第一話【奇妙な双子】
季節は夏、太陽の日差しが容赦なく照らし続ける今日この頃。
黒髪・黒眼の少年、光月影人は、夏休みという長い期間を利用してだらききった日々を堪能していた。
「エアコンの効いた部屋でだらだらと過ごす。これこそ正しい夏の過ごし方だよなぁ。外に出る奴の気が引けるよ」
まるで引きこもりのような意見を言いながら、冷蔵庫を開ける。中から程好い冷たい風が肌に伝わってくる。
それはいい。
だが、明らかに何かをメモっている用紙。テメーはダメだ。
「何当たり前の如く食料保管庫に紛れ込んでるんだ。紙を冷やして何の意味がある」
カゲトは手に取ったメモ用紙に目を通す。
『ごめ~ん。今日、帰りが遅くなりそうだから何か適当に食べといて~。 親愛なる母より』
なんて薄情な母親だろう。と思いながらカゲトは冷蔵庫の中に目を遣る。
「…なん…だと!?」
しかしそこには予想だにしなかった光景が広がっていた。
目に映るのはソースやマヨネーズといった調味料だけ。食べ物なんて一つも有りゃしない。
「母さんは俺に試練を与えているのか…!?」
その言葉に答える者は誰もいない。カゲトの頭の中に、調味料か!飯抜きか!という選択肢があげられる。
調味料は食材があって初めて意味がある。それだけがあったとしても何の意味ももたない。というより、調味料を食べる(?)気にはさらさらなれない。
かと言って飯抜きというのもさすがに出来ない。一日くらい食事を抜いても人は死なない。とは言うけれど、断食をしたことのない人にしてみれば耐えられないことは明白だ。
つまりカゲトのとる行動は一つしかない。
「…買い物に行こう」
そう呟いたカゲトの顔は酷く嫌そうな表情をしていた。
◇◆◇◆◇
炎天下。夏の焼けつくような暑さの下、ウエストポーチを腰に巻き、半袖の黒いパーカーを着込んだカゲトは家から出発して数分だというのにもうノックダウン寸前だった。
「…暑い、もの凄く暑い。どれくらい暑いかっていうとマジ暑い」
どうやら思考回路がおかしくなっているらしい。誰か医者を呼んで来い。
「…ん?あ、あれは…!?」
死んだ魚のような目をしていたカゲトの瞳に僅かながら希望の光がやどる。
前方に見えるのは夏の必需品とも言える自動販売機。夏ばて寸前のカゲトにしてみればまさに九死に一生。
そこからの動きは早かった。
己の出せる最大のスピードで瞬時に接近し、小銭を入れ、スイッチを押す。
「ガシャン」という音が鳴るのを聞き、出てきた缶を掴み取る。
手のひらに冷え切った缶の冷たさが伝わり、もはや彼は我慢の限界だった。
プルタブに指をかけ「カシュッ」という音を響かせる。開いたのを確認し、飲料を口に流し込む。冷たい液体とシュワッとした感覚が喉に伝わり、彼はむせ込んだ。
「ゲホッゴホッ…!な、なんじゃこりゃ…」
彼は炭酸が苦手だった。
冷たい飲み物ならどれでもいいや。と適当に押したボタンはまさかの炭酸飲料。
不運にもハズレを引いてしまったという訳だ。
「…ついてねぇ。…まったくもってついてねぇ」
自分の運の無さに嘆きながらも、彼はそのまま捨てるのが勿体無いため一気に炭酸飲料を飲み干し、ゴミ箱へ捨てる。
「オェ…。気持ちわりぃ…」
炭酸を開発した奴、頭おかしいんじゃねぇの。と愚痴りながら、カゲトは目的地である近くのコンビニへと向かってトボトボ歩いていった。
◇◆◇◆◇
「至福」
コンビニで棒状のバニラアイス(十本入りの箱)を買ったカゲトはとある公園内の木陰のベンチでアイスを食べながら、しばし休息をとっていた。
公園にはカゲトの他に小学生くらいの二人の少女がいて、どちらもブランコで遊んでいるようだった。
(そういや…ここってあの場所じゃん)
カゲトは久し振りにこの公園に来たため懐かしく思い、子供の頃のことを思い出していた。
小学校低学年の頃、まだ友達がいなくて一人でいることが多かった日々。だけどある日公園で出会った見ず知らずで名前も知らない。あったのもそれっきりの何の接点もない少女。
言ってることなんて意味不明で変わった子だったが、それでもなんだか楽しく思えた。
彼女はただ自分の考える世界について語っていたに過ぎなかったが、他人とのコミュニケーションが少なかったカゲトにしてみればそれはある意味救いだったのかもしれない。
「(次にあの子と会えた時のために、ちゃんと話せるよう努力したっけ…。そのおかげで友達もできたんだよなぁ。結局あの子とはもう会えなかたけど、今頃どうしてんの…か…)ッ~~~!?」
カゲトは驚きのあまり目を見開いた。
なぜなら、先程までブランコに乗っていたはずの小学生くらい少女達がいつの間にか目の前にいて、片方は座りながら、もう片方は立った状態でこちらをずっと凝視していたからだ。
茶髪で一本の長いアホ毛が目立つ少女達は顔がそっくりなところから双子だということが分かる。
「え~と…何か用か?」
「私が見上げていることに気付いた彼は私達に話し掛けてきた」
「私が見下していることに気付いた彼は私達に話し掛けてきた」
順番に同じようで微妙に違う言葉を発する説明口調の少女達。
どうやらカゲトは変な奴等に絡まれてしまったらしい。
「『何か用か?』と聞かれたため私は貴方に話があると指をさして答える」
