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守り人  作者: 藤堂阿弥
9/10

春宵一刻値千金

「ほう」

アルフォードは目の前の相手を見て目を細めた。


「気配をたどって来てみたが…これは、これは」

突然現れた男に驚いた彼らだったが、すぐに身構える。ソレを見てこういった状況に慣れていることが伺え、男は笑みを深くする。

「結界があったはずだが」

「ああ、何かあったな」

それがどうしたと嘯く相手に渡辺は眉を寄せた。

「…目、と力か。この世界では難儀な代物だな」

「放っておいてくれないかな?少なくとも君たちのような『モノ』の相手をするには困る力ではないけどね」

くすくすと笑いながら井上は言う。しかし、その瞳は笑っていなかった。


「彼は敵ではないわ」


突然聞こえた声に、その視線が集まる。

「久遠!」

「どうしてっ!」

慌てて彼女を庇うように渡辺がその傍へと行くが大丈夫、と美冴は笑う。


ふと男に視線を移して彼らは驚いた。

驚愕に見開かれた瞳、微かに震える体。


「随分と人間くさくなったこと」

臆することなく男の傍へと彼女は向う。

「…リア?」

「美冴よ。久遠 美冴…ミリアムという名もあるけどね…どこまでいっても、その愛称がつきまとうみたいだわ」

暫く息を止め、美冴を凝視していたアルフォードだったが、やがてそっと彼女の体に腕を伸ばし包み込んだ。

「亜衣は『トワ』に跳ばされたの?」

「ああ…」

ふぅ、と大きく息を吐くと後ろの青年たちに向けて苦笑する。同じように彼らに視線を向けると美冴は「ごめんね」と言いながら傍らの青年を見上げ微笑んだ。


「友人よ。…前世にいた世界での」

「今だってオトモダチだろう?」

ゆっくりと彼らを見渡し、男は優雅に腰を折る。

「俺の周囲は『アルフォード』と呼ぶ。これでも妖魔のはしくれだ。リアの…美冴の友人でもあり、お前さんたちが探しているアイが居る次元からやってきた」

「その名を使ってくれているのね」

「人の世で名乗るのはこの名前しかない」



「…久遠」

こほん、と咳払いをして井上が声を掛ける。

「気持ちは判らないわけではないが、もう少し僕たちにも分かるように説明してくれないかな」

「悪いわね。転移をさせて疲れてるところなのに」

亜依の事で井上に無理を言ってテレポートしてもらったのだ。流石に距離が距離だけに相当な疲労が伴ったはずだ。大きく息をついてソファに座ると、渡辺もその隣に腰を降ろす。


向かい側に座った美冴の背後にアルフォードは立った。

「悪いな、彼女に関してはここが俺の場所になる」

美冴は静かに微笑むと、友人たちへと向き直った。

「こことは違う次元に…パラレルワールドとでも言っていい世界に『トワ』という国があるの」

どこか懐かしむ表情で彼女は語る。

「そんな説明でいいのか?」

「大丈夫。このテの話には慣れている人達だから」

青年たちを見ると、それぞれ複雑な表情を返してきた。


「アルフォードという名は、その頃の私の3人居た兄のうちの一人がつけた名前なの」

「俺が人の世界で初めて出会った『人間』だ」

「そして、日向は今そこに居る、ということか?」

渡辺の言葉にアルフォードは是、と答える。



「彼女は偶然『巻き込まれた』だけだ。巻き込んだ相手を探し出して、この次元を教えてもらった。俺がここに来たのは、今の俺の主が向こうの世界でアイの後見的立場にいるからだ。だがら、本人を連れてくる前に場所の下見を兼ねてやってきた」

まさか、会えるとは思わなかったが。そう美冴に囁きかけると、男は青年たちへと向き直る。

「この世界と『トワ』が位置する次元は、殆ど対極にあるようなものだが、時間率はほぼ同じだ。と、いうことはこちらで流れた時間の分、向こうでも過ぎていると考えてもらっていい」

