 月の表面は固まっているが、内部は熔けている。外から引っ張られると、硬い表面と柔らかい内部の境が、ギグシャグ、ずれるんだな。その摩擦で、自転にブレーキがかかる。

 ともかく月の回転が、少しずつ遅くなってきて、自転周期が3日、4日、10日、20日と、だんだん延びてきた。

 やがて、自転周期が26日、27日となり、そして、27.32日と、ちょうど月が地球の回りを回る公転周期と一致した瞬間があった。その時は、月は地球に同じ顔を見せたさ。

 でも、潮汐作用が続いているから、自転周期が28日、29日と延び続ける。その月の顔は、今度は、逆方向にずれ出した。ずれる速度はとても遅くなったが、自転周期が100日、1000日となって、とうとう、今の顔を見せたままになってしまった。自転が止まってしまったのさ。

 そうやって何億年も、月は同じ姿勢でいたから、今では、月の重心が片寄ってしまった。2.0㎞地球側に寄って、公転運動の進行方向に1.2㎞出ている。

 重たい芯部が地球の引力に引かれて移動し、その分、芯部の回転半径が短くなって遠心力が強まり、前に出たわけだ。

 月の直径は1,738㎞もあるから2.0㎞はほんのわずかだけど、重心が傾きだした月に、自転してみろと言っても、ふらついて無理だよ」

「それじゃ、お月さんは、永遠に同じ顔を地球に向けるのね」

 安心したハナちゃんは、くたびれてベッドに横たわった。

 でも、少し興奮していて、頭は冴えている。

 ハナちゃんは、素晴らしいことを思いついたのだ。

 

           三

ハナちゃんが呟いている。

 お月さんが、いつも同じ面を地球に向けているなら、月から地球に縄梯子を降ろしたら、どうでしょう。

 それを登って月に行くのです。

 ロケットでなくとも、いつでも好きな時に月に行けるでしょう。

 私は、その梯子に登って、東京にいるお父さんの姿を探すわ。

 私とお父さんは、毎日、電話かメールをしてます。そして、お互い、寂しくなった時は、お月さんを見ていようねって、約束しているの。

 梯子を昇っている私を見つけたら、お父さんはびっくりするでしょうね。

 でも、私はこの病気を治さないとね……。




          第二章 わずかに離れゆく月

           

            一

 次の朝,ハナちゃんがベッドに腰かけ、独り言。

 私は、ふしぎなの。

 今、私は、万有引力のことを勉強しているけど、あれは、重さが重くなるほど引力が大きく働くということでしょう。

 月には、隕石がぶつかった痕の、クレーターがたくさんあります。地球にだって同じように隕石が衝突したでしょう。地球には大気があるから雨風で浸食されてクレーターは消えてしまいましたが、地図を見ると、それらしい大きな痕はあるわ。

 ともかく、月も地球もたくさん隕石がぶつかって、重くなりました。

 それなのに、アポロ計画で月面に置いてきた反射板を使って測定すると、年に3.8㎝ほど、月が離れていくそうです。

 どうして、月は離れていくのでしょうね。


「ハナちゃんの言うとおり、月も地球もその形が整ってから、たくさんの隕石が衝突した。ほんのわずかだが、どちらも質量を増している。

 だから、月が離れていくことをふしぎに思うのはわかる。

 でも、月が地球から離れ出したのは、別な理由がある」と、水分子。

「水分子ね、どこにいるの?」

「ハナちゃんの頭の中」


「月の重心は地球に寄っているというのに、月自体は離れて行くのは、変じゃない?」

「月全体のことと、月の内部のことは別なんだよ」

「そうね。では、どうして月は離れていくの? どういう理由なの?」

「うん。今から話すよ」


           二

「最初、原始地球は水素ガスに包まれていて、今より何十倍も重たかった。月も重かった。そして、太陽に流れ込む分子雲ベルトが渦巻いて、原始地球と原始月は近づいて、合体する運命だった。

