懐かしい気持ち 【月夜譚No.386】
掲載日:2026/01/25
あの頃は毎日本屋に通っていた。本が並ぶ店内はいつだって心浮き立つテーマパークのようで、毎日新たな発見があった。
趣味が読書と公言していた彼女が頻繁に本屋にいても怪しむ知り合いはおらず、単純に本に囲まれていたいという願望も勿論あった。けれど、一番の目的がそれでないことを知っているのは、彼女自身だけだった。
「シリーズの最新刊、今朝入荷したよ」
棚を見上げる彼女に、脇から一冊の本が差し出される。見ると、隣のクラスの男子生徒がエプロン姿で立っていた。
「ありがとう」
それを受け取った彼女の顔を一瞬だけ見て、彼はレジに戻っていく。なんだか少し名残惜しいが、当時はまだ引き留める術を持っていなかった。
高鳴る胸と熱を持つ頬。あの感覚を思い出す度、気持ちがくすぐったくなる。
少しの恥ずかしさと愛おしさに苦笑を漏らして、彼女は本を机の上に置く。擦り減った角を指でなぞって、余韻のようにまた口元が弛んだ。




