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だいろくわ まじょとゆうしゃ ぜんぺん

 魔女やお姫様が住んでいる森には、たくさんの動物達が住んでいます。

 草を食べるもの、お肉を食べるもの、何でも食べるもの。

 いろいろな種類の動物が居ました。

 みんなそれぞれ縄張りをもち、それを必死に守っていました。

 縄張りはごはんを食べる為や、安全に暮らすために必要なものなのです。

 今日も縄張りを巡って、いろいろなところで喧嘩が起こっています。


「キッシャァァァアアアアアア!」

「ボギョエエエエエエエエエ!」


 木々がまばらになった森の広場に、獰猛な声が響き渡ります。

 声の主は、二匹の大きな動物さんでした。

 一方は“暴虐の赤い暴風雨”フォーアームズベアーさんです。

 四本の強靭な前足と、太く頑丈な後ろ足を持つ、4メートルを超える大きさの雑食のクマさんです。

 まるでゴリラの様に稼動域の広い腕と、猛禽類の様に鋭い爪。

 それらは目の前に立ちふさがるものを、何人も容赦せず粉砕します。

 ドラゴン種であっても寄せ付けないそのパワーは、国の近くに現れれば騎士団が討伐に出るほどの在です。

 対するのは、“純白の串刺し公”クリティカルユニコーンさんでした。

 まるで騎士が馬に乗って使うランスのような巨大な角を持つおうまさんです。

 スピードよりもパワーを重視したその足は恐ろしく太く、まるで丸太のようでした。

 実際その見た目はサラブレットより、どさんこに似ています。

 大きな角を前に構えての突撃は、城壁を破壊し、竜の身体も貫きます。

 二匹ともただでさえ強い動物さんですが、この森は特に魔力が濃い環境でした。

 そういう場所で育った動物さんは、他の動物さんよりもずっと強いのです。

 特に二匹は力だけでなく知性も高く、何百という部下を抱えていました。

 いわゆる、「魔王」というものです。

 そんな二匹が威嚇し合う様は、まさに恐怖そのものでした。

 何時戦いが始まってもおかしくない、そんな空気が漂います。

 まさに一触即発。

 戦いが始まるのは、今か、と、思われたときでした。

 とても楽しそうな鼻歌が、二匹の耳に飛び込んできます。


「るんるるん、るんるるん♪」


 それを聞いた瞬間、二匹の顔が真っ青になります。

 慌てて鼻歌が聞こえてくる方向に顔を向けると、そこには二匹が想像したとおりの人物が居ました。

 深い森の魔女です。

 彼女はいつものように黒いローブにフードを被り、大きなバスケットを下げて、森を歩いていたのです。


「あ! くまさんに、おうまさん! こんにちは!」

「こ、こんにちは、魔女様!」

「きょ、今日も良い天気ですなぁ!」


 にこにこ笑顔で挨拶する魔女に、二匹はビビリながら挨拶を返します。

 先ほどまでの威厳や迫力は、全くありません。

 どうやら二匹とも、魔女が怖いようです。


「こんなところでどうしたの? あ、まさかまた喧嘩してたんじゃ……」


 悲しそうに歪む魔女の顔に、二匹は震え上がりました。

 必死に首をふって、魔女の言葉を否定します。


「は、ははは! そんなまさか! 我等はとても仲良しなのですぞ!」

「その通りです! 争いだなんてそんな、考えたことも無い!」


 大嘘です。

 先ほどまでお互いに殺気をぶつけ合っていたもの同士がいうことでは、けっしてないでしょう。

 ですが、今二匹にはそんなことはどうでもよかったのです。

 なんとか魔女に怒られないようにすることに、必死なのでした。


「ほんとう? また喧嘩なんかしたら、メッ! だよ?」


 魔女はにっこりと笑って、きゅっとかわいらしく握りこぶしを作りました。

 その仕草は、小さな子供を怒るようです。

 ですが、それを見た二匹は、とても生きた心地がしませんでした。

 全身から血の気が引き、人念なら唇は完全に真っ白な状態です。


「まままままま、まさかぁ! 我が魔女様を怒らせるようなことをするはずもありませぬゆえ!」

「その通りですぞ! もう、仲良しすぎて仲良しですからな!」

「今だってこう、二匹で友好を確かめ合っておったのですとも!」

「そうそう、ほら、こんなに仲良し!!」


