破棄する婚約がないのに、婚約破棄をされたんですけど?!
「エルミーユ・ヴィルヌーヴ! 貴様との婚約を破棄する!!」
「え?」
突然、名指しで指さされた伯爵令嬢エルミーユは呆けた声を出してしまった。
少し離れた場所で彼女の名を叫んだのは、ピエール・ランシアン公爵令息。
彼に腰に手を回されてうっとりとした表情をしている令嬢には見覚えすらない。
ざわめく周囲の声を聞きながら、引きつる頬をなんとか押さえつけエルミーユは異を唱える。
「お待ちください。人違いでは? 婚約破棄も何も、破棄する婚約が存在いたしません」
現在十五歳の彼女に婚約者は存在しない。婚約破棄を告げてきたピエールとは会話をしたことすら数えるほどしかなかった。
つまり、破棄される婚約などあるはずがないのだ。
(私が知らない間にお父様が……?!)
ぱっと人ごみに視線を向けると、彼女の父が慌てた様子でぶんぶんと首を左右に振っている。
(婚約の事実はない)
それを確認し、エルミーユは再びピエールへと視線を戻す。
得意げな彼が婚約破棄騒動を起こした理由を考えなければならない。
下手なことを言われる前に、先手を打つために。
(考えるのよ! 最近のピエール様の噂を思い出して!!)
必死に脳内で思考を巡らせる。噂好きの令嬢たちが囁いていたピエールに関する話。
(少し前から歌劇場に足しげく通っていると……っ。歌劇場の今の流行が「断罪」だわ!)
王都で一番有名な由緒ある歌劇場で、最も注目を集めている演目は「婚約者」から「悪役令嬢」と断罪された令嬢が涙ながらに立ち去り、「婚約者」と「身分の低いヒロイン」が結ばれる、という内容だ。
(っ。ということは、あの令嬢はだれ……? もしかしたら平民かもしれない)
ピエールの隣で勝ち誇った表情を隠しもしない少女の顔に覚えがない。
伯爵令嬢であるエルミールは貴族社会では上でも下でもなくほどよく中の立ち位置だ。
だからこそ、上は公爵から下は男爵令嬢まで幅広い交流を持っている。
そんな彼女に見覚えがないということは、自然と出自は限られる。
(あるいは地方出身のご令嬢? いいえ、それは問題でなくて! この局面をどうするかよ!!)
このまま流れに身を任せれば『悪役令嬢』として『断罪』されることになりかねない。
そんなことになれば、風評に傷がつくどころの話ではない。今後の人生を棒に振ることになる。
自然と険しい表情になったエルミーユに、ピエールが声高らかに告げる。
まるで歌劇役者にでもなかった気なのか、歌うような可笑しな抑揚をつけて。
まずい、と思った彼女が声を上げるより、ピエールが口を開く方が本当に少しだけ先だった。
「お前は私がアリゼを愛することに見苦しい嫉妬をして、可憐な彼女に数々の嫌がらせをした! そんな悪女は公爵夫人に相応しくない! よって私はお前を断罪し! 婚約を破棄するものとする!!」
(どうするどうするどうする! 反論するのは簡単よ! でも! 場の雰囲気が……!)
明らかに周囲はピエールの言い分を信じている。
それも仕方のないことだ。相手は公爵令息。
一方、エルミーユは伯爵令嬢で、それも次女。
発言力には雲泥の差がある。
(言い返したとして、でも不興を買ったら? それこそ家族に迷惑をかけてしまうわ……っ)
ピエールの実家であるランシアン公爵家は過去に王家から降嫁した王女を迎えているほど由緒正しい家柄だ。
下手に敵に回してしまっては、今後ヴィルヌーヴ伯爵家が立ちいかなくなる可能性がある。
ぎゅっとドレスを握りしめる。
しわになってしまうだろうが、そんなことを心配する余裕などない。
(詰んでる……! なにを言っても意味がない!!)
