一夜明けて
配信動画の中には魔術師が魔法を使う所を収めたものもあった。マジックアローと叫びながら手を向けると、手のひらから光の塊が打ち出されて獣へと命中。多少の誘導性能もあるようで、避けようとした獣へと曲がってぶつかっていた。
続けて2発、3発と撃ち込んだところで獣が霧散する。
その動画を見て確信する。魔術師は人気職になるだろうと。争いに慣れていない現代人が戦うことを想定したら遠距離から攻撃できるというのはかなりのアドバンテージだ。
アメリカの動画だと銃を使って戦っているものなんかもあったが、日本じゃ猟銃を取得するにも資格が必要。弓矢の類も何らかの制限があるんじゃなかろうか。俺は買おうとした事がないので知らないが。
「と、出勤しないとな」
俺は動画を見ながらで長くなった朝食を終えると出勤する。近場のレンタルサイクルを借りて行く事を思いついたので、それを利用してみた。ネットですぐに登録・利用ができるのは便利だな。
昨日は1時間かけて帰った道のりを20分くらいで到着。スマホの地図に案内されるままレンタルサイクルの駐輪場へと返却。
思ったより早くついたので、ニュースサイトを確認していく。
「早いな」
海外の動画だと地下2階へ降りた様子が配信されていた。地下街を思わせる1階から一転して、自然洞窟の様になっている。
ただその表面が淡く光っていて、真っ暗という事はないようだ。この辺もゲームチックだな。
そこで出現した敵は、獣というよりは人のようだ。二足歩行で向かってきていた。その顔は獣の様な鼻先が伸びたものだったので、不浄の獣人と言う事だろうか。やはり輪郭は下手なCG合成の様に歪んで見えており、生物っぽさはなかった。
地下1階の獣は突進してきて、通り過ぎざまに引っ掻いたり、噛みついたりといったヒットアンドアウェイな攻撃だったが、獣人は足を止めて両手や噛みつきで攻撃してきてサイクルが早くなっていた。
配信者は金属バットで対応しており、リーチの差をいかして腕を払い、的確なダメージを与えて勝利していた。1日で戦い方が洗練されているように見える。
地下2階は獣人しか出てこず、数も1体ずつなので危なげなく進めているようだ。やがて1つの小部屋の中に、石棺の様なものが置かれている場所があった。
上蓋にあたる石の板をスライドさせて中を見ると、幾つかの石と短めの剣が入っている。配信者は迷わず剣を持ち、眼前に掲げて確認していた。
鈍色の刀身は飾り気が少ないが、放置されていたにしては錆もなく、今すぐにでも使えそうだ。
石の方も拾い上げてカメラの前に見せるがよく分からない。握りこぶしほどの塊が3つ、配信者はそれらをリュックへと入れて持ち帰るようだ。
それからバットの代わりに剣を使って戦う様子も撮影されていたが、バットよりもダメージを与えられるのだろう戦闘時間が短くなっていた。
「宝箱からアイテムか。いよいよスタートダッシュが大事になってきそうだな」
出勤してみると職場の話題も大半がダンジョンに関するものだった。
俺の勤務先が元々ゲーム会社だというのもあるが、ゲームで育った世代にとって、ゲーム世界が現実になったとなると気になるのも仕方ない。
「実際、どうなんですかね?」
「どうって何が?」
「こう、世の中? ダンジョンというファンタジーなものが出てきて変わるのかな〜って」
「どうなんだろうな。世界の破滅とか言われてもピンと来ないのが大半じゃないか」
他国の戦争と同じで身近にないと危機感というのは芽生えない気がする。
「でも警告文に不浄の獣が溢れ出すとかあったじゃないですか」
「熊被害と一緒で、自分で目撃するまで他人事だろ」
「先輩、冷めてますね」
内心はそうでもないが、社会人として装っているだけだ。
「今は明確に立ち入り禁止だからな。不浄の獣とやらに出くわす事もないだろうし」
「でも昨日から勝手に入って動画撮ってる奴は増えてますよ」
「全ての入口に警官を配置する事もできないからな。ホラースポット巡り動画の延長と考えてるんじやないか?」
「やっぱ、勝手に入ったら捕まるんすかね?」
入らないでくださいってのは要請であって、法的な根拠はないのか。あるとするなら不法侵入?
ただ実際の土地ではなく、変な空間に飛ばされるみたいだから他人の土地って訳でもないのか。
国有地と言い張るにも現状では無理がありそうだ。
「法律が追いついてない可能性はあるな。でも事件現場なんかでテープ貼ってる所に入っても捕まるか?」
「どうなんすかね?」
「少なくとも動画を撮ったのを配信したりして証拠を残してたら後々捕まるとかはありそうだな」
廃墟に出入りしていた若者が逮捕とかニュースであった気がする。
「ダンジョンで拾得した物の扱い何かもややこしくなりそうだ」
「持ち主はいない想定ですけど何か引っかかりますか?」
「うーん、どうなんだろうな」
俺は法律の専門家という訳でもない。
そういえば沈没船をサルベージするトレジャーハンターがいるとかも聞いたことがある。公海だったら所有権は発生しないのか?
「剣とか拾った時とかもっとややこしいな。銃刀法違反で捕まりかねん」
「そういうのもあるっすね」
「ラノベ展開ならダンジョン省とかできて、出入りを管理とかやってくれるんだろうが」
「法案提出まででも長く掛かりそうっす」
「今でも出現してるダンジョンの入口が多いからな。管理とか無理だろ」
「カメラくらいならすぐに設置できるでしょうけどね」
フード被ってたり覆面姿ならカメラに写っても個人が特定できないだろうしな。
「ま、政府がダンジョンを管理するには時間が掛かるだろう」
「溢れる獣とやらは、どうなるんすかね?」
「動画を見る限りじゃ、近所の住民が倒せなくもないかな?」
覚悟を決めてダンジョンに入った配信者と、急に襲われる住民じゃ心構えからして違ってるから厳しいか。
それこそ熊に遭遇した時と同じで、逃げられたら御の字。丸まって身を守れるかどうかってところかな。
ダンジョンの入口近辺を柵で覆って出てこれなくできればって辺りが妥当か。
「何にせよ、俺達にはどうする事もできないさ」
「……先輩は、ダンジョンの探索に興味はないんですか?」
少し真剣な様子で聞いてくる後輩に少し気圧される。
「もうおっさんだしな。体を使うのは無理だろ」
「そんな年ですっけ?」
「アラフォーだぞ。プロ野球選手でも引退する人が多い年代だ」
「なるほど、鍛えてない先輩じゃ厳しいっすか」
ぐぬぬ、人から言われると悔しいな。
「でも魔術師なら年齢関係なさそうじゃないです?」
「マジックアローとか叫ぶのはちょっと……」
「確かにアレは精神にダメージを受けそうっすね」
いい大人が技名を叫ぶというのは抵抗がある。そういう意味でも魔術師は敬遠気味だな。
「う〜ん、俺の勘だと先輩はダンジョンに潜る気だと思ったんすけどね」
「俺はそこまで無謀じゃないぞ」
「ゲームをやる時、まずは自分で試していくじゃないっすか。攻略サイトとかあまり見ないでしょ?」
「それと何の関係が?」
「ダンジョン攻略、自分で試したいってなるかと」
ぐぬぬ、俺の性格が把握されている。
「まあ先輩は周りに迷惑を掛けたくないから行くとしても1人でって考えでしょうけど」
「それは買いかぶりだよ。保身の方が大事だ」
「そういう事にしておきます」