 ところが、その頃、太陽の中心部で水素の核融合に点火して、大規模なフレアの噴出、言ってみれば爆発を起したから、それで原始地球も原始月も、水素ガスが吹き飛ばされた。

地球は軽くなって、引力が弱くなった。そして、月は地球に捕らえられたままその周りを回りながら離れた。

 離れだした月は、角運動量保存の法則というのに従って公転速度を落としながら、その遠心力が地球の引力と釣り合う位置に落ち着いたのだ。

 この出来事の余韻で、月は地球から離れる傾向にある」

「そうなの」

「年間で3.8㎝だから、10億年で3.8万㎞。これは、月と地球の間の平均距離38.4万㎞の10%だ。

もっとも、太陽はあと50億年の命だから、その時は月は今より1.5倍、離れている」

「えっ、そうなの。あと50億年で太陽は爆発してしまうのね」

「太陽の寿命はおよそ100億年で、今46億歳だ」

「もうひとつ理由がある。太陽が月を引っ張って、月が離れる傾向になっている」


 満月は大きく見えるだろう。黄色いから、色彩効果で大きく見えることもあるが、実際に地球に近ずいていて、大きいのだ。

 満月は、太陽と反対側にいる時だ。

 地球の外側に居る月を、地球と太陽とが同じ方向に引っ張っている。それで、満月は地球に近づくのだ。

 逆に、新月の時は、地球と太陽の間に月が居て、両側から引っ張り合うから、月は地球から離れるので、小さく見える。


 地球と月の間は、満月の時で、35.6万㎞、地球の直径は12,750㎞だから、その28個分離れている。

 新月の時は、40.7万㎞、だから、地球32個分離れている。

 満月と新月とでは、地球と月のあいだの距離は、地球4個分ほども違う。


「それじゃ、月の縄梯子が、届かなくなる時があるわ」と、ハナちゃんのがっかりした顔。


            三

 その日、勉強に疲れたハナちゃんが、ベッドに仰向けになり、想いにふけっていました。

 私はこの病気が治ることを信じ、頑張ります。ドナーが見つかっても、肝心の私が自滅していたら、何もなりませんわ。

 お母さんを病気で亡くして、私はお医者さんになろうと思いました。高校では、医科大学を目指して勉強していました。でも、この病気になって休学してます。私は高校3年の教科書、参考書も取り揃え、自分で勉強しています。高卒認定試験を受けるつもりです。

勉強に熱中し過ぎると微熱が出ることが多いですが、毎日、少しずつでも勉強を続けています。

 お月さんに梯子を下げて登ろうなどと、私は、空想の世界に逃げていたらいけないわ。

 お月さんに梯子をぶら下げても、届かないことが分かって、吹っ切れました。

 でも、お月さんのことを考えるのは楽しいですから、いろいろ考えます。そして、勉強もします。

 そして、ハナちゃんは、決意したのです。

「髪を短くしよう!」と呟きました。

 赤ちゃんの時から伸ばしてきた髪でした。

 このことは、だいぶ前から秘かに悩んでいたことでした。

 この時、ハナちゃんは、自分の体が身震いし、熱く燃えるように思いました。彼女の体の中にいるたくさんの水分子たちが、ハナちゃんの覚悟に打たれ、スイッチが入って彼女の応援団になった瞬間でした。

 ハナちゃんは、おばあちゃんに、「髪を切ってください」と、お願いしました。「髪を洗いやすいようにします」と言いました。

 鋏を持ったおばあちゃんは、抗がん剤の副作用でハナちゃんの髪の毛が抜けることを思い、涙がこぼれました。



        第三章 月の公転運動


           一

「新月の時、地球から顔を隠したお月さんは、太陽と地球との間に居ます。この時、太陽と地球はお月さんを引っ張り合いします。太陽が強く引っ張るので、お月さんは地球から離れる傾向にあるのだわ」

