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だいろくわ まじょとゆうしゃ ちゅうへん

 勇者は、目の前で倒れている生物をじっと見つめました。

 動く様子が無いのを確認すると、疲れきった様なため息を吐き出します。

 実際、勇者は満身創痍でした。

 片腕はもげ、全身の至る所から血が噴出しています。

 何とか一歩前に出ようとしますが、その力すらないのでしょう。

 勇者はがっくりと前のめりに、地面へと倒れこんだのです。

 目に泥が入ったのでしょう。

 視界は歪み、あまり前が見えませんでした。

 それでも、勇者は残った力を振り絞って、生き物のほうへと顔を向けました。

 生き物の体からは、白い煙が上がっていました。

 それと同時に、ゴキゴキという骨や肉がひしゃげるような音が聞こえてきます。

 音と煙を出していた生き物の体が、突然びくりと動いたのです。

 生き物はその身体をガクガクと震わせると、なんと、そのまま立ち上がったのでした。

 全身毛むくじゃらのその生き物は、イノシシを二本足で立たせたような化け物。

 オークでした。

 オークの身体には、無数の傷があります。

 勇者が剣で切りつけ、与えたものです。

 ですが、その傷は白い煙を上げながら、見る見るうちに塞がっていきます。

 オークは大抵のケガならばすぐに直してしまう、すごい回復能力を持っていたのです。

 勇者もそれを知っていたのでしょう。

 オークのケガが治っていくのを見ても、驚いた様子はありません。

 その顔に浮かんでいたのは、とてもうれしそうな笑顔でした。


「そうだよな。そうこないと」


 勇者はにこにこしながら、なにやらごにょごにょと小声で呟き始めました。

 すると、次の瞬間。

 勇者の体がきらきらと輝き始めたのです。

 その光に包まれると、不思議なことが起こりました。

 勇者の体の傷が、あっという間になくなってしまったのです。


「ヒーリングか。便利なんだな。初めて自分に使ったよ」


 勇者の体は、とても頑丈で少しの事では傷もつきません。

 もし傷ついたとしても、すぐに治ってしまうぐらい回復能力も高かったのです。

 ですから、今まで自分にヒーリングという回復魔法を使ったことが無かったのでした。

 勇者は、自分で自分に回復魔法を使ったことに、感動を覚えていました。

 今まで他人に使ってきたことならば、何度もあります。

 勇者のヒーリングは特別でした。

 力が強すぎる為か、病気なども直すことが出来たのです。

 勇者はこの世界での自分の地位を確立する為、これを利用していました。

 病気の貴族などをこの力で治すことで、金や信用、地位や人脈などを作っていたのです。

 ですが、勇者にとってそういったものは、元の世界に居るときから、幾らでも手に入るものだったのでした。


 勇者は、元々違う世界の人間でした。

 生まれた家はとてつもないお金持ちでした。

 ただ寝ているだけで生活が出来るほどのお金持ちに生まれた勇者でしたが、彼には特別な才能もありました。

 五歳で大学を卒業し、六歳で起業、八歳になるころには、自社ビルを都心部に持つように成っていたのです。

 戯れに、身分を隠して普通の学校にも通ってみました。

 そこに居る人間達は、彼の目から見れば低俗な生物にしか見えませんでした。

 彼はあっという間に学校を支配してしまいます。

 戯れに騒動を起こしたり、事件を起こさせたり、感動を演出してみたりもしました。

 勿論、勇者が裏で糸を引いていることに気が付く人間は、皆無でした。

 暴力が振るわれる現場を見た勇者は、格闘技も嗜んでみることにしました。

 とても強い人がたくさんいるという道場を選び、通い始めました。

 一週間後には、勇者は道場の全員を倒してしまっていました。

 その後も勇者は、剣やフェンシング、銃術に格闘、などなど。

 様々なものを習いました。

 ですが、少し練習をしただけで、簡単に熟練者を倒せてしまったのです。

 このころ、勇者はある光景を目にするようになっていました。

 一つの事に一生懸命に、懸命に努力する他人の姿です。

 出来ないことを何とか乗り越えようと、必死になる姿です。

 勇者はそれを見たとき、生まれてはじめて感じる強い感動を覚えました。

 どんなことでもすぐに出来てしまう勇者にとって、その姿は始めて目にするものだったのです。

 はじめは見ているだけで満足していた勇者でしたが、何時しか自分もそれをして見たいと思うようになっていました。

