10
星落としが、迫る。より強力な一撃が、今、呼び寄せられつつある。
黒い獣はそれを中断させるため、暴走するアマツミカボシに両腕を突き出し、彼の両腕を掴む。
ぎりぎり、と音がする。だが、獣の腕はアマツミカボシの振るった刀によって切り落とされる。
血が噴き出す。獣は咆哮し、背中の触手を伸ばし、刀を弾き飛ばし、砕く。
「何故邪魔をする、獣よ。貴様には関係のないことだ。神に逆らう気か」
アマツミカボシは強い敵意を込めて睨み、背中から伸びた剣を獣の身体に深々と突き刺す。
「がああああああああああああああ」
獣は叫び、アマツミカボシの身体を叩き込む。
「破滅の獣よ。貴様とてわかるはずだ、余の思いを、絶望を!」
「がぁぁ・・・・・・・・・・・・・」
「確固たる己も持たぬか・・・・・・・・・・所詮は獣か!」
そう言い、アマツミカボシは獣の身体を切り裂く。
そして天に向かって叫ぶ。
「墜ちよ、星よ!」
「させるかよぉ!」
「・・・・・・・・・・・」
ジョンとアントニオが獣とアマツミカボシの間に割り込み、一撃を浴びせる。
獣の両腕が吹き飛び。
「おぉぉおぉおおおおぉおおおおお!!」
「ザマァ見、がぁ!」
勝ち誇ったジョンの身体が吹き飛ぶ。青年の身体を剣が貫く。
アントニオは槍で剣を砕くが、続けてやってきた衝撃波に膝をつく。
「あああああああああああぁあああああああああああああああああ」
両腕を失くした魔神は天に咆哮する。
「終わりだ」
ヘカテが魔眼を放つが、アマツミカボシは彼女の視線を遮るようにアントニオを投げつける。
「く、」
アントニオの時が止まる。時が止まったアントニオは、アマツミカボシの力でヘカテにぶつけられる。彼女は悲鳴を上げて倒れる。
「もはや、これ、まで、だ」
アマツミカボシは叫ぶ。彼の顔にはひびが入り、白い顔はところどころ壊れている。
過剰な力の行使。それは彼の肉体を壊し、再生が追いついていない、と言う証拠であった。
度重なる攻撃、そして、怨念の強さから、彼はすでに正気を失くしていた。
「ぁああああああああああああああああああ」
「く、止まれ、アマツミカボシ!」
魔術の行使で止まるとは思いもしないが、それでもデッドリーは行使せざるを得ない。
彼を、このまま解き放つわけにはいかない。
世界を、壊させるわけにはいかない。
彼女は神が嫌いだ。欲深い人間も嫌いだ。そんな人間の作る社会も世界も規律も嫌いだ。
だが、同時に愛している。
不完全故に、彼女は人を愛する。かつて、彼女も人であったから。
魔性に身を落としても、彼女は世界を愛していた。
守りたいものがあった。
幼き日の母のぬくもり。暖かな日常。
彼女がなくしたそれを、ほかの誰かが理不尽に奪われないように。
だから彼女は魔女となった。神の奴隷となってまでも、生き続けてきた。
ここで、終わらせるわけにはいかない。
「イヴリース」
彼女が知りうる最大の魔術。地獄を流れる溶岩の如き、絶対の焔。
彼女はそれを魔神に放つ。
だが、魔神は自身の背中から抜いた剣で、巨大な火球を両断した。
「るぁああああああああああああああああああ」
魔神は口を開き、覇気を飛ばす。神の威圧は魔女を吹き飛ばす。
全身の骨がきしむ。少女の肉体を威圧する力は強大であった。
「もう、ここで終わりなの?」
彼女は周囲を見る。まともに立っているものは、一人もいない。
アマツミカボシは、このままでは地球を破壊しかねない星を落としかねない。
この世の、終わり。
デッドリーは唇をかみしめた。血の味が広がるが、痛みは感じない。
「ちくしょう・・・・・・・・・・・・・」
少女は呟く。自身の至らなさに。
そんな少女は諦めたように、目を閉じかけた。
「まだ、終わってはいませんよ」
少女の耳に、少年の声が聞こえる。
少女は目を開く。隣には、いつの間にか黒髪の少年が立っている。彼は六本の指で少女の頬を撫でた。
「カーズ・・・・・・・・?馬鹿な、意識はないはず・・・・・・・・・・・・・」
戦闘中の彼は彼ではない。彼の獣としての本能の身のはず、と思うデッドリーに、少年はほほ笑む。
「僕は君の言うカーズとは、また別の存在。第三の意識、無意識、ともいうべき存在。少年としての僕、獣としての僕、そして無意識としての僕」
微笑む彼は、アマツミカボシを見る。
「このまま、あれを放ってはおけません」
「止められるのか?」
「全力を、出せばあるいは」
そう言った少年に、デッドリーは悲しみを浮かべる。
「しかし、それは」
「わかっています」
少年はゆっくりと首を振り、目を閉じた。
「これも、父の計画かもしれません」
「カーズ・・・・・・・・・・・・・・・」
「デッドリー。もし、勝ったら、その時は『僕』を褒めてやってください」
そう言い、黒髪の少年は静かに歩き出す。神の威圧をものともせず。
「カーズ・・・・・・・・・・・・!!」
「愚カナ、まだ刃向ウか・・・・・・・・・・・・?」
「アマツミカボシ。お前を殺す」
「デキル、ものカ」
