オリジナルの昔話を考えた結果
「暇だから、オリジナルの昔話を考えたわ!」
文芸部の部室で、幼馴染の綾香が突然そんなことを言う。
エロ本……もとい、やたら挿絵がエロいライトノベルを読んでいた俺は、本を閉じ顔を上げる。
「はい。めでたしめでたし」
「……ちょ、何でいきなり終わらせるのよ! 和磨、あんたバカなの? 死ぬの? 死んじゃ嫌よ!」
「デレるの早過ぎ。もう少しツンツンしてないと、ギャップ萌えにならないぞ」
「これぞ、即デレ。新しいタイプの萌えよ」
チョロインの間違いだろ。
すでに量産されてるよ。
「じゃあ早速、そのオリジナリティ溢れる素晴らしい昔話を聞かせてくれるか?」
「はっ? ちょ……私そこまでは言ってないけど……」
「え? なんだって?」
「このタイミングで難聴スキル発動させんな! ……というか、そ、それだと……和磨が主人公で、私がヒロインみたいじゃん……」
セリフの後半、綾香は急に口の中だけで呟くような小声になった。
はて、あまりにも小声過ぎて、本当に聞こえなかったんだが……
まさかこれが真の難聴スキルというやつなのか?
難聴スキル持ちの主人公ウゼーと思っててごめん。今のボリュームじゃ、マジで聞こえないね。
「と、とにかく、聞かせてくれよ、その昔話」
「いいわよ。世に送り出せば、すぐさま絵本化決定間違いなし。“梅太郎の仇討ち”。始まり始まり」
タイトルからして、早くも既存の作品のパロディっぽいんですけど。
桃太郎か浦島太郎……そして鶴の恩返しを逆にしたみたいな。
「むかしむかし、あるところで、おじいさんとおばあさんが死んでいました」
「早速、仇討ちに発展しそうな展開! おじいさんとおばあさんはもっと大切にして!」
「意外と知られてないだけで、昔話って結構残酷よ」
しれっとそんなことが言えるおまえが残酷だよ。
「じゃあ、続き行くね。第一発見者である梅太郎は2人を見て、こう言いました。『なんて穏やかな顔だ』」
「他殺じゃない!?」
仇討ちってタイトルで完全に先入観持ってたよ。
ミスリードってやつか。まさか綾香がそんなことを考えてたなんて。
「和磨。ちょっとうるさい。黙ってて」
「あ、ごめん」
俺は素直に頭を下げる。
すると綾香は分かればよろしい、みたいな顔をして、昔話の続きを話し始める。
「『なんて穏やかな顔だ。だが、現場の状況からして恐らくは他殺。犯人は君たちの中にいる!』とドヤ顔する梅太郎」
「え、やっぱり他殺? てか昔話というより、何かミステリーになってないか?」
「大丈夫。最後まで聞けば、ちゃんとした昔話になってるから。売れない芸人みたいに何でもかんでもツッコミを入れたいなら、今回は心の中だけにしてよね。今考えたやつだから、忘れるでしょ」
別にツッコミたいわけじゃないんだけど……
何か綾香冷たくない?
「今、この場にいるのは梅太郎と、それぞれ人語を解す世にも珍しいオオカミ、ゴリラ、ハヤブサの1匹と1頭と1羽です」
人語を解すって説明はいらないな。
あと、数え方それぞれ違う動物選ぶなよ、面倒だろ。
それと絶対、桃太郎のパクリだろ、これ。
俺は言いたいことを本当に心の中だけに留めておく。
「まず、我先にゴリラが言いました。『ウホ、ウホ、ウホホ』」
人語解してねぇ!
「そう、ゴリラの彼はホモだったのです」
そういうことなのっ!?
てか綾香。おまえホモネタ好きだな。
「次にオオカミがこう言いました。『食べるなら柔らかい赤子にするさ』」
さすがオオカミ! 怖い。
「続いてハヤブサが曇天の下、羽を大きく羽ばたかせ、こう叫びます。『キジ(笑)乙!』」
何かキジ意識してるっ!!
「そして最後に奇跡的におじいさんが息を吹き返し『犯人は梅……』『おじいさん何で死んだんだよ!』と急に憤りを感じたのか、梅太郎がおじいさんの気道を塞ぐかのような動作で、おじいさんに泣きつきます」
ちょ、どういうこと!?
今おじいさん、犯人が梅太郎って……?
「とその時、『ようやく本性を現したようじゃの、梅太郎。善人のフリをしてよくもワシらに一服盛りおったな』。やたらダンディなボイスでそう言ったのは、なんと……死んでいたはずのおばあさんでした」
生き返った!?
てか、なんでおばあさんダンディボイス!?