「おばあさんになった日向さんに会わずに済んだ、ということだね」

「歳をとった自分を見られずに済んだ、とも言う」

どんな形にしろ探していた人物の消息がわかったことで部屋の中の雰囲気が明るいものになった。

「それで、彼女を一緒に連れてこなかった訳は?他にあるんじゃない?」

「相変わらず聡いな」

口調はふざけていても、アルフォードの眼差しは真剣だった。小さく息を吐くと、少し困った口調になる。





「彼女があちらに来て二ヶ月…最初に出会った相手がよかったのか、悪かったのか」

「ああ、彼女は恋をしたんだね」

にっこりと笑って言う井上に、アルフォードは肩を竦める動作をすることで応える。

「たかが二ヶ月…されど二ヶ月」

やれやれと息を吐きながら渡辺は苦笑する。自分たちが右往左往している間、当の本人は日常を過ごしていた、というわけだ。

「ちなみに相手は…といっても俺たちの知らない男だよな」

「グレイフォードの血筋だ」

あら、と美冴が零した言葉に友人たちが顔を向ける。可笑しそうにひとしきり笑って、彼女は口を開いた。

「さっき言っていた兄たちの一人が起こした家系なのよね」

「そう、アルバートの子孫だ。外見はよく似ているぞ。だが、百倍は真面目な奴だな」

「真面目なイケメン…確かに好意を持つには相応しい相手だね」

「でも、亜衣はメンクイでは無かったと思うけど?」

井上と美冴の会話に渡辺が呆れたような顔をする。

「好きな人が居るから、こちらに戻ってくることを渋っている、というわけでもないわよね?」

「…言っただろう?俺は下見に来ただけだ。まだアイはこの事を知らない」

微かに彼らは眉を顰める。やがて、三人を代表するかのように井上が口を開いた。

「理由を聞かせてもらえるかな?」



「ひとつは、場所を確認するため。道案内する者が、行き先が分かりません、じゃ話にならないだろう?…そしてもう一つは…」

「周囲の確認?」

くすり、と笑って美冴は立ち上がると台所に消えた。すぐに戻ってくると、その後ろには二人の後輩がトレイを持って付いてきた。


「気配は感じていたが…また稀有な存在をつれてきたな」

頬を緩めると男は先ほどまで美冴が座っていたソファに身を沈めた。


「そう、アイの身辺がどうなっているか。時間軸が同じということは、向こうに居る間こちらでは居なくなっている、という事になる。行方不明になっている人物が突然現れたら普通騒ぐだろう?だから、こちらの空間の状況を確かめたかったから、というのが大部分の理由だな」

今までの話を聞いていたのだろう、新たに加わった二人は口を挟むような事はしなかった。

「ああ、それなら心配ない。日向は留学・・・他の国に勉強に行っている、という事になっている」

紅茶に口をつけると渡辺が静かに笑った。


「時間稼ぎなら、ご心配には及びません。ひとつお聞きしてもいいですか?」

床にじかに座った葎の隣に同じように腰を下ろした佐藤は、アルフォードにしっかりと視線を合わせた。

「その『トワ』という場所の治安はどうなっていますか?日向に危険はありませんか?」

軽く目を見開いてから、男は隣に腰を降ろした美冴へと視線を移す。

「トワはある意味発展の無い・・・というか、こちらの世界に比べると発達なんかの意味じゃ、とても緩やかな、停滞しているといっても過言じゃない世界だ。だから、エドワードの頃とかわらねぇよ」

あらあらと美冴は笑い、怪訝そうな友人達に説明する。

「治安は悪くないと思う。けどね、文明的背景はヨーロッパの中世に近いわね。近代社会においての治安とは比較できないんじゃないかな?色々な意味で違いすぎるから」

「良好とはいえないわけだね」

「俺は主もちだからな。自分の主人とアイが同時に危機に陥ったら、当然主人を優先する。例えそれが主人の意にそぐわないことだと分かっていても、だ。それはカークにも言える事だけどな」


