ねこのきもち
ニャーニャー
「っく・・・く・・」
雨が降る中傘もささずに濡れている彼がいた。
「ミヤ・・・っく・・ごめん・・・」
彼は声を押し殺して泣いていた。
ニャー・・
「ごめん・・・ね・・こ?」
足元に猫がすり寄っているのに気がついたようだ。
ニャア
私は彼の手をなめる。
「・・・っ・・・」
そして彼は無意識に私を連れて家に帰った。
「ミヤ・・ミヤ・・・」
彼はベッドの上で女の名を何度も呼ぶ。もう二度と会えなくなった彼の幼馴染の名を。
「サトル、学校」
彼の母親が部屋に入ってきた。
「ミヤ・・は・・」
「ミヤちゃんはもういないのよ。だからサトルはミヤちゃんの分まで勉強して生きなきゃね」
「・・・ん・・・」
彼はゆっくり起き上がり制服に着替えると、背中を丸めたまま足を引きずるように登校した。
それは毎日続いた。
彼の母親がおこしに来て、まるで死んだように登校する彼を私は見ていた。
そして毎日彼は泣いていた。
ニャーニャー
「ねこ・・・俺さ・・」
学校から帰ってきてもずっと彼はベッドの上で泣いていた。
そんなとき、私が近くで泣いていると彼は私に話しかけた。ただの独り言だろうけど。
「俺さ・・・この世で・・一番大切な・・人と・・ケンカして・・」
ニャア?
「そのまま・・・ミヤは・・っく・・」
その続きが涙で言えなくなっていた。
ニャーニャー
「なん・・で・・・ケンカなんか・・・」
ニャー・・・
「好きなのに・・・ずっと好きだったのに・・・」
くるしそうに言う。
「なんで・・・こうなんたんだろ・・・」
ぎゅっと布団を握りしめていた。
「なんで・・・!」
いつもこうやって彼は自分のことを責めていた。
私はここにいるのに・・・
ニャー!ニャー!ニャー!
「何?ねこ・・・」
ニャア
「わかってるよ・・・俺が悪いんだよ・・・」
ちがう、ちがうよ
私はここにいるよ、サトルは何も悪くないんだよ
そう彼に伝えたくて口から出てくるのは猫の鳴き声ばかり。
「ごめん・・ミヤ・・」
謝ることなんかない、だから・・もう泣かないで・・
でもそんな想いは届かない
「ミヤ・・」
そんな悲しそうに私の名前を呼ばないで・・私はあなたの明るいところが好きだから
ニャー・・
「どうしたら・・・許してくれるのかな・・・」
彼は私の小さな頭をなでながら言う
「ケンカなんかしないで・・好きだって・・ちゃんと言えばよかった・・」
ニャー
うん、その気持ちだけで十分だよ
くだらないケンカをした。そして私が勝手に怒って、勝手に車にひかれただけ。
サトルは本当に何も悪くないのだから。
ペロペロと彼の手をなめる。
「・・・ん?何・・?慰めてくれるの・・?」
ギュッと彼は私を抱きかかえた
「ありがとな・・・」
さみしそうに笑って彼はまた泣いた。
休日は朝から彼は家にいて、昼になってもベッドから出てこようとしなかった。
コンコン
ニャー
「あら、サトルはまだ寝てるの?ねこちゃん」
ニャー
母親がサトルを呼びにきた。
「まったくもう、こんな姿ミヤちゃんには見せられないわね」
はあと溜息をつく。
「ミヤちゃんがいたらきっと、一喝入れてくれるでしょうね」
さみしそうだが、でも懐かしそうに私のことを話した。
だけど・・きっとその通りだ。こんなみっともないサトル、一発どころか何発も殴っているだろう。
『メソメソするな!』
って。
「サトル、ミヤちゃんのお母さんが」
「・・・?」
おかあさん?
