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断片集  作者: みやこ
9/15

小話「お見合い恋愛」より

※11月12日 活動報告より。

 加筆修正ナシ


彼女は、どこもかしこも柔らかで丸くて、しなやかだ。

輪郭、頬、唇、耳、手、指、肩。

見えるところだけでなく、その心根も丸く柔らかでしなやかだ。

一度はやせ細ったそれらが、もう一度柔らかさを取り戻していることに安堵する。


彼女を傷つけ、誰からも責められても仕方のない別れ方をしてからの4ヶ月。

それを赦してもらうまでの会えなかった一年間。

再会し、そこから一年が過ぎた日にもう一度プロポーズした。

そして先月、彼女と入籍した。



彼女の不安は根深かった。

仕事を変え、彼女の不安の原因となった出来事からは離れている。

彼女に別れを告げたあの家からも越した。

携帯もパソコンも、彼女と共有することを申し出た。

けれど、彼女はそんなものは必要ない、と首を振る。

自分が一番不安なことは、あなたの心の在り所だから、と。

見えないものを勝手に不安がっているだけ。

メールやパソコンなんかに残っているものじゃない。

あなたの心を失うことが、怖いの、と。


不安になって、疑ってしまうことが辛いと彼女は何度も泣いた。

同情や申し訳なさでそばに居てくれるだけじゃないの?となじられることもあった。

強い人だと思っていた彼女の、そんな面を見たのは初めてだった。


彼女はそれを見せることを恥じていた。

それがために僕に嫌われるとさえ思っているようだった。

そんなことはありえないのに。


僕はただただ彼女が好きで、だから側にいるのだと繰り返した。

彼女の涙の原因が自分であることが情けなく、悔しくはある。

けれどそれが理由で貴方を嫌いになることなんて、ありえない、と。

愛おしさがただますばかりなのだ、と心から伝えた。

それを繰り返し言葉にすることしか、僕にできることはなかった。


彼女の自信を、自尊心をそこまで傷つけたのは僕だ。

その僕ができることなんて、本当はないと知っている。

彼女の幸せを本当に願うなら、彼女の側を離れるのが一番だ。

けれどそれができなくて、どこまでも自分のわがままと知りながら彼女の側にい続けた。

彼女の優しさに甘え続けた。


何度も諦めることを考えた。

一度犯した間違いを、記憶から消すことはできない。

互いの何気ない一言に、僕も彼女も傷つき、また苦しんだ。

何度も離れることを二人で話し合って、それでも彼女を諦めることはできなかった。

彼女も結局、それを赦してくれた。




彼女と再会して初めて迎えた正月。

「あの富士山が、見たいな」

彼女のその呟きに、去年彼女のもとへと送った賀状を思い出す。

だから彼女と一緒に、その写真を撮った場所へと向かった。

写真よりは少しだけ曇っていて、それでもその稜線はかすかに見えた。

「来年は、綺麗な富士山が見たいね」

彼女からの返事は聞こえなくて、それでもかすかに頷いてくれた。


その日から、時間があれば彼女と写真の場所へと出かけた。

家の周りから彼女に見せたくて遠く出かけた場所まで、その暦に合わせて。

驚くことに、彼女は僕の写真を全てファイルしてくれていた。

そのアルバムの存在だけで、全て報われたと思った。

彼女を好きな気持ちを諦めなくて良かった、と。


菜の花と桜の花景色は、今年は去年より桜が遅くてまだ3分咲きだった。

雨の中、こいのぼりは柱に絡みついたままだった。

二人で出かけた喫茶店は、改装され異なる雰囲気になっていた。


それでも、そこに新しい思い出を重ねた。

カメラの中に、彼女の姿を一緒に納めた。

「来年も来よう」、そう彼女に告げ続けた。

あるときから彼女は

「うん、この景色も場所も素敵だけれど。

 あなたが送ってくれたみたいな景色も、見てみたい」

そんな風に返事をくれるようになっていた。



結婚式を予定したあの日に近い祝日、彼女と式場の側の公園に出かけた。

「もう一度、僕が贈る指輪をはめてもらえないだろうか」

その言葉に彼女は泣きながらも、頷きを返してくれた。


改めて彼女の両親の元へと挨拶に行けば、

「一度は君のところへ嫁にやったつもりだったから」

とあっけらかんと迎え入れてくれた。

彼女は僕のしでかしたことを、ただ一人の胸に収めていてくれたようだ。

申し訳なくて、けれどより愛しい。

「ありがとうございます」

僕が深く深く頭を下げた意味は、彼女だけが知っている。



隣で眠る彼女が、今でも夢ではないかと不安になる日がある。

応えのない手紙と写真を送り続けた日々に見ている、幸せ過ぎる夢なんじゃないか、と。

目覚めたら彼女が消えているんじゃないか、と。

そんな不安にうなされて深夜に目覚めては、彼女を抱き込んで眠る日が続く。


彼女もまた、時にうなされているのを知っている。

彼女を抱きしめることしか出来なくて、苦しくて悲しい。

そんな日々はまだ続いているけれど、でも。

少しずつ減っていることに、願いを託す。

彼女が赦してくれたことを生涯忘れない。


改めて指輪を贈った日に、

「貴方には申し訳ない、けれど。

 僕は貴方が側にいてくれるのが、ただ幸せなんだ。

 僕ばかりが幸せで、申し訳ないと思う。

 けれど、どうか結婚してくれないか」

そう告げた。

「私、も。

 あなたへの不安な気持ちよりも、ずっと。

 あなたの隣にいられるのが嬉しいんです」

だからお受けします、と左手を差し出してくれた。




ダイニングテーブルでうたた寝をする彼女を、向かいに座ってこっそり見つめる。

まあるくて白い耳。

柔らかな頬。

伏せられた顔は見えないけれど、きっと頬はほんのりと赤い。

後ろで一つに束ねられた髪の毛は、柔らかに彼女の背に広がっている。


結婚式はしたくない、と言う彼女。

一昨年を考えれば当然か、と思う。

彼女の白いドレス姿はとても素敵だったから、それをぶち壊した自分を悔いる。

それでもせめて、と新婚旅行を提案した。

それなら、と彼女も受け入れてくれた。


一週間の休みを取るため、この数日は毎晩日付が変わる頃まで残業続き。

仕事を続けている彼女だって、休みの準備で忙しいはずだ。

だから先に休んでいて、と言っても彼女は

「おかえりがいいたいから、待っててもいい?」

そんな可愛いことを言ってくれる。

けれど、こんな風に寝顔で迎えてくれるのでも全然かまわないのに。

この家に彼女の気配がある、それだけで幸せなのに。


どのくらい見つめていたろうか。

身動ぎして彼女が顔を上げる。

「ただいま」

愛してる、君がここにいてくれて嬉しい。

そんな気持ちを込めて、彼女に告げる。

「おかえりなさい」

ふんわりとした笑顔での言葉に、心が満たされる。



訂正する。

彼女がいる、それだけでも幸せ。

けれどこんな風に笑顔で言葉を交わせるのは、もっと幸せだ。

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