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この物語はエピローグである【吹奏楽部】

作者: 狐塚 キキ
掲載日:2026/03/07


 私――相沢(あいざわ)(みお)が、初めて彼の音色を聞いた時、

「あ、普通にすごいな」

 と思った。


 金色の楽器が、窓から差し込む光を反射して綺麗に輝く。

 サックスの明るく華やかな音が、教室に響き渡った。


・・・


「はあ、はあ、は」


 息を切らしながら目の前の背中を追いかける。

 内心、ワクワクしていた。


 同じ楽器を使うもの同士、仲良くなれるはず。


 そのサックスはどこで習ったのか、それとも独学なのか。

 他にもできる楽器はあるのか。他にも趣味はあるのか。


「ねえ!」


 期待に胸を膨らまし、彼に声をかけた。


・・・


「――」


 その一言が、私の頭を殴りつけた。

 頭真っ白で動けなくなっている私を置いて、彼――朝比奈(あさひな)(りつ)は歩き出した。


 ――知らない。ただの暇つぶしだ。


 朝比奈律の一言。

 初対面の第一声だ。


 もちろん、吹奏楽部全員に対する挨拶でも声は聞いていたけれど……。


 ずっと頭に残り続けた一言。

 ボーっとしたまま教室に戻って、友人二人と昼食をとった。


「ねえミオ、何でボーっとしてんの?」


 なんかあった? と心配そうに顔を覗き込んでくる。


「転校生の……朝比奈さんが、すごすぎて……」

「は? アンタ知らないの?」


 隣でサンドイッチを食べていた友人が目を見開く。


「音楽のみならず、美術、勉強の面でも抜きんでた才能を持つ、天才少年だよ!? 名前検索してみ? めっちゃ出てくるから」


 少年と呼んでいい年齢なの……?

 そう呟いてコンビニのおにぎりを一つ食べた。


 否定された気がした。


 小学生のころからの努力が。理解してくれない友達がどんどん離れていく中で、一人サックスの練習をすることの寂しさが。

 全部耐えて、ここまで来たのに。


 それがあんな――暇つぶし扱いされて。


 あいつの無表情を思い出す。

 机の下で密かに拳を握り、涙の代わりに浮かび上がってくる怒りにならない微妙な感情が、心の全てを支配した。


・・・


 自分の部屋の壁にはってある、自分の成長録を見た。

 初めてサックスを触った日の写真。音を出そうと踏ん張ってる写真……サックス関連の写真が、壁一面に貼られていた。


 小学生のころからの日記を開いても、サックスのことばかり。


『今日はサックスを綺麗に吹けた気がする』

『サックスの音がうるさいってお母さんに怒られた』

『サックスのレッスンで先生に褒められた』

『今日、りこちゃんに「サックスのことばっかりでつまんない。友達やめる」って言われた』


 ――知らない。ただの暇つぶしだ。


「っ」


 日記帳を勢いよく閉じ、サックスを手に取った。


 何度音を鳴らしても。何度練習をしても。

 息が切れるまで吹き続けても。うるさいって怒られても吹き続けて。


 それでも追いつけない。


 彼のようにできない。


「ふざけるな!!」


 感情に任せてサックスを振り上げた。――でも、床に叩きつけることはできなかった。

 力なくその場に座り込んで、膝を抱える。


「――ぅ゙あああああああああああ!!!」


 泣いてるのか叫んでるのか、自分でも分からなかった。


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