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DEADLY SIX  作者: 七鏡
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ジョナサン・ヴラド・アーヴィングは久々、一人での地上に来ていた。

常ならば他のD6のメンバーがいなければ外部に出ることはまずできないのだが、今宵だけは教会の監視もない。

今日、彼が地上にいるのは、D6のメンバーとしてでも、教会に目をつけられる囚人としてでもないのだ。

ジョンは黒いコートに身を包み、夜の空を飛ぶ。

目指すは英国。



英国、ロンドン。

忙しない街の光とは別に、闇が完全に覆う場所がある。常人は近づけないそこに、ジョンは降り立つ。

ヨーロッパ各地に、彼ら吸血鬼は同様の結界を張り、血族のための居城を築いている。

ある者は表では富豪として知られているし、裏世界の元締めとして活動する者もいる。資金面では問題がない。

しかし、彼らがこのような居城を作るようになったのは近年。正確に言えば、彼らの王ヴラドの死後。

王の死後、吸血鬼の地位は地に落ちた。

狂乱した王は、同族の反対を押し切り、バチカンで騒ぎを起こし、セクター666との激闘の末死んだ。

これによって、教会による吸血鬼弾圧が始まりかねなかった。

それまで、教会とは不文律の協定を結び、互いの教会を守ってきた。人工血液や家畜の血液など、吸血鬼もむやみやたらに人間を襲うことはなくなっていた。

ヴラド亡き後、純血種の長と、混血種の若き指導者は集まって、協議した。

下手をすれば、問題は吸血鬼の存亡にかかわる。吸血鬼が人間より優れるとはいえ、絶対数は少ないし、弱点である銀は容易に手に入る。

この事態に対し、吸血鬼の長たちは明確な結論を出せずにいた。

そんな中、一人の若い吸血鬼が言った。

「俺の身をデッドリーに預けて、血族の安全を保障させる」と。

長たちはそれに反対した。なぜなら、ヴラド亡き今、彼が最も力のある、彼の直系の子孫だからだ。

下手をすれば、デッドリーに殺されるやもしれぬ。そんな場に、彼を行かせるわけにはいかない。

だが、若き王は、ニヒルに笑った。

「安心しろ、俺は死なねえよ」

そう言い、王はバチカンに赴き、そこで異端執行課のエクソシストに捕まった。

そして、彼の身柄は魔女の手に渡されたのであった。


王の扱いは普段は狭間の世界、事件があった時のみ、地上に戻れる、とした。

だが、王は一つだけ、教皇とデッドリーに嘆願する。

「2014年、俺の結婚の儀がある。それだけは許可してくれはしないか」

結婚の儀とはつまり、血族の団結と繁栄を示すもの。王たるものとして、その姿を示さねばならない。

空席の玉座とはいえ、彼は王である。普段は異界にいても、彼は吸血鬼たちの無二の王なのだ。

教会は吸血鬼たちの心情も察して、許可をした。


そして、時は現在に戻る。

ロンドンにある、地下の屋敷。そこが今の吸血鬼の一族の本拠地である。世界各地にある部族が一堂に会することのできる地下施設。それは18世紀から作られ、今なお拡大し続けている。