 と、おかっぱ頭のハナちゃんが気づきました。自分で考えました。

「正解!」

 この時、ハナちゃんの体の中で水分子たちの熱い拍手の波が揺れました。


「お月さんは地球に捕らえられていて、その地球は太陽に捕らえられているでしょう。そのお月さんが直接太陽に引っ張られたら、地球は大変ね」

「いや、お月さんと地球は、いっしょに、同じように太陽に捕えられている」と、水分子。

「どうして? お月さんは、地球の回りをハナマルのようにくるくる回りながら、太陽の周りを公転しているのでしょう」

「そうじゃない。他の星から見たら、地球と月はもつれ合うようにして太陽の周りを公転している」

ハナちゃんは首をかしげた。


「月は、地球の先になったり、後になったりして、地球といっしょに太陽の周りを回っているのだよ」

「どうして、お月さんは地球の周りを先に行ったり、後になったりして動けるの?

速く行ったり遅れたり、速度を変えなければならないでしょう。どうしてそうなるの?」

「速度は変わらないよ。

 ほら、満月は地球に近づいて、逆に、新月は地球から離れるだろう。月が地球の周りを回る軌道は、内側が長くて、外側が短くて、回る距離が違うんだよ」

「えっ?」

「お月さんは地球の周りをくねくねくねるように回りながら、太陽の周りを回っているから、お月さんの実際の速度は、地球の速度より少し速いんだ」

「うん。それはわかるわ」

「地球の後ろに居た半月が、外側を通って、満月になる時はふくらみが小さくて距離が短い。だから、月は地球を追い抜いて前にくるのさ。

 そして、地球の前に居た半月が、新月になる内側を通る時はふくらみが大きくて長い距離になるから、時間がかかって、地球の後ろにくるのだ」

 ハナちゃんは納得。顔が輝く。

「じゃあ、半月から半月の間の時間は、満月側と新月側で違うのね」と、ハナちゃんが大発見。

 体の中の水分子たちが拍手。

           

            二

 高揚した気分のハナちゃん。

「お月さんはいつも地球にウサギの面を向けている。

 でも、太陽には、満月の時はウサギの面を見せているけど、新月の時は反対側を見せている。これって、月は自転していることにならない?」

「太陽からみたら、月は27.34日サイクルで、自転している。もちろん、見かけの自転運動だ」

 しばらく考え込んだハナちゃん。

 納得した顔。

「お月さんが地球より内側にいる時は、ウサギと反対側の面を、お月さんが地球の外側にいる時は、ウサギの面を、太陽に見せているのね」




       第四章 月が弾かれること


「お月さんに、小惑星か何かがぶつかって、地球から離れて行ってしまうことはないの?」

「簡単には、月は飛び出していかないよ。

 地球にしろ月にしろ、とても巨大なものだ。そういう天体が引力でくっつこうとするのを、回転運動の遠心力で釣り合っている。それはとても大きな力が働いているんだよ。

 公転運動して平衡を保っている天体は、少々の物がぶつかっても、動じないよ。

 もし、とても大きな小惑星がお月さんに内側からぶつかって、お月さんが外側へ弾かれたとするね。その時は、角運動量保存の法則が働いて、お月さんは少し離れて釣り合う位置で再び公転運動をする。

 その時も、お月さんは地球に今と同じ姿を見せる」

「では、もっと大きな天体がぶつかったら?」

「独立分子雲である太陽系では、お月さんにぶつかる無法者は、オールトの雲から来る彗星ぐらいしか考えられないが、それらはそんなに大きくない。

 もし仮に、お月さんが地球の引力圏の外へ弾かれたとしたら、その時は楕円軌道で太陽の周りを公転する準惑星になる」

 ハナちゃんは、ほっとしました。




        第五章 月 蝕


            一

「私はいつもお月さんを見ています。今日みたいな雨の日は、お月さんが居ないので、寂しくてたまりません」

 と、ハナちゃんがベッドに腰かけて、独り言。すると、

「お月さんは雲の上で輝いているよ」と、水分子の小さな声。


「私は、お月さんが満ち欠けするのが、気の毒です。満月の時はあんなに輝いていたお月さんが、だんだん欠けていくのはかわいそうです」

「ハナちゃん、錯覚しているよ。

 お月さんが満ち欠けするのは、あれは、丸いお月さんに太陽の光が当たった部分が黄色くて、当たらなかった陰の部分が黒いのを、地球からハナちゃんが見ているのだ」と、水分子の小さな声。

