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断片集  作者: みやこ
12/15

ミラクルガール 前篇

SFと書いて「すこし・ふしぎ」と読む。

UFOと書いて「うそっこだらけの・ファンタジー的な・おはなし」と読む。

的な要素がちょっと入っています。

超能力、って信じる?

……だよね、うん、わかる。

わかります、けど、あのね、でもね。

……私、超能力者なの。





明日は珍しくふたり揃っての休日。

俺の自宅の近所にある旨いと評判の餃子を心置きなく食べた、そんな夜。

揃ってニンニク臭い息のまま、交際も四年目となった彼女と歩く。


平日が忙しい彼女、休日が忙しい俺。

出会った時には社会人で、だからそれは大前提の事実だ。

メールや電話でやりとりはしているし、互いの休日を都合して食事を取ることはある。

けれどこうやって休みを合わせて出かけるのは、実に1ヶ月半ぶりだった。


たった2杯のビールで酔っ払った彼女が、少し乱れたステップで半歩先を行く。

調子はずれの鼻歌は、彼女のご機嫌度合いを表している。

合間に明日の計画をひとつずつ数える。

わざと歩道のきわを歩いたりして、ああ、危ない。

よたよた進む姿に心配になって手を取れば、にへら、とでも音をつけたくなる笑顔でこちらを見返して、そうして細い指でキュッと手を握り返してくる。


その手の感触に心が揺さぶられる。

バランスが悪いなりに安定したままだった天秤がコトン、と傾いた。

つまり、結婚しよう、という方向へ。



付き合い始めから、結婚するなら彼女だろうとなんとなく考えていた。

条件的なこととか、ものの考え方とか、そんなものを知るより前から、なんとなく。

それはもうほとんど直感でしかないものだったけど、今も変わらない。


俺たちは、そもそも休みをあわせることすら難しい。

それでも時間をやりくりして、彼女との時間を作ってきた。

丸1カ月会わないなんてことも珍しくはなかった。

でも、別れるという選択肢は思いつきもしなかった。


でも、そう。

予定を無理に合せなくても、毎日同じ家に帰っていくのがいい。

今日みたいに、こんな風に。


自宅に少しずつ増えていく彼女の荷物は、俺にとって居心地を悪くするものじゃない。

変えられている、という風には思わないからか。

それはこれまでの彼女たちに思うのとはどこか違う感情。


それに、俺たちも今年は30歳になる。

区切りとしてはちょうどいいんじゃないか?

俺も彼女も去年辺り、周囲で結婚が増えた。

つまりはそういう頃合なんだろう。


互いに友人の結婚式に出席すれば、どんな式だったか語り合う。

「わたしもこんな風にしたいな」

なんて彼女の言葉は、俺に向けられていて。

だから、そう、


「結婚、するかー」


ニンニク臭い息、白く輝く月、冷たい空気。

思いつきそのまま、白い息とともにコロンと言葉がこぼれ落ちる。

ロマンティックな要素なんて、なくて。

そもそもプロポーズとさえ言えないような、そんないい加減な言葉が。


自分の発したハズの言葉が、なぜかのんびりと耳を経由して脳に届き、慌てる。

いや待て、俺。

確かに結婚しようと思ったけど、でも。

それをそのまま、思いつきのままに口にしてどうする!


隣を歩いていたはずの彼女が、足を止める。

繋がれていた手の力が抜け、ぱたりと落ちていく。

鼻歌混じりに歩いていた彼女から、音が消えた。


ああ、そういえば。

ずいぶんといい加減なプロポーズをしたと、後悔している先輩がいたな。

何年たってもそのことで嫌味を言われ続けるのだ、と。

結婚そのものに後悔はないけれど、お前は気を付けろよ、と。

ああ、言われていたのに、やってしまった。

この沈黙の意味は、そのいい加減さってやつなのか。

ヤバい、やり直したい巻き戻したい。


そんなパニック状態の俺と、彼女は対照的だった。

街灯に照らされた顔色はずいぶんと冷たく、静か。

さっきまで足取りを危うくしていたアルコールの気配すらなりを潜める。


ああ、どうしよう。

どう取り成せばいいんだろう?

