8
狭間の時空に転移したデッドリーシックスとアマツミカボシ。
灰色の空、荒廃した大地の上に彼らは立っていた。
アマツミカボシは大地から生える古びた包帯に全身を絡まれている。その背後には包帯にくるまれたミイラ、プトレマイオスが立っている。
「これで、星落としはできないわね」
デッドリーはそう言い、アマツミカボシに顔を向ける。
「聞こえるかしら、まつろわぬ神、アマツミカボシ」
「・・・・・・・・・・・・・」
デッドリーの声に、アマツミカボシは沈黙を返す。声はないが、彼は怒っているようだ。
「倒す前に、一応聞いておくわ。破壊行為をやめ、再びアマテラスに従う気はあるかしら」
アマテラスの名を出した瞬間、アマツミカボシが声のない叫びをあげた、ような感じを皆が受けた。
アマツミカボシはデッドリーの勧告を拒絶した。
「そう、なら仕方がないわね」
デッドリーはそう言うと、面々に向かって手を挙げて指示をする。
「アマツミカボシ、あなたを退治するわ」
デッドリーが言った瞬間、D6の面々は一斉に駆けだす。
怒り狂った悪魔と化したカーズ。いいように嬲られ、怒り心頭のジョン。無表情に巨大な十字架を背負うアントニオ。爪を伸ばし、涼しげな顔のマダム・ヘカテ。そして、包帯で縛り続けるプトレマイオス。
デッドリーも後方で魔術の詠唱を始める。
彼らが肉薄する中、アマツミカボシは依然として包帯に包まれ、身動きが取れなかった。
「------------!!!」
「死ねやぁ!」
「滅っ!」
「ふっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それぞれの攻撃が、アマツミカボシを襲う。そして彼らが離れた瞬間、デッドリーが構成した魔術が放たれる。
「竜の息吹よ、我が敵を燃やし尽くせ!」
地獄の業火が、アマツミカボシに降り注ぐ。
灼熱が包帯を焼く。
「へ、他愛ねえ」
ジョンが離れたところから、片膝立ちで見る。ボロボロになった自分の服を見る。
「くそ、俺のお気に入りの服が」
「そんなもの、着てこなければいいのに」
マダム・ヘカテがあきれながら言う。
アントニオは静かに、燃える炎を見る。
デッドリーは静かに炎を見つめ、プトレマイオスはただ呆然としている。
そんな中、カーズだけはその表情を変えず、禍々しい目で炎を見る。
「カーズ、どうかした?」
デッドリーは戦闘が終わってもそのままのカーズを見て、問いかけた。カーズはデッドリーを見たかと思うと、こちらに駆け寄ってくる。
デッドリーは驚く。まさか、暴走したのか、と。
そんなデッドリーは急に動けず、カーズに押し倒される。
「・・・・・・・・・・・・!!」
そんなカーズの身体に、何かが当たり、彼の肉体を抉る。
右腕が吹き飛び、内臓が飛び散る。
「カーズ!!」
カーズはデッドリーを見て微かに微笑む。
デッドリーはカーズを襲ったものを放った人物を見る。
燃え盛る豪華の中から、一人の神が現れる。上半身裸の、まつろわぬ神が、無傷でそこに立っていた。
「愚か」
静かな、凛とした声でまつろわぬ神は言った。黒い目がD6の面々を見る。
「その程度で神たる余を倒せると思ったか?片腹痛い」
「てめえ・・・・・・・・・」
ジョンが駆けだす。ジョンは即座に肉薄すると、岩を砕く一撃をアマツミカボシに放つ。それは確かにアマツミカボシの腹と顔面に入った。
「があああああああああああああああああぁっぁぁあああああああああああ!!!」
ジョンが叫ぶ。アマツミカボシを攻撃した彼の両腕は、いつの間にかなくなっており、血が噴き出していた。
「ジョン!」
ヘカテが髪を振ると、髪が伸びて、神を攻撃する。神はジョンを放り出し、それを避ける。ヘカテはジョンを掴むと後退する。
神に向かって、アントニオがバズーカ状に変形した十字架を放つ。大質量の弾丸がアマツミカボシを襲うが、彼は右手を軽く振る。
弾丸は時を止め、ぼろぼろと崩れ、灰になった。
「余には敵わぬ、愚かな人間」
そう言い、神が手を軽く振ると、アントニオの身体は地面にたたきつけられる。屈強な男は口から血反吐を吐く。
「かは・・・・・・・・・」
「ちぃ!」
