DITTO!
悪気がないのは判る。
私に対して悪意じゃなくて好意を持っているのはわかる。
でも、もういい加減にしてほしいと思うのは私の心が狭いのか。
「手長エビとルッコラのトマトクリームソースで」
「ドリンクはいかがなさいますか?」
「んと、アイスティー、アイスミルクティーでお願いします」
「あ、あの、私も同じで!」
「お飲み物はいかがいたしましょうか」
「同じで、アイスミルクティーで!」
別に大したことじゃない。
メニューが一緒、ただそれだけ。
でもね、それがいつもいつもいつも、だったら。
ランチメニューが5種類しかないこの店だけじゃない。
メニューの数が多いのがウリの店でも、どこでも、全部一緒だったら?
ふう、とこっそりとため息を漏らす。
新しいワンピースを着ていれば、どこの何かを尋ねられ、数日後に同じものを購入される。
靴も、バッグも。
髪型も、メイクのブランドも全部似たものに。
最初は気づかなかった。
単に気になって気にいってくれたんだと思って、ホイホイ教えていた。
美容院は次回割引になるから嬉しいな、なんて思っていたくらい。
でも、それが繰り返されるうちに、モヤモヤとした感情が湧いてきたのだ。
悪い子じゃないのは知っている。
入社時にチューターとして付いた私を慕ってくれているのは、その態度からもわかる。
憧れている、なんて言ってくれるのも照れながらも嬉しかった。
だから職場でのつながりを自分から断とうとは思っていなかった。
そう、違う部署にいた3年間は良かったのだ。
たまにお昼休憩が一緒になって、一緒にごはんを食べて。
同じメニューを選ぶのを聞きながら、「胃が合うって楽だなぁ」なんてのんきなこと考えてた。
行きも帰りも時間が違えば会わないから、それ以上の交流もなかったのも幸いした。
お揃いのバッグを持っているのは知っていたけれど、別に彼女だけじゃない。
同じくらいの年齢のOLがいかにも選ぶブランドだったから。
あ、あれも被っちゃったのか、なんて思うくらいで。
今年の春、異動が発表された時も、だからなにも思わなかった。
あ、あの子うちに来るんだ、くらいの感覚。
特別優秀ではないけれど真面目で、やりやすいかもくらいのことを考えていた。
でも、一カ月が過ぎ、二カ月が過ぎ。
私はあの子のことが重荷になっている。
というか、ハッキリ言って迷惑に思い始めている。
あの子がせめて、可愛くなかったら。
そうしたらこんな風に思うことはなかったのかな。
自分が決して美人ではないことはよくわかっている。
だからこそ平均値を上回るための工夫を重ねてきた。
メイクだって、髪型だって、体型だって、自分に似合うものを探す努力をしてきた。
美人とは言えないかもしれない、でも感じのいい女になれるように。
お茶を習っていた従妹の所作の美しさを見習いたくて、私も茶道を習った。
仕事のできる先輩がいつも浮かべている笑顔が素敵で、私も仕事を頑張ったし、忙しくても笑顔で過ごした。
私だってそんな風に誰かに憧れて、誰かの真似をしてきた。
だから後輩が私の真似をすることを、くすぐったくは思えど否定なんてしない。
そのつもりだった、けど。
似た髪型、同じ服、似せたメイクに、似せた喋り方。
彼女の方が元の顔が可愛いから、私の方が劣化コピーみたい。
そんな風にクスクスと笑う周囲の声を聞いた時に、私はモヤモヤする自分の心中を認めた。
私はもう彼女のことを迷惑に思っているのだ、と認められた。
だからって、突然突き放すこともできなかった。
他部署から異動したばかりの彼女は、他にお昼を一緒にする人もいなかった。
私がいつも一緒にいる子たちとの中に引きいれて、その仲を取り持って。
でも私がいなければ、雨に濡れた犬のような態度になるのをわかっている。
そんな子を放っておくことなんてできなかった。
彼女に非があるとはいえない。
自分の気持ちが正当なものとはいえない。
可愛いあの子への僻みなんだと言われたら、否定できないから。
だから気持ちを押し殺して、笑って過ごしている。
そうしておいて、お昼で一緒になるたびにため息をついているのだからどうしようもない。
大好きなエビの味がいまいち解らなくて、もうひとつため息をついた。
「ああ!めぐみ先輩のバッグ可愛いですね!
