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仔犬な王妃の日常  作者: 朝野りょう
ローデルからの使者
2/3

二話

「ランケロス」


 少女の声と同時に王の足元にうずくまっていた黒犬がむっくりと身体を起こした。

 指示されることなく左端の男へ近付き、ゔうっ、と唸り声をあげる。

 男は怯えた顔で黒犬と仲間の使者達を見回した。

 仲間は狼狽えていた。ローデルの代表として、交渉がまとまらなかったとしても、この国と仲違いすることだけは何としても避けなければならないのだ。

 ローデルに興味がないこの国は、赤い石に興味がないということであり。国境の紛争元をおさめるために、秘術の消失に躊躇わないだろうからだ。

 だが、痩せた土地のローデルが豊かに暮らせるのは大粒の赤石を産出しているため。秘術を失うことはローデルの領民の生活困窮を意味していた。


「胸に持つ危険な物を、どうするつもりなの?」


 少女の声が響く。

 静まり返った接見の間で男に視線が集中したまま時が過ぎる。

 ジリジリと。


「ホイザ、何か持っているのか?」


 ローデル使者の先頭列にいた一人が男に問いかけた。

 男の狼狽えた顔には汗が滲んでいた。

 さらに威嚇しようと詰め寄る黒犬の唸り声に、空気が張り詰める。

 男は胸元から小さな革袋を取り出した。

 男の手のひらの上に置かれたそれを、隣の男が袋の紐を緩めて中身を確認する。

 はっとした後、眉を寄せ、苦々しく告げた。


「カガンの実だ」


 カガンの実とはカガンという木になる実のことだが、彼の口調からそれでないことは誰にもわかった。

 カガンの実の形に似た特殊な毒物のことだと。これは硬い殻に覆われており、火で炙り煙にすることで毒性を発揮する。大量に吸い込めば死に至り、たとえ少量でも体内に残るため主に頭の異変を引き起こすと言われている。

 それは、自殺用には不適切であり、こっそり胸に忍ばせ持つに相応しいものではなかった。


「この国の誰かを弑するつもりか、それとも、仲間の誰かを?」

「違うっ。違いますっ」

「その毒は不味いの。気分が悪くなるから私は嫌い。この王宮内に持ち込まれたくないから、入れないようにと伝えておいたはずね?」


 少女は重臣達の方を見やった。

 一人が進み出て、王と少女の前で頭を下げた。


「誠に申し訳ありません。使者の方々の身辺調査は申告制にしておりましたので」

「そう。ローデルの方々は王宮へ入る時、毒物保持の確認を受けたはず。そこで嘘をついた、ということね?」

「申し訳ございません。まさか、この者が隠し持っているなどとは思ってもおりませんでした。この者の処分はお任せいたします。如何様になさっても結構でございます」

「この者? いいえ。ローデルが欺いたのよ。一人の責任ですませるつもりじゃないでしょうね?」


 少女は顎をあげ、不愉快そうに瞳をすがめて使者達を見下ろした。可愛らしい顔に不似合いな冷ややかな表情を浮かべ、どかっと背中を持たせかけた。

 その背もたれは王の胸であり、異常なまでに尊大な態度だった。


「まぁ、そう怒るな、モア」


 王がゆるゆると口を開き、使者達はほっとした。

 少女の言い様では、毒物を隠し持っていた一人のせいでローデルの使者全員に非があるとされてしまう。

 少女が口を挟むまでに王と交わした会話の感触では、いい報告が得られそうだというのに。

 全てが少女ごときに台無しにされてしまうのは、使者として悔恨の極みだ。


「ローデルの方々。モアの怒りも最もなことと理解していよう。即刻、王宮から立ち去られよ」


 王の口調は穏やかで、その顔には笑みまで浮かんでおり、使者達は言葉の内容を聞き間違えたかと我が耳を疑った。

 王がすぐに立ち去れと告げるなど、少女の言い分を全て聞き届けるなどと。とても考えられない。何かの間違いではないのか。

 使者達は狼狽えた。ソワソワと互いに視線を交わしあっている。


「陛下、お待ちください!」


 使者の一人、王と言葉を交わしていた男がずいっと前に出ようとした途端。

 使者達の前に、騎士が立ちはだかった。

 戸惑っているのは使者達だけであった。

 この国の重臣達は冷静な顔で成り行きを見守っている。

 つまり、王の言葉に反対する様子は見られないのだ。

 ローデルの使者達は愕然とした。

 たかが少女の言葉に、これほど振り回される王があっていいのか。何と愚かな国なのだ、と。


 そんな彼等の胸の内は、その場の誰にでも読み取れた。

 重臣達は眉間の皺を深めた。

 毎度の事ながら、見下すような態度を向けられるのは気持ちのよいものではない。

 本当に新顔がくれば毎度同じ態度となるのは、いっそ見事なことだが。疲れることには違いなかった。

 使者達が引き止めようと王へ言葉をかける中、王は膝にのっていた少女を抱き上げ立ち上がった。


「お待ちください、陛下! 今一度、お考えなおしください!」


 そう訴える使者達に王はにこやかな笑顔を向けた。


「そうだな、そなたらには礼を言わねばなるまい。我の身を護ろうとするモアの姿が見られたのだからな」

「陛下っ! 我々ローデルは陛下に仇なすつもりは毛頭ございません。今一度、御再考を!」

「そなたらはモアに感謝するがいい。モアがそなたらだけで許すことを。我はこれが望めば、邪魔なローデルの地など廃墟にしてやったものを」


 にこやかな笑みで王が告げた内容が、ローデルの廃墟化とは。使者達の顔は色をなくした。

 この国の王は、接見の最初からずっと平和的な対応だった。そのため、使者達には国境付近の戦を嫌っている平和主義であるかのように見えていたのだ。

 しかし、そんな筈がなかった。

 彼は周辺諸国と衝突する度にその領土を広げていった王なのだ。戦で負けたことはない。二国から同時に攻められた時ですら。その時仕掛けた国は、もはや形を残してはいない。

 この国は必要な領土だけを確保し、戦に負けた国を吸収したわけではなかったが。

 弱った国など周囲の攻撃に耐えられるはずもなく、周辺諸国から一斉に侵略を受けその二国は消失した。

 そうして各国は、この国が他国へ戦を仕掛けることはないと気付き、今は遠巻きにしているような状況だった。

 この国がローデルへ仕掛けてきたら、使者達に出来ることはない。他国に助けを求めても、今のこの国が相手ではどこの国も手をあげない。

 ローデルがわざわざこの国へ交渉に来たのは、そのせいなのだから。

 どこの国からも恐れられているからこそ、この国の王が、進んで侵略を仕掛けないからこそ。

 だというのに。

 少女一人の機嫌を損ねただけで。

 全てが消えてしまうとは。

 無念の思いで使者達は王の退出を見送った。


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