 そういいながら、二匹は肩を組んでにこにこ笑顔を作ります。

 何故、二匹はこんなにも魔女を怖がっているのでしょう。

 それは、まだ魔女が幼い少女だったときの出来事です。

 二匹が縄張りを巡る争いをしているとき、偶然魔女が通りがかったのです。

 その様子を喧嘩と勘違いした彼女は、咄嗟にこう叫びました。


「けんかは、だめーっ!」


 その声で、森にクレーターが出来ました。

 強い魔力を持ったものの声は、時に凄まじい力を発揮します。

 当時から強力な魔力を持っていた魔女の声は、物理衝撃を持って二匹を吹き飛ばしたのです。

 わけも分からないまま吹き飛ばされた二匹に、魔女は追い討ちをかけました。


「けんかは、めっ! ですよー!」


 そういいながら、ぺちぺちと二匹の身体を叩いたのです。

 大砲の直撃すら弾き返す二匹の体が、べっこんべっこんにひしゃげました。

 そんなそのまま死んでしまうかと思われた二匹ですが、そうはなりませんでした。

 魔女が森を守るため常に放っている再生の聖なる波動が、二匹の傷を癒したのです。

 ですが、それは必ずしも二匹にとって幸運では有りませんでした。

 直されては破壊され、破壊されては直され。

 気絶することも死ぬことも許されない、無限地獄のような状況に叩き込まれたのです。

 散々にぺちぺちされたその体験は、二匹の心に強いトラウマを植えつけました。

 そして、二匹ともそれぞれに誓ったのです。

 この人にだけは何があっても逆らわないようにしよう、と。


 なかよしな様子で肩を組む二匹を見て、魔女はにこにこ笑顔に成ります。

 満足そうに頷いて、二匹の身体をなでてあげました。


「えらいえらい。二人とも、とってもえらいんですから! みんなのお手本になるように、いい子でいて下さいね!」


 魔女も、二匹が沢山の動物を従える魔王であることは知っていました。

 だから仲良くして、争いごとがおきないようにして欲しいと思っているのです。

 魔女はお願いのつもりでいった言葉ですが、二匹にとって見れば絶対命令です。


「もちろんですとも!」

「ええ、当然の事ですな!」

「うふふ! じゃあ、私は薬草を採りに行きますね! ふたりとも、さようならー!」


 魔女はにこにこしながら、二匹に手を振ります。

 二匹も手をぶんぶんふって、魔女を見送ります。

 森の木々の向こうに魔女が消えていったのを見計らい、二匹はどっと地面に倒れこみました。

 どうやら、よほど緊張していたようです。


「死ぬかと思った……」

「死ねるならまだ良いだろう」

「全くだ。もう疲れた。今日はやめよう」

「異論無い。暫く休戦としようではないか」

「それがよかろうな」


 二匹の魔王は、こうして暫くの休戦を約束しました。

 今日も魔女のお陰で、森の平和は守られたのです。







 魔女が森をスキップしている頃。

 一人の少年が、同じ森の中を歩いていました。

 このあたりの国では珍しい黒髪と黒い瞳で、同じく大変珍しい形の服を着ていました。

 硬そうな襟に金ボタンを装備したその服は、「学ラン」という名前でした。

 この世界には無い、異世界の衣服です。

 それを着込んでいる少年は、この世界の人間ではありませんでした。

 とある国の第三王子に指示によって異世界から召還された、異世界人だったのです。

 少年は森の中を歩きながら、瞳をきらきらと輝かせていました。


「ここだ。ここが俺の求めていた場所なんだ」


 満面の笑みでそう呟いた少年の顔は、とてもカッコいいものでした。

 切れ長の目に、通った鼻。

 妖しい艶を湛える唇に、決め細やかな絹のような肌。

 女性には勿論、ノンケの男性も魅了しそうな美少年です。

 深い森の魔法使いが生きていたら、嫉妬のあまり襲い掛かったことでしょう。

 それほどの美少年でした。

 そんな彼が、なぜ魑魅魍魎がうごめく伏魔殿、深い森に居るのでしょう。

 これには、深い理由があったのです。




「いい? あのアホ王は、あるときミスってこういってしまったの。「王は、最も優れた王子が継ぐ事のが当然の流れだ」ってね。この辺りじゃ長男が一番優れているって言うのが常識だけれど、この国は王子が三人も居るのよ。下手をすれば、そのまま内戦に突入しかねない台詞よね」