どこで買われたんですか?」
更衣室で着替えていたら、追いかけるようにやってきた後輩に尋ねられる。
ため息をつきそうな気分を押しやって、用意してきた言葉で応える。
「学生の時に買ったの、古いんだけど気に入っているから」
色々考えて、私は今買えないものを選ぶようになった。
母の若い頃のワンピースに、学生時代に背伸びして買ったバッグ。
そんなアイテムを選んで身に着けるようになった。
真似されることがストレスになっている。
ならば、最初から真似できないアイテムを選べばいい。
流行のものも好きだけれど、趣味と自分に合えば別に昔のものでも構わないんだ。
彼女の視線を受け流せる気がした。
でもそれから一週間後。
あの日の私が着ていたのと似たワンピースに、同じバッグを持つ彼女の後姿を見た。
朝だというのに目の前が暗くなる。
あのバッグはとうに生産終了になっているのに。
ワンピースなんて、祖母のお手製だというのに。
その上、彼女の背中に声をかけた人を見て、いよいよ本格的に視界が狭くなる。
花岡司郎さん、私の彼。
「めぐみ」という声が聞こえたから、恐らく私と間違えたのだと思う。
あのワンピースを着ている日にデートをして、鮮やかな赤い花を褒めてくれたから。
私と同じような髪型、同じようなワンピースだから。
身長も変わらないし、間違えても仕方ないんだ、でも。
後輩が振り向いて、ようやく間違いに気付いたみたい。
慌てたような司郎さんと、笑う後輩の姿がほんの数メートル先にある。
でも近づけなかった。
見ていられなかった。
そうなってようやく、自分が何を感じていたかに気付く。
迷惑なんかじゃない。
僻みでも、周囲の嘲笑が嫌だった訳でもない。
ただ司郎さんを取られたくない、それだけのことなのだ、と。
私のものを真似したがる彼女は、私の交際相手にも興味津々だった。
異動してきた当初は特に何も思うところはなくて、だから彼のことも話した。
特に誰に対しても隠してはいなかったから。
二つ上の先輩で、私が彼女とそうであったように、彼が私のチューターだったこと。
彼からの申し出で交際を始めて、もうすぐ2年になること。
最近、結婚について話が出ていること。
彼女から「花岡さんですか、素敵ですね!」という言葉をもらっても、笑ってた。
司郎さんは確かに素敵で、それは私の贔屓目じゃないもの、なんて。
「いいなぁ、私もあんな彼氏が欲しいです。
しばらく前に別れちゃって、いまいないんですよぅ」
なんて言われても、まだ笑えてた。
「欲しいと思ったら、すぐできるんじゃない?
可愛いもの、あなた」
なんてことまで言って。
彼女が私の真似をしているのに気付いて。
それから、私は司郎さんの話をしなくなった。
向こうから振られても、笑って誤魔化した。
司郎さんを欲しいなんて言われたら、なんて考えたら怖くて。
洋服やバッグはいいの、結局いくらでも代わりがあるものだから。
でも司郎さんはだめ、司郎さんだけはだめ。
談笑する二人を後ろからただ見ることしかできない。
嫌だ嫌だと思いながら、声をかけるのが恐ろしい。
彼女と並んで、司郎さんの前に立つのは嫌なの。
同じ服を着ればわかる、彼女の方が可愛いなんてこと。
司郎さんにだけはそう思われたくないのに。
ぼんやりと、声の届かない距離を歩く。
この角を曲がれば二人の姿を見なくて済む、なんて考える。
でも私が見ていない間に二人が親しくなるかも、なんて考えたら眼を離せない。
磁石でくっついたかのように、視線を逸らすこともできない。
ああ、どうしよう。
「めぐみ、おはよー」
同僚に声をかけられるまで、多分見ていた時間はさほど長くない。
1分にも満たない程度だったろう。
私には何分も、何十分にも思えたけれど。
「へっ、あ、おはよいとちゃん」
ようやく固まった視線が動かせて、隣に立つ彼女に挨拶をする。
魔法が解けたみたいに、狭くなっていた視界が戻る。
「めぐみ!」
間をおかずに前からも声が届く。
ゆるゆると視線を送れば司郎さんがこちらに大股で歩み寄る姿。
「おはよう、めぐみ、と糸田さん。
……顔色悪いけど、大丈夫か?」
あんなに遠く感じた距離が、一瞬で縮まっていく。
私だけを視界にいれている司郎さんの顔が、すぐそばに近づいてきて。
そうしてそばにいてくれたら、何の心配もないのだと思えるの。
ああ、もう性格悪いって言われてもいいや。
頬に触れる司郎さんの手だけを感じながら、笑顔を浮かべて言う。
「なんでもないよ?おはよう、司郎さん」
「朝から見せつけないで下さいよー、まったく」
となりのいとちゃんの声も無視。
私の笑顔を見て、司郎さんが笑ってくれるから。
なんだ、朝から弱気になってる場合じゃないな。
顔の造作では負けても、司郎さんのこと渡したりなんてしないんだから。
この優しい手は、私のものなんだから。
彼の向こうにいるであろう彼女に、心の中で宣戦布告した。
「そういえば、司郎さん。
今朝話しかけてた子のこと覚えてる?」
「ああ、いつもめぐみに似た格好してるよな」
「で?」
「で、とは?」
「他に感想?」
「感想?ああ、趣味が似てるのかなー、って思った」
「はぁ?」
「だっていっつも似た格好だろう?
何度か間違えて声かけちゃったんだよなぁ」
「それだけ?」
「それだけ、ってそれだけだけど」
「……可愛いなぁ、とかは?」
「可愛いのか?アレ。
女の言う『可愛い』ってわかんねーよなぁ。
俺は上目づかいでまつげバサバサされると、うわぁ、ってなる」
「ああそ……」