自身が置かれた盤面を正確に理解し、顔色をなくしたエルミーユにピエールは自信満々に最後通牒を突き付ける。
「でていけ! お前の顔など、みたくもない!!」
(落ち着いて、私。ここはいったん引き下がる。でも、絶対に)
許さない。
憎悪を瞳に宿らせて、それでも優雅にエルミーユはカーテシーをする。
握りしめたドレスの皺が見えないようにその部分をつまみ上げ、頭を下げた。
言葉を発する気にはならなかった。だから、そのままくるりと背を向ける。
カツカツと普段は気を付ける足音を高らかに響かせたのは、その方が少しは『悪役令嬢』らしいかもしれないと思ったから。
(私を悪役令嬢だというのなら。悪役令嬢らしい復讐を、必ずしてみせる)
内心で覚悟の炎を燃え上がらせ、夜会の会場を後にする。勝ち誇った笑い声が、酷く耳障りだった。
エルミーユは『どうして、ありもしない罪で断罪される対象に選ばれたのか』ということを、帰りの馬車で延々と考え続けていた。
屋敷に戻り、メイドの手を借りてドレスからネグリジェに着替えた彼女は、ソファに座ってそれこそずっと思考を巡らせ続けている。
(私が不興を買った? 不興を買うほどのやりとりはしていないはず。では、お姉様? あるいはお母様? ……一番可能性が高いのはお父様ね)
現在、王国は次代の王位の継承者で争っている。
ピエールの父、ランシアン公爵はわかりやすく第一王子派閥。
一方で、エルミーユの父、ヴィルヌーヴ伯爵は中立の立場を保ち続けている。
(派閥争いに巻き込まれたお父様のとばっちり、というところかしら)
それ以外に心当たりがなさすぎる。消去法で答えを導き出して、彼女は深い溜息を吐きだした。
父を恨むつもりはないが、この先の貴族社会での立ち回りがずいぶんと難しくなった。
(婚約破棄をされた適齢期の令嬢の末路は――考えるまでもないわ)
王族の派閥争いで中立を保つために、同じ中立派に婚約者がいた姉は問題なく嫁げたが、エルミーユの婚約者探しは難航していたのだ。
第一王子派にも第二王子派にも属したくない。そんな父の意向だった。
だが、こうなってくると話が変わる。
(よくて先妻に先立たれた方の後妻、悪くて年が離れすぎている人の妾。どっちも嫌ね)
眉を顰めて未来を憂う。再びため息を吐き出した彼女は、視線を窓の外へと向けた。
とっぷりと暮れた夜空は曇っていて星も月も見えない。
どころか、曇天からはいまにも雨が降り出しそうな気配がする。まさに今の彼女の心のようだった。
ぱん、と両手で頬を叩く。弱気になっている場合ではない。
(考えるの! どうしたらあのくそ野郎たちに一矢報いられるか!)
泣き寝入りなど絶対にしない。気持ちを切り替えて、夜を徹して彼女は思考を巡らせ続けた。
茶番劇の断罪から一週間が経とうとしている。
あの夜会の日から、明らかにエルミーユは腫れもの扱いをされていた。
お茶会に出席しても遠巻きにひそひそとされ、夜会に出れば好奇の目にさらされる。
そのたびに「絶対にやり返してみせる」と決意新たにしているのだが、具体的な方法もチャンスもめぐってくることなく、寝る前にはため息をつくばかりだ。
父からは平謝りをされたが、謝罪で解決するわけでもない。
苦悩する彼女に手を差し伸べたのは、突然来訪した予想外の客人だ。
「やあ、いきなり押しかけてすまなかったね」
お忍びでヴィルヌーヴ家を訪れたのは、第二王子フェリックス・ロドリーグ。
応接室に通された彼は、エルミーユに用があると告げたらしい。彼女が応接室を訪ねると、リラックスした様子で足を組み、片手を上げた。
出された紅茶に手を付けた様子がないのは、毒を警戒しているからだろうか。
「お久しぶりです、フェリックスさま。エルミーユ・ヴィルヌーヴです」
ドレスの裾を持ち上げ、綺麗なカーテシーをする。
何度か夜会などで会話を交わしたことはあるが、一対一で話すのは初めてだ。少しの緊張が体を支配していた。
