REPETITION
6月なんて一年の中で一番つまらない。
運動会は終わったし、プールが始まるのは7月に入ってから。
遠足も社会科見学もないし、6年のお楽しみの修学旅行は秋。
それに祝日がないから休みもない。
雨が降れば体育は体育館だし、昼休みのドッヂボールもできない。
本当に、つまらない。
「相変わらず、つまんなそうな顔をしてるなぁ」
同じマンションに住む幼馴染の陽太が、相変わらずの笑顔で言う。
「ヨータは相変わらずニヤニヤしてんな」
「ニヤニヤとは失礼な」
「じゃあニタニタ」
「どっちも失礼だ」
だってニヤニヤしてるじゃないか、おまえ。
無表情、と母親にため息をつかれる僕の顔。
おかしくもないのに笑っている陽太の方が変だと思うけどな。
陽太の顔を見てるから僕はどんどん無表情になるんだよ、きっと。
前にそう陽太に言ったら、
「僕はキョウの顔を見てるから、よけいに笑うんだけどな」
って言い返された。
表情こそ真逆だけれど、僕たちはたぶん、一番の仲良しだ。
そんなヨータがニタニタと持ってきたニュースは、つまらない毎日を少し楽しくしてくれそうな気配があった。
転校生が、このクラスに来るのだという。
日直で職員室に出席簿をとりに行った陽太に、サトセンがそう言ったのだという。
「なんでヨータに教えたんだ?」
「転校生用の机を用意しとけ、だってさ」
「ふうん」
「手伝えよ、キョウも」
「なんでだよ、ヨータが頼まれたんだからおまえがやれよ」
「ビッグニュース教えてやっただろ?」
「げ、勝手に話したくせに。面倒くさい」
「出たー、キョウの『面倒クサイ』!」
学年や学期の変わり目でもないこんな季節にもたらされたそのニュースは、たちまち学年中を駆け巡った。
面倒くさいから自分から情報を探しに行くことはしなかった。
でもみんなの話に耳を傾けるくらいには興味があった。
担任のサトセン(佐藤先生。女。だけど男みたいな顔をしている)は、詳細を教えてくれないらしい。
男なのか女なのか、名前はなんなのか。
そのくらい教えてくれたっていいと思うのに。
そう言った奴は、サトセンに全力で追いかけられていたけれど。
どうせなら、男がいい。
最近、隣のクラスとの昼休みドッヂボール対抗戦は負け続き。
うちのクラスの女子はキャーキャー逃げるばっかりで、全然戦力にならない。
だからボールをちゃんと受け止めて、投げられる男が来たらいい。
翌週月曜、朝の会の終わりに教室に招き入れられたのは、残念ながら女だった。
色が白くて、目が大きくて、口が赤くて。
髪をひとつに結んで、黒と白のシマシマの服を着ていた。
そして緊張してか、ちょっと泣きそうな顔をしていたのを見て僕は、ドッヂボールは無理だな、と判断した。
その子は戸惑うようにクラスを見渡して、目があった瞬間、なんとなくじっと観察された。
緊張した顔に笑顔を浮かべていて、なんとなく僕はホッとした。
谷野満花、と名乗った彼女は、けれどその見た目に反して負けん気が強かった。
ドッヂボールに誘ったら喜んでついてきた。
そして逃げてばっかりじゃなくて、ボールをキャッチしに走ってた。
正直、昼ドッヂに参加する女子たちは大抵誰か目当てだ。
陽太とか、サッカークラブのモリッチとか、とにかくモテる男たちと一緒にいたいだけ。
逃げてばっかりで、全然戦力にならない。
