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DEADLY SIX  作者: 七鏡
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16世紀、ヨーロッパ某所。

キリスト教の伝来により、古の神々や信仰が捨てられて久しい世の中。教会の絶対的な力は失われていたが、その信仰は根深いものとなった。

神の教え、教会の教えを絶対とし、人々はその教えに反するものを弾劾した。

教会にとって邪魔な存在だった異端者や、キリスト教の信仰を揺らがすかもしれない古い慣習。そう言った者の排除とカトリックの安定のために、異端審問や裁判が行われ始めた。

最初はその程度の目的しかなかったものの、次第にそれは民衆に広がっていき、教会の思惑を超え、ヨーロッパを巻き込む一大現象となってしまった。

恐怖は人の心を駆け巡る。

異なる考えを持つものを、人は恐れ、排除しようとする。中世では、未だ科学が宗教を超えることはなく、教会の方は絶対であった。

この現象は魔女狩り、として後世まで知られるようになった。

黒魔術、異教徒の儀式、サバト、サタンとの交信、悪魔との性交渉。様々な噂と迷信が入り乱れた。

各地の女性たちが魔女として裁きを受けた。その多くが無実の女性であったことは言うまでもない。

教会も民衆の動きに同調し、これを教会の威信を高めるために利用した。

過激な地域では多くの血が流された。毎日、何人もの女性がその首を落とされ、サタンの信者と言う烙印を押された。烙印を押された者の家族は、社会から隔離され、寂しく死ぬか、悪霊や悪鬼となった。


そんな時代、一人の少女がいた。

まだ幼く、おそらく年は十三歳ほど。明るい金髪と、黒曜石のような黒い目。かわいらしい顔で、村人からは美人な母親に似るだろう、と言われていた。母親は村一番の美女で、少女の自慢であった。

父は幼いころに死亡し、女手一つで彼女を育てた母を少女は愛していた。

しかし、そんな母も数日前、はやりの病で死亡した。

病はサタンの息と呼ばれていた。各地で似た病気がはやり、多くの人が死んでいた。時の教皇が「これは人間を滅ぼさんとするサタンの息吹に違いない」と発言したことからこの名がついた。

