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断片集  作者: みやこ
13/15

ミラクルガール 後篇

「私、超能力者なの」


4年の交際期間の中でも、最高レベルの阿呆面が目の前にある。

ついで伸ばされた手は、私の額へと当てられる。

わかる、その気持ちはたぶん予想できる。

でも熱がある訳じゃないんだ、本気で本当の話なんだ。

本当に、私は超能力者なんだって。



29歳、来年春には30歳。

なんとなく区切りもいいし、ここらで結婚しよう。

彼からすれば、そんな感じで思い立ってくれたんだろう。


ずっと、彼と結婚したいと思っていた。

結婚するなら彼がいい、最初からそう思っていた。

だからこそ、20代後半のタイミングで彼との交際を始めたんだ。

少しずつ彼を知るにつれ、好きだという気持ちを育てていく。

同時に、やっぱり結婚するなら彼と、そんな風に気持ちを強めていった。


いつだって言葉が過ぎる私を、ちゃんと怒ってくれる。

そうして最後には許しあえる。

そんな風に過ごせた人、これまでの恋の相手にいなかった。

ただひたすら我慢するか、相手を一方的に詰るような喧嘩しか出来なかったから。

彼の側はとても居心地が良かった。


1年が経ち、2年が経ち、周囲の友達がバタバタ結婚していく。

私も、と思う気持ちはもうずっとあって。

たまに話題にする「私もこんな式がしたいな」は、彼も楽しそうに聞いてくれる。

「俺はそれは嫌だなぁ、こっちがいいな」と返事だってくれる。

つまり、ちゃんと自分たちのこととして考えてくれていると思ったの。


なのに、中々言ってくれない。

結婚しよう、ただそれだけでいい。

夜景の見える公園も、キラキラ光る指輪も、全部どうでもいい。

言葉だけ、それだけくれたら良かったのに。


もういっそ、自分から言い出そうかな?なんて考えたりもした。

きっかけがないだけで、彼ならきっと承知してくれる。

そのくらいには自分に対する愛情を感じられていたから。


でも。

どうしても、言い出せなかった。

私には話さなくてはならない秘密があったから。

結婚するならば、私はそれを告白しなくちゃならない。

そう、自分が超能力者だっていうことを。


反応なんて予想がつく。

元々私の能力を知る人以外の前で、その話をしたことはない、けど。

能力者だなんて、トンデモ発言と取られても仕方ない。

でも、事実。


そして結婚するからには、そういうことも話さなくちゃいけない。

この能力を持つ以上、家族の理解は絶対に必要だから。

結婚するということは、家族になるということ。

だから彼に知らせて、理解してもらえないなら結婚できない。

話せば、こんな風に受け止められるのは予想できたから、言えなかった。

でも、やっぱり彼がいい。


とりあえず、私の話をしてもいい?