吸血鬼の王国であった。

王は、久方ぶりに自分の王国に降りる。

闇を抜け、降り立った巨大な空間には、かつて始祖たるヴラドが住んだという城と城下を、近代的に再現した場所であった。

明りは少ない。吸血鬼の夜目はよく効くから、必要がないのだ。

吸血鬼たちは皆、家々から出て地上より降りる彼らの王を仰ぎ見る。

王はコートを脱ぎ捨て、白いワイシャツ姿となる。そして、背中部分から、シャツを破って漆黒の羽が四枚現れる。

吸血鬼たちは王の帰還を見て、口々に叫ぶ。

「王が帰還なさった」

「ご無事であられるか?」

「おお」

青年王は口元に笑みを浮かべて、城の前に降り立つ。そこに、吸血鬼たちがわらわらと集まる。

「長い間、留守にしたな」

王に向かって跪く老齢の(とはいっても人間でいえば三十代くらいの外見)吸血鬼に話しかける。

「ヴラド三世陛下」

「よせ、その名は」

ジョンは厭そうに眉をしかめ、臣下たちに言う。

「さて、久々だが、ゆっくりもしていられん。一週間しか、猶予はないからな」

「王」

「言うな。これも、血族のことを思えばこそ、だ」

ジョンはそう言い、臣下が纏わせた深紅のマントをはためかせて、自分の城に入っていく。




ところ変わって、デッドリー城。

ここは普段以上に静まり返っている。その最大の理由は、吸血鬼ジョンが不在だからだ。

「馬鹿がいないと過ごしやすいわね」

デッドリーはそう言い、コーヒーを飲む。

どこかの執事のような格好のカーズがコーヒーを注ぎたす。

「ありがとう」

「いえ」

円卓にはデッドリーのほかにヘカテもいるが、彼女はコーヒーではなく、茶を飲んでいる。カーズはティーポットを持って、ヘカテの後ろに行く。

「おかわりは」

「いえ、結構。それにしてもおいしいわね」

両目をきつく閉じた半裸の美女はそう言う。カーズが照れたように言う。

「ええ、いい茶葉を使ったので」

「いいえ、腕が上がっているのよ」

そう言い、ヘカテはほう、と息をつく。

「将来、いい男になれるわよ」

「は、はあ」

カーズが戸惑って、デッドリーを見る。魔女は助け舟は出さず、中世魔術書の写本を解読している。

「ところで、アントニオとプトレマイオスは?」

ヘカテがふと聞くと、デッドリーはすかさず言う。

「プトレマイオスは知らないけど、アントニオならここに迷い込んだ下級悪魔狩りよ」

狭間の次元は基本的にD6の面々以外はいないが、その次元の性質上、時たま迷い込むことがある。

それは動物だったり人間だったり、悪魔や霊だったりもする。

「ああ、なるほど」

ヘカテは納得すると、立ち上がる。

「どこに?」

「部屋よ。・・・・・・・・・弄らないでね」

そう言い、ヘカテは円卓の間から出る。弄るな、とは部屋の位置を、と言うことだ。

この城の内部は、彼女の気分で変わってしまうからだ。魔女はわかった、と言う風に手を挙げ、ヘカテを見送る。

「カーズ」

「はい」

「あなたも、戻ってもいいわよ」

魔女がこういったときは、一人にしろ、と言うことだとカーズはわかっていた。

彼は頭を下げると、音も立てずに部屋を辞した。

デッドリーは写本を閉じると、すう、と息を吸い、言った。

「そこにいるのでしょう。出てきなさい」

そう言い、自身の右隣を見る。わずかに離れた壁から、人の姿が現れ、実体化する。

ブラックスーツの金髪の青年であった。

「さすが、いつから気づいていた?」

「ついさっき。あなたたちの放つ波動は特徴的だからね」

「隠してもわかる、と」

そう言うと、青年は近くにあったカーズの椅子に座る。

デッドリーは、この世のものとは思えぬ美貌の青年を見る。

「それで、何の用?ラジエル」

魔女は天使の蒼い双眸を見つめる。

あらゆる神秘と奇跡、そして宇宙、森羅万象を知り、天界の歩く事典と言われる天使、ラジエル。

神が、魔女デッドリーにつけたお目付け役だ。

「いやなに、少し、気になることがあってね」

「何かしら?」

基本的に地上に無関心な天使にしては珍しく、地上、または地獄に顔を突っ込みたがるこの風変わりな天使は円卓に肘をつく。

「いや、ね。最近、地獄の連中がいろいろと動いてるようでね」

「地獄が?」

「そう、ついこの間も、ベルゼバブが地上に現れてね」

「『大罪』・・・・・・暴食のベルゼバブ」

七人の魔王。その一角、蝿の王。食欲の王。幾万の脚をもつ、醜悪なる蟲の王。

魔女と言えども、そんなことは聞いたことはなかった。

「聞いてないわ」

「知る者は少ないからね。教会の上層部、それと異端執行課だけ。ほかは天使だけ」

デッドリーに好んで情報をくれそうなものは一人もいない。天使はデッドリーを嫌っている。もっとも、デッドリーも天使は嫌いなのだが。

「で、誰がベルゼバブを止めたの?聞かないということは、倒されたということよね」

「まあね。でも上から口止めが来てねえ。それは言えない」

彼の上、となると神なのだろう。

神が秘匿した相手とは、とデッドリーは思う。

「まあそれはいい。僕が言いたいのは、地獄の連中は地上に出たがっている。今は特にね」

そう言い、ラジエルはデッドリーを見る。

「君も、心当たりはあるだろう?」

「ええ」

「サタンの息子。それを使った計画はまだ、終わっていない」

「・・・・・・・・・・・彼を殺せ、と?」

「いいや」

ラジエルはそう言うと、腕を組む。

「僕は彼を殺せとは言わない。確かに彼は危険だ。だが、使いようによっては、サタンを倒せるかもしれない」

天使の中でも彼の処遇はもめたという。最終的には神が決定し、彼は生を許された。

「先日のアマツミカボシも、いつかの吸血鬼の王も、皆、サタンの息吹を受けてのことだろう。・・・・・・・気を付けたまえよ、デッドリー。君はこれから多くの過酷に遭うだろう」

「承知の上よ」

デッドリーは、力強く言う。

「最初から、それが私の運命だったのだから」

「それが、神に敷かれたレールだとしても?」

「私は自分で選んでここにいる。私は神には従わない」

「・・・・・・・・・天使の前で堂々と」

苦笑するラジエル。

「そういうあなたこそ、ほかの天使が聞いたら不敬と思えること、言ってるけど?」

「はははは」

ラジエルは笑う。この天使が、神を重視しない。彼が敬意を払うのは、宇宙、森羅万象。生命の礼賛こそすれど、神への礼賛を行うことは滅多にない。下手をすれば堕天使の烙印を押されかねない彼が、神の信用される書庫であるとは、初対面の時信じられなかった。

「まあ、そう言うわけで、気を付けてくれ」

そう言うと、ラジエルは立ち上がる。

「これでも、私は君を気に入っているのだよ、マグダレーナ」

懐かしい名で呼ばれたデッドリーはラジエルを見る。

「そっちこそ、あまり探りすぎて死なないように」

天使は死ぬ。彼らは不老であるが、殺されれば死ぬ。

「死なないさ。僕は生きてすべてを見るのだから」

たとえ、終末が訪れようとも、と笑い、彼の姿は消えた。


デッドリーは円卓に腕をつく。

ベルゼバブ。魔王が、この世界に来た。それは重大な出来事である。

世界の綻び。

もしかしたら、天界と地獄の最終決戦も近いかもしれないな、などとデッドリーは思う。

それだけは、避けなければならない。

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