だいいちわ ふたりのであい
深い、深い森の奥。
一人の魔女が住んでいました。
魔女は今年二十四歳になります。
この世界では大体十八歳には結婚して家庭を持っているものなのですが、魔女は良縁に恵まれずに未だに独身です。
魔力の強い彼女の寿命は、人の何倍もあります。
なので婚期なんて気にしなくてもよさそうなものなのですが、彼女はとてもとても気にしていました。
結婚という単語にすら敏感に反応します。
乙女の心というのはとてもフクザツで、硝子細工よりもデリケートなのでした。
この間も街に下りたとき偶々見かけた結婚情報誌に、3000ほどの精神的ダメージを食らっています。
ちなみに魔女の精神ヒットポイントは100でしたので、その心は微粒子レベルにまで破壊されてしまいました。
深い森の中に住む魔女の唯一の現金収入は、森で詰んだ薬草を使った薬を売ることでした。
お金を得る為に森を出て街に出ては、大体おんなじ様な理由で魔女は心に傷を負うのです。
そんな魔女を慰めてくれるのは、森の動物達です。
動物や植物とお話が出来るようになる魔法は、魔女の最も得意とするところでした。
優しい動物達に慰められ、魔女は少しだけ元気を取り戻します。
森は魔女にとても優しく、食べ物や安全を提供してくれます。
そのかわり、魔女は森の維持に力を貸すのです。
魔女は治癒魔法や天候を左右する魔法を得意としていて、森の動物や植物達からとても信頼されているのでした。
森に守られている魔女は、本当は森から出る必要はありません。
食べ物も飲み物も、皆森の動植物が用意してくれるからです。
ですが魔女は、心に傷を負っても街へと行くのをやめられませんでした。
魔女は小さなパン屋さんを営む青年に、恋をしてしまったのです。
ずっと歳の離れた妹と二人でパン屋さんを営む青年は、同じ魔法使い以外で始めて彼女に声をかけてくれた人でした。
優しげなその笑顔に、世間知らずの魔女は一撃でハートを射抜かれたのです。
ですが、魔女は基本的に根暗で落ち込みやすく、死ぬほど打たれ弱い上にビビリでした。
なので勇気を出してパン屋さんに行っても、精々挨拶を交わし、軽い世間話をする程度で、愛をささやくとか告白するとかそういうイベントとは無縁でした。
寧ろ、彼と別れた後「緊張して声が裏返っちゃった」「挙動不審だと思われなかったかなぁ」「この服変じゃなかったかなぁ。街の流行なんてわかんないし」と、世界の終わりかと思うほどのネガティブブルー状態になるのです。
ですが暫く放っておくと、「やっぱりやさしいなぁ、パン屋さん」「またあいたいなぁ」「今度こそきちんとお話したいなぁ」とお花畑に旅立つので、森の動物達もおせおせでくっ付いちゃえよと応援しています。
森の魔女は、ずっと師匠である老人と二人きりで森の奥に暮らしていました。
ですから、とても世間知らずで臆病です。
とても心根が優しく、素直なまま大人になりました。
基本的には脳内はお花畑ですが、世知辛い都会とは無縁ですし、森の動植物がいるので心配ありません。
それに、当人も魔法使いなのでいざとなったら周囲一キロを吹き飛ばす事も可能なので、それで特に問題もありませんでした。
そう、その日までは・・・
いつもの様に魔女が朝起きると、外は物々しい事になっていました。
具体的に言うと、武器を持った兵士達に取り囲まれていたのです。
何処から持ち込んだのか、大砲やらクロスボウやら、中には戦争用の広範囲攻撃魔法道具まで見受けられます。
窓からそれを確認した魔女はあまりの恐怖にベッドにもぐりこみがたがたと震えだしました。
偶々家に来ていた森の動物の一部が、そんな彼女を心配そうに見ています。
「どどどどどどどどどどどうしよう?! わわわわわたしなんにも、わるいことしてないのに?! 魔女狩り?! 魔女狩りなの?!」
布団を頭からかぶってブルっている魔女に、リスさんが優しく声をかけます。
「出頭したほうが刑期が短くなるよ」
「ちげぇだろ?!」
突込みを入れたのは、背中に五方星のマークを背負った、ホシネズミさんです。
「何で囲まれたかが問題だろうが! 大体お嬢が悪さなんかできるか?! そんな度胸ねぇだろうが!」
「でもなー。かこまれてるしなー」
間延びした声で、掌サイズのドラゴンであるフェアリードラゴンが言います。
「そそそ、そうだよ! わたし、なにもしてないよ?! わるいことしてないよ! と、おもうけどたぶん、きっと、おそらく・・・」
「知らないうちにうっかり人を殺しちゃってました! とか?」
「街に出たときにー。誤って魔法を撃ったー。とかー」
「ひぃぃぃいい! ゴメンナサイゴメンナサイうまれてきてごめんなさいぃぃぃ!!」
「やめろぉ! お嬢が本気にしてるだろうが?!」
ホシネズミがリスとフェアリードラゴンをシバキ倒します。
それにしても一体何が起こったのでしょう。
ホシネズミが外に顔を出すと、丁度兵隊達の隊長らしき人物が現れました。
何度かためらいを見せた後、隊長は声を張り上げました。
やたら難しい言葉遣いが多くて、魔女には良くわかりませんでした。
ホシネズミが、魔女にも分かりやすく説明してくれます。
数十年前、兵隊達の住む国に大変なことが起こりました。
