病院で一夜を過ごし
仮眠をとりながらも獣が出る度に起こされて、ほぼ完徹という半覚醒状態の中、東からの光に少し意識が覚醒する。アラフォーで極度の肉体労働とも言える戦闘をこなしての完徹は心身ともに疲れ果てていた。
目の前にはまだ不浄の獣がいて、俺へと飛びかかろうとしている。半ば条件反射で刺股を構えて受け止めようとした時、目の前で獣の身体が消えていった。
今までにない現象に半分眠ったままの頭が何とか起き出してくる。
「き、消えた……?」
ゲートの外にいた残り3匹の獣も同時に消えたようだ。ゲートへと近づき左右の道路を見ても動く影は見当たらない。
「朝日とともに消えるとか、アンデッドなのか……?」
倒してるのも消えるだけだし、殺してはないのかもしれないな。などと考えながら、ようやく役目が終わったかなと思う。
ちなみに警備員のおじいさんは日付が変わる頃に力尽き、警備員室で眠っている。その後、病院にいた比較的若い最初に助けたおじさんが、獣の襲来を教えてくれる役を担ってくれていた。
「兄ちゃん、よく頑張ってくれたな」
「もう寝たいです」
「ベットを用意して貰うよ」
「いえ、帰ります」
ぽてぽてと駐輪場へと向かい、自転車を取り出して病院を出た。引き止める声もあった気がするが、早く帰りたいという本能に支配されていた。
目が覚めたのは正午過ぎだった。スマホがバイブする音で目覚めたようだ。画面を見て主任からの電話だと判明して慌てて出る。
『遅よう。よく眠れたみたいだな』
「す、すいません。昨晩は所要で眠れなくて……」
『昨日からの騒ぎで安否確認の電話だ。鈴木くんはずっと繋がらなかったから心配してたんだぞ』
「はい、すいません」
『ひとまず今日は会社も休みだから、メールを読んで返信だけしといてくれ』
「はい、はい」
『他の社員もみんな無事だから安心しろ』
「はい」
『ま、まだ起きてないみたいだからこれで終わるわ。週末の間に体調戻せよ』
「はい」
電話が切れた。着信履歴を見ると、昨日の夜から何度も主任から電話が掛かっていたのに気づく。今朝届いていたメールには今日の休みと今後の方針について記載されていた。
テレワークへの切り替えだとか、出社に際しての注意などが書かれている。この辺の対応はフットワークの軽い会社だと安心させてくれた。
詳しくは週明けに今後のスケジュールを決めていくという事で、ひとまずは内容を確認した旨を返信しておいた。
テレビをつけると昨日のダンジョンから不浄の獣が外へと出てきた件について、報道特番が組まれている。
地下鉄があるのは全国で8箇所、札幌、仙台、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、福岡。その駅は600を越えて、それぞれにダンジョンが発生している。
1つの駅に複数の出口が出現している事もあり、ダンジョンの出入口としては1000近くに上っているという。
それらを警察や自衛隊で管理するのは現実的ではなく、民間の警備会社にも応援を頼んで、ひとまずは全ての出入口に人員を配置する方向で調整が進んでいるらしい。
日本政府は物事を決めるのが遅いイメージだが、地震大国だけあって災害出動は対応が早いようだ。今回のダンジョンからの獣出現は災害扱いとなるのだろう。
出口さえ抑えておけば、地下一階の獣なら多少の格闘経験があれば対応できるだろう。俺でも倒せる程度だ。強さよりも生き物っぽい何かを倒すことへの忌避感が問題となるだろう。
俺みたいにVRゲームと割り切れる人ならおっさんでも倒せる。
ただ今回のダンジョンからの獣出現は、今後の発展を予想させるものでもある。今は地下1階の獣だが、今後は地下2階、3階とより強い獣が出てこないとも限らない。
ラノベ界隈ではスタンピードとか呼ばれる魔物の襲来イベントは定番だからな。それを連想する人も多いようだ。