でもミツカ(僕たちのクラスは名前かあだ名で呼び合っていた)は、逃げ回らないでボールをとりに行く。
投げるのは下手だ、と僕にボールを渡してくるけれど。
うん、女にしては、悪くない。
悪くない、が、気になる存在になったのは中学校に入った頃からだ。
顔が可愛いと言われていたミツカは、その頃から色恋沙汰に浮き足立つようになった男たちに何人も告白されていると知った。
それを小耳にはさんだ時、なんとなく胸にざわつくものがあった。
もしかしたら、と思うものはあった。
けれど何となく気恥ずかしくて、そのまま拾い出すことなく置いておいた。
校庭の端にある水場は、俺たち陸上部がタオルを置いたり、飲み物を置いたりする場所。
その丁度真上に位置するのが音楽室。
吹奏楽部に所属するミツカが放課後にいる場所。
部活は決して真面目にやっている訳ではないみたいで、よく非常階段にいる姿を見かける。
「ずっとずっと好きな人がいるんです、ごめんなさい」
呼び出されて、そこでそんな風に断っている姿も、何度か見た、
或いは水場で休憩中、非常階段でパート練と称しておしゃべりに興ずる声を聴いた。。
「あれ、ケイくんいない?どこいっちゃったのかなぁ。
やだなぁ、見えないと元気でないのに」
「ミツカは本当にケイくんばっかりだね」
「うん、だってもうずっとずっと、大好きだから」
「告白しないの?」
「…できないもの、怖くて。
嫌われちゃったら、なんて思ったらもう眠れないくらいにつらいからダメ」
校庭を見渡す。
陸上部のほかに、サッカー部、バレー部、テニス部が練習している。
この中にミツカの好きなケイがいる。
拾い出すことなくそのままにしておいた思いを知る。
ああ、俺、ミツカのことが好きなんだ、と。
ミツカは学校でも人気があって、知ろうとさえすれば簡単に情報は手に入った。
入学当初から、ずっと「好きな人がいる」と断り続けた彼女。
その相手は「ケイ」で、どうやら運動部らしい。
同い年らしくて、ミツカがただひたすら好きで仕方がないということ。
面倒臭がりの俺がそんな風に情報を集めたことを、陽太は相変わらずニヤニヤしてみていた。
名前呼びが冷やかされるようになって、だからその名前を言葉にすることがなくなっても、相変わらず俺はミツカの動向を気にし続けた。
相変わらずミツカは、「ケイくん」のことが好きなようだ。
告白は3年になった今もしていないらしい。
同じクラスになれなくて、ただその話も耳を澄ませて聞いただけだけれど。
見ていると吸い込まれそうな大きな瞳。
くっきりとしたまつげがそれを囲んでいる。
白い肌の中でふんわりとピンク色の頬。
柔らかな少し赤い唇。
黒くて滑らかに光る肩下までまっすぐ伸びる髪。
平均より少し小さい身体に、華奢な手足がすっと伸びている。
相手をまっすぐに見つめ、柔らかな声で話しかける。
ミツカに告白されて、頷かずにいる男なんていないんじゃないか。
そんなことを思う。
だから俺は、ミツカが勇気がないことを嘆くのを、喜ぶ。
彼女が怖がりである自分を責めるのを、けれど喜ぶ。
一生そのまま、言えずにいたらいい。
そうして誰のものにもならなければいい。
高校の受験会場でミツカに会った時には驚いた。
公立の割に陸上部にコーチがきちんといて、指導をしてくれるからと選んだこの学校は、俺たちの町からでは電車に乗り換えながらの通学でしか通えない。
面倒臭いその場所を選んだ理由はなんなんだろう?
