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DEADLY SIX  作者: 七鏡
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満月の夜。それは古来より、特殊な力が働いている、と考えられてきた。

月の神秘的な光。それが完全な形となる満月の夜。そんな夜、異形、怪異の力は増殖する。満月の夜、人の心に影が差し、悪魔が蔓延ると、ある地域では信じられてきたし、満ちた月の力によって、あの世とこの世の門が開くとも言われていた。

今の科学万能主義の時代では、そのようなことは信じられてはいない。オカルト的なものを本心から信じる者はそうそういないし、信じている人でも、それが現実に自分自身に降りかかるものとは思ってもいないだろう。

だが、現実に怪異は存在する。悪魔、悪霊、物語に出てくる怪物たち。オカルトに分類されるそれらは、確かにこの地球にいるのだ。

そう、今日この日、満月の夜にもまた、その伝説の生物は咆哮を上げていた。



うぉぉぉぉぉぉぉん。

狼の遠吠えが、人気のない、不気味な森林に響く。

人里離れた秘境。ヨーロッパのとある田舎は、未だに古の風習が残っている。

時折訪れる満月の夜、ここに現れる怪物は、住人にとって暗黙の了解であり、満月の日には、純潔の乙女を生け贄として捧げる。そうすることで、村は怪物の手から逃れることができる。何世紀にもわたる風習・慣習。村の者たちはそれに従っていた。

いわゆる狼男は、その日も森の奥深く、霧の立ち込める泉の近くに来ていた。そこに、いつもならば生け贄の娘がいる。

狼男と言っても、理性がなくなるわけではないし、満月の日だから強くなる、と言うわけでもない。

ならば、わざわざ満月を選ばなくてもいいが、それでは芸がない。

彼の父親や祖父たちもまた、満月の夜以外は行動しなかった。大昔の吸血鬼との戦争では違ったようだが。

狼男は舌をぺろりと出して、唇をなめる。灰色の体毛をした、二本足で立つ狼男は静かに泉に向かう。

まずは娘を犯し、満足したところで喰う。それだけで次の満月までは腹も欲望も抑えられる。

あまり調子に乗って喰うと、教会の連中に目をつけられる。カトリック教会のエクソシストは、今でこそ力のないものが多いが、未だに強いものはいるし、怪異やオカルト専門の部署もあると伝え聞く。

吸血鬼の王、ヴラドは1999年、そのバチカンのエクソシスト七名と戦い、半数を殺害したが、自身も死んだと伝え聞く。

ヴラドよりも弱い自分はエクソシストに簡単にやられてしまう。

そんなこともあり、狼男も昔ほど好き放題はできない。用心しながら、霧の中を進む狼男。


やがて、泉が見えてくる。霧の中でも、狼男の目はしっかりと周囲を見渡せる。目だけでなく、嗅覚、聴覚も人間とは並はずれているのだ。

そんな中に、一人の少女、と思しきものがいた。背格好からしてまだ成人前。白いベールとドレスは、生け贄の伝統的な姿だ。まるで、結婚式に出る娘のようだが、実態は違う。

まったく、人間どもも罪なことをする、と狼男は下卑た目で娘を見る。狼の花嫁。そんな風にさえ呼ばれる生け贄。その娘は、恐らく怯えているのであろう、震えていた。

人間の恐怖、悲鳴、涙、血肉。それは狼にとって極上の餌。狼男は、大きな口を開き吠える。

「さあ、娘よ。その身を差し出せ、さすれば村の者には手を出さぬ」

狼男はそう言い、娘に近づいた。そして、娘を押し倒す。

娘は倒れ込んだ。狼は娘にのしかかり、娘のドレスを破り捨てる。

ドレスの下から出てきたのは、娘の絹のような柔肌でも、下着でもなく、皮のない骨であった。

「なにぃ・・・・・・・・・?!」

狼男は驚き、娘の顔を見る。ベールの奥に見えるのは、骨ではなく、確かに人の顔を持っていた。美しい、黒曜の如き瞳と、豊富な金髪の美少女。彼女は、まるでおかしそうに狼男を笑ってみている。

「フフフ、せっかちな狼さん。せっかちさんには」

そう言った瞬間、狼男の毛が総毛だつ。危険だ。本能が告げる。だが、身体は金縛りにあったかのように、動かすことができない。

「お仕置きね」

少女が言った瞬間、狼男の身体が吹き飛んだ。狼男の体重は成人男性の倍近い。それが、軽々と宙を舞う。木々を砕きながら、狼男の身体が地面にたたきつけられる。

「がは・・・・・・・・・」

狼男は唾を飛ばし、目を白黒させる。そして、鋭い瞳で少女を見る。

少女は黒い、喪服のような服に身を包んでいる。顔以外の肌は隠されている。黒い傘を差し、優雅に微笑む。ゴシックロリータ的な服装は、酷く時代遅れに感じる。

そのとき、狼男は周囲の異変を察知した。まずは霧が晴れたこと。満月の夜、この森が霧で包まれるのは、魔女が数世紀前張った結界があるから。それが消えたということは、結界が消えた、と言うことだ。

そして同時に、眼前の少女以外の気配と匂いが現れた。一つではなく、複数。

それも、人間以外のモノの匂いであった。

狼男の銀眼が夜の森を見渡す。

黒い少女。そこから時計回りに立つ、五つの影。


少女の右隣。ひときわ大きな木の前に座る青年。銀色の長髪、紅い目の青年。誰の目から見てもハンサム、と言わせるだけの魅力を持っている。大きく胸元が開いたそこから見える肌は死者のように白い。