「そんなに硬くならないで。今日は取引をしに来たんだ」
「取引、でございますか?」
「ああ。ひとまず座って」
促されて対面のソファに腰を下ろす。
執事が淹れてくれた紅茶の入ったティーカップを前に、彼女は「それで、取引とは」と問いかける。
「すまない、その前に人払いをお願いしてもいいかな」
「畏まりました。みんな、下がってちょうだい」
控えている執事とメイドに声をかける。フェリックスの望みとあって、すぐに彼らは退室した。
本来、婚約者同士でもない適齢期の男女が部屋に二人きりなど避けるべきだが、フェリックスの言う『取引』を聞くためには仕方ない。
「君はいま、苦境に立たされているだろう?」
「はい。少し前に騒動がありましたので、その影響で」
さして気にしていないように答える。
本当はめちゃくちゃ腹が立って仕方ないが、それをフェリックスに告げても仕方ない。
だが、彼は面白そうに唇を吊り上げる。忖度をしない言い方をするなら『悪い顔』をしていた。
「僕たちは良きビジネスパートナーになれると思うんだ」
「と、仰いますと?」
迂遠な言い回しにエルミーユは先を促す。ティーカップとソーサーに手を伸ばした彼女の前で、フェリックスが手を組んだ。
「ランシアン公爵家を失脚させたい」
「!」
動きが止まる。
伸ばした手をそのままに、視線をティーカップから目の前のフェリックスへと向けると、彼は穏やかな笑みを浮かべながらも瞳に戦意を灯していた。
「私が義兄上と王太子の座を争っているのは知っているね?」
「はい、存じています」
第一王子は側室の子だ。
方や第二王子のフェリックスは正妃の子。産まれたのは半年の差で、年齢は十八歳と同い年。
状況が後継ぎ争いをややこしくしている。
その程度の情報はエルミーユのような政争とは無関係の令嬢の耳にも届いている。
手を引っ込め、背筋を伸ばした彼女にフェリックスは甘い笑みを浮かべて笑う。
「条件は一つ」
涼やかな声音が楽しげに言葉を紡ぐ。ピエールの音の外れた高らかな声よりよほど聞き取りやすい。
「ヴィルヌーヴ伯爵家には、私の派閥に入ってもらいたい」
「即答しかねます。私では判断できません」
魅力的な提案ではあったが、家に関わることはエルミーユには判断権がない。
首を横に振った彼女に、けれどフェリックスは笑みを深める。
「伯爵にはすでに話を通してある」
「お父様が……?」
中立を保ち続けた父の意外な決断に彼女が僅かに目を見開くと、フェリックスが軽く肩をすくめる。
「伯爵は娘をコケにされたとお怒りのご様子だ。快く承諾してくれたよ」
「……なぜ、我が家なのですか」
「うん?」
そっと疑問を口にする。
フェリックスの底知れない瞳をまっすぐに見つめて、エルミーユは唇を開く。
「我が家は伯爵家です。フェリックス様が目をかけるほどの地位はないように思います」
「人柄かな」
意外な言葉に瞬きをした彼女に、彼は穏やかに微笑んだ。
組んでいた足を変えて、彼女が把握しきれていない政争の関する情報を口にする。
「君の父上は確かに伯爵位だが、穏やかな人柄と公平な判断で多くの貴族に慕われている。ヴィルヌーヴ伯爵を陣営に引き込めれば、彼が下した判断なら、と多少ならずの貴族が私の派閥へと靡くだろう」
父親の公平な人柄は知っていたが、そこまでの影響力をもっているとは思っていなかった。
同時に、もう一つの意図に気づく。
(第一王子派閥の爵位の高さに、数で対抗しようというのね)
第一王子の派閥にはランシアン公爵家を始めとする、高位の貴族が集まっている。
対して第二王子は伯爵から男爵までの貴族の数で対抗するつもりなのだ。
もちろん、彼に味方する高位貴族がいないわけではない。
(数は力だと家庭教師の先生も仰っていた)
にこにこと微笑み続けるフェリックスに、エルミーユは内心で納得した。
同時に、この取引に乗る決断を下す。
