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代行業者は使いっ走り

作者: 雪屋なぎ

黒い帳簿を片手に、少女が扉の前に立っていた。

その扉は大きな鉄で出来ていている。


「ふむ」


彼女は大きすぎる眼鏡を落ちないよう支えると、一呼吸した。


「すみませーん、こちらソウイチ・マツナガさんのお宅ですかぁ?」


扉をノックするも、なんの反響もしない。扉を模した壁だろうか?

彼女が首を傾げていると、反応があった。


「はい……そうですが、何か御用ですか?」

「ご在宅ですね、知っていましたが」

「え」

「あのー、お話があるんですけど」


そう伝えれば、戸惑う声が聞こえる。


「君は、知らないの?」

「何がでしょう」

「危ないよ」

「でも大事な御用時なのです」


すると、ほんの少しだけ扉が開いた。

重いものを引き摺る音と供に。


「ソウイチ・マツナガさん、初めまして!代行業者のミミリンと申します」

「代行?……僕に、何の話かな?」


彼はそんな彼女を怖がっているのか、怯えた声で訊ねた。


「では始めます!」

「始める?」

「えっとですね」


黒い帳簿を両手で持つと、読み上げ始める。


「貴方はこちらの世界に召喚される時に、神であるシュトラーゼにお会いしたかと思うんですけど」

「神?」


ソウイチと呼ばれた男が、更に怯えた。


「はい。そこで力を手に入れましたよね?」


肯定の代わりに帰ってきたのは、すすり泣く声。


「大丈夫ですか?ソウイチさん」

「……は、はい」


鉄の扉の隙間からは、彼の様子は見えないが反応は分かる。


「その力の回収に参りました」

「え……」


沈黙の後、大きな音を立てて扉が開かれた。


「本当に?」

「はい」


中から現れた青年は、見た目普通である。ただ、開いた扉は厚さ20cmはあった。

それを細い腕で開けたのだ。


「早く、早く力を持っていってください!」

「ご理解が早くて助かりますー」

「もう息を吸うだけで経験値が……これ以上強くなりたくない」

「では、神シュトラーゼが貸し与えた力を回収します」


伝えた瞬間、彼は膝を付いて喜び叫んだ。


「やった、やったぁああ!!もうこれで恐怖に震えなくて良いんだ!!」

「あの、利息がありますので、貴方の徳や寿命から差し引きますね?」

「え?」


彼がそのままくたりと地面へ顔を打ち付ける。

だが、痛みに嘆くことも動く事も出来ない。


「強大な力の利息は、とても高いんですよ」


彼女は少し考えて、帳簿を閉じた。


「しょうがないなぁ。今回だけですよ?」


そう言うと、彼女は眼鏡を支えて利息を戻した。


「いた、いたたたたた、痛い!!」


途端、彼が顔を打ち付けた痛みにのたうち回る。


「痛い、痛いけど、嬉しい、痛みだ、痛いよぉおお」


鼻血を流し、涙を流し、彼は喜び叫んだ。


「ソウイチさん」

「なんだい?えっと、ミミリンさん」

「貴方の記録を見てみると、どうも不正が行われたのではないかと疑いがあります」

「そんなのどうだっていいよ、もう、壊す恐怖に怯えなくて良いんだよ?人を傷つけたりしなくて良いんだ」

「いえいえ。利息がとても高すぎて、貴方の魂すりつぶしても足りないくらいなんです」

「それは、何かしなきゃいけないの?」

「そうですねー」


ミミリンは顎に手を置いて、もったいぶったように考える。


「そのまま神様の力に転換されるか、傀儡の人生を百はこなさないと返せません」

「それはどういう……」

「何かに生まれ変わっても、神様の気分次第で体を操作されます」

「……」

「極端な事を挙げますと、神様の望むように人を操ったり殺したりする例が多いですね」


喜んでいたのに、愕然として彼が落ちこむ。


「大丈夫です。ここは裁判に持ち込みましょう!」

「裁判?裁判があるの?」

「はい。不正を行えば、上位機関から締め付けがくるのが世界の慣わし」

「不正って……僕が力を借りたからいけなかったんじゃ」

「いいえ。押し付けの場合、勝てる見込みありますよ?」

「押し付け、だったんでしょうか」


困惑する彼に、ミミリンが首を左右に振った。


「そんなんだから、召喚に選ばれたのかもしれませんね。……それも報告に上げますね」

「でも、お蔭で魔王を倒せたし……こんな場所で生活できるし……」

「なら、裁判止めますか?私はどこらでもいいですよ?」

「受ける、受けるよ!」

「分かりました」


ミミリンは黒い帳簿を開き、確認するように彼に聞く。


「ソウイチさんは、召喚される時に神から力を与えられましたね?」

「はい」

「どんな風に渡されたか、憶えていますか?」

「えっと……これから苦難の道が続くが、私が力を貸すので容易であろうって」

「そうですね。記録でも貴方からの要望は無かったようですね」

「要望?」

「力の種類についての要望です。何しろ神ですから、その世界で及ぼす力が与えられるのです」

「お金持ちになりたいとか、美味しいものを食べたいとか?」

「そうですねー。一番は、容姿に対する要求が多いです」

「容姿?」

「はい。すごい方だと生まれ変わりまでありますよ?」

「生まれ変わり?どんな?」

「ほら、両親は王様か貴族で素晴らしい容姿の持ち主。その子供として記憶を持ったまま産まれる事を望むんです」

「そんな、それじゃ、地球に帰れないじゃないか!」

「そうですねー。でも極端な例なので、そうそうないですけど」

「だ、だよな」


鼻血が詰まったのか、彼は失礼と言うと背を向けて鼻をかむ。


「貴方の場合、力の大きさを知らずに受け、神の要求に応じたので、情状酌量を狙っていきましょう」

「それをしないと、神様の人形になってしまうんですね」

「それか、神様の力の糧になります」

「それはどういう事になるのかな?」

「さっき言いました、魂をすり潰してになりますので、無に帰します」

「つまり?」

「存在がなくなります」

「……」


彼が呆然としていると、あたりに鐘の音が鳴り響いた。


「え?なに?」

「開廷です」

「開廷!?もう?」

「さ、行きますよ。心の準備をしててくださいねー」

「う、うわあぁああああ」


今日のノルマはこの男だけなので、ミミリンはにっこりと微笑んだ。


「本当に、あなたは運がいいですねー」

「た、たすけてぇえええ」


男の手首を掴み、彼女は空間を越える。そう、彼は服を着ていなかった。なぜなら、彼のレベルは、服すら破損してしまう程の強力な数値を持っていたからだ。


「服さえ着ていないのは、同情の価値ありますよ」

「いやぁあああ」


神様の裁判所で悲鳴が上がった。




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