「へー、すっげー!」


 マザーツリーすぐ近くで、お姫様は教鞭を振るっていました。

 生徒たちは、ゴブリンたちとバーニカです。

 教えているのは、勿論お姫様の出身国のことでした。

 いつか攻め込む場所なので、今のうちにお勉強をしているのです。


「もっとも、ここら辺の国はみんな、長男が優秀って言う根拠もない妄想にとり付かれているイカレた連中ばっかりよ。長男が国を継ぐ為の方便だろうと思ったけど、三男はそうは取らなかったわ。これを言質にして、長男でも三男でも、等しく王位継承権があり、優れているほうが王になるって言う風に仕組みを作ったのよ」

「じゃー、三男は王様になれるのー?」

「そのままならまず成れないわ。こういう場合物が言うのはコネと既成事実よ。長男が優れているって言うボケな戯言がまかり通っていて、次男が長男を押し立てている以上、三男に勝つ見込みはないわ。そのままならね」

「えー、じゃあ、そのままじゃなかったのー?」

「その通りよ。三男は自分も便宜上王太子であるということを利用して、王太子近衛特務部隊を作ったの。つまり、自分のためだけの兵隊ね。そして、三男であるということを利用して、その兵隊を引き連れて沢山の戦いに出たのよ。長男次男は次期王候補であるから、けっして数を上げることの出来ない武勲を挙げまくったのよ」

「沢山戦ったってことかぁー。じゃあ、兵隊さんたちは三男のこと好きになるんだねー」

「分かってるじゃない、バーニカ。軍部は三男になびいたわ。腐った貴族どもは城の中での発言力こそ強くても、殴り合いはからっきしよ。場合によってはクーデターを


起こせるぐらいの支持基盤を、三男は作り上げることが出来たの。でも、それでもまだ三男は不利なのよ。国務の大半は、長男と次男が抑えている状態ですもの」

「兵隊さんが仲間なだけだと、書類を作る人達が言うこと聞いてくれないんだねー」

「事務方はあらかた次男が抑えていて、貴族どもは長男が抑えているの。次男は長男を押し立ててるから、事実上それらはみんな長男派になるわね」


 これらの情報や知識は、みんなお姫様が集めてきたものでした。

 五歳とは思えない、とても活動的なお姫様です。


「じゃー、三男はものすごいことして、自分がすごいぞーってことしめさないといけないんだねー」

「そうね。でも、生半可なことじゃ駄目よ。そこであのバカ三男は、とんでもない事をやらかしたの」

「えー、なにしたのー?」

「古代に忘れらされた魔法、「勇者召還」を復活させたのよ」

「うわー、すっげー!」

「勇者召還なんていうと、いかにも召還獣の延長みたいに聞こえるかもしれないけど、実際はぜんぜん違うわ。魔術で作り上げた肉体に異世界の優秀な魂を入れる、言ってみれば人工生物製造よ。私も先代魔法使い様の本がなかったら、知らないことだったけれどね」


 お姫様は呆れたようにため息をつきます。

 どうやら、先代魔法使いの所蔵物の中に、勇者召還についての本があったようです。


「生贄と供物で作り上げた肉体に、異世界を含めた世界中から最も適した魂を召還して、言うことを聞くように調整してねじ込む。いわば強力な奴隷製造法。それが勇者召還よ。クズ三男は、金と労力と自分の魔法知識を駆使して、それを現代に再現して見せたのよ」

「ええ?! じゃあ、勇者がこの世界に現れたの?!」

「そうよ。あらわれたの。異世界から召還された、勇者様がね」


 皮肉気に言うお姫様ですが、バーニカはうれしそうです。

 勇者という単語は、バーニカの男の子心をくすぐったようでした。

 一方、ゴブリンたちは震え上がっています。

 自分達をザコキャラだと思っているゴブリンたちは、勇者に経験値稼ぎの為に倒されるのが怖いようです。


「微笑みかければ相手を魅了する魔眼「ニコポ」、幾多の供物と生贄で作り上げられた「強化肉体」に、強大な「魔力の器」をもち、現代生体魔法の粋を集めた最強の回復能力「異常回復細胞」を組み込まれた存在。それが、三男が作り上げた勇者よ。この功績は、はっきりいって計り知れないわ」

「じゃー、これで三男が王様になるのー?」

「まだね。勇者が活躍する場が無いわ。戦争の道具なんだもの、使えない道具に意味なんて無いわ。逆に言えば、戦争が起こって勇者が活躍したりしたら、一発逆転よ。三男は有能さを知らしめた事になって、国を救った英雄になるでしょうね。その瞬間、王位継承権は一気に三男に傾くわ。もっとも、王になるのは私だけどね」