ふと疑問に思ったけれど、尋ねる機会はなかった。
高校に入って、相変わらずミツカはモテていた。
1か月足らずなんて、その内面も知られないうちから告白なんかされていた。
ミツカの良さはそんなところじゃないのに、なんて思うけれど言わなかった。
「ずっと好きな人がいるんです」なんて言葉が彼女から発せられたと噂に聞いて、嬉しいのと嫌な気持ちと両方が沸き起こった。
俺のことを好きだ、なんていう物好きも何人かあらわれた。
彼女たちは俺が陸上の大会で活躍しなければ、俺の存在も知らなかったろうに。
ミツカにどこか似た、小さく色白な可愛い女の子に言われた言葉に気持ちが揺れたことがあった。
けれど、彼女が告げる「好きです」という言葉は、どこか軽かった。
ミツカの口にする、他に替えることなんてできない言葉とはまるで異なって聞こえる。
これじゃない、俺が欲しいのは。
だから他の子に言うように、「ゴメン、俺、ずっと好きな人がいるんだ」と返した。
高校に通い始めて2カ月。
毎朝のラッシュにもなんとなく慣れてきた。
できればギリギリまで寝ていたい。
けれど始業20分前に到着する電車に乗れば、ミツカに朝から会えると知った。
以来、朝練のない日にはミツカのいる時間に通っている。
ほんの些細な挨拶を交わすのが精いっぱい。
それでも、ふわり、と笑ってくれるのが嬉しかった。
そんなある日、事件は起こった。
人身事故で電車がいつもよりずっと遅れていた。
先に出ていた父親からのメールで知らされていた俺は、けれどいつもの時間に家を出る。
いつもより混雑した駅舎で、けれど改札を通る時にミツカと隣あった。
「おはよう」
いつものように、簡単な挨拶を交わして列に並ぶ。
それが日常になっていることが嬉しい。
いつもより長い待ち時間に首をかしげるミツカに、
「朝早くに人身事故があって、遅れているみたいだよ」
と、できるだけ当たり前の口調で親しげに話しかける。
非日常な今日は、いつもより少しだけ違ったっていいはずだ。
俺に話しかけられることなんて少しも予想してなかった、というような慌てぶりで、けれどミツカは普通に返事をくれた。
だから、調子に乗ってみる。
「ミツカ気を付けろよ、小さいから潰されないように」
心の中ではずっと「ミツカ」と話しかけていた。
けれど実際に彼女に向かって口にするのは、何年振りだろう?
小6の、ごく短い時間を一緒のクラスで過ごしただけの男が、こんなに馴れ馴れしそうに呼ぶなんて。
嫌がるかな、と思ったけれど、彼女はむしろ笑顔で返事をくれて。
「響くんはいいよね」
なんて当たり前のように俺の名を呼んでくれて。
昔からずっと仲良かったみたいに。
幸せな気持ちは、電車に乗ってからも続いた。
いつもなら乗車後はそれぞれなんとなく離れるのが、今日は混み過ぎてそれができない。
先に乗った俺の背中に、しがみつくような位置にミツカの気配を感じる。
こんなことなら、混雑も大歓迎。
浮かれていた気持ちが、変化するのは一瞬だった。
これ以上は足が浮き上がりそう、そんな混雑でさらに密着した後ろのミツカが、身体を異常に強張らせているのを感じた。
「いやっ」
小さな、ミツカの声が耳に飛び込んでくる。
切羽詰ったその声音は、明らかに何かがおかしくて、たぶんこれはきっと。
無理やり振り向いて、そして目の前の彼女を周囲を牽制するように抱き込む。
「大丈夫?」
恐らく混雑に乗じて、彼女に痴漢の手が伸ばされたのだと咄嗟に予想した。
だからこそ俺の存在をアピールするように、彼女を守るように手を添えた。
ミツカは一瞬体を強張らせ、それから震えながらも俺にしがみついてきた。
嬉しかった、正直。
頼ってくれた、俺の手で守ることができる、そんなことを考えて。
下車後、だから一緒に通おう、お前危なっかしいからなんて嘯いて、次の日から一緒に登校することを言葉で約した。
彼女の苦しみが喜びだなんて、言えたもんじゃない。
朝練のない日は一緒に、なんて俺にばかり都合がいい。
本当は彼女は毎日女性専用車両に乗ればいいんだ。
それなのに、俺と同じ時間の日は俺の車両につきあわせる。
いつもより混雑している時には、それを理由に密着する。
趣味が悪いことをやってるなぁ、と自覚しながらもその腕や肩に手を触れる。
そんなことを繰り返した罰が当たったのは、半月ほど過ぎた頃だろうか。
きっとミツカは、告げられないほどの想いに疲れていたんだと思う。