「サトルに渡したいものがあるって来てるわよ。さっさと着替えて出てきなさい」
「・・・うん」
サトルはのそっと起き上って着替え、リビングに降りた。
「こんにちは・・」
リビングのソファーにお母さんは座っていた。
「こんにちは、サトル君」
少し老けたな。ほんの一か月もたってないのに。
きっと、いっぱい泣いて、立ち直ったのだろう。
「ごめんなさい・・・俺があのとき・・・ミヤと・・ケンカなんか・・」
「いいのよ、どーせあの子が悪いんでしょう」
「そんなっ」
「いいの。きっとあの子も今頃天国で反省してるでわよ」
にっこり笑った。
くそお・・なんか悔しいぞ。でも、お母さんは元気そうに見えた。よかった・・。
「やっとね、ミヤの遺品整理できたから」
そう言いながらバックの中をごそごそと探った。
「みつけたの」
「?」
「お誕生日おめでとう」
「あ・・」
今日は彼の誕生日。
「ミヤったら、一か月も前からプレゼント準備してたみたいよ」
くすっと笑う。
「あと手紙もあるわ」
「ミヤ・・」
「受け取って」
「・・・いいんですか?」
「もちろん、これはサトル君のためのものだから」
そしてサトルは大事そうに2つを手に取った。
「ありがとう・・ございます」
「いいえー、大事にしてね」
お母さんは立ち上がり帰る準備をした。
「じゃあ、サトル君、自分をそんなに責めないでね。サトル君はサトル君の人生を歩んでいいんだから。ミヤのことは仕方がなかったのよ」
玄関に向かう前にお母さんは言った。
「精一杯生きていくことでミヤも喜んでくれるわ」
サトルはプレゼントを見つめたまま黙ってうなずいた。
その様子をみてお母さんは満足したように玄関に出た。
ニャー
「ねこちゃん、お見送りしてくれるの?」
靴を履き終えたお母さんが私の頭をなでる。
ニャーニャーニャー
「・・・ありがとう、大丈夫よ」
ニャア?
「サトル君しっかり見ててあげなさいよ」
ニャ!!
お母さん・・?
「まったくもう、うちには一度姿見せないんだから」
呆れたように、でも楽しそうに言う。
「忘れたの?お母さん霊感あるのよ」
・・・・はい?いや・・でも、猫に入ってるなんて誰が思うのよ!
ってか・・え?気づいてる?
「ミヤと同じ目してるもの」
くしゃくしゃと頭を触る。
「大丈夫、うちのことは心配しないで」
ニャー・・
ごめんなさい、お母さん。
「まあ、お父さんなだめるのは面倒だったけど」
・・・おい・・・
「そんな目で見ないの。残された身にもなってみなさい」
それを言われるとどうしようもないのだけど・・。
「ふふふ、せいぜい反省しなさい」
えー・・お母さん・・。
うん、ごめんなさい。反省してます。
気持ちが伝わったのかお母さんは
「それでよし」
と笑った。
そして、よいしょといいながら私の体を抱いて立ち上がった。
「せっかく一緒にいられるんだからしっかりサトル君支えてあげなさいよ」
ニャー
うん、わかってる
「・・・ミヤ」
ぎゅっと抱きしめられた。
お母さん・・?
手が震えていた。
「もっと一緒にいたかったのよ・・本当に・・」
ごめんなさい・・お母さん・・・
「仕方のないことだって・・わかってる・・でも・・」
今にも泣きそうなのに涙が出ないのはきっと今までに泣きすぎてしまったから。
涙がもう出ないほどに。
「うんん・・」
首を振った。
「生まれてきてくれてありがとう」
!!
お母さん・・ごめんね。本当にごめんなさい。親不孝者で・・いきなり死んじゃって・・。
「あなたに会えてよかった」
私もお母さんの子供に生まれてよかったよ。
「最後に言えてよかったわ」
私を床に下ろした。
「きっともう会えないだろうから、さっさとやることやって成仏して、次は好きな子にはちゃんと告白して結婚してっていう人生を送りなさいよ」
お母さんは愛おしそうに私をなでた。
というか・・私がサトルのこと好きなのばれてるのね・・。
「そして・・また会えるといいわね」
さみしそうに笑ってお母さんは玄関の戸を開けた。
ニャー!
