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ジョンとヘカテによる攻撃の遮断とデッドリーの結界で外界に被害は全く出てはいない。しかしながら、森林はあちこちで燃えており、悲惨な惨状となっていた。
「十一発目ぇ!」
拳を飛んできた小型ミサイルにぶつけるジョン。爆風に包まれるが、彼の肉体は全く損傷を受けることはない。基本的に彼ら人外の化け物は近代兵器など目ではない。それよりかは聖水や銀の方がまだ効果がある。
隣ではヘカテが優雅に踊っている。その踊りは周囲の空間をゆがませて、自分とジョンを襲うレーザー光線を反射していた。
「くそガキとミイラ野郎、いい加減辿りついてるだろうなあ」
「あら、怖いの?」
クスクスと笑うヘカテに緊張感はない。それはジョンも同様だ。
「ヴァンパイア・スレイヤーが」
「うるせえ」
そう言ったジョンは十二発目のミサイルの音を感知し、上空を見てぎょっとする。それはミサイルではなく、今さっき言ったばかりの代物であった。
「あら、噂をすれば」
そう言ったヘカテの顔が向いたころにはジョンはどこかに去っている。しかし、ヴァンパイア・スレイヤーはジョンの後を追跡していた。どうやら、標的認識機能もあるらしい。
仕方がないからヘカテは閉じられた目を右手で伏せると、何事か呟き、それを見る。
一瞬。だが、それで充分であった。
ヴァンパイア・スレイヤーは時を止めた。そこだけ時間が切り取られたかのように制止する。重力に従って落ちるはずなのに、落ちることもない。完全にその部分だけ、別の時空へと変貌していた。
ヘカテはそれに近づくと、手を軽く振り、ヴァンパイア・スレイヤーを撫でる。
すると、それは音を立てて分解され、ただの砂へと変貌した。
ヘカテは満足そうに微笑むと、再び襲ってきたレーザーを反射するために踊りだす。
カーズは森を進む。どうやらミサイルやレーザーと言った兵器は他のメンバーを狙って撃たれているらしく、カーズとプトレマイオスの接近はまだ察知されていないようであった。
もともと希薄な存在であるプトレマイオスとカーズだが、デッドリーの魔術により、認識の疎外と迷彩の魔術が施されている。フランケンシュタインの視力の有効範囲はおよそ二キロメートル。退魔術スコープの発動はそれと同距離。それまでの距離は見つかることはない。
とはいえ、問題はそこからだ。
カーズもプトレマイオスも攻撃手段はいずれも近接のみ。怪力をはじめ、霊装(対悪魔用の兵器)も装備するフランケンシュタイン三体を相手にするのは流石に分が悪い。
プトレマイオスはどうかは知らないが、少年ははっきり言ってメンバー内で最も防御能力の低い。
アントニオのように退魔武装をすることはできない。
先に潰される可能性の方が高い。
カーズはため息をつきながらも進む。
自分を拾ってくれたデッドリー。彼女のために尽くすと、彼は決めたのだから。
少年は一歩足を進めた。その瞬間、何かが彼の頭上を影で覆う。カーズは上を見た。
継ぎはぎだらけの青白い巨人。背中にミサイルポッドとガトリング砲を背負う怪物は重力など知ったことかと跳躍していた。
回避しようとしたカーズを、遠距離攻撃が襲う。それまで森の入り口付近にいた仲間に向けられていた攻撃がこちらに向かい始めたのだ。
レーザーとグレネードランチャーを回避して、カーズは後ろのプトレマイオスを見た。
プトレマイオスの身体は木と同化したかのように周囲に溶け込んでいた。どうやら、闘うつもりはないらしい。傍観に徹するようだ。
「いつものことか」
このミイラ人間が戦う姿をカーズは見たことがない。おそらくジョンもアントニオもヘカテも。
ドスンドスンと迫る二体の巨人。そして、カーズのすぐ横に落ちてきたフランケンシュタインの怪物。
その拳から、鋭いスパイクが飛び出す。それが、カーズの顔を狙う。
鋭い痛みを感じたが、かすり傷だった。カーズはその六本の指で巨人の右腕を掴むと腕の曲がる方向とは逆に腕を折る。ぼきん、と音がして、骨と埋め込まれたチューブが青白い肌から飛び出る。
フランケンシュタインは痛みもないかのように左手でカーズの顔を掴むと、地面にたたきつける。
そこに追いついた二体が攻撃を浴びせる。一体は腕部に装着されたバルカンを、もう一体は電撃を帯びた両手をカーズの鳩尾に叩きつける。
カーズは血反吐を吐き、骨が折れるのを感じた。電撃が腹部を焼き、服と皮膚を焦がす匂いがする。
血の味が広がる。視界が急に悪くなる。
頭部を掴んでいたフランケンシュタインが彼の身体を持ち上げる。頭部を圧迫しながら、怪物は意味不明の言語をしゃべる。声の調子から怒り狂っているようだ、とカーズは思った。
怪物の右腕はいつの間にか元に戻っており、今では完全に動くらしい。巨人はスパイクを煌めかせた拳を、カーズの顔面に叩きつけた。