 ですが、それはとても難しいことでした。

 勇者は、大抵の事が簡単に出来てしまったからです。

 努力する必要もなく、必死になる前に、出来てしまうのです。

 勇者は落胆しました。

 同時に、その世界に絶望したのです。

 そんなときでした。

 勇者は魔女達がいる世界に、召還されたのです。

 魔法、魔物、全く知らない人間社会。

 勇者にとってそこは、初めての努力を味わえるかもしれない場所でした。

 ですが、やはり勇者は勇者だったのです。

 どんなことでもすぐにこなせるようになり、あっという間に地位も名誉も実力も手に入ってしまいました。

 やはり、この世界でも駄目なのかもしれない。

 そう思っていた勇者でしたが、あるとき、とある森の事を聞きつけました。

 恐ろしい怪物たちが住まう、魔の森がると言うのです。

 それは、魔女が住む、深い森の事でした。

 あまり期待せず森にやってきた勇者でしたが、そこは想像以上に素晴らしいところでした。

 最初に襲い掛かってきた動物には手も足も出ず、ボロボロにされてしまったのです。

 半死半生で何とか森を脱出した勇者は、今まで感じたことの無い感動に身を打ち震わせました。

 勇者はこの世界に来てから、沢山の戦い方や魔法を覚えました。

 ですが、深い森ではそれらがまるで役に立たなかったのです。

 そのことが、勇者にはたまらなくうれしかったのです。

 初めて、努力することが出来る。

 努力して努力して、その先にある達成感を得られるかもしれない。

 そう思うことが出来たのです。

 それから、勇者は暇を見つけてはこの森に通うようになりました。

 そして、必死に戦い、半死半生になり帰っていくのです。

 その姿は以前お姫様が行ったように、重度のドMのようだったのです。


 傷が治った勇者は、再び剣を構えました。

 オークも、棍棒を構えています。

 この森のオークは、棍棒で戦う「棍棒術」を体得しているのです。

 勇者も既にそれに気が付いているので、むやみに飛び掛ったりはしません。

 勇者とオークがお互いにらみ合っている、そのときでした。

 突然、凄まじい力の奔流が二人を襲います。

 本来物理現象に影響を及ぼさないはずの魔力が、突風の様に吹き付けてきたのです。

 まるで台風の様に吹き荒れた魔力ですが、すぐに何事も無かったかのように止みました。

 ですが、勇者もオークも、ピクリとも動けなくなってしまいます。

 何か途轍もないものが近くにいるという恐怖が、本能が身体を動かすことを許さなかったのです。




「へっくちっ! んー、風邪かなぁ?」


 魔女はかわいらしくくしゃみをすると、首をかしげました。

 周りでは、くしゃみの勢いで漏れ出した魔力に当てられた動物たちが、たっくさん気絶しています。

 空を飛んでいた鳥がそのままの姿勢で地面に落下していたりしますが、魔女はぜんぜん気がつきません。

 なぜなら、どじっ子だからです。

 30近い魔女ですが、女性は何時までたっても女子なのでどじっ「子」でよいのでした。

 世の中には「大人女子」というなぞの単語も存在するので、全く問題ありません。

 ついでに言うといろいろな意味で清い身体なので、そういう意味でも女子で問題ないのでした。

 魔女はぐしぐしと鼻を擦ると、気を取り直すように手を叩きます。


「さぁ、はやく薬草を取らないとっ!」


 ぐっと握りこぶしを作ると、魔女は地面にしゃがみこみました。

 そこに生えている、薬草を摘むためです。

 魔女が摘んでいたるのは、この森にしか生えていないものばかりでした。

 これらを特定の段階を踏んで加工すると、もげた腕が生えてきたり、お腹に穴が開いても助かるお薬が出来上がるのです。

 本来なら、そんなお薬を沢山作って売ったら、国が動きます。

 そうなっていないのは、魔女がお薬を売っているお店の、店主さんのお陰です。

 店主さんは、魔女の師匠の知り合いでした。

 魔女自身も小さなころからとってもお世話になっている、すごく優しい人物です。

 店主さんが、誰にもばれないようにこっそりお薬を買い取ってくれるので、魔女はお金を手に入れることが出来るのでした。

 その恩に報いるためにも、魔女はがんばってお薬を作るのです。

 魔女がせっせと薬草を摘んでいると、不思議な音が聞こえてきました。

 まるで、ぶたさんが鼻を鳴らしているような音です。

 不思議に思った魔女は、顔を上げて辺りを見回しました。

 すると、二人のオークが走っているのを見つけることが出来ました。