「・・・」
お母さんは振り向かない。
ニャーニャーニャー
「うん、ありがとう」
それだけ言ってお母さんは出て行った。
きっと最後に伝わって信じよう。
猫の鳴き声しかでないのはもどかしいけど・・きっと私がありがとうって言ったのは伝わったはずだ。
そして私はサトルの部屋へと向かうことにした。
玄関を振りかえることはなかった。
サトルは床に座ってプレゼントを開けたところだった。
「ねこ・・・ミヤからのプレゼントだって・・」
私にプレゼントの中身を見せてきた。
プレゼントは彼のほしがっていたペンダント。
「ふっ・・ばーか・・・」
ペンダントをみて少し呆れたように言った。
「偽物じゃねーか・・」
あ、ばれたか。本物は高いのよ。似たようなものが激安で売っていたからごまかせるかなと思ったのだけど無理だったか。
「ん?どうした?」
ペンダントに文句をいう彼をたたき、もう一度プレゼントの包みを見るように促した。
「・・・あ・・」
一枚の紙がひらひらと落ちた。
「本当に・・馬鹿野郎・・」
馬鹿野郎とは何よ!結構それとるのに苦労したんだから!
紙はライブのチケット。私も彼も大好きなバンドのものだ。
「俺じゃなくて・・自分で行けよ・・」
そしたらお前は生きてるじゃないか・・と呟く。
「まったく・・」
ニャーニャー
「今度は何?」
私は手紙にすり寄る。
「ああ・・手紙・・」
ガサガサと開く。
「・・・おい、最初から馬鹿へ、はないだろ・・・」
それでも、少しサトルの緊張が取れるように見えた。
馬鹿へ
誕生日おめでとう
1つ年とったんだから少しはおとなしくなりなよ
「この年で年とったとかいうなよ・・」
ニャー
プレゼントは見てくれたかな
そこで彼はプレゼントを見つめなおした。
チケット、2枚あるの。
1枚は私が持ってる。
「え?」
事実だ。実はチケット2枚取れたのだ。
そこでいい加減私は自分の気持ちに素直になることにしました。
もし私の気持ちに応えてくれるのなら、ライブ当日、秘密基地で待ってます。
私はずっと
「続きは・・・?」
ない。そこで書くのをやめてしまったのだから。
というか、何度も文章書いて書き直して・・の途中だった。
こうみるとなんか文章おかしいな・・。
「最後まで書けよ・・馬鹿・・」
ごめんね。
「行くに・・きまってるだろ・・・1人でいけるかよ・・」
ありがとう。
彼は私の気持ちに気づいていた。そんなこと知ってる。私が認めなかっただけだから・・伝えなかっただけだから。
「行ったら・・秘密基地で誰が待ってるんだよ・・お前以外いないじゃないか・・」
ニャー
ごめんなさい・・
その後彼は食事に呼ばれ一階に降りて行った。
よし・・きめた。
お母さんにも言われたし、手紙も一応渡したし。
次の日から早速とりかかることにした。
朝、目覚まし時計の音で目が覚めると、布団から手を伸ばしているサトルをみつけた。
「・・・んん・・」
カチャと止めまた布団にもぐりこむ。
バシッ
「?」
布団に思いっきりジャンプした。
「ねこ・・・寝かせてよ・・・ミヤは・・いないんだから・・」
ニャー!!
もう甘えさせねえぞ。
バシバシと布団の上でジャンプを続けた。
「わかった・・おきればいいんだろ・・・」
よし。それでいい。
コンコン
「サトル、起きなさい!・・・あれ?起きたの?」
「ねこ・・が」
布団からでて私の首根っこをつかんだ。
「あらねこちゃん、ありがとう」
ニャー
どういたしまして。
「じゃ、さっさと着替えてごはん食べなさい」
そして彼女は一階におりていった。
ごはんが食べ終わると彼は背中を丸めたままゆっくりと学校に向かおうとした。
シュッ ドン
「!?」
必殺とび蹴り。
「な・・ねこ・・・何すんだよ・・」
ニャー!
背筋伸ばして、前を向け!