「そうだわね。お月さんはいつも太陽の光を浴びているのね」

 そして、ハナちゃんは気づいた。

「昼間のお月さんが青白いのは、空が明るいから、お月さんの黄色が薄まっているのだ」

 水分子たちの拍手。ハナちゃんは得意、ゾクゾクと体が震えました。


            二

 ハナちゃんは、ふと考えた。

「月蝕で月に影が出来るのは、地球が影を落としているのでしょう?」

「そうだよ」

「でも、なんだか変ね。どういう時に、地球の影がお月さんに落ちるの?」

「月蝕というのは、地球の影が満月の表面に映ったのを見ているのさ。

 太陽と地球と月が一直線に並んだら、皆既月蝕だ」

「なぜ、満月の時なの?」

「満月というのは、太陽と地球と月が一直線に並んでいるのだ」

「では、満月の時に、いつも月蝕にならないのはなぜなの?」

「ホイ、これは失礼。説明が足りなかった」と、水分子。


「月の公転面の白道は、地球の公転面の黄道と5度傾いている。

 だから、月は、地球の回りを一周する間に、規則正しく5度上がって、5度下がって、上下に振れているんだ。

 だから、太陽と地球と月が平面的に一直線に並んでも、月の位置が少し高かったり低かったりすると、地球の影は月に映らないんだ。

 逆に言うと、それで満月の瞬間を見ることが出来るんだ」

「たまたま、お月さんの位置が0度の時に、一直線に並んだら、地球の影が映って、皆既月食なのね」

 また、水分子たちの拍手で、体が、ゾクッ。




         第六章 月の生い立ち


            一

 今頃、お父さんも、このお月さんを見ているかしら?

 毎日、電話とメールで連絡しているけど、このお月さんをお父さんと二人で見ていると思うと、気持が落ち着きます。

 ドナーの人が現われないかしら……。

 私を救い出してください。


 骨髄移植療法というのは、たくさんの抗がん剤や全身放射線照射で、白血病細胞を殺してしまってから、よその人の骨髄を移植して、骨髄中の造血細胞を回復させる治療法です。

 でも、脊髄から髄液を1リットル近くも採取するのはとても大変なことだし、それに三、四日入院しなければならないから、ドナー登録をしている人は少ないの。

 私の血液型に合う人でなければ、拒絶反応をして、だめなの。近親者の血が適合する可能性が高いんだけど、私は一人っ子ですし、お父さんの血は合わないし、お母さんはいないし、お母さんの兄弟もいません。

 でも、どこかに、私と同じ血を持った人がいるかもしれないと思って、そういうドナーが現われるのを私は待っています。

 私は毎日抗がん剤を4錠飲みます。とても高価な薬です。そして、時々、病院で、注射をしてます。でもそれは、白血球数を押さえるだけの現状維持で、根本的な治療ではありません。ちょっと油断すると、白血球の数がぶり返してしまいます。

 時々微熱が出るので、そんな時は静かにしています。

 今も、少し熱っぽいです。


「よし、それじゃ、横になりな。俺がお月さんのことを話してやろう。眠たくなったら眠っていいよ」と、水分子。


            二

 45億年前、月も、地球も、分子雲の核として成長した。その頃の原始地球も原始月も厚く水素ガスに包まれていた。それに太陽に近かったので、温室効果で、マグマオーシャン、熔岩の海と言って、地球も月も、表面まで熔けていた。

 太陽に流れ込む分子雲ベルトが渦巻くと、いわゆる渦状腕になって、太陽に引き込まれることは免れた。しかし、地球のベルトと月のベルトが巻き取られて近づき、地球は月を引き寄せ始めたのだ。