頭の中がまるでまとまりそうにない。



いつもの彼女なら、困ったも怒ったもハッキリと言葉にする。

「そういう言い方は嫌だっていってるでしょ!」とか。

「なんで靴下まるめて脱ぐの?!」とか。

常に具体的で明確。

それで喧嘩になることも少なくない。

30年近くも生きていれば、互いに互いのルールが出来ていたりするから。


でも、察しろと言われても無理な俺には、割とちょうどいいのだ。

腹が立つ、を互いに言い合える距離もちょうどいい。

それに彼女は、文句ばかりを言う訳じゃない。

「ありがとう」も「うれしい」も全部言葉にして言ってくれる。

嫌だ、という言葉だって、なぜそれが嫌なのかを教えてくれる。

だから、彼女がいいと思う気持ちがずっと続いてきた。


それなのに。

今は沈黙ばかりが、二人の間にぽつんと落ちている。

嫌だ、も駄目だ、もないままに。


酒で温まった体から、血の気とともにどんどんその温もりが抜けていく。

妙に頭が冴えわたって、でも心臓はドクドクと音を立てている。

何か言わなくちゃ、いつもみたいに。

何か言ってくれ、当たり前の顔で。


もしかして。

結婚したいと思ったのは俺ばかりだったのか?

そんな、これまで考えもしなかったことが頭に浮かぶ。

それはちょっとした恐怖で、恐慌。

二人の間に落ちた静かさは、そんな恐ろしい考えを増幅していく。


いつもはうるさいくらいにお喋りが過ぎる彼女。

一緒にいる時間が短いからと、彼女から言葉はあふれ出続ける。

その気持ちが嬉しくて、だから俺も仕事場よりずっと饒舌になる。

二人でいる時は、およそ賑やかなばかり。


こんな風に、言葉がちぎれたように沈黙が落ちることなんてなかった。

この時間を繋ぎ合わせるのにふさわしい言葉なんて知らない。

喉の奥は何かで貼り付いたよう。

息をするのも苦しい。

どうしよう、どうしたら

ただそれだけがずっと脳内を駆け巡る。


しばらくして、ようやく彼女の唇が動きを見せる。

「話があるの」と。

「外で話す内容じゃないから、とりあえず行こうよ」と。

その緊張した声に、俺は恋の終わりを覚悟した。




酔いなんてすっかり消し飛んでいた。

コーヒーを用意しようとキッチンに立てば、当たり前のように隣でミルクを泡立てる彼女。

そんな当たり前の光景、当たり前の距離。

でもいつもと違う、静かな彼女。


ああ、こうやって隣に経つのすら、今日が最後になるのかもしれない。

別れる未来なんて想像したこともなかった。

当たり前に一緒に年を経る未来ばかりを想像していた。

顔や体が好みの女の子を見ても、その子との未来を想像なんてできなかった。

彼女との未来の方が、いつだってずっとリアルだった。

そうやって続いていけるのだと、疑いもしなかった。


相変わらず息が苦しい。

俺、窒息するんじゃないんだろうか。

呼吸と心臓とが、まるで思うようにならない。


彼女が変化を見せたのは、俺が結婚を言葉にした瞬間。

なら、結婚さえしなければ、この関係を変えずにいられるのだろうか?

それだけが理由なら、別に構わない。

一緒にい続けるのに結婚は必ずしも必要な条件じゃない。

彼女の家族に説明するためのものでしかないから。


ああ、でも。

もしかしたら饒舌な彼女が言葉に困るほど、何か大きな欠点が出てきたか。

鼻毛、ハゲ、加齢臭、メタボ、そんな身体的なもの?