村人も何人もなくなっていた。母親は病に倒れ、ついに目を開くことなく息を引き取った。

少女は独りになってしまった。

村人たちは彼女を心配したが、彼女を引き取る余力はない。病、そして飢饉。そして戦争。

若い男は皆いなくなり、老人たちも死に、村は荒廃するばかり。



少女は豪華な馬車の前に立っていた。

見目麗しい少女がいる、と噂に聞いたある貴族が少女を引き取りたい、と申し出、こうして迎えに来たのだ。

村人たちは難色を示すが、この地方を滑る領主の親戚故に、逆らうこともできない。

少女に謝る老人たちに向かって、少女は笑顔を浮かべる。子どものする顔ではない、と大人たちは世の無常に泣いた。少女を待つ運命など、考えるまでもない。

それでも、彼女は笑う。大人たちを安心させるために。

こんな少女が辛い目に遭うなんて、と大人たちは泣いた。泣かない少女のために。

やがて、馬車の中に乗り込むように言われ、少女は馬車に乗り込む。

母とともに過ごした農村を寂しそうに見て、そして目をそらした。


少女を乗せた馬車は、村を離れ、貴族の屋敷へと向かっていった。





「ほう、噂に違わぬ容貌よのう」

でっぷりと太った男は両側に女たちをはべらせ、少女を見た。怖がる少女をなめまわすように見た男は、舌なめずりをする。

「とはいえ、汚いな。おい、湯あみを。初夜だというのに、こんなに汚くてはたまらん」

男はそう執事に言うと、少女を見る。

下卑た瞳。荒れた肌。醜い獣のような男。不快な気持ちで少女は男を見上げる。

「たっぷり可愛がってやるぞ、げふふふふ」




引き裂かれるような痛み。

まだ大人になりきれていない少女の身体は悲鳴を上げた。

肥った男はそんなこともお構いなく、自らの欲望に従う。

少女は唇をかみしめ、叫び声を我慢する。涙を流すことも。

負けるものか。こんなやつに、負けてなるものか。

少女は男のきつい体臭に吐き気を覚える。

絶対に、負けてなるものか。






数か月後。

「マグダレーナ!どこだ」

男がどなり散らす。寝台に寝転び、隣には裸の女が一人眠っていた。

「ここにおります、旦那様」

少女は寝室の扉を開けて入ってくる。少女の服は薄い露出の多い服であり、男の趣味であった。

ニヤリと笑うと、男は彼女を手招きする。

「マグダレーナ、今夜も儂を癒してくれ」

「・・・・・・・・・はい」

そう言うと、少女は男の寝台に近づく。男が少女の身体を持ち上げ、貪るようにその口で少女の胸をなめる。

「おお、マグダレーナ。おお」

(信じられない)

マグダレーナと呼ばれた少女は心の中でつぶやいた。

こんな男が、教会の司祭の位を持つなんて、と。

彼女の中での司祭は清く正しい聖人だ。こんな醜悪な男ではない。

外見の問題ではない。内面の問題だ。

少女は盲目的に神を信じてきたが、数か月、屋敷で過ごしてきて、その考えは変わった。

この世界に、神なんていない。いるのは悪魔だけなのだ、と。

この世で自由に生きているのは、神の衣を被った悪魔だけ。

ならば、私も悪魔に魂を売れば、どうなるだろうか。

マグダレーナは密かに考えていた。

幸いなことに、この屋敷には発禁処分を喰らった禁書が数冊、あるらしい。

男の書斎に入れれば、マグダレーナにも読むことはできる。数か月、ラテン語の勉強をした。負けるものか、と言う思いで頑張った。

男に抱かれながら、少女は敵意に満ちた目で男を見る。快楽に浸る男はその視線に気づきはしない。

殺す。絶対に殺してやる。

自分の処女を奪った男を見て、少女は思う。





「マグダレーナ・リシェルフィス」

薄暗い法廷。そこはいわゆる異端審問裁判所だ。裁判なんて名ばかりで、一方的な裁きを下す場所で、ここに連れてこられたものは皆、死刑を宣告される。

マグダレーナは知っている。今まで何人もの女性の死の叫びを聞いたから。独房の中で響く、幾千の声を。

両手は鎖で縛られ、口には魔術を封じるための札が張られている。全身に同様の札が張られており、身体も怠い。

少女は怨念のこもった瞳で司教たちを睨む。

聖人の衣をまとう、私利私欲に生きる醜い獣。

「汝はサタンと契約をし、魔術を持って、神と汝の庇護者を殺した。間違いないな?」

少女は頭を動かさない。正確には動かすことができないのだ。

そんな少女を見て、司教たちは頷く。沈黙は肯定とみなす、と言うわけだ。

茶番だ。少女は心の中でつぶやく。

そして、少女の罪状が読み上げられる。

司祭の殺害。魔術の使用。サタンとの交信。悪魔の召喚。神への冒涜。

こみ上げる笑いを押さえられず、少女は笑う。声を出せないのが残念であった。

少女の様子を見て、裁判長が言う。

「被告はまさしくサタンの申し子。かつてこれほどの悪があっただろうか。我々はこの者に、死刑を言い渡す」

「異議なし」

「異議なし」

「神の名の下に」

司教たちが口々に言うと、大きな斧を持った大男が歩いてきて、少女の髪を引っ張り上げ、机に押し倒す。そして、その口の札をはがす。

「死ぬ前に、神への懺悔を赦そう」

そう言う裁判長を見て、少女は言った。

「死ね、クソッタレ」

「殺せ!」

「殺せ!」

「殺せ!」

少女はそう言い、十字架に向かって唾を吐く。そんな少女に死を望む司教の声が響く。

裁判長は処刑人を見て頷く。処刑人は少女を押さえつけながら、片手に持った斧を、少女の首に向かって振り下ろした。

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