 その頃、水素の核融合反応に点火したばかりの太陽が、大規模なフレアを噴出した。小さな爆発と思っていい。

 このフレアで、太陽の周りの小惑星や衛星たちは吹き飛ばされて小惑星帯を造ったし、まとっていた水素ガスを吹き飛ばされた惑星たちは、岩石型惑星となった。

 そして、月は、地球の水素ガスが吹き飛ばされて引力が減ったので、地球から逃れられた。

 そして、月は地球の衛星になった。

 

「月が、もし分子雲ベルトの巻き取り段階で地球と合体していたら、地球の質量は1.2%増えていた」

「えっ? たった1.2%?」

「月は見かけは大きいけど軽いんだ」


            三

 マグマオーシャンの頃は、地球の海の水は、皆蒸発して空中に居た。雨が降っても、地上に届かなかった。

 地球の水がそれほど逃げていかなかったのは、引力で引き留めたからだ。

 太陽の大規模なフレアを浴びて、地球の周りの軽い水素ガスが吹き飛ばされた。そうすると一挙にマグマオーシャンは冷えた。

 そして、雨脚が地上に届いた。海が出来て、生物が生まれた。

 地球に生物が居るのは全くの幸運だ。ハナちゃんが生きているのもそうだ。

 太陽からの距離がちょうどいい位置に地球が居て、液体の形で水が存在することと、水を引き留めるだけ地球が大きかったことだ。

 月は小さ過ぎた。

 マグマオーシャンの時、空中の水を引き留めることが出来なかった。

 月の極のクレーターに氷が見つかっている。

 月の大気にはごく薄いけど、かすかに水蒸気がある。

 水がない月には生物は生まれない。

 でも、月は地球の相棒だ。昔から大勢の人がお月さんの友達だった。


          四

 お月さんは、小さくて、自転を止められ、そして水や大気も失って、かわいそうなのね。でも必死に生きてきたのね。

 そんなお月さんは、私を慰めてくれました。

 私も、必死に勉強しています。

 私は前の学校の友人たちに負けないよう、勉強しています。

 分からないところがあると、おじいさんに聞きますし、おじいさんが分からない難しい時は図書館から本を探してきてくれます。

 私には時間はたっぷりあります。どんなに病気が苦しくとも、元気な時は勉強して、いずれ、高卒認定試験に挑戦します。


「ハナちゃんは頑張り屋さんだ。俺たち水分子は応援するぞ。

 ハナちゃん、勉強でわからないことがあったら、口に出して言うんだよ。誰か水分子が応援してくれるよ。ハナちゃんの応援団員がいっぱい居る。

 きっと、ドナーは見つかるよ。

 俺は、ハナちゃんの、今の息で体から飛び出したから、そのうち、窓から出て行く。さようなら」

「ありがとう、さようなら」




         第七章 朗 報


 それから二週間して、おじいちゃんが、

「ハナちゃん」と、私の部屋に飛び込んできた。

「ドナーが見つかった」


 二日後、お父さんが来た。

「その人に会って来た。岡山県出身の人だというので、詳しく話を聞いたら、なんと、お前のお母さんの、また従兄弟の人だった。奇跡だ。

 何のことかわからないが、その人の体にいる水分子が、ドナーになれと言ったらしい」


 私は、かわいい女の子だと言われたことも、走るのが速かったことも、友だちがたくさんいたことも、好きだった人のことも、そんなことは全部、涙で流してしまいました。

 とても痛い骨髄穿刺マルクにも、肉の塊になって、うめき声を押し殺し,耐えてきました。

 私には、もう、失うものはありません。

 抗がん剤をたくさん飲んで髪の毛がなくなっても、平気です。また生えてくるでしょう。

 私は、放射線を浴びて体中の白血病細胞を全部殺します。そして、新しい骨髄を移植してもらいます。三ヶ月の入院予定です。

 移植した髄液を私の体が受け入れるか、拒絶反応するか、わかりません。自分では、どうすることもできません。

 この治療を絶対大丈夫だと保証してくれる人はおりませんが、私はこの機会に賭けます。

                                         (おわり)





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