「ぜひ、お力添えを頂きたく思います」
頭を下げた彼女に、フェリックスは優しく微笑み続けていた。
フェリックスと手を組んでから一か月後。正妃主催の夜会に招待された。
もちろん、エルミーユの希望にのっとってピエールとアリゼを懲らしめるためにセッティングされたものだ。
来場者で一番位の高いフェリックスの入場は最後だ。
彼にエスコートされるエルミーユもまた然り。
今日のために仕立てた最先端の流行を取り入れたドレスを身に纏い、フェリックスから贈られたアクセサリーを身に着けて着飾った。
今日の彼女は『伯爵令嬢』ではなく『第二王子の婚約者候補』なのだ。
一晩限りの『偽装婚約』の契約をしたのである。
「心の準備は出来ている?」
「もちろんです」
穏やかに問いかけられて、笑みを浮かべてエルミーユは頷いた。
彼女の返事を確認し、フェリックスが歩き出す。エスコートされながら会場に足を踏み入れると、一気に空気が華やいだ。
きらきら輝く豪華なシャンデリア、鏡のように反射する大理石、流行を取り入れつつも騒がしくはない音楽。
正妃主催の夜会とあって、普段以上に気合を入れて身だしなみを整えている紳士と淑女。
注目を一身に浴びながら、凛と背筋を伸ばして足を進める。
普段、令嬢をエスコートしないフェリックスが堂々と連れているエルミーユの姿に人々がさざめく。
奥の方に驚愕の表情をしているピエールと、眉を顰めているアリゼの姿を見つけた。
フェリックスが自然な足取りでそちらへ赴く。
「やあ、久々だね。ピエール」
「お久しぶりです」
にこやかに笑って話しかけたフェリックスに、ピエールが表情を取り繕って挨拶を口にする。
彼の隣のアリゼはまだ表情が戻らない。
(経験の差ね)
内心でため息を吐きつつ、エルミーユは軽やかに笑った。
「今日はピエール様にお礼を伝えに参りましたの」
「礼だと?」
「ええ、貴方が『婚約破棄をしてくれた』おかげで、殿下の目に留まりましたから」
エルミーユの挑発にピエールの顔色が変わる。口を開きかけたピエールより早く、フェリックスが言葉を重ねた。
「彼女のことがずっと気になっていたんだが、中々機会に恵まれなくてね。あの断罪劇は正直助かったよ」
「……殿下はずいぶんと女性の趣味が悪くてらっしゃる」
辛うじて絞り出しているとわかる低い声。
普通に考えれば不敬な発言だが、フェリックスは気にした様子もなくすらすらと言葉を紡ぐ。
「この国の王妃には、悪女と呼ばれる程度に芯を持つ女性が相応しい。そうは思わないか?」
「……」
ピエールとアリゼに対してだけではなく、周囲で聞き耳を立てている貴族たちに向かっても告げられたセリフ。
さらに彼は憂うように視線を伏せ頭を横に振った。
「むしろ私としては――人を陥れて笑う者たちのほうが、趣味が悪いと感じる」
「っ」
嘆かわしい、と続けたフェリックスにピエールとアリゼが肩を揺らす。
心当たりがあります、と態度で雄弁に語る二人にエルミーユは内心で呆れかえってしまう。
「そういえば、不思議なお話がありますの」
「どうしたんだ、エルミーユ」
「『婚約破棄』をされてしまいましたが、そもそも『婚約』を結んだ心当たりがありませんし――その上、面識のないアリゼ様を『虐めた』こともないのです」
以前ピエールがそうしたように、声を高くして歌うように告げる。
名誉挽回のチャンスはフェリックスが用意してくれた。
『伯爵令嬢』ではなく『第二王子の婚約者候補』の今のエルミーユの言葉なら、周囲にも届く。
どよめいたギャラリーに向けて、彼女は悲壮な表情を作って視線を伏せる。
「私はずっと殿下をお慕いしておりましたから……他の男性の婚約者など務まるはずがないのです」
「そうだね。水面下で私たちはずっとやりとりをしていた。エルミーユの婚約者が決まったのであれば、私の耳に入らないのは可笑しい」
