ニュースサイトとアプリ
会社から自宅へは徒歩で1時間ほどかかる。地下鉄なら10分ほどの距離だ。バスもあるが、バス停を見ると既に長蛇の列。日本の企業も台風などで交通が止まる事を念頭に、早期に退社させるのが通常になってきていると感じた。
主要道路に沿いながら歩いて帰る。その途中でもニュースサイトや情報サイトを確認していく。
封鎖になった地下鉄の入口は想定よりもかなり多い。一つの駅でも複数箇所で発生している場合もあり、全てに人員を配置するのは困難ということで、通行止めのバリケードが置かれるだけの場所が多いらしい。
帰り道でもそうやってバリケードを設置している駅員の姿が見られた。
中についての情報はまだない。警察が主体となって調査しているとの事だが、発表は行われていない。ただ不用意に入るなとの警告だけだ。
そして警告文にあった様に、ダンジョンは世界中で発生していた。ニューヨークやロンドン、パリ、北京など、主要都市の地下鉄入口がダンジョンへの入口に変わる現象が起こっていた。
そうした中でもアメリカやイギリスなどの動画配信者が早速ダンジョンへと侵入する動画を撮影している。
ダンジョンの中は一見すると普通の地下街に見える。しかし人影はなく、売店なども存在しない。壁や扉だけで構成された空間は、地下街とは似て非なる物と認識させられた。
そうして進むうちに通路に黒い影が現れる。
こちらに気づいたそれは、画面に向かって走り出した。近づいてくるにつれ、中型犬サイズの猫科か犬科かまでは分からないが四足歩行の獣だと分かる。
ただその輪郭は昔のCG合成の様に背景から浮いて見えて、「Fake!」のコメントが連なっていく。
しかし駆け寄ってくる影の迫力は、CGとも思えない。撮影者も徐々に動揺し始めて、画面のブレが大きくなっていった。
その中で撮影者らしき若者が叫ぶ声、打撃音や獣の悲鳴などが激しく揺れる中で聞こえてきて、やがて荒くなった呼吸の音だけになり、撮影者の若者を再び映す。
まくり上げられた右腕には引っ掻き傷や噛まれた様な跡が見え、流血していた。クリケットのバットを出にしていたが、そこを指さしながら何かを言った後、通路の奥を振り返り、慌てて走り出す所で映像は終わっていた。
翻訳ソフトで彼の言っていた言葉を翻訳すると、バットで殴って仕留めたとか言っていたらしい。
自宅にたどり着きすぐにテレビをつけると、某チャンネルを除き、報道特番としてダンジョンや例のアプリについての注意喚起が繰り返し行われていた。
俺が見た動画以外でも負傷者が出ていて、不用意なダンジョンへの侵入は危険だと元自衛官らが呼びかけている。
アプリについても警鐘を鳴らしているのは、個人情報を抜かれる危険があるといった感じだな。アプリを起動すると、そこには個人名が表示される。
そこで疑問が浮かぶのはパソコンにも例のアプリが出現していた点だ。スマホはキャリアと契約する時に身分証が必要だったり個人と繋がっているが、パソコンだとどうなんだろうか。
そう思ってネットを検索してみると、もっと不可解な事象の報告が上がっていた。
なんでもアプリを起動した時に触っていた人の個人名が表示されたという事だ。同じ端末を複数の人間で確認していたら、そんな事態が発生することに気づいたらしい。
となるとパソコンもその時に触っていた人が認識される可能性はある。ノートパソコンなんかはカメラが標準装備になってたり、顔認証を行う事もできるだろうが、デスクトップパコソンだと、個人を認識する手段はない。
そう思って自宅のパコソンを立ち上げると、やはり例のアプリがインストールされていた。
念の為、LANケーブルを抜いてネットワークと遮断した状態で起動する。するとニュースサイトで見た警告文が表示され、画面下のOKをクリックしたらキャラクターのステータス画面が表示された。
そこには鈴木蒼太という俺の名前が記されている。
このパコソンで個人情報を入れた覚えはない。決済関係はスマホで済ませている。強いて言うならログインIDにスマホで使用しているメールアドレスを使っている事ぐらいだが、そこから個人名が漏れてるとなれば、世界的なニュースになっているだろう。
しかも今はネットワークを切った状態。
後は使用者によって名前が変わるかを確認したい所だが、あいにくと同居者はいない。今はいないのではなく、独身なだけだ。
キャラクター画面ではジョブの選択ができるはずだ。戦士、斥候、魔術師の3種類。ラノベなんかだと、あえて無職でプレイして隠しジョブが出てくるとかがあるけど、実際に自分が不利になる状況を選べるだろうか。
俺には無理そうだ。
ただネットのニュースを見ても選んで具体的な変化を感じているのは、魔術師がマジックアローを使えないという感覚のみ。
戦士を選んで動きやすくなったとか、斥候を選んで気配を察せられるようになったという報告はない。
情報が揃うまで待つか、スタートダッシュを考えるか。
俺はそれなりのゲーマーだと自負している。とはいえネトゲで上位に食い込むほど人間を捨てられなかった。単にゲームが好きってレベルだ。
だったら情報が出てから選ぶのが賢い選択だろう。しかし、ゲーマーなのだ。もし仮想世界が実現しているのだったら、それを体験してみたいという好奇心もある。
3職の中で興味がないのは戦士だ。ネトゲでも戦士系のアタッカーはあまり使わない。
最も興味を持つのは魔術師だ。現実世界で魔法が使えたらと妄想するのは何も中2の頃だけではなかった。ただそう思う人も多そうだと考えてしまう。
レア職という響きに惹かれるのだ。
3職の中で選ばれそうにないのは斥候ではないかと。ゲームの中では盗賊だったり、レンジャーと呼ばれたり、上級になると暗殺者や忍者などが思い浮かぶ。
魔術師は火や水、風や土といった属性魔法や光、闇、回復魔法などそれぞれに特化していく事が考えられる。
他にも召喚魔法や陰陽術、錬金術何かも魔術師の範疇かも知れない。
どこまでも妄想の範囲でしかないが、派生が多そうなのは魔術師だろうか。
戦士は武器ごとに特化する可能性はあるな。刀を使えば侍とか?
魔法剣士みたいな複合職もあるかもしれない。
逆に職は初期のままスキルで派生ってパターンもありえるが……何にしても情報がない。あの警告文の後にジョブの選択があるということは、ダンジョンを攻略するにはジョブによる強化が必要なはずだが……。
「今日は木曜日、明日の仕事が終わるまでは情報収集にしようか」
その段階の情報で就くジョブを決めることにした。
翌日になっても地下鉄の閉鎖状況に変化はなかった。ダンジョンになった入口にも変化はなかったが、他の出入口が更なるダンジョンへの入口に変わる懸念があるため、様子を見るとの見解だ。
ダンジョン内部の調査により、人を襲う獣が多数存在する事が公表された。ただそれは既に動画配信者によって暴かれていたので情報でもない。
また日本でも夜のうちにダンジョンに侵入する輩はいたらしく、動画をアップする者が現れている。
中には剣道の有段者が木刀を使って獣を退治するものもあり、戦闘の様子が判明し始めていた。
警告文にあった不浄の獣は、CG合成の様に輪郭がぼやけて見え、時には向こう側が透ける時もある。そして一定以上のダメージを与えると、煙のようになって霧散するようだ。
その様子は相手が生物ではない感覚を強めてくれて、罪悪感を抱きにくくなっているようだ。