そして不確定情報としているが、動画配信者が潜っていたダンジョンからは、獣が出てきていないのではないかという話があった。
地下鉄のある地域で、獣の被害が出ていない駅もあるらしい。そこはダンジョン動画を配信していた者の地元だとか。
俺の住む地域はどうだったんだろう。俺1人じゃ無理だろうけど、他にもいるなら被害は減ってるのかどうか……流石にニュースじゃ全ての駅の状況はやってない。
ネットで自治体のHPを見ても夜間外出への注意喚起メッセージはあるが、実際の被害状況は分からなかった。
そんな情報も含めて積極的にダンジョン攻略をしなければならないのでは、と訴えるコメンテーターがいた。
しかし、スタジオの雰囲気的には実際に怪我をしている人も多いので、専門家に任せるしかないという風潮のようだ。
ただ専門家と呼べるのは猟友会などになってくるが、熊の対応だけでも人手不足の状況。襲われる危険を犯してまでダンジョンに潜ろうという人が出てくるのかと結論の出そうにない議論が繰り返されていた。
「その場になれば動く人はいるだろうが、自分から進んでやろうってのはねぇ」
『えー、不浄の獣を倒す映像が流れます。苦手な方は見ないようにしてください』
アナウンス後、街灯の明かりの中、獣を倒すシーンが流れる。投網の様な物を投げ、絡めて動きが鈍った所を棒などで叩いている姿が流れた。暴力シーンに慣れていない人には非道に見えることだろう。
その中に刺股を持って獣を抑え込み、足の踵でゲシゲシと踏みつけている映像も流れた。見覚えのある風景に思わず吹き出してしまう。誰か撮影していたのか。顔は隠されているとはいえ中々酷い映像だ。
『この様に倒すだけなら1人、2人でも可能なようです』
『喧嘩慣れした人でしょうか。容赦なく踏み潰すとか、野蛮にもほどがあります』
『やはり専門家が必要でしょう。こんなの一般人には無理だ』
どうやら俺は逸般人になっていたようだ。
野蛮人のレッテルを貼られた俺としてはガッツリとした昼食でも食べますかね。牛丼を特盛とかっ。卵も付けちゃうよ。
実際、熊退治でも命懸けなのに日当一万とからしいし、ダンジョンに潜るという行為にどれだけの金銭が払えるのか。
ダンジョンで取れるもので換金できそうなのは鉱石類だろうけど、地下4階でようやく銀鉱石。こぶしほどの大きさで幾らになるのだろうか。
金に比べると1/80くらいなので、それで稼ぐというのも難しそうだ。ラノベみたいに魔石が未来のエネルギーとかで需要があれば日当になるかもしれないが、そもそも魔石自体もまだ発見されてないしな。
そんな事を考えていると、ポコンとスマホに通知が届いた。破滅アプリからだ。何々……暗号資産連携のお知らせ?
ダンジョン内で不浄の獣を撃破すると、それに応じた暗号資産が払われる事になったらしい。暗号資産を持ってない人にはオススメの口座開設案内も付随していた。
「これは……破滅アプリからの報酬って事か?」
破滅アプリの開発者は、ダンジョンにより世界が破滅するのを防ぎたいようだ。そのモチベーションが低く、ダンジョンから不浄の獣が溢れる状況になってしまった。
本来なら報酬なんか出さなくても、世界が破滅するならそれを阻止するために動くと思っていたのかもしれない。
しかし、人間は動かなかった。なので換金できる報酬を出すと。さてこれでどうなるのか。そもそも換金レートってどんなもんなのかね。
口座を開かなくても討伐数はカウントされるみたいだが、一応換金できるように手続きを済ませる。破滅アプリ自体で身分証明も済んでいる扱いらしいので、やるのは銀行口座との紐づけ程度だった。
暗号資産は時期によって日本円とのレートが変わるみたいだが、UBCという通貨自体が新規の暗号資産とは別物の様なので分からんな。
次に獣を狩るまでのお楽しみですかね。