デッドリーは舌打ちして、次なる魔術を構成しようとするが、それより先にアマツミカボシが動き、少女の首を絞めて、身体を持ち上げる。
「ぐぅぅ」
「西洋の魔女よ、余がそのような隙を見せると思ったか?」
そう言い、彼は呆然と立つプトレマイオスに向かって左手を振り下ろす。プトレマイオスの細い体が吹き飛び、倒れる。そしてそのままピクリとも動かなくなった。
「これで、お前の仲間は皆倒れた。アマテラスの阿婆擦れの刺客など、恐れるに足らん」
「アマツミカボシ、なにが目的?」
「何が、とは?」
「何故、今更動いたのか、と言うことよ」
デッドリーが聞くと、神は笑う。
「何、どこのだれかは知らんが、余の力を増してくれたらしくな。そのものの思惑は知らんが、いい機会だと思ってな。アマテラスをはじめとした日本の神が身を皆殺しにし、日本、いや大和を余の手に戻そうと思ってな」
「あなたの手に・・・・・・・・・?」
「そうだ」
アマツミカボシは大きく頷く。
「アマテラスやその信奉者は、我らのくにを奪った。あやつらは元は一地方の神に過ぎなかった。それが、身に余る野心を抱え、大和の平定などとぬかしおった」
アマツミカボシは憤怒に表情を歪めて言う。ぎり、とデッドリーの首を絞める力が強くなり、少女は呻く。
「奴らは余や他の神に降伏を迫り、従わぬものを殺していった。そして、その神々に従った人々を、人間とみなさず、野蛮なものとして住処を追い、迫害した!」
アマツミカボシは激昂する。
「しかし、余は最後まで戦った。アマテラスたちと!だが、ついに余は倒れた。だが、余の怨念は強く、アマテラスと言えども浄化はできなかった。奴らは余を神、として扱い、力を封じた」
アマツミカボシは真っ黒な目から血の涙をこぼす。
「何万の余の民が、無念のうちに死んだことか。今でも余の胸の内で彼らの怨念の声が聞こえる。余は、この贖いを奴らに払わせねばならぬ」
そう言うと、アマツミカボシはぎりぎりと、少女を絞める手に力を増していく。
「そういうことで、魔女よ。悪いがお前たちには死んでもらう。アマテラスを倒し、この地を再び取り戻す日まで、余は・・・・・・・・・・・・・死ねぬ」
「そう、それはたいそうな計画ね」
苦しそうにデッドリーは呟く。
「でも、それは無理よ」
「ほう、なぜだ?」
「なぜなら、あなたはここで倒されるのだから」
「誰によって」
「私たちによって」
「貴様の仲間は」
そう言い、アマツミカボシは浮かび上がり、周囲を見下げる。
巨漢は倒れ、吸血鬼は意識を失い、妖女も力なく倒れ、ミイラはピクリとも動かない。魔女はアマツミカボシの手の中。戦えるものなど、いない。
「一人、忘れているようね。まつろわぬ神」
デッドリーは呻きながら笑う。
「あなたはもっとも強大な相手を忘れているわ・・・・・・・・・・・・・・やりなさい、カーズ」
「なに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
デッドリーが言った瞬間、アマツミカボシは頭部に大きな痛みを覚えた。そして、その身体は地に衝突する。
投げ出されたデッドリーを、黒い獣がその大きな腕でつかむ。優しく、壊れ物を扱うかのように受け止め、地面に着地し、彼女を下ろすと、獣は咆哮した。
まつろわぬ神は黒い目で獣を見て、立ち上がる。
「馬鹿な、殺したはずだ・・・・・・・・・・・」
「残念ね」
獣の後ろで魔女は笑う。
「彼は死なないわ。決してね」
「ならば、試してみよう」
アマツミカボシはそう言うと、天に右手を上げる。
そして、口を動かし始める。
「星落としはできない!ここは、あなたの支配下にある世界ではない!」
「関係ない」
そう言い、アマツミカボシは笑う。
「今の余には、世界を超えて力を行使できるからだ」
その瞬間、灰色の空が割れて、大きな、燃え盛る何かが降る。
空が堕ちる。
デッドリーやヘカテは、それを見てそう思った。
「星に敵うか、獣よ」
黒い獣を見て、アマツミカボシは嗤う。
獣は咆哮して、デッドリーや仲間を一か所に集めると、天に向かって腕を突き出す。
そして、堕ちてきた天に渾身の力をぶつけた。