好きで、好きすぎて、好きだなんて言えなくて、怖くて。
そこまでの好きが辛かったんだと思う。
逃げ道にするかのように。
何でもないことのように。
何かのついでのように。
「響くん、好きだよー」
そんなことを日常会話に挟めるように告げてきた。
冷たい、と自分でもわかっている声で「どこが」と尋ねたら、
「だってカッコイイところ?」
なんて、理由にもならない理由を告げてきた。
ずっとミツカの「好き」が欲しかった。
だから一瞬、頷いてしまいたくなった。
けれど俺が欲しいのはこれじゃない。
もっと大事そうに、名前を言葉にするだけでも幸せそうな好きを知っている。
こんな軽い「好き」じゃない。
彼女がケイくん、と大事そうにつぶやくその声を知っている。
その言葉と、重さが全然違う。
理由が「カッコいいところ?」なんて疑問形。
全然そう思ってなんていないくせに。
腹立たしくて、けれど心が揺れた自分がもっと腹立たしかった。
あんなに大事にしている想いがある癖に、なんで逃げるんだ。
しかも下手な逃げ方。
あんな「好き」じゃ誰も騙せない。
本当の「好き」を持ってくるくせに、俺に見せもしない。
だから「そういうのはいらない」と告げた。
俺が欲しいのは、その「好き」じゃない。
苛々しながら、けれど翌朝いつも通りの時間に駅へ行く。
改札の前で彼女は待っていて、俺が来たことにホッとした顔をして。
その直後、再び爆弾を落とす。
「好きです、付き合って下さい!」
なんて。
駅前で当たり前のように繰り返されるそれが、他校に行ったヨータの耳に入るのは早かった。
「お前、ミツカのこと好きじゃなかったっけ?」
久しぶりに会って、開口一番で尋ねられた時にはげんなりした。
たまには飯食おうぜ、って誘って話題はそれかよ。
「知らねぇよ」
「なんで付き合わないんだよ、もったいない」
「……面倒くせぇ」
「うそだぁ、なんか絶対違う理由あるんだろ」
「……帰る」
「うそうそ、相変わらず仏頂面してんな、お前」
「ヨータは相変わらずニヤケてんな」
「モテるよ、でも」
「そりゃ良かったな」
「でも俺、ミツカがいい。
キョウがいらないんなら、俺、告白してもいい?」
「絶対ダメ」
ケタケタと笑われて、ああ、嫌になる。
その後も散々笑われていじられて、吐かされた。
俺が欲しい「好き」をくれないミツカなら、いらない。
だからあんな軽い「好き」だの「付き合って」だのはいらない。
「お前って面倒が嫌いっていいながら、陸上とミツカにだけは頑張るよなー」
なんてからかわれてムカついて、でも事実で腹が立つ。
「ミツカって簡単に『好き』とか言えるタイプじゃないだろ?」
って、そんなことお前より俺の方がずっと知っている。
だからこそいらないんだよ、あんな軽々しい「好き」なんて。
翌朝、いつもの通り駅前で会ったミツカは、いつものように
「カッコいい、好き、付き合って」
と告げてくる。
俺の気も知らないで、簡単なことのように。
いかにも軽い気持ちであるかのように。
昨日ヨータにからかわれながら全部白状させられたこと。
いろんな奴にからかい半分、やっかみ半分で色々と言われること。
何もかもが面倒くさかったのが、どうやら限界に来ていた。
だからつい、ミツカに面と向かって言ってしまった。
「そんな軽い『好き』なんていらない。
そんな軽い『好き』なんて、迷惑なだけだ」
と。
からかうなら、逃げたいだけなら他の奴にしてほしかった。
俺が欲しい「好き」をくれないミツカなんて、いらなかった。
期待しそうになる自分が嫌で、だからミツカへとはっきり告げた。
いつも、俺の前では笑顔しか見せなかったミツカ。
痴漢にあった時ですら、一生懸命なんでもないのと笑顔を作っていたミツカ。
そのミツカが、俺のその一言を聞いて、一瞬で表情を凍らせた。
そんな顔、転校してきたあの日以来見ていない。
あの日、その強張った顔が俺の顔を見て笑顔になってから、もう見ていない。
そんな凍りついた顔。
言い過ぎた、それはすぐに分かった。
いつものように冗談として受け流すべきだった。
だから謝ろうとして、けれどその前にミツカに謝られた。
それからすぐさま背中を見せ、目の前から走り去って行った。
慌てて呼び止めて、けれど一瞬も立ち止まらずに走って行った。
追いかけ、なければ。
追いかけて、でもなにを言えばいいんだろう?
そもそもなんでミツカは逃げたんだろう?