「ったく・・」
「あら、ねこちゃん、喝を入れてくれたのね」
ニャー
それを母親は見ていたようだ。
「ついでに、学校までおくってくれないかしら」
なんて笑いながら言った。
なるほど、それはいいわね。見送ってあげようじゃないの。
ということで、私はサトルの後を追って学校に行くことにした。
「本気で学校まで付いてくる気かよ・・・」
ニャー
「はあ・・」
大丈夫よ。学校には入らないから。
「・・・」
サトルの足が止まった。視線の先にはいつもの待ち合わせ場所。
「・・・はあ・・・」
そんな溜息つかないでよ。でも・・いつもこうやってここで溜息ついていたのかな・・。
「・・・ミヤ・・」
だからそんな風に名前よばないでよ。
ニャーニャー
ぐいぐいと彼のズボンのすそをひっぱった。学校に行かせなくては。
「・・・わかってるって・・」
やっと彼はうごきだす。まったく、世話の焼ける子ね。
まあ・・全部私のせいなんだけどさ。
やっと学校につくと校門で私は止まった。
ニャ
行ってらっしゃい
次の日も私は起きると彼の布団に飛び乗った。
「ん・・・」
パン
「・・・おいおい・・」
必殺猫パンチ
「いってえ・・・」
意外と威力あるのよねー。これ。生きてた時は知らなかったけど。
「わかったよ・・おきるって」
これを私は毎日続けた。
登校で学校まで付いて行き、帰りも下校の時間になると校門で待っていた。
「まるで忠犬ハチ公だな」
サトルの友達であり、私のクラスメイトの男子がサトルとともに校門まで出てきた。
「いつも送り迎えされてるじゃん、普通猫こんなことしねーよ」
「・・・そうだよ・・な」
少しは疑問に思っていたようだ。
「そーいや、こいつの名前なに?」
するとサトルは初めて気づいたように言った。
「・・・・ねこ・・・?」
「・・・つけてねーのか?」
呆れたようにサトルを見る。
「だって・・いつの間にかいたし・・そんなこと・・考えてなかったし・・」
そう、サトルは無意識に私を連れ帰っただけなのだ。おかげでずっと『ねこ』呼ばわり。
「いつから?」
「・・・葬式・・のとき・・」
「へー」
サトルはまた泣きそうな顔になる。しかし、その答えに彼は言った。
「ミヤさんみたいだな。こいつ」
「え・・・?」
おお、するどいな。
「だって、お前をたたき起し、一緒に登下校。あの子がとりついてんじゃねえの?」
言い方は悪いが、答えは正しいよ。
「んな・・わけねーだろ」
そう答えたが少しサトルの私を見る目が変わった。
朝だ。よし、今日も猫パンチで起こしてやろう。
パン
ん?止められた・・・。
顔を狙ったら彼の手がそこにはあった。
「おはよう、ねこ」
ニャア
おはよう・・・。起きたんだ。びっくり。
「どうした?不思議そうだな」
ニャー
もちろん。昨日まで面倒くさがってたくせに。まあ、最初よりは少しずつ良くなってはきていたのだけど。
「うん・・ミヤだったらお前みたいにおこるんだろうなって思って・・」
よしよしと私をなでながら言う。
「しっかりしなきゃ、ミヤに怒られるよな」
ニャ
うん、よかった。少し元気になったみたい。きっと昨日の友達の言葉が聞いたのだろう。
それから1週間後、土曜日の昼に私は彼をどうにか外へ連れ出すことにした。
机の上に登り、チケットを見つけ出す。
「ねこ?なにして・・」
チケットをくわえた。
「おい・・それは!」
窓があいているのは確認済み、さっと外に飛び出した。
「ちょっと待て!!」
屋根の上で止まり、部屋の中であわてている彼をみた。
ひょいと飛び降り玄関の前まで。
「ま・・待て!!」
バタバタと階段を駆け下り、外に出てきた。
「それは返してくれ。たのむ」
・・・・
私は走った。彼が付いて来れるように時に止まりながら。
「はあ・・はあ・・返してくれ」
30分くらいで目的の場所には到着した。
「・・・ここは・・」
私は彼の足もとにすり寄ってチケットを置いた。
ニャー
ここは秘密基地と私たちが小さい頃名付けた場所。小さな橋の下だ。
「ねこ・・?」
サトルはあたりを見渡し、私を見下ろした。
「お前・・ここに連れてきたかったのか?」
ニャー
「・・・なるほど・・今日だったのか」
ライブの日は今日の夕方。そして今日がその約束の日。
「・・・待っててくれたのか?」
ニャー
うん、待ってたよ。ちょっと・・予定は変わっちゃったけどね。
「・・・ミヤ・・?」
ニャ!