「『ババア。なぜ生きている?』と驚愕する梅太郎」
口悪いな。
「『なに、ただ腕をきつく縛っておいただけじゃ』とおばあさんは脈がない状態を意図的に作り出すために用いた縄を、これ見よがしに梅太郎に投げつけます」
だからどんな展開だよ。
おばあさんも梅太郎を煽るようなことしないで。
「『今すぐ、ばあさんの気道を塞ぐのをやめるんじゃ』とおばあさんが怒鳴ります」
そういえば、おじいさん。窒息寸前じゃん! ごめん。色々気になることが多くてちょっと忘れてた。
……って、あれ? おばあさんの気道?
「『耄碌したかババア!』と梅太郎は叫びましたが、おばあさんは神妙な面持ちで言います。『今、おまえが首を絞めているのは、ワシではない。ばあさんじゃ』」
……なん、だと!?
「そう、実はおじいさんとおばあさんがあまりにも似ていたため、梅太郎は勘違いをしていたのです。しかし、梅太郎にはそんなことどうでもいいことでした。なぜなら梅太郎にとっては、おじいさんもおばあさんも親の仇だったからです」
ミスリードさせといて、関係ないのかよ!
「梅太郎はなおもおじいさん……改めおばあさんの首から手を離さずに言います」
いや離せよ。おじい……じゃなくて、おばあさん死ぬから。
「『俺は梅から生まれた梅太郎。どんぶらこどんぶらこと川を流れ、結局誰にも拾われず、鬼ヶ島に漂着した哀れな男だ』」
……切ない。
そしてやっぱ桃太郎のパロディだね。
「『だが、そんな俺を鬼たちは愛情をこめて育ててくれた。俺の自慢の親だ。しかし、おまえらが育てたあの桃野郎のせいで、俺は親を失った。だから俺は桃野郎に復讐を誓った』」
じゃあ、なんで今、例の桃野郎さんではなく、その育ての親であるおじいさんとおばあさんを殺そうとしてんだよ。
「『復讐を誓った……んだが、さすがに有名な主人公だぜ。俺じゃ勝てない。だからせめて一矢報いようとここに来たんだよ!』と梅太郎は誰も聞いてもいないことを、長々と話しました」
一矢報いる方法が最低過ぎる。
「ちなみに、まったく話に絡んでこない動物たちは、梅太郎とは縁もゆかりもない、ただの通行人でした」
マジで?
梅太郎。通行人に罪をなすりつけようとしてたの?
「『梅太郎。おまえのそれは仇討ちではない。なぜなら、鬼たちは生きているからじゃ』とおじいさんは衝撃的な作り話を展開させようとし、『鬼ヶ島での一部始終見てんだよ、こっちは!』と梅太郎の逆鱗に触れてしまいます」
何してんのおじいさん。
「そこで咄嗟に『なんてな』と変顔でテヘペロまでかますおじいさん。すると梅太郎はあまりの怒りで、おばあさんの首から手を離してしまいました」
ようやく離した。おばあさん、生きてる? 大丈夫?
「なんだかんだで、10分ほど首を絞められていたおばあさんは……じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃか、ダン! 生きています」
どうした? 急に。
そういう演出いらないよね、昔話に。
てか、おばあさん、生きてんだね。
よかったけど……普通に考えておかしいよね。
「そう、本当は心優しい梅太郎は、無意識の内に首を絞める手を緩めていたのです」
梅太郎くん……。
「『おい、ババ……じゃなくて、ジジイ! 覚悟はできてんだろうな。』と梅太郎は怒鳴ります。しかしここでおじいさんが不敵な笑みを浮かべ、『どうやらここまでのようじゃの。梅太郎』。『ど、どういうことだ』と梅太郎は動揺します」
なに、なに、どうしたの?
おじいさん不敵な笑み浮かべるって、最早悪者のような……
「『わしらの自慢の息子が来てくれたようじゃ』とおじいさんは他力本願全開に高笑いしました」
例の桃野郎さん来たー!
「梅太郎。絶体絶命のピンチです。しかしいつまでたっても桃野郎は姿を現しません。『どうしたんじゃ息子よ。早く来い』とおじいさんは微妙に焦りつつ、GPSで桃野郎の位置を確認します」
「ちょっと待った、綾香。さすがに口出しするよ、それは」
「和磨。随分久しぶりに喋ったね」
おかげさまでね。
「じゃなくて、GPSはさすがに許容できないぞ。今してるのは昔話だろ?」
「安心して。グレート・ポジショニング・システムじゃないから」
「グローバル・ポジショニング・システムな」
恥ずかしかったのか、ポッと頬を染める綾香。可愛い。
「か、噛んだだけよ。……というか、今はそれ関係ないから」
「じゃあ、綾香の言うGPSって何だ?」
「ジジイ・プライスレス・スキルよ」
……はい?