考えて考えて、でも理由なんかわかる訳もない。
気付けば駅を背に、ミツカが走り去った方角へと俺も走り始めていた。
忘れ物をした、そんな風に言い置いて走って行ったミツカは、けれど自宅がある方角とは真逆に向かっていた。
そちらに何があったか、と考えながらとりあえず足を動かす。
ふ、と目の横にかすった緑色に足を止める。
あんなところに公園があること、知らなかった。
なんとなくの予感がして、そこへと足を踏み入れる。
大きな池とそれを取り囲むようにして芝生の広場や遊具の置かれた公園は、想像よりもずっと広かった。
朝の通勤時間、人気の少ないその公園へと目を走らせる。
ぐるりと見やり、木陰の方に人影が見えたのを見つけて足を向ける。
同じ色の制服を着た、たぶんあれはミツカ。
見つけた。
はやる心を抑えて、それでも急ぎ足になるのは止められなかった。
ミツカは木陰の方へ向いて、芝生にしゃがみこんでいる。
白い靴下が汚れてしまう、そんなどうでもいいことを考える。
近づいたミツカは、たぶん泣いている。
肩をヒクつかせながら、それでも声を上げずに泣いている。
「ミツカ」
おそるおそる声をかけると、必死で肩の震えを止めようとしているのがわかる。
ゴメン、俺傷つけたかった訳じゃなかったんだ。
イライラして、俺の気も知らないでって思っただけで。
……それはそうだ。
だって俺は、俺の気持ちを伝えもしなかった。
俺がミツカのことを好きで、だからミツカの本当の「好き」が欲しい、って言いもしなかった。
怒られるかな、そう思いながらこっちを向かないミツカを後ろから抱きしめてみる。
小さくて、小さくて、少しでも力を入れたら壊れてしまいそう。
「ゴメン、あんな風に言うつもりはなかった」
謝れば、その倍の言葉で謝られる。
二度とあんなことは言わないから安心してほしい。
通学だって、一人で行けるから大丈夫。
さようなら、に似たその言葉を突きつけられて目の前が暗くなる。
ああ、好きだとすら聞いてもらえずに、二度と彼女の笑顔を見られなくなる。
「お願いだから、話を聞いて。
こっちを向いてくれない?」
願っても、ミツカは首を振るばかり。
「早く行ってよ!泣くくらい、許してくれたっていいじゃない」
いやだよ、ミツカを一人で泣かせるなんて。
そうして明日からキミの隣に立つことすら許されなくなるなんて。
そんなこと、嫌なんだよ。
「泣かせて、ごめん。
俺、ミツカのことが好きなんだよ」
だからって許される訳じゃない。
でも言わせてほしい、お願いだから聞いてほしい。
どうして君の「好き」がいらないと言ってしまったのかを、聞いてほしい。
腕の中のミツカが、大きく震える。
「なんでそんなウソをつくの?」
そう、絞り出すような声で言われて、ああ信じてももらえない。
それはそうだよな、好きな女の子に好きだと言われて、いらないなんて言っていた俺だから。
でも伝えたい、信じてほしい、そして聞いてほしい。
「嘘じゃない。
ねぇ、こっちを向いてくれないかな。
話をしたい、俺の話を聞いてほしい」
いやだ、と首を振ってかたくなに縮こまったままの彼女を、もう一度手の中で抱き寄せる。
嫌だといいながら、彼女がこの手を振り払わないのをいいことに。
「ミツカのこと、俺、ずっと好きだ。
中学校の頃から好きなんだ。
だけど。
ミツカがあんまりにも簡単に『好き』って言うから。
他の人に言っていた言葉を、簡単に俺に言うから。
だから、どうしても信じられなかったんだ。
それでミツカのくれる『好き』をいらない、なんて言ってしまって。
……ゴメン」
泣かせたかった訳じゃないんだ。
ミツカの好きが信じられなかっただけなんだ。
そんな我儘な言葉に、ミツカの肩の震えが一層ひどくなる。
「言ってない、他の人に『好き』なんて言ったことない。
いつだって響くんだけに言ってるのに」
「言ってた、『ケイくんが好き、大好き』って何度も。
……いろんな奴らに、聞いた」
俺が盗み聞きしていたなんて知られたくなくて、そう言う。
どこまでもうそつきでゴメン。
でも本当のことだろう?