「サブ! もたもたすんな! 早く族長に報せに行くんだよ!」

「わかってるってゲンタ! はやくしねぇとアニキがやられっちまう!」

「バカヤロウ! アニキがやられるわけあるかっ! あの人間ぶっ殺しちまうかも知れねぇだろ!」

「そうか! そうしたら森の魔女様に怒られるもn はっ?!」

「どうしたサブ、はっ!!」


 顔を上げた魔女と、二人のオーク、サブとゲンタは、顔を見合わせて固まりました。

 固まったままのサブとゲンタの顔が、見る見るうちに青ざめていきます。


「ひ、ひぃぃぃいいい!! ままままままま、魔女さまぁああ?!」

「なんでこんなところにぃいい?!」

「薬草を摘みにきたの。二人は何をしているの?」


 サブとゲンタは、とても困ってしまいました。

 本当の事を行っていいのかどうか、悩んでいたのです。

 二人は、勇者と戦っていたオークの舎弟でした。

 アニキ分であるオークが勇者と戦っているのを、族長に伝える為に二人は走っていたのです。

 なぜ族長に伝えようとしていたのかといえば、それは戦いを速く終わらせる為でした。

 魔女は、戦いがとても苦手です。

 戦いをしていると、そのどちらをも鎮圧しようと、信じられない魔力を振るってとめに入ります。

 その勢いは留まるところを知りません。

 下手をしなくても、地面にクレーターが出来ます。

 ペチリと叩かれようものなら、その部分が抉れます。

 しかりつける声は衝撃波となって、地形を変えてしまいます。

 魔女は常に全身から癒しのオーラを放っていますから、死人は出ません。

 死人は出ませんが、強烈なトラウマを植えつけられるものは大量に出るのです。

 そうならないためには、魔女に戦いが起こったことを知られてはいけません。

 その為に、二人は必死になって走っていたのです。

 ですが、なんと言うことでしょう。

 二人はその当の魔女と、こうして出会ってしまったのでした。


「ふたりとも、どうしたんですか?」


 二人は考えました。

 どうしたらこの場を切り抜けられるか、必死になって考えました。

 どうすれば、勇者とアニキが戦っているのがばれないのか。

 どうすれば、この場を切り抜けられるのか。

 どうすれば、世界から争いがなくせるのか。

 答えは一向に出ませんでした。

 無理もありません。

 二人はただのオークなのです。

 難しいことなんてからっきしです。


「まさか、私に言えないような、大変なことが起きたんですか?」


 魔女の表情が、悲しげにゆがみます。

 それにあわせて、空を暗雲が覆いはじめました。

 魔女の体から漏れ出した魔力が、天候に影響を与えているのです。

 これは危険な兆候です。

 感情が高ぶると、魔女は魔力の制御が甘くなります。

 そうなると、うっかりあたりに雷の雨を降らせたりするのです。


「た、大したことじゃないんっすよ!」

「そっす! マジで全然大したことじゃないんすよ!」

「ただちょこーっと、アニキが勇者とか言うやつと戦ってるだけで!」

「そうそう! あの、お姫様のところの三男が召還したとか言う奴とちょーっとってサブてめぇえええええ!!」

「あああ!! しまったぁぁあああ!」


 サブとゲンタは頭を抱えて、絶望しました。

 うっかり口を滑らせてしまったで済む話ではありません。

 アニキが魔女様に、いろいろなことにされてしまうかもしれないのです。

 サブとゲンタは、恐る恐る魔女の様子をうかがいます。

 魔女は今にも泣き出しそうな、とても驚いた顔をしていました。


 あかん、これはヤバイヤツや!


 サブとゲンタの思考が、シンクロします。

 魔女の表情が、見る見るうちに青くなっていきます。

 若干震えている唇が、その心情をありありと表しているでしょう。

 ちなみに、サブとゲンタは今にも死にそうな真っ白な顔色をしています。


「たいへんっ! 速くとめに行かないと!」


 そういうと、魔女はぱたぱたと可愛らしい女の子走りで走り出します。

 けっして速くはない上に、なんだか危なっかしい走り方でした。

 ですが、魔女が転ぶことはありません。

 森の植物達は、みんな魔女の奴隷……もとい、お友達です。

 魔女が一生懸命は知っているときは、道を開けてくれるのです。

 サブとゲンタは、そんな魔女の背中を見送ることしかできません。

 もう、おうち帰りたい。

 そんな思いが、二人の心には溢れているのでした。

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