さめざめと泣く演技をするエルミーユの隣で、フェリックスが意図的に作った凍り付いた視線をピエールとアリゼに向ける。
二人は周囲の好奇の視線と合わせて、居心地が悪そうに青ざめていた。
「婚約を証明する書類をランシアン公爵家に請求したが、返答がなかった。この場で回答願おう」
「そ、れは……」
逃げるようにピエールが視線を逸らすが、逃がすはずがない。
泣き寝入りはしない。その上で、売られた喧嘩は百倍返しにすると決めているのだ。
「わ、私は! アリゼに唆されたのだ!」
苦し紛れに発された責任転換に、エルミーユは本当に呆れてしまった。
表情に出す愚は犯さないが、仮にも愛して傍に置いた女性に全部の責任を被せるピエールは本当にどうしようもない。
「あたしではないわ!! あたしは! 公爵家に嫁げるならそれでよかっただけ!!」
ヒステリックに叫んだアリゼの姿を見て、今更ながらエルミーユは察した。
彼女は歌劇役者だ。声音に独特の抑揚がある。
貴族社会で見覚えがないのは当然だったのだ。
「うるさい!! 売れない役者のお前に夢を見させてやったんだぞ! 罪を認めろ!!」
「さいてー! あんたに歌劇を教えてやったのに!!」
そのまま喧々囂々の口喧嘩を始めた二人に呆気にとられてしまう。
ここをどこだと思っているのか。さすがに止めたほうがいいだろうか。
そっとフェリックスを見上げると、彼もまた眉を寄せている。
注目の的になっていることに気づくことなく、喧嘩を続ける二人にとうとう主催である正妃が声を上げた。
「うるさいですよ。この場をなんだと思っているのです」
静かだけれど力ある声に、面白可笑しく笑っていた人々が静まり返る。
同時に、ピエールとアリゼも沈黙した。
ピエールが公爵令息らしく慌てて頭を下げたのをみて、遅れてアリゼが一礼する。カーテシーすら知らないらしい。
エルミーユがドレスの裾を持ち上げ淑女の礼をすると、カツカツとヒールの音を響かせて正妃が近寄ってくる。
「エルミーユ、冤罪の件は耳にしています。災難でしたね」
彼女にとって天上の人である正妃に優しく声をかけられる。
緊張を表に出さないように注意を払いながら、そっと言葉に応える。
「お気にかけていただき、ありがとうございます」
「我が息子を頼みますね。これからも」
(ん?)
いま、おかしな言葉が聞こえた。
あくまでエルミーユは第一王子派閥の力を削ぐための駒でしかない。
ぱち、と瞬きをしてそっと視線を正妃に向けると、彼女は扇の奥でにこやかに笑っている。
さすが親子、笑みの種類が一緒だわ、などと現実逃避をして、今度は隣に佇むフェリックスを見上げる。
「末永く頼みます、我が婚約者」
「?!」
手袋に包まれた手をとられて、キスを落とされる。喉まで出かかった悲鳴を飲み込むので精一杯だ。
そっとフェリックスの唇が耳元に寄せられる。
他には聞こえない小さな声量で告げられたのは。
「『君のことがずっと気になっていた』は嘘じゃないよ」
「!」
離れるフェリックスの顔を凝視すると、彼は母親とそっくりの美貌でもって甘やかに微笑む。
その表情は、到底演技には見えない。これで演技だというのなら、彼は王子を辞めて歌劇役者になった方がいい。現実逃避のようにそんなことを思考する。
「これからよろしくね。エルミーユ」
(っ!!)
『今夜限りの婚約者候補』から『本物の婚約者』になったことを察して、あまりの事態にエルミーユは意識を手放しかけた。
ふらついた彼女の腰をしっかり支える手によって、嫌でも現実に戻されてしまったけれど。
読んでいただき、ありがとうございます!
『破棄する婚約がないのに、婚約破棄をされたんですけど?!』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも
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