「へー、すっげー!」

「でも、この勇者に問題があったのよ」

「えー、どんな問題なのー?」

「肉体にあわせるために選ばれた魂は、とても優秀だったわ。異世界に居たときもね。ただ、その性でへんな性癖が付いてたみたいなの。努力や敗北、惨めな思いをしてみたいって言う変態ドエム野郎だったのよ」

「どーゆーことー?」

「この魂は、元々あまりにも優秀だったのよ。外見もいい、能力もある、生まれもよかったみたいね。そのせいで、苦労も敗北も知らないで育ったみたいなの。だから、それが味わいたくて仕方がないのよ」

「えー、そんなの知らないならそれが一番じゃーん」

「まったくね。私の様に真の天才を見たことが無かったから、そんなイカレたことを言うようになるんだわ。兎に角、勇者はこの異世界でなら、敗北や挫折を味わえると思ったみたいなのよ」

「味わえたのー?」

「対人関係はニコポで解決、強い肉体に魔力、そして超絶的な回復力があるのよ? そうそうそんなもの味わえないわ。それどころか何人もの女を落としてハーレムを築き上げ、王宮魔術師の知識を吸収、今では軍部でも高い発言力を持っているそうよ」

「えー、いっくら周りに褒められても、自分が楽しくないんじゃうれしくないよー」

「バーニカ。アンタよく分かってるわね。えらいわよ。その通り、本人が満足してないのにそんなものクソの役にも立ちはしないわ。それでも、勇者は三男の言うとおりに動いているわ。この世界では、三男は勇者の親であり管理者であり絶対の主人よ。そうなるように作ってあるの」

「でも、そんなのストレスたまるよー」

「そうね。だから、三男は勇者にご褒美を用意したの」

「へー、どんなー?」

「挫折や敗北を味わえる場所に行く許可を、時々出すことにしたのよ」

「そんなすごい勇者でも負けちゃう場所なのー?」

「ええ。ちなみにバーニカ。その勇者にアンタが本気でブレスを吹きかけたら、一瞬で消し炭に出来るわよ」

「あれ? 勇者って強いんじゃないのー? よわよわじゃんかー」


 バーニカのブレスは、お姫様のブレス攻撃より弱いのです。

 インフェルノドラゴンママのおっぱいをたくさん飲んで育ったお姫様は、なんと多種多様のドラゴンブレスが使えるのです。

 万物を焼き尽くす紅蓮の業火しか使えないバーニカより、遥かに強力なのでした。


「たしかにアンタのブレスでは、フォーアームズベアーおじ様辺りには怪我もさせられないわね。つまり、そういうことよ。私たちにとって見れば、勇者はその程度でしかないってこと。この森に住む私たちから見れば、ただのちょっと頑丈な人間でしかないのよ」

「へー、すっげー!」

「この森は特殊よ。お師匠様のお師匠様の代から、ずっとその高い魔力の影響を受けているわ。それだけじゃない。その環境の中で自然淘汰を繰り返し、住んでいる生物自体、生態系自体か変化しているの。この森はとても、とても特別なのよ。そう、私がいつかこの森と同じ森を、王都に作ろうと思うぐらいね。もっとも、この森はお師匠様が居なければ成り立たないわ。みんな好き勝手暴れまわって、すぐに周りを支配しようとするもの。お師匠様がそれを押さえ込むから、ここは成り立つのよね」

「じゃー、勇者はこの森でぼこられるのがこ褒美なんだねー。あれ? でも、死んじゃったり倒れたりしたら戻れないんじゃないのー?」

「そこはきちんとしてるわ。ある一定の時間がたったら、勇者の体は勝手に王都に再召喚されるのよ。死なない限りね。最も勇者もある程度は優秀だわ。死なない程度に痛めつけられて、戻っていくのよ。それによって経験を積んで、更に強くなって、ね」

「どんどん強くなってるんだねー」

「まあ、並の人間にしては、だけれどね。私の足元にもおよばないわっ! オーッホッホッホッホッホッホッホ!!」

「へー、すっげー!」


 バーニカが感心してそういうと、ゴブリンたちも騒ぎ始めます。

 お姫様をたたえる言葉を口々に叫びながら、踊りだしたのです。

 踊っているのは、お姫様が仕込んだテクノダンスでした。

 一部共通意識を持つゴブリンたち特有の、ミリ単位でシンクロしたダンスです。

 いつもの様に高笑いを響かせながら、お姫様はゴブリンたちと軽快に踊ります。

 こうしている間に、その勇者と魔女が出会うことになっていようとは、露ほどにも思わないお姫様なのでした。

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