そう言い、神は嗤う。何度やったところで結果は見えている。神はそう言い、嗤う。
空間が崩れ、徐々に現実世界への門が開きつつある。星が、迫りつつある。
「時間がない、早急に終わらせるよ」
「獣風情が」
アマツミカボシはそう吐き捨てる。
そんな彼の前で、カーズの身体は変容する。
だが、その姿は先ほどまでの黒い獣の姿とは異なった。
背中に映える漆黒の翼。天使の翼のような、だが、穢れに満ちた666枚の翼。
黒い目は、赤や青や緑、と異なる輝きを放ち、混沌を描く。
少年ではなく、青年の肉体に代わり、平凡だったその姿は美丈夫、と形容してもおかしくない外見へと変化する。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」
アマツミカボシは、その力に恐れおののく。
先ほどまでの、獣のような荒々しさはなく、代わりに得体の知れぬ雰囲気が彼を包んでいる。
「ぐ、ぐ、ぐ」
たじろぐアマツミカボシの前で、悪魔の青年はにこりと笑う。
「改めて、自己紹介させてもらおう。僕の名はない。強いて言うなら、僕は黙示録の悪魔。666の獣。そして、サタンの子」
サタン。地獄の王。あらゆる悪魔の王にして、神の敵。
この宇宙が誕生して以来、神と戦ってきた宿敵。世界を滅ぼす、終わりの王。あらゆる罪の王。
「サタンの、息子・・・・・・・・・・・・・」
アマツミカボシは驚く。
彼が、ただの獣ではないことは知っていた。だがまさか、悪魔の王、サタンの息子とは、だれが考えようか。
そこでアマツミカボシは思い出す。
15年前の、あの出来事を。
「そうか、そうなのか。貴様が、予言にあった破滅の使者か」
「どうだろうね。でも、確かなことがあるよ」
そう言って、青年は六本の指のある手をアマツミカボシに突き出す。
「それは、あなたが今日、ここで破滅する、と言うことさ」
そう言った彼は天に向かってその腕を突き出す。
六本の指の先から放たれた光の線が、天に向かって放たれる。それは、世界を超え、宇宙へと向かい、迫りつつある星を押しとどめた。
「馬鹿ナ、余に干渉シタだと・・・・・・・・・・・?」
「君の力は、僕と同じ力。根源が同じならば、僕にできないものはない」
そう言って笑った青年はゆっくりとアマツミカボシに向かう。
「来るな。余は、やるべきことが」
「そうか。でも、それはさせない」
そう言い、青年はその手を振るう。
空間を切り裂く爪。アマツミカボシの背中から生える剣が、一本残らず根元から消滅する。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「破滅を決めるのは、君じゃない。ましてや、僕でもない」
そう言い、青年は黒い羽根を零しながら、アマツミカボシに近づく。
やっと再生した左手で刀を握ると、アマツミカボシはそれを振り上げ、青年の心臓を貫く。
だが、青年は物悲しげに笑うと、アマツミカボシの顔を掴む。
「・・・・・・・・・・・・!!」
「ゆっくりと眠れ、悲しき夜空の王よ」
そう呟くと、彼の背中に映える、666の翼が、アマツミカボシの身体を包む。
そして、その中で、アマツミカボシの身体は分解されていく。彼の身体は、生まれ出た闇に、還っていく。
「まだ、まだ、余は、余は・・・・・・・・・・・・・・!!」
果たしてはいない。余と余の民の怨みを。
しかし、その言葉をつぶやく前に、まつろわぬ神の身体は完全に消滅し、青年の中にその闇は取り込まれた。
デッドリーはそれを、呆然と眺めていた。
「これで、僕はまたしても一歩、父に近づいてしまった」
青年は呟くと、少女に近づく。
「さて、僕の役目は終わったし、『僕』に体を返そう」
「待って。あなたはどうなったの?」
「それは、あなたにもわかっているはずだ」
青年は言う。
「ひとまずの破滅は免れた。だが、同時に次なる破滅の芽が生まれた。そう、僕と言うね」
青年は自身の胸を叩く。
「アマツミカボシに力を与えたのは、父なのでしょう。おそらく、これは父のシナリオ通りなのでしょう。この世界を破滅させるための、ね」
「まだ、サタンの野望は終わっていない、と?」
「ええ、15年前の戦いで、世界はひとまずの終末を回避したにすぎないのです」
青年はそう言うと、デッドリーを抱き起す。
「ですから、彼にはあなたが必要だ。教え、導き、愛してくれる存在が」
「・・・・・・・・・・・・」
「そろそろ、彼が起きる。ミズ・デッドリー、『僕』を頼みます」
そう言って、彼はデッドリーの制止も聞かずに去っていった。
青年の身体が、少年の肉体に代わり、666の翼は離散し、宙に消えた。
倒れる少年の体を抱きしめると、デッドリーは座り、その膝に少年の黒髪を乗せて、その髪を撫でる。
危機は去った。だが、これはまだ、始まりに過ぎない。
遠くでサタンの笑い声が聞こえる、気がした。
彼は待っているのだ。いつか、彼の息子が、世界を滅ぼすその日を。
させるものか。
デッドリーは少年を撫でながら、決意をした。
彼に、世界を滅ぼさせはしない、と。