「『何か用か?』と聞かれたため私はアイスが欲しいと目を向けて答える」
「『貴方に話がある』と言った方を無視して、『アイスが欲しい』と言った方にアイスを渡す。いわゆる早く何処かに行ってくれという俺なりのオブラートに包んだ行動だった」
彼女達と同じようにカゲトも説明口調で対応する。
「無視するな!と私は怒りを込めて叫びます」
「真似するな!と私は怒りを込めて叫びます」
怒られた。
二人の表情は相変わらず無表情だったが、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「まあまあ落ち着いて。アイスでも食う?」
「…いただきます。と私はアイスを受け取る」
「…いただいてます。と私は受け答えをする」
もう片方の方にアイスを渡し、カゲト達三人はベンチに座りアイスを舐め始める。
座る順番は左から双子の一人・カゲト・双子の一人という両手に花状態。ロリコンには堪らない状態だろう。あくまでロリコンにはだ。
「…俺に話ってなんだよ?あいにく俺はお前等と話しているほど暇じゃないんだ。誰かと話したいんなら暇な奴を相手にしてくれ」
「ダウト。公園で黄昏る高齢者は充分暇人。と私は主張します」
「ダウト。公園で孤独のぼっちは充分暇人。と私は主張します」
「俺がぼっちの高齢者、だと…!?」
公園に一人でいるだけでぼっち呼ばわり。しかもまだ十五歳だというのに高齢者呼ばわりまでされてしまう。
カゲトは心にちょっとした傷を負った。
「そんな暇な貴方にはおもしろい話を教えてあげましょう」
「そんな暇な貴方にはくだらない話を教えてあげましょう」
二人はカゲトの方に顔を向け、二人同時に声を揃えてこう言った。
「「《黒い手紙》の都市伝説」」
「?《黒い手紙》?そんな都市伝説聞いたことないぞ」
「あまり知られていないものです。と私は答える。それはある日突然に届く名無しの手紙」
「あまり知られていないものです。と私は答える。それはある日必然に届く名無しの手紙」
「「普通を捨てて異常に進むか、異常を求めず普通にとどまるか、全ては手紙の持ち主しだい」」
またもや息の合った発声。どうやったら同じタイミングで同じ言葉を揃えて言えるのだろうか?
(もしかして狙ってやってる…?)
「誤解されないように私は貴方に念を押す。私達にとって意思疎通は楽勝」
「誤解されないように私は貴方に断言する。私達にとって意思疎通は余裕」
「…へぇ、凄いな。ついでに読心術も使えるんじゃねぇの」
明らかに思考を読んだ回答にカゲトは冗談交じりにそう答える。
「ッ…!なぜ分かった…!?」
「ッ…!なぜ気付いた…!?」
「…えっ?マジで?」
二人の驚いた反応に冗談で言ったつもりのカゲトまで驚いてしまう。
「嘘です。と私は澄まして言い放ちます」
「誠です。と私はドヤ顔で言い放ちます」
…どっちだよ。
なんだか言ってることが全て滅茶苦茶で全部が全部胡散臭く聞こえてくる。
「はぁ…」と溜め息をつきながらウエストポーチに入れていた携帯電話を取り出し、時刻を確認する。
(…二時過ぎか。もう店行くのやめようかな…。あ、でも冷蔵庫の中は空っぽだし、行くしかないか…)
携帯電話をしまい、残ったアイスを食べきり、ベンチから立ち上がる。
「もう行かれるのですね。と私は全てを知ってるかのように答えます」
「もう行かれるのですね。と私は全てを見透かすかのように答えます」
「ああ、元々休憩によっただけだし、充分休んだからな。もし良かったらアイス貰ってくんない?俺が持って行ったら溶けて無駄になるし」
「いいのですか?と言いながらも私はがっしりと左手でアイスの箱をキープします」
「いいのですか?と聞きながらも私はがっしりと右手でアイスの箱をキープします」
「貰う気満々じゃねぇか。…ま、いいけどさ」
カゲトは一言「じゃあな」と言って公園を後にした。
結局あの双子はなんだったんだろうか。と、やたら親しげに話していた二人のことを考えながらカゲトは太陽が照らす道の上を悶々と歩いて行った。
◇◆◇◆◇
家に帰り着いた時、時刻は既に五時過ぎを示していた。
あれから近所の店に向かったカゲトだったが、まさかの休業で遠くのスーパーまで行くはめになってしまった。
買い物を終え、重い荷物を運んで帰る最中に見た公園には小さな子供とその母親達がいるだけで、あの変な双子は何処にも見当たらなかった。
どうやらもう家に帰ってしまったらしい。
「…ふぅ。やっぱりエアコンの効いた部屋が一番だよなぁ」
快適に涼んだ部屋で寝転がり、そう呟く。
時たまあくびをしながら目を瞑ってこれから何をしようかと考えるが、カゲトはそれから数分もしないうちに「すーすー」と寝息を立てて眠ってしまった。
時刻は午後十時を指す。
太陽は沈み、辺りは暗く、住宅街に明かりが灯る。
そんな闇夜に、とある家の前で立ち尽くす少女が一人。
―――この家かな?
―――この家だよね?
暗示のように呟くその少女は家の玄関口のポストに一枚の手紙を入れる。
―――来るかな?
―――来るよね?
―――クスクス。クスクス。
せせら笑いを浮かべどこかに去って行く少女。
少女が先程までいた家の表札には『光月』という名字が記されてた。