晩餐
今日はカレーの日だ。
目の前には黄色いワンピース姿の仔豚がいる。ちょうど林檎くらいの大きさだ。
雑に拭かれたテーブルを舞台にし、皿の間で器用にステップを踏んでいる。
豚の顔の区別はつかない。しかし大きく前脚を振る姿に自信と誇りを感じた。
仔豚が舞うたびにスパイスの香りが鼻を刺してくる。
動かない僕にお父さんが申し訳無さそうに尋ねてきた。
返事はせずに右手を動かす。画一化された一口目が味蕾を刺激した。
美味いが辛い。凄く辛い。辛さは痛みだと何処かで聞いた気がする。
テーブルの対岸では美味そうにスプーンが回っていた。手巻き発電みたいだ。
それが鼻につき、一言だけ不満が溢れてしまった。
お父さんの肩はますます小さくなった。
なんとなくバツが悪くて、僕も発電に参加する事にした。
テーブルでは変わらず仔豚が踊っている。演目は一人きりのタンゴだ。
僕は見ていられなくなってルーだけになったカレーを掻き込む。無理やり通された刺激に喉が悲鳴を上げる。
堪らずコップを手に取り流し込んだ。出来立ての麦茶の薄い風味に空しくなった。
視線を戻すと仔豚は消えていた。
ごちそうさまでした。
今日は牛丼の日だ。
意外な事に今日の奏者は玉葱だった。すらりと伸びた手足を曲げて椅子に座っていた。
彼は澄まし顔で大きなヴァイオリンを演奏している。いや、ヴィオラって言うんだっけ?
凄く偉そうな奴だ。自分が主役だと言わんばかり。
確かに君の存在は重要だけど、君だけでオーケストラは結成出来ない。少しは謙虚さを持った方がいいよ。
お父さんが牛丼に溶かしたチーズを掛けた。それを見た玉葱が、酷く顔を顰め手を止める。
ご飯時に見たい表情ではない。僕は玉葱の顔に触れ、皮を一枚剥いてやる。
彼は元の澄まし顔に戻り、演奏を続けた。もの悲しげな曲だった。
お父さんが不思議そうに尋ねてくる。
食べやすくしただけ。僕はそう答えた。
牛丼は美味しかったが量が足りない。大盛りを頼めば良かった。
箸を置いて手を合わせる。玉葱の姿は何処にも無かった。
果たして一拍子の拍手で満足出来たのだろうか。僕にはわからない。
ごちそうさまでした。
最終日はなんと握り寿司だった。
丸い大桶の中では、色鮮やかな彼ら達の国会が繰り広げられていた。
今日の議題はシャリの味付けについてらしい。国の根幹に関わる重要な会議になりそうだ。
鯵が答弁書を読み上げる。砂糖の割合を現在の2%から4%に引き上げる法案についてだ。
ネタの旨味を引き立てる為の重大な改革であると鯵は語った。
鯛が手を挙げる。議長である甘口のガリが発言を許可した。
それは壮大な江戸前寿司の歴史を破壊する事になる。むしろ砂糖など入れぬべきだ!
鯛の力強い発言に、同意と否定の声が交差する。
どちらの側も譲る気はない。このままでは乱闘になってしまう。
ぐちゃぐちゃに乱れるネタとシャリを想像した所で、鯛はお父さんの口の中に消えていった。
僕は焦る気持ちを隠しながら、もう一貫ある鯛に箸を伸ばした。
寿司の国会は無期限の中止となった。再開が待ち遠しい。
ごちそうさまでした。
「ただいまー」
「おかえりなさい。北海道はどうだった?」
「やっぱり食べ物が美味しかったね。お魚はもちろん新鮮だし、ジャガイモや玉葱もすんごく甘いの。そっちはどう? お父さん、ちゃんと用意してくれた?」
「上手くいかなかったみたい。今キッチンで練習中。僕は寿司を食べれたからいいけど」
「そんなんばっかじゃ無かったでしょうね? 野菜も食べないと駄目よ」
「野菜は性格が悪そうだから嫌だ」
「……なにそれ?」