それはそれは大変で、地図からその国があった土地が根こそぎ消えるぐらい大変だったのです。
困った国は、森の魔法使い、魔女の師匠に助けを求めました。
森の魔法使いはとても凄い力を持っていましたので、簡単に困っていた国を助けてくれました。
まさに指先ひとつでダウンさ状態です。
喜んだ国は、なにかお礼をしたいといいました。
魔法使いが要求したのは、「王妃様と王様の間に生まれる、8人目の子」でした。
当時の王族の常識では、王様は沢山の側室を抱えるものなので、正室との間だけに沢山子供を作ることはないはずでした。
大体、8人目って。
農家じゃあるまいし、そんなに子供を作るとはとても思えません。
そのときは皆、「魔法使いはそういうことで何も報酬を受け取らず話を丸く収めるつもりなのだ」と思いました。
が。
あろうことか、起こるはずがない事態が起こってしまったのです。
王様とお后様は、寄ると触るといちゃつきだす超バカップルだったのです。
衛兵も思わず後ろから剣を突き立てるレベルのラブらぶっぷりで、ついには8人目の子供が生まれてしまったのです。
こうなってしまっては、魔法使いにこの子供、お姫様を差し出すしかありません。
もし約束をたがえようものなら、何をされるかわかりません。
王様は泣く泣く、お姫様を隊長の手に委ねたのでした。
「って、ことらしい」
「意味わかんないね!」
「さすがー。先代ー」
「どどどどどどどど、どうしよぉぉおお!!!」
あまりの絶望に首でも吊ろうかと思った魔女でしたが、ふとあることを思い出したのです。
「そうだわ! お師匠様が残してくれた、手紙があったの!」
実は、魔女の師匠である魔法使いは既に他界していたのです。
死因は娼館でのフクジョウシでした。
おじいちゃん無茶しやがって、と言ったところです。
「もし、家の周りを武器を持った兵隊が取り囲んで、お姫様を受け取れって言って来るような状況におちいったら読め、っていってたの!」
「ドンだけ限定された状況だよそれ! 先代こうなる事予想してたろ!!」
魔女たちは早速手紙を開封して、読み始めました。
前略
中略
こうr ひゃっはー! もうがまんできねぇー! 草々だぁー!
ジョークです。
私はお前にどんなときでもユーモアを忘れない魔法少女に育ってほしいと思っています。
さて、これを読んでいるということは、今とても困った事になっていますね。
多分私のせいです。
あれは、何年か前の事でした。
私が週6で通っている売春宿のある国が、のっぴきならない厄災に見舞われました。
王族とか宰相とか、なんかエライ人たちが私に助けてくれって言ってきましたが、ぶっちゃけそういう人たちあんまり好きじゃないし国のひとつや二つなくなってもどってことないのでぶっちしました。
最初えらそうにしてた王族の人たちとかですが、最後は泣きながら靴にキスしてきた当たり相当切羽詰っていたようです。
でもぶっちしました。
世の中甘くないのです。
それに、この世界にも秩序があります。
滅び、生まれ、また滅びが繰り返す事で、世界は回るのです。
そんな哲学的なことを考えながら、私は売春宿に向かいました。
そこで、わかいおねぇちゃんがこんな事を言いました。
「魔法使い様って、ちょーすごいまほうつかえるんでしょー? 私、みてみたいなぁー! 見せてくれたら、みんなでサービスしてあ・げ・る(ハート)」
私は一大奮起しました。
目の前で困っている人々がいたら助けるのが人の道です。
外道と言われる魔法ですが、誰かを救うためこそ振るわれるべきものなのです。
幸い厄災はデコピンをする要領で消し飛ばすことが出来ました。
私は最強の魔法使いなのです。
私は私がとっても凄いと思いました。
助かった王族は、上へ下への大騒ぎです。
私はムカついたので、こういいました。
「八番目の子供が生まれたら俺のハーレムによこせ!」
ちなみに私にはハーレムなんてありません。
素人童貞です。
でも見得を張っていってみました。
大体八番目の子供です。
いまどき子沢山家族でもそんなに生みません。
まして王様はハーレムを抱えているリア充爆発しろヤロウです。
ゼッタイそんなに生まれないでしょう。
八つ当たりとしてはいい台詞だったと思います王様爆発しろ。
それに、もし生まれたとしてもその頃には私は死んでると思います。
迷惑するのは弟子の魔女であるアナタなので、別にいいかなとおもいました。
あ、あと一応言っておくと、子供をそのままもって帰っていいとかいったとしてもそれは罠で信じてつれて帰ったら国が滅ぶと伝えてあります。
きちんと子供を置いて帰らないと、のろいが発動する、と。
念のために言っておくと別に呪いなんてかけていません。
だるいからです。
最低でも20年は子供は預かるといってあるので、まあ、適当にあずかって育てて下さい。
よろしくお願いします。
PS・もし来た子供がおんなのこで可愛く育ったら、私の事を「ご主人様」と呼ぶように教育して下さい
「あんのくそじじぃぃぃえええああああ!!!」
ホシネズミは渾身の力をこめて手紙を地面にたたきつけました。
リスとフェアリードラゴンは腹を抱えて笑っています。
魔女は手紙を最後まで読んだ所で、キャパシティーオーバーで気絶しました。
こうして、魔女はお姫様を育てる事になったのでした。