ミツカは「ケイくん」が好きなんだろう?
「…『ケイくん』って、そんなの、響くんのことだよ。
響くんの、イニシャルの『K』だもん。
誰に聞いたか知らないけど、わたしがそういう風に話している相手ならみんな知ってる」
誰が話したんだろう?なんて小さな呟きが聞こえて、思わず力が抜ける。
ミツカが、大事そうに言葉にしていた「ケイ」が、俺のこと?
かたくなに俺に背を向けていたミツカが、振り向く。
最初に会った日から、俺を好きでいてくれたこと。
毎日の言葉に、嘘なんてないこと。
受け流すしかなかった俺の言葉が、ミツカを傷つけていたこと。
そうして俺の告げた「好き」の言葉が、俺がそうしていたように受け流されたこと。
嘘も同情もいらない、俺の「好き」はいらない。
だって俺に昔から好きだった人がいると、聞いているから。
泣きながらまっすぐな目でそう伝えられる。
これまで俺がどれだけミツカのことを傷つけていたのかを、知らされる。
ああ、本当の気持ちを受け止めてもらえないって、辛い。
辛くて、苦しい。
俺の「好き」が届かない。
でも、同じくらい、それ以上に嬉しい。
ミツカの好きな「ケイ」が俺だった。
あんなにも幸せそうな、言うことすら忍ばれるような想いで好かれていた。
それが俺よりもずっと前から、きっとずっと深い思いであることを知って、嬉しい。
ゴメン、でも嬉しいんだよ。
だから伝える。
「俺が、ずっと好きだった相手はミツカだよ」
相変わらず信じてくれないけど、でも。
なんだかグチグチ言ってるけど、ああもう。
「俺はミツカのことが好きだよ。
だからこれからも、好きって言ってよ」
大泣きに泣くミツカを胸に抱えて、好きだから、本当に好きだから、俺だけにずっと「好き」と言ってとねだる。
その言葉だけが、俺を喜ばせるんだから。
「あのね、わたし、響くんのことが好きです」
散々泣いて、俺の胸にしがみついて泣いて。
そう言われた「好き」は、俺の欲しかった「好き」だった。
「俺も、ミツカのことが好きだよ」
同じ「好き」を返せていたらいい、そう思いながら大事にその言葉を口にする。
噂に振り回されて、ひとりで怒りだす。
驚くほどにやきもち焼き。
些細なことで怒りだす。
俺の姿が見えなくてさびしかったと泣きそうな顔をする。
理由はいつだって俺のこと。
だから俺は誤解を解いて、やきもちの原因を理解して謝って、怒りが鎮まるまで話を聞く。
ミツカが納得するまで、いつまでだって。
そばに居て、俺がミツカの側にいつだっていると伝える。
「伴野がこんなに真っ当に恋人やれるとは思ってなかったわ―。
あんた、口癖『面倒くさい』じゃない。
ミツカは面倒な子でしょう?」
今日も俺が体育の授業中にクラスの女子と話していたところを教室から見かけ、勝手に嫉妬し、そのことに落ち込んで拗ねているミツカをとりなしていた俺に、ミツカの親友で俺たちと同じ中学だった宇野が言う。
心底、呆れたという口調で。
昼休みの屋上、いつものように3人で昼食を囲みながら、言われた言葉を反芻する。
隣ではミツカが「ひどい、真里ちゃん、ほんとのことだけど酷い」と呟いてる。
「……いや、おれは相変わらず面倒は嫌いだし、怠惰なところも変わんないよ。
ミツカが別に面倒じゃないだけだし」
全くの本心だ。
だって。
「響くん、すき…っ!」
右側から全力で抱きつかれて、だからその頭を撫でる。
こうやって俺の欲しい「好き」をくれるから、慰めるのも宥めるのもイヤじゃない。
だから面倒じゃないんだよね。
「悪い顔してんなー」
なんて宇野が言うのを無視して、ミツカに囁く。
「俺も、ミツカのことが好きだよ」
もう誤解なんてされることがないように、君にだけ言い続けるよ。
毎日、毎日。
「DAY BY DAY」side 響