うん!そうだよ!!
「んなわけねーか」
おい・・。よし、叫んでみよう。
ニャー!ニャー!
「・・・まじ?」
ニャア
まじっす。
「本当に・・ミヤ・・なのか?」
彼は私を抱き上げた。
「ミヤ・・ごめんな」
だから、謝るなっていってるでしょ。
バシッ
猫パンチ攻撃。
「だから・・それ痛いんだって」
ふん、あんたが悪い。
「そんなに恨んでるのか?」
猫パンチ攻撃第2段。
「うおっ・・恨んでないのか?」
うん、まったく恨んでません。
「・・・ごめ・・ってあぶねえな」
謝ろうとしたので爪を出していた。
「謝るなってことか」
そういうこと。そして彼は土手に座った。
「・・・ミヤ」
私を膝の上に乗せて彼は私をみて言った。
「好きだよ」
ニャ!
ああ・・びっくりした。
「そんなに驚くなよ」
・・・なんかこいついきなり表情読めるようになったな。
「ちゃんと・・言っとけばよかったな・・」
ぎゅっと抱きしめられた。
はあ・・だめだ。このままじゃいけない。
私は彼の手から逃れ、チケットをくわえた。
「・・・行けってこと?」
ニャア
そういうことです。私はいけないから、代わりにあんたは行きなさい。
「俺一人でいっても・・」
シャキーンと爪を立てる。
「脅しかよ、うん、わかった。行ってくるよ」
よかった。
「ありがとな、誕生日プレゼント」
どういたしまして。
「でも、手紙最後まで書けよ。馬鹿」
それは私が悪いんだけどさ・・・。
「死んだ後に素直になられても意味ないじゃん・・・まあ、俺も同じか」
私の頭をなでた。
「俺と同じ気持ちって思ってていいよな?」
なんか言い方ムカつくけど・・うん、いいよ。
私は一つうれしそうに鳴いた。
ライブに行くのを見送って出てくるまで待っていた。
「ただいま」
私を見るなりそういった。
彼は、少しは楽しんだように見えた。そして私の首にライブ限定発売のスカーフを巻きつけた。
「お土産」
ニャア
ありがとう・・・まさかこんなものもらえるとは思わなかった。
「帰ろうか」
そして、歩き出した。
キキーッ!!
聞き覚えのあるブレーキ音。私が死ぬ前の・・音。
サトルもとっさにそのほうに目をむけた。
そこには小さな男の子が車道で止まっている姿があった。
「!!」
サトルはとっさに動き出していた。
「危ないっ!!」
男の子をかばうように車に突っ込んで行った。
ドン
「きゃー!!」
「だれかひかれたぞ!!」
「救急車よべ!!」
周りが急に騒がしくなった。
「うわーん、うわーん、ママァ!!!」
サトルがかばった子がいきなり怖くなったのか泣き始めた。
「子供は無事だ!」
誰かが叫んでいる。
「君!大丈夫か!!」
近くにいたらしい男性が駆け寄ってきていた。
「・・・ん・・いって・・・え・・」
「ふう・・意識はあるみたいだね。でも動かないで」
「・・あの・・子は・・・?」
「大丈夫、君のおかげで無事だよ」
「よかった・・」
サトルはほっと息をつく。
「・・・ミヤ・・・?」
「え?」
「・・・ねこ・・は?」
「ねこ?・・・あ・・」
男性の目に入ったのは血まみれの私の姿だった。
「・・・ミヤ・・?」
男性の視線の先をサトルはみた。
「!!!ミ・・・ヤ・・・!!」
私に触れようとするが、体がうまく動かないようだ。
「動いちゃだめだ」
「でも・・ミヤ・・が!・・・」
サトルは男性をみた。
「ミヤ・・を助けて・・・ください・・お願いします・・ミヤを・・!!」
「・・・わかった、だから動かないで」
「おねがい・・します・・・!!」
そしてサトルは意識を失った。
(ここは・・なに・・?)