ちらりとのぞく口には、鋭い牙が見えた。

その隣。仁王立ちをする大男。胸元には銀の十字架をつけており、カトリックの司祭が着るような方位を纏っている。その巌のような顔つきは、戦士の顔であった。

その隣。包帯で全身を包まれた性別不明のソレ。細すぎて、触れてしまえば壊れてしまう、そんな印象すら受ける。頭の部分に一か所だけ包帯の撒かれていない部分があり、そこからぎょろりと目が一つ、狼男を睨んでいる。

その隣。豊満な肉体を誇り、水着のような服を着た美しい女性。胸元と股の部分以外には何も身に着けてはいない。夜の森は冷えるというのに、どうとでもないというように女性はほほ笑んでいた。その両目は閉じられている。

少女の左隣。少女の隣に寄り添い、庇うように立つ青年、と言うよりは少年と言った方がしっくりくる。

黒い髪、黒い瞳。ほかの面々と比べると地味ないでたちで、身体も貧相だ。

だが、少女を庇う手の指は六本あり、普通の人間ではないことが窺い知れた。


狼男は冷や汗を浮かべていた。全身の毛が震え立つ。武者震いではなく、これは恐怖からであった。

数世紀生きてきた彼にとって、これほどの恐怖は初めてであった。

六人、もしくは六匹の怪異、化け物たち。彼らはそれぞれ浮かべる表情も気配も違うが、一つだけはっきりしていることがあった。

それは、自分を消すこと。殺そうとしているということ。

狼男は、震えを抑え、低い声で眼前の少女に問うた。

「なんだ、貴様らは。俺を殺しに来たのか」

狼男が問うと、少女は隣の少年に微笑みかける。少年は少女を見て、手を下ろす。そして、少女が口を開く。鈴の音色。さきほど狼男を吹き飛ばしたとは思えぬ美声であった。

「ええ。狼人間ライカンスロープ。その通りよ」

「貴様らも、俺と同じ存在のはずだろう?」

そう言い、狼男は少女たちを一人ひとり見回す。

「少なくとも吸血鬼に、死霊。そんな連中がおれをなぜ、殺そうとする?」

そう言うと、半裸の美女が、地につきそうな緑色の髪を撫でながら答える。

「ごめんなさいねえ、あなたに怨みはないけれど、これもお仕事なの~」

申し訳ない、と言う感情もないくせに美女はそう言った。相変わらず瞳は開かれていない。

「っつーこった。諦めなよ、狼男」

銀髪の吸血鬼が言う。

「散々、処女喰ってきたんだ、満足だろ?」

そう言って立ち上がる青年。巌のような大男が懐から銃を取り出す。

ミイラ人間は相変わらずぼんやりとそこにいた。

「クソッタレ」

狼男は呟くと、全身の筋肉が隆起し始める。膨らむ筋肉。目は血走り、毛は針のように固くとがる。

「誰が大人しく殺されてやるものか」

そう言うと、大きく遠吠えをする。そして、野太い声で叫ぶ。

「殺せるもんなら殺してみろぉ!クソッタレどもぉ!!」

その瞬間、狼男が動き出す。

まずは、大男を狼男は狙う。六人中、唯一人間である男ならば、御しやすいと考えたのだろう。

狼男の速さに、人間どころかほかの怪物とて追いつくことはできない。人間一人、殺すなど容易い。

しかし、狼男の考えは甘かった。大男がただの人間であるはずがないのだから。

突如銃声が響き、狼男は自身の右腕に痛みを感じた。

「馬鹿な!」

普通の武器では、狼男の皮膚を傷つけることはできない。そこで、男は気づいた。

銀弾か!

「ばぁか、狼男相手にするのわかってて用意しないわけねえだろ?」

青年が嗤う。巌はそこから動かず、銃を構えている。二発目が放たれる。

回避、と動こうとした狼男の身体が金縛りにあう。目でその相手を見ると、件の少女がこちらを見ていた。力を振り絞り、何とか身体をそらした。だが、二発目は左腕を貫く。

「ぐぁあああああああああああ」

銀弾は皮膚を抉った。とてつもない痛みが襲う。

「くそ、クソッタレぇ。なんで、なんでぇぇえぇ」

喚く狼男。

「だから言ったろ。こっちも仕事だってなぁ」

ケラケラ嗤う青年。少女は呆れた風に青年を見ると、隣にいた少年を見る。

「さ、さっさと終わらせて帰りましょう」

「はい」

そう言うと、少年は血に膝をつく狼男に向かって歩いてくる。

「小僧、武器もなしに俺を殺す気か?」

少女の言葉から、少年が狼男に止めを刺すのだろう。だが、少年は人間ではないが、化け物でもない。半端物。そんなものに、誇り高い狼男が倒せるものか。

狼男は挑戦的な目で少年を見る。

「ええ」

少年が答えると、彼の月明かりに照らされた影が、ぐねぐねと形を変える。そして、その影と同様に、少年もまた姿を変える。

狼男は、その姿を見て絶句した。

そして、怪物が襲い掛かる時、狼男は初めて泣き叫び、神への許しを乞うた。


だが、そんな狼男の許しを聞き入れる神も、人もここにはいなかった。


少女は静かに目を閉じ。

青年はケラケラと笑い。

大男は祈りをささげるように十字を切り。

ミイラは呆然とそこに立ち。

美女は優雅に微笑んで。

少年は赦しを請う獣を殺す。



こうして、この近隣の村を長年にわたり苦しめた狼男はついにその生を終えた。

誰がこの怪物を倒したのか、それは誰も知らない。

誰もそのことについて知ろうともしなかった。

何故なら、怪物を倒したということは、それ以上の怪物がいたということだから。

人々は口を閉ざし、その考えを頭から振り払い、とりあえずの安息を神に感謝した。



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