なにそれ?
俺が意味分からないという表情をしていると、綾香が解説してくる。
「おじいさんの値踏みできない能力……つまり勘よ!」
「勘なのかよっ! よくそれで不敵な笑み浮かべたり、高笑いできたな」
「おじいさんはGPSで桃野郎の位置を確認します。するともうすぐそこまで来ているようでした」
おお、続き始まった。
「しかしやはり桃野郎は姿を見せません。と、そこへ、いつの間にかどこかへ行ってしまっていたオオカミ、ゴリラ、ハヤブサがなぜか戻ってきました」
ただの通行人だったんじゃないの?
「まずオオカミが口を開きました。『あれが犬猿の仲か。隙だらけだったぜ』」
ん? どういうこと?
「次にハヤブサが、曇天の下を優雅に飛行しながら言いました。『キジ(笑)乙!』」
おまえそれしか言ってないな。
「そして最後にゴリラが満足そうにこう言いました。『ウホ、桃、ウホホ』」
ん、今桃って言った?
確かこのゴリラ、そっち系の趣味があったよね?
桃野郎さん、もしかして……
「『形勢逆転だな。ジジイ』と梅野郎は突然の幸運に調子に乗ります」
何だろう。もうどっちもどっちって感じになってきたな。
「しかし、ここで梅太郎は気づきます。一番懲らしめたかった桃野郎とその一味は、通行人が勝手に倒したり、一生消えない傷を与えてくれました。もう、親の仇討ちは達成されているのではないか?」
そうだよな。モブが一番大事なところ掻っ攫ってたもんな。
「『た、助けてくれ。梅太郎』とおじいさんは泣きながら命乞いをします。そんなバカみたいに間抜けなおじいさんの姿を見て、梅太郎はこう言いました。『助けるか、バーカ!』」
梅太郎……本当は心優しい子じゃなかったの?
「そう、おばあさんはともかくとして、今までのおじいさんの態度に、梅太郎は親の仇討ちとか関係なく純粋に腹が立っていたのです。梅太郎は隠し持っていた包丁を手に取り、おじいさんに狙いをつけ、勢いよく包丁を振り上げました」
おじいさん……
「するとその時――掲げられた包丁目掛けて、雷が落ちました」
ハヤブサのところでやたら曇天アピールしていた伏線がついに回収されたっ!
「雷は梅太郎を直撃。当然、近くにいたおじいさんも無事ではすみませんでした」
「おばあさんと動物たちは?」
「奇跡的におばあさん、動物たち、そして絶望に暮れる桃野郎には怪我はありませんでした」
つい俺が質問すると、綾香はすぐに答えてくる。
桃野郎さん。全く無事じゃない!
「しばらくして、おばあさんが目を覚ましました。残念なことに、おじいさんと梅太郎はすでに息を引き取っていました。ざまぁです」
何で急におまえの感想入った?
「2人の亡骸を目撃したおばあさんは最後にこう言いました。『2人ともワシが埋めたろう。梅太郎だけにな』」
「まさかのダジャレ落ち!?」
「あまりにも寒いことを言ったおばあさんは、すぐさまおじいさんの後を追うように、雷に打たれましたとさ。めでたしめでたし」
「何一つめでたくないっ!」
俺がそう言うも、綾香は満足げに頷いている。
「どうだった? 面白かった?」
「ああ。おまえの頭の中、すごく面白いことになってんな」
「えへへ。そうかな?」
なぜか照れる綾香。
いや、褒めてないんだけど。
「それにしても、ダジャレ落ちってのは、どうなんだ?」
「え? 昔話って、ダジャレよく出てくるよね?」
ん? そうだったか?
全然、そんなイメージないぞ。
「ほら、こぶとりジジイ、小太りだ。とか、花咲かジジイに出てくる悪いおじいさんに向かって犬が、放さんかジジイって。完全に狙ってるよね?」
俺の幼馴染が昔話について大変おかしな先入観を持っていたことが判明した。
まあ、こうした日常のくだらない会話の中で、お互いのことをもっと知っていくのかもな。
……って、今回の俺、大半が内心でツッコんでただけだよ!
何か妙な疲労があるから、すごく喋った感があったが……気のせいじゃん。
まあ、あれだな。
次は俺が面白そうな話題を考えよう。
そのためにはアイディアがいるな。そして、アイディアの種は本の中にも無数に存在する。
さて、エロ本……じゃなかったラノベの続き読もうっと。
作中に登場した“梅太郎の仇討ち”が絵本化することはないでしょうね(笑)。