サトルの周りにあるのは七色の空間。
(俺・・死んだ・・?)
(死んでないわよ、馬鹿)
私の声を聞いてサトルは私を探した。
(ミヤ!)
今の姿は生前の・・猫ではない人間の姿。
(ミヤ・・お前・・・)
サトルが近寄ってきた。
(サトル、ごめんね)
(それは俺のセリフだ!しかも・・俺かばって・・!)
サトルが男の子をかばおうと飛び出した後私も飛び込んだのだ、車とサトルの間に。
(ばかやろう・・)
ぐっと肩に手を置いた。
(サトルにはまだ生きてほしいから)
(それでも・・またお前がいなくなるなんて・・・)
サトルはまた泣いていた。
(もともといたらいけなかったのよ、あの事故から)
(いやだ!)
(サトル・・・)
(いやだ・・いなくならないで・・猫の姿でも・・いいから)
私の体を抱きよせた。
(そんなこといわないで。どうせ、もうすぐ猫から魂抜けるところだったんだし)
(!)
(もともと期間限定。少し、天国に行くまでに猶予をくれたの。それも・・もう終わりだった)
だからどうせ、私は彼の前からいなくなることはすでに決まっていた。
(サトルにはさ、ちゃんと前向いて生きてほしいって伝えたかったの)
猫だったから声にならなくて大変だったけど。
(私の事忘れろとも忘れないでとも言わない。たまに思い出してくれれば私はそれで十分)
(ミヤ・・)
(だからね、サトルはこれからいっぱい勉強して、いっぱい恋もして、たくさんの経験をして、結婚して子供つくって、孫にもあって、それから・・私に会いに来てよ。俺はお前のできない分これだけ人生楽しんでやったんだって)
自慢話でかまわない。
(サトルはサトルの人生ちゃんとやるんだよ)
ギュッと私の体に回る手に力が入る。
(・・・ありがとう・・)
サトルは言いたいこともきっとあったはずだ。でも・・こらえてくれた。私のために。
(サトル、大好きだよ)
(俺もミヤが好きだよ)
(うん、よかった・・・やっと・・伝えられたね)
私の体はサトルの手を通り抜けて何かに吸い込まれるように遠ざかろうとしていた。
(元気でね、バイバイ)
(・・違う)
サトルが私の手をギリギリでつかんだ。
(またな)
(!!・・・うん)
泣くな・・泣いちゃだめ。最後は笑顔で終わらせたい。
(またね。サトル)
(ああ、自慢話、楽しみにしてろよ)
サトルも泣くまいと笑って見せた。
(うん、ありがとう)
そして私の体は消え、彼の魂も体へと戻った。
数日後、サトルは猫の体がクッションになったせいか怪我も大したことなく退院していた。
ニャア
「おう、よかった。お前も無事だったのか」
猫は体を包帯でぐるぐる巻きにされていたが、しばらくすれば動けるようにもなるそうだ。
「・・・ミヤ・・はもういないんだな」
そう、もう猫の中に私はいない。
「名前・・決めないとな」
何がいい?とサトルは猫に聞く。
ニャー
「ニャーじゃわかんねえよ。そーだなー・・」
彼は悩みながらも愛おしそうに猫に触れた。
「どうしようか」
悩んでいる、でも・・それでも彼は前を向いて生きている。
もう、大丈夫だね。私がいなくてもサトルはしっかり一歩一歩生きていけるだろう。
「よし!」
彼は猫の目をまっすぐ見て決めた猫の名前を言った。
それを聞いて猫はうれしそうに
ニャー!
とないた。
ありがとうございました。