この物語はエピローグである【吹奏楽部】
私――相沢澪が、初めて彼の音色を聞いた時、
「あ、普通にすごいな」
と思った。
金色の楽器が、窓から差し込む光を反射して綺麗に輝く。
サックスの明るく華やかな音が、教室に響き渡った。
・・・
「はあ、はあ、は」
息を切らしながら目の前の背中を追いかける。
内心、ワクワクしていた。
同じ楽器を使うもの同士、仲良くなれるはず。
そのサックスはどこで習ったのか、それとも独学なのか。
他にもできる楽器はあるのか。他にも趣味はあるのか。
「ねえ!」
期待に胸を膨らまし、彼に声をかけた。
・・・
「――」
その一言が、私の頭を殴りつけた。
頭真っ白で動けなくなっている私を置いて、彼――朝比奈律は歩き出した。
――知らない。ただの暇つぶしだ。
朝比奈律の一言。
初対面の第一声だ。
もちろん、吹奏楽部全員に対する挨拶でも声は聞いていたけれど……。
ずっと頭に残り続けた一言。
ボーっとしたまま教室に戻って、友人二人と昼食をとった。
「ねえミオ、何でボーっとしてんの?」
なんかあった? と心配そうに顔を覗き込んでくる。
「転校生の……朝比奈さんが、すごすぎて……」
「は? アンタ知らないの?」
隣でサンドイッチを食べていた友人が目を見開く。
「音楽のみならず、美術、勉強の面でも抜きんでた才能を持つ、天才少年だよ!? 名前検索してみ? めっちゃ出てくるから」
少年と呼んでいい年齢なの……?
そう呟いてコンビニのおにぎりを一つ食べた。
否定された気がした。
小学生のころからの努力が。理解してくれない友達がどんどん離れていく中で、一人サックスの練習をすることの寂しさが。
全部耐えて、ここまで来たのに。
それがあんな――暇つぶし扱いされて。
あいつの無表情を思い出す。
机の下で密かに拳を握り、涙の代わりに浮かび上がってくる怒りにならない微妙な感情が、心の全てを支配した。
・・・
自分の部屋の壁にはってある、自分の成長録を見た。
初めてサックスを触った日の写真。音を出そうと踏ん張ってる写真……サックス関連の写真が、壁一面に貼られていた。
小学生のころからの日記を開いても、サックスのことばかり。
『今日はサックスを綺麗に吹けた気がする』
『サックスの音がうるさいってお母さんに怒られた』
『サックスのレッスンで先生に褒められた』
『今日、りこちゃんに「サックスのことばっかりでつまんない。友達やめる」って言われた』
――知らない。ただの暇つぶしだ。
「っ」
日記帳を勢いよく閉じ、サックスを手に取った。
何度音を鳴らしても。何度練習をしても。
息が切れるまで吹き続けても。うるさいって怒られても吹き続けて。
それでも追いつけない。
彼のようにできない。
「ふざけるな!!」
感情に任せてサックスを振り上げた。――でも、床に叩きつけることはできなかった。
力なくその場に座り込んで、膝を抱える。
「――ぅ゙あああああああああああ!!!」
泣いてるのか叫んでるのか、自分でも分からなかった。