熱がないことを確かめ、なおも胡乱げな彼に尋ねる。

頷きが返されるのを確認して、そうして私についてのことを話しはじめた。




私は、肋骨が一本足りない。

それで生活に何らかの支障がある訳でもない。

骨が多かったり少なかったりは、決して珍しいことではないそうだ。

でも、肋骨については特別だ。

この島国において肋骨が一本足りない人の多くが、超能力を持って生まれる。

そういう法則が発見されたのだと教えられたのは高校生の頃だった。


私の能力は、いわゆるサイコキネシスというやつだ。

自分の意思の力で物体を手に触れることなく、動かすことができる。


但し、本当に話すのが恥ずかしいほどに小さな能力。

例えばクリップ、A4サイズの普通紙、ペットボトルのキャップ、鉛筆。

息を吹きかけて動きそうな程度のものなら宙に浮かせられる。

100グラム程度までは浮かせられないけれど多少は動かせる。

でもそれ以上は無理。

手で動かす方が効率的だという、情けないほどに小さい能力なのだ。


私だけじゃない。

これまでに肋骨の法則で見出され、訓練を受けた能力者のほとんどが同レベル。

例えば、相手が嘘を言っているかどうかがなんとなくわかる、とか。

1分後に発生する地震の気配を察知することができる、とか。

発信ばかりのテレパシスト(しかも範囲は声が聞こえるのと同程度)だとか。

超能力、と言っても、ハリウッドのヒーロー映画のようなものじゃないのだ。


馬鹿にされた、と怒ったような表情を浮かべていた彼の目の前でこたつの上のみかんを転がす。

のったりと、けれど確実に重力に逆らった動きをするそれを、彼の視線が追い掛ける。

「この重さだと、これが精一杯」

小さく笑っていう。

みかんを取り上げ、ぐるりと返して私を見る彼の目に、怒り以外の色が浮かんでいた。



能力があって、苦労したことは実はそんなにない。

幼い頃は、そもそも自分にそんな能力があると知らなかった。

高校の健診で「要治療」のメモ書きを渡され、指定された病院で初めて知った。

それから月に一回、能力を発現させるための訓練を受けた。

それで、ようやくこの程度のチカラ。


選ばれし特別な存在、なんて厨二な発想はあっという間に消え失せた。

こんな程度の能力じゃ、他人に話すのも恥ずかしいし。

私以外にも何人かの能力者と訓練の場で会ったけど、みんなそんな感じ。


ついでに、いいことさえあった。

この就職難と言われる時代に国家公務員になれたのは、実は能力のおかげだ。

能力者を管理し、監視するためにということらしいのだけれど。

試験は受けたけど、まぁ、裏口入学みたいなものね。

だからって能力者ばかりを集めた部署がある訳じゃない。

それぞれの適正、それは能力的な意味も含めての適正に応じて配属された。

私は、特に役立つ現場はなかったけれど。


私の能力を知るのは、家族と、同じ能力を持つ人々だけ。

月に一度の能力チェックと心身の検査は相変わらず受けているから。

その日に会う人たちが、同じような立ち位置にあることはわかってる。


だから、言わないって選択肢も考えた。

言わないで、そのまんま知らんぷりでいようか、なんて。

でも、言わなくちゃいけない理由がある。


ひとつは、能力が遺伝する可能性があるってこと。

私の両親にはないけれど、私の叔父はやっぱり同じサイコキネシスを持っている。

レベルも同程度、ほんのささいなものしか動かせない。

必ず遺伝する訳じゃないけれど、その可能性は高いと言われている。


それと、もうひとつ。

能力が万が一にも急激に伸びることがあった場合。

あるいは、この能力を悪用することがあった場合。

または、心身のバランスを崩した場合。

その場合、今のように自由に暮らせなくなるかもしれない。

どんな風に扱われるかは、わからない。

そもそも、能力が急激に伸びる可能性がどの程度あるのかもわからない。

可能性がゼロじゃない以上、ある日突然、姿を消すことがあるかもしれない。


「どうする?」

私は、彼に丸投げをした。


荒唐無稽なこの話、証拠を見せたとして信じてもらえるとは思えない。

信じてもらえたとしても、そこに付随する可能性は私一人で納められない。

そんな面倒を彼が引き受ける義理は、ない。

だって私たちにはなんの約束もなくて、ただの恋人同士でしかなくて。


嫌われるのも、別れるのも嫌だった。

なんとなくこの人、という相手だったはずなのに。

気付けば、この人じゃなくちゃ嫌だ、そう思う相手になっていた。

だから、ずっと言えなかった。


超能力なんてあったって、役にたったのは就職のときだけだ。

こんな時に、私の人生の一大事に、役に立つどころか足を引っ張る。

本当に好きなひとに嫌われるだけでしかない能力など、いらなかった。

そんなことなら、就活で苦労ぐらいしたって良かった。

彼の同僚として出会えたら、どんなに幸せだったろう。

何も思い煩うことなく、ただ好きだと言う気持ちだけでいられたら。


それともいっそ、誰にも誇れるほどの能力だったら良かったな。

彼も、私の能力を誇れるくらいの。

誰かを救えたりするような、そんな能力だったら。

目の前のみかんをもう一度だけゴロリと転がして、ため息をつく。

彼はずっと押し黙ったままで、私はみかんを転がすことしかできなくて。



「話があるとか言うから」

しばらくの沈黙の後、表情の読めない声で彼が言う。

怒ったんだろうか、隠し事をしていたことを。

それとも、やっぱり嘘を吐いていると思われているんだろうか。

恐くて、俯けたままの顔をあげることができない。

両手に納めたままの、すっかり泡の消えたコップの表面を見つめる。


最後の言葉を聞きたくなくて、でも聞かなくちゃいけなくて。

その心の揺れのままに、水面が揺れる。

つ、とそのコップの上に彼の手が伸びてきて、そのまま私の額を小突く。

「痛っ」

痛みはないけれど、つい反射的にそんな言葉がこぼれる。

「上向け、コラ」

トン、と柔らかに押されるその感触に、期待の気持ちが膨れそうになる。

それを慌ててなだめながら、ゆっくりと、彼の指に押し上げられるように視線をあげていく。

期待しちゃ駄目、でも。


「俺がなんかやらかしたのか、他に好きな奴ができたとか言われるのかと思った」

その目に浮かぶ色は、柔らかで優しくて、いつもの彼だった。



「明日、プロポーズをやり直すからな」

ふてくされたような声で言う彼の言葉が耳に届く。

届いた言葉が、ゆっくりと脳の中で溶けていく。

「やり直し」

「ああ、やり直し。

 もうちょっとちゃんと、言うからさ」


人の顔を上げさせておいて、そっぽを向く彼の耳が赤かった。

私の話を全部聞いた、その上でもう一度言ってくれるのか。

緊張にこわばっていた指先の力が抜けて、コップから離れる。

冷えた指先を、こたつの上に放り出された彼の手に伸ばす。

同じぐらい冷たいその手が、私の指先を握り返してくれる。


「私の話、信じてくれるの?」

「信じるもなにも、まぁ、あれだろ、足が速いとかそんな感じだろ?」

「違う気がするけど」

「違わないよ、人とちょっと違うってだけだろ」

「ちょっと、でいいのかな」

「なに、特別な存在とかなりたいわけ?」

「違うよ、別にそんなんじゃなくて」

「じゃあいいよ、子どものこともゆっくり二人で考えればいいよ」

「……いいの?」

「ああ、だから明日、仕切り直しな」

もうすっかりいつもの口調の彼が、そこにいた。


「そうだね、なんか、夢もへったくれもなかった。

 今日の夕飯何食べる?みたいなノリだったよねぇ」

「言ってろ、明日ビビんなよ」


本当は、いまこの手を握り返してくれたことで十分だった。

二人で考えればいいって言葉で、それで十分だった。

それで足りないなら、私から結婚を申し込み直したっていいくらいだ。

けど、私よりずっとロマンチストの彼が。

明日、どんな風に言ってくれるのか興味があるから。

指を絡めあわせて、明日の約束を言葉にした。


「じゃあ、明日、ものすごい楽しみにしてる」

「……ほどほどにしておいて、今からじゃ大した仕込みもできないし」

ぶっきらぼうに言う彼の首に、全力で抱きついた。

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