「カーク、という名前なのか、日向の想い人」


渡辺の呟きにやれやれとやっていた井上だったが、なにかに気づいたように顔を上げると意地の悪い笑みを浮かべた。

「その意味あいだと、向こうもまた日向さんを憎からず想っている、ということかな?」

「傍で見ていると面白いぜ?どっちも自分なりの理由、というか言い訳があるから踏み出そうとしない。本人達はお互い片思いと思っている両想いってやつだな」

「フォウってば悪趣味」

「懐かしい呼び方だな」

ぼそり、と呟いた美冴に向ってアルフォードが笑う。同じ『アル』がつく兄を持っていた幼い少女が男を呼ぶときに使う呼び名。






「・・・こいつを貸そう」

暫く考え込んでいた渡辺が、懐から出した一枚の紙に呪を唱えると現れたのは一匹の白い獣。

「面白いモノを飼っているな。我らの存在に近くて遠い。生きているが生きていない」

「これなら、同じように次元を行き来できるだろう。だが、日向では無理だ」

「ああ、俺がフォローしても一往復がせいぜいだ」


彼らはどれほどの『モノ』を見てきたのだろう、とアルフォードは思う。この世界において違和感無く話が通じるということは返せば、この世界で通常では考えられない場面に遭遇してきた、という事だ。それも一回や二回ではないだろう。



また、こんな世界にお前は関わっているのか。



傍らに座る美冴を見てアルフォードが微かに眉を顰めた。あの男と和解が進めば自分の存在は必要なくなるだろう。亜依と違い行き来が自由な自分ならば、彼女の傍にいるのも良いかもしれない。

心優しいあの姫君なら、理由を話せば「契約」を解除してくれるだろう。


「決めるのは日向さんだしね」

井上の声に男ははっと我に返る。そして自分が一瞬でも陥った考えを心の中で嘲笑う。

例え何があっても守り抜く。幼い少女に誓ったのは他ならぬ自分自身だ。


「ボクたちが、ここで何を言っても始まらない。戻るも残るも本人が決めるしかない。とりあえず、居場所と無事が分かって良かったよ」

「『ほむら』は日向に一番懐いている。次に葎。本来の主である俺は3番手、という式神にしては頭の痛いヤツだがそれなりに力も持っている。それに、コレがいれば俺が日向の居場所が分かるから、何かあった時に『式』を跳ばせる」

葎、という名に男は反応し彼女へと視線を移した。

「あんたが噂の『りっちゃん』か」

不思議そうに顔を傾げる彼女に男は穏やかな視線を向ける。

「よくアイから名前が出ていた。…彼女の言う通り、確かに我が主に良く似た資質を持っている」

光栄です、と葎が笑うと男も笑みを深くする。


「ほむら」

葎が呼びかけると、獣は嬉しそうに尾を振り彼女の近くにやってきた。

「亜衣を頼むね。守ってやって」

尾を振り、擦り寄る事で獣は葎に応える。



「さて、と」

立ち上がったアルフォードは同じように立った葎の近くにやってきて深い笑いを見せた。

「会えて嬉しかったぜ」

同じように笑顔を見せた葎は、ふと思いついた様に男に告げる。

「亜衣に伝言を頼めますか?『授業料もったいなくない?』って」

不思議そうな表情を見せた男は、首を縦に振ると、美冴の額に唇を落した。

「じゃあな」

来た時と同じように突然その姿は消えた。気が付くとほむらの姿も無い。






「…唐突なヤツ」

疲れたように座り込んだ渡辺の前に葎が入れなおした紅茶を持ってやってきた。

「しかし、お前が別世界の住人の生まれ変わりだなんて知らなかったぞ」

「言う必要なかったし」

あっさりと答える美冴に、その場の全員が脱力する。そうだ、こういう奴だった、と同級生の二人は溜息を吐く。

「前世が別の次元のお姫様でした。その頃の記憶があります。だなんて、言う必要ある?」

「……ないな」

渡辺の言葉に彼女は満足そうに頷いた。




「ま、ともかく」

場を収めるように井上がカップを手に気障に笑ってみせた。

「日向さんが無事だったことを今は祝おう。あ、御崎さん、お祝いに何か旨い者でも作ってくれないかな?」

「御崎の作るものにまずいものは無い」

「褒めてるのよね、それ。りっちゃん、お願いしても良い?」


苦笑をして葎が立ち上がる。その後を佐藤が続くという、いつものパターンだ。先程もお茶の用意をすべく台所に居た時にアルフォードが現れて、出るに出れなくなっていたところに美冴がやってきたのだ。

日常が漸く戻ってくる。チャンスがあり、選ぶことができるのなら戻ってくる。彼らの知る日向 亜依とはそういう人物だ。



数日後、光の粒子の中現れた友人を彼らは笑顔で出迎えた。








                              













10/29誤字修正いたしました。ご指摘ありがとうございます。

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