ぐしゃり、と音がした。トマトがはじけるように、血がはじけ飛び、巨人たちの身体を真っ赤に染めた。
頭部を失った貧相な少年の身体は重力に従って、その場に落ちた。
巨人たちは執拗なまでに少年の死体を踏みつけ、搭載された火器のすべてを使って粉砕した。
少年の肉体は完全に消滅した。
フランケンシュタインの怪物は次なる獲物を求めて一斉に同じ方向に向かって走り出す。
デッドリーはカーズが死んだことを感じ取ると、静かにため息をついた。黒い傘をさして、少女はそれをくるくると回す。
「まったく、プトレマイオス。またフォローしなかったのね」
呆れた口調で彼女はそう言うと、頭の中でアントニオに対して連絡の魔術を使った。
『トラップは?』
『引っかかっているが軽症だ。全部物の数秒で完治してしまう』
冷静な大男の声に、少女は目を閉じる。
『俺が行くか?』
アントニオはカーズの死を見ている。それでも冷静であるのは元エクソシスト、というところか。
『無駄よ。あなたでは死ぬだけよ』
『ではヘカテとアーヴィングか?』
『それもないわ』
『なら、お前が?』
アントニオの問いに、少女は否定の意を返す。これにはさすがにアントニオも疑問を抱く。どういうことだ、という彼の困惑の思念を受けて、彼女はクスリと笑う。
『ねえ、アントニオ。あなたは疑問に思ったことはない?』
そう彼女は問うと、森の奥地を見透かすかのように目を細めた。
『私がなぜ、あの子をメンバーとしてスカウトしたか』
『それは』
ないわけではない。少年はいたって普通であった。その多指症の指を除けば。
怪異としての力も見たことはなかった。今までは後方支援、それもデッドリーの側付。何をしていたのかなど、わかりようがなかった。
『私がわざわざ勝算もないのに、彼を送ると思う?』
デッドリーはそう言い、一方的に通信の魔術を切る。
そしてピタリと傘を止めると、物哀しそうに目を伏せて言った。
「ごめんなさいね、カーズ」
フランケンシュタインたちは不意に動きを止め、背後を振り返った。
先ほどの交戦地帯で熱源を感知したためだ。
突如として現れたそれ。魔術スコープで解析された数値は、フランケンシュタインたちの許容を超えるものであった。
フランケンシュタインたちの脳が高速演算を開始し、どのような手段をとればいいのかを導き出す。わずか数秒でそれは完了した。
フランケンシュタインたちは自身の胸部に一発だけ搭載された予備エネルギーであり、武器でもある超小型原子炉を目標へとぶつけることを決定した。
右胸をそれぞれ乱暴に引き千切ると、そこから奇妙に光る物体を取り出す。
それを目標に向けて放つ。
いかに怪異と言えども、核兵器だけは例外的に効く。現代兵器の中で唯一有効な武器である。
これを受けて生き残れる敵はデータ上には存在しないはずだった。
だが、データ外の出来事が起きた。
突如、三つの原子炉が消滅したのだ。爆発したわけではない。いつの間にか消えていたのだ。
フランケンシュタインたちの思考は混乱する。怪物たちはその地点に走り出す。
作られた彼らに感情はない。ただ任務の遂行のためのコンピュータが脳にあるだけだ。
だが、なぜか彼らの身体は震えていた。まるで、猫に睨まれたネズミのごとく。
目視できるまでの距離に来た時、三体の巨人は冷や汗をかいていた。無表情の青白い肌。継ぎはぎだらけで、目の色さえ左右で違う。だが、その目の中には明らかに恐怖の色が宿っていた。
彼らの見る先では、真っ黒な何かが蠢いていた。
もぞもぞと蠢く触手か、腕かわからぬ黒い物体。微かに光る二つの眼光。周囲を汚染するかのような、黒い魔力。目に見えないはずの魔力は形となって見える状態にまで膨れ上がっていた。
『データ外、処置不能』
『判断不能、次の指令を待て』
『攻撃予測不可能、有効な武器:なし』
それぞれの脳の中のコンピュータが結論を出す。
それでも、フランケンシュタインたちは抵抗しようと動き出した。
その瞬間、真ん中にいたフランケンシュタインが暗黒に呑み込まれた。
結果、残ったのは二つの足首だけであった。チューブと肉から液体が飛び散る。
一体が走り出し、両手のスパイクを黒い物体に打ち込む。
会心の笑みを浮かべたかのように見えた怪物はしかし、絶叫を上げて黒い腕に絡め取られ、じわじわと圧迫される。内部の骨と機械が壊れる。再生は間に合わない。傷口から入り込む闇の力が怪物を壊す。
やがて全身が回った闇の魔力が棘となって怪物の内側から外に飛び出した瞬間、同時にその身体は潰された。
欠片も残らず消えた仲間を見て、フランケンシュタインの顔には明らかに恐怖が宿っていた。
感情がないはずの怪物に、恐怖を植え付けた悪魔。
悪魔はゆっくりと牙を出して、震える獲物に向かって触手を突き出した。