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「…ここが山吹様のお屋敷かあ」
小梅は木々の間にそびえ立つ、寂れた鳥居をみあげて呟いた。
「やっぱり天照大神様のお屋敷とじゃ、比べ物にならないよね。お参りに来る人の気配もないじゃない」
そりゃ、地方の小さな山神様だもの。
天照大神様と比べてしまっては悪いけれど。
それでもやっぱり、前の勤め先と比べてしまうのは人間の性というものだろう。
伊勢神宮と地方の神社じゃ、都心の大企業と田舎の中小企業以上の差があるように思う。
これが俗に言う左遷なのだろうか。
「小梅、随分と不満そうだな!」
楽しげな声がして、小さな狐がぽんと姿を現した。フワフワと浮いて、小梅の周りをからかうように飛び回る。
「主様から与えられたお役目ですから、決して不満などはありません」
小梅はイライラとした口調でそう言うと、飛び回る狐の尻尾をぱっとつかんで、逆さに吊り上げた。
狐は暴れるでもなく、大人しく小梅を見上げる。
こうしていると、ただのぬいぐるみのようだ。
小梅はそんな狐を睨みつけた。
「それより小孤、あなた、今回の仕事について、何か知っているんでしょ?そろそろ白状なさい」
「えー、知らないよ。だって俺はただのしがない式神だもの」
小孤はつぶらな瞳でそう言った。
本当に何も知らないと言う風に。
それでも小梅は騙されないぞと、厳しい表情を崩さない。
「しがない式神じゃないでしょ。貴方は主様…天照大神様が直々に使役した式神。さしずめ、私のお目付役といったところかしら?」
「うーん、別に小梅のってわけじゃないけどね」
「じゃあ、誰の?」
「さあー?それはすぐわかることだから、とりあえずこの鳥居をくぐって聞けばいいんじゃないの?」
小孤はすっと小梅の手元を抜けると、ふわっと浮かんで鳥居の上に着地した。
小梅は小孤を不満気に見上げる。
「だって、主様は私にほとんど説明無しなんだもの。流石に不安にもなります。急に、知らない神様の付き人になれだなんて」
「まあ、そりゃそうだろうけど。でも俺だって、事前には何も言うなと言われてるわけで、主様の命令は絶対なわけよ。てゆーか、主様のところにいたって、ずっとただの下っ端で、主様のお顔を見ることさえほとんどなかったでしょ?地方の山神とはいえ、ずっとおそばにいる付き人とか、大出世じゃん?」
「…それは、そうなんだろうけど」
小梅は納得のいかない顔で口ごもった。
小梅は今まで、伊勢神宮で天照大神様に仕える霊魂だった。
それも下っ端の下っ端の雑用係。
それがほんの数日前、伊勢神宮を出て、山吹山の山神、山吹様に付き人として仕えよと命令されたのだ。
付き人としての仕事内容は山吹様の身の回りの雑用と仕事の補佐。
特に、山吹様は最近、とある理由でお仕事にお力が入っていないようで、なんとかそのお仕事を進めさせることが重要な務めだと言われた。
「…でも、そんなこと言われたって、とある理由ってなに?それも知らされないで、仕事を進めさせるって無理があるでしょう?」
「まあま、たぶんそれはすぐわかるから」
気楽な様子で小孤はかかと笑う。
小孤は山吹様の付き人としての仕事をこなすため、小梅につけられた式神だった。
天照大神様直々の式神だとは言うが、態度が生意気なことに加え、聞きたいことはなにも教えてくれない。
なんだか気に食わない奴だった。
「そう怖い顔ばっかすんなって。せっかくの可愛らしいベビーフェイスが台無し…っ」
「ベビーフェイスって言うな!」
びゅっと小梅が投げた石を、紙一重でかわした小孤はひゅうと口笛を吹いた。
小梅は怒りのオーラをまとわせている。
「悪い悪い、小梅は24歳だったよな」
悪びれる様子もなく謝る小孤に、小梅は諦めて、気持ちを落ち着けようと深呼吸をした。
「…はあ。まあ年相応に見えないとは良く言われるけど。24歳だというのは、私の唯一の生前の記憶なんだから。」
小梅は生前の記憶がない霊魂だ。
本来なら死後、生前の行いに従って裁かれ、行き先が決まるはずが、小梅は記憶喪失のため、それができなかった。
稀に見るケースであるため、とりあえず伊勢神宮に置かれることとなっていたのだ。
24歳だったということだけが、唯一の記憶として残っていた。
ただ、見た目は超童顔に幼児体型。
よくみても小学校の高学年生くらいにしか見えない。
故に年齢も誤って記憶しているのではないかと怪しまれているが、唯一の記憶として、その年齢だけは譲れなかった。
「…でも、あまりに子どもみたいで、付き人として不安がられるといけないから、今日は大人っぽく見えるように工夫してきたんだけどな」
伊勢神宮に勤めている時は制服である巫女装束だったが、山吹様のところでは特に指定はされていない。
故に、今日は大人っぽく見えるようにと、スーツでビシッときめてきたのだ。
長い黒髪は一つにまとめて結ってきた。癖がなく真っ直ぐな髪は結うのが難しく、今日のは苦心してできた作品だ。
「…まあ、スーツを着てても、子どもにしか見えないけどな」
「何か言った?!」
「いえ、なにも…」
小梅にギンと睨まれて、小孤は逃げるように目線を逸らした。
「…それより、小梅、早く入らないの?待ってるかもよ?」
「…もう、わかってます!」
小梅はそう言って、意を決したように足を踏み出した。