でもいつもの彼女なら、それを言い難そうに、でもはっきり言うだろう。

だから多分違う、多分。


浮気だってしていない。

あ、でもこの前こっそりキャバクラに行ったのが、バレた?

でもそれならストレートに怒ってくる様子が予想がつく。


思い出せない、思い当たらない。

昨日今日で起きたような、具体的な要因を自分に見いだせない。

ならば、もしかして。

……俺の他に気になる男が出来たりしたんだろうか。

週末に忙しくしているような俺じゃなくて、会いたい時に会えるような。

あるいは靴下を丸めて脱いだりしない、彼女の気分を決して害さぬような。

大企業とは言い難い俺と違って、将来の安定した彼女の職場の仲間であるような。

そんな、新しい誰かとの未来を考え始めたのだろうか?

だから俺の言葉に、先延ばしにしていた別れを切りだす決意をしたのだろうか。


もしそうなら、俺は彼女を説得できるだろうか。

俺との未来をもう一度考えて欲しい、と。

そういう風に仕向けることが出来るんだろうか。

その為には俺は何を変えたらいいのだろう。

千々に乱れる考えがまとまりを見せる気配はない。

ただどう予想しても事態は俺にとって最悪ルートを辿っている。

できるんだろうか、「今のまま」をキープすることを。



コーヒーをセットし終えて、当たり前のようにいつもの場所に座る。

こたつの、角を挟んで隣同士。

テレビを見るのにも、触れ合うにもちょうど良い距離。

足を絡めあったり、手を繋いだり、そんな風にして過ごしてきたのに、今日はやけに遠い。

彼女が初めてきたころに一緒に買った揃いのカップがやけに浮いて見える。

別れる、なんてことになったら。

この家にこのカップだけが残されたら、なんて想像するだけで胃が痛い。


悪い方へ、悪い方へと頭の中は走り出していく。

恐らくその表情には悲壮ささえ漂っていただろう。

そんな俺とは対照的に、冷静な表情で、けれど何事かを口ごもる彼女。

聞きたくない言葉を、きっと聞かされるんだろう。

いっそ聞きたくないとさえ思う。

けど、いつもみたいに、彼女が言ってくれるのを待っているんじゃいけない。

こんな時くらい、俺が水を向けてやらないといけない気がする。


頑張って、気持ちをまとめて、そうして

「話って?」

と言葉にした。

……ようやく出てきた言葉がこれだけ、という辺りバカみたいだけど。

精一杯なんだよ、これでも。


俺の言葉を受けて、静かな表情を浮かべたまま、彼女がその薄い唇を開く。

「……私、超能力者なの」

予想外過ぎて、耳が理解を拒否した。



俺のプロポーズがまるでなっていなかったことは認める。

でも、断るにもそんなあからさまな嘘をつかなくても。

嫌いになったなら、そういえばいい。

他に好きな男ができたんなら、そういえばいい。


なんでそんな意味のわからない嘘を吐くのか。

信じる?とか、この空気を読まない流れはなんなのか。

冗談で俺を煙にまこうというのか。

それこそ、冗談じゃない。


腹の底から熱い感覚がこみあげてくる。

そう、これは怒り。

呆気に取られて固まっていた脳内が、フル回転を始める。


俺の怒りを感じとってか、彼女が慌てたように説明をはじめる。

「あのね、本当のことなの、あの。

 私の仕事も、そういう能力を使ってのものなの」

どこまでも真剣な彼女の表情が、馬鹿にしている。

公務員だろう、庁舎勤めにどんな超能力が必要だっていうんだ。

面倒な書類を一瞬で処理できる能力か、ふざけんな。

どうしてそこまであからさまな嘘を吐く。


それとも。

酔ってるんじゃなくて、熱でもあるんだろうか。

ふざけてるんじゃなくて、もうろうとしているのか。

前にインフルエンザに罹った時には、ようかんが食べたいとずっと呟いていたっけ。

めまぐるしく動く気持ちと事態に混乱しつつ、彼女の額に手を伸ばした。


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