溢れ出た獣
緊急速報として不浄の獣がダンジョンから溢れ出し、人々を襲っている。戸締りをして家に閉じこもるように繰り返し呼びかけていた。
津波速報の時と同じ様に同じ事を言うだけで詳しい状況は分からない。病院のロビーには、不安そうにニュースを見たり、電話をかけている人の姿があった。
外では救急車のサイレンが近づいてきて、病院の裏口へと運び込む様子もある。そこに刺股を持った警備員が出てきて救急車の背後へと向かう姿が見えた。
白衣を着た医者っぽい人が駐車場のゲートを閉めていっている。警備員に何か叫び、警備員は道を見ながら後退。ゲートの向こうを刺股で叩きながら医者に叫び、医者がゲートを閉める。ゲートの柵の隙間から犬のような鼻先が幾つも飛び出してくるのが見えた。
「獣に追われていたのか」
救急車のサイレンに集まって来たのだろう。大きな音を立てると寄ってくるというのは、まとめサイトで見た。
ガシャンガシャンとゲートに体当たりしている様だが、それを突き破るほどではないらしい。ただもう救急車を出すことはできなくなっただろう。
「というか、帰れそうにないな」
病院の外には何匹もの獣が集まっている。ゲートを飛び越えて外へ出るのは自殺行為となりそうだ。それよりも獣が増えて、ゲートが保たなくなるといった危険もあった。
「できたら追い払って欲しいが……」
警備員は70歳くらいの定年後に警備員になった様な雰囲気のおじいさんだ。必死に刺股を振るったせいか、へたりこんでしまっている。
「警察に連絡は!」
「向こうも手一杯らしく……」
「病院を守るように言えよ!」
ロビーにいる人が受付に怒鳴っているのが見えた。不安なのだろうがもっと落ち着いて欲しいものだ。騒がしくなってきたので、俺はロビーを出て警備員の方へと向かった。
閉じられたゲートは、ガチャガチャと獣の体当たりで揺れている。ターゲットを追っているので諦める事はなさそうだ。
5匹はいるだろうか。街灯もそれほど多くないので道路の向こう側にどれだけいるかは見通せない。
犬とかなら吠え声なども混ざりそうだが、不浄の獣は吠えないから、ゲートに体当たりする音だけが響いている。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。興味本位で近づかない方がいいよ」
警備員のおじいさんへ声をかけると逆に注意された。俺を野次馬と思ったのだろう。ゲートへ体当たりする音が続いていると他の獣も寄ってきそうだな。
「追い払えませんか」
「叩いても逃げないね」
アクティブになった獣は倒されるまで怯むことなく襲ってくるからな。逆に敵視を溜めるとずっと攻撃してくるだろう。時間でリセットされる可能性はあるかもしれないが、集まってくる方が早そうだ。
「倒せますか?」
「いやぁ、無理だろう。ゲートの隙間から突く程度じゃ」
ずっと体当たりしてるので、それに合わせて突けば意外と倒せそうな気もするが、一般の動物と同じ感覚でいると多少の攻撃で倒せるとは思わないのかもしれない。
熊相手だと下手に手を出すと大怪我するもんな。
「その棒、借りていいです?」
「下手にちょっかいをかけたら凶暴になるかもしれん」
そう言って首を振られた。しかし、その時、一匹の獣がゲートを越えてきた。
「ひっ」
「借りますよっ」
頭を抑えて蹲ったおじいさんの横にあった刺股を拾い、入ってきた獣と向かい合う。刺股は先端がU字になっていて、暴漢の胴体を抑える時などに使う棒だ。強度は申し分ない。重量のバランスがいつもの鉄パイプと違うが、2、3度素振りすれば【棒術】スキルの方で調整してくれそうだ。
走ってくる獣に刺股を横薙ぎに振るう。それを見切ってジャンプした所を返す刀で弾き飛ばす。少し距離ができたので、ゲートを飛び越える奴が他にいないかを確認。まだ大丈夫そうだ。
体勢を立て直した獣が再度向かってきたので、俺からも間合いを詰めて戦闘状態へ。長柄の得物があるとやりやすい。余裕を持って敵の攻撃を避けつつ打撃を与えられる。数日ぶりの戦闘だが思っている様に動けた。
一匹を片付けた所でもう一匹入ってきたが、落ち着いて対処できた。そうやって入ってくる度に撃破を5度繰り返すと、ゲートの前の獣はいなくなっていた。
「お、お兄さん。強いねぇ」
「ちょっと棒術をやってましてね」
本当にちょっと、ネット動画でだが、嘘ではない。
「しばらくは大丈夫だと思いますけど……」
ロビーへは自動扉、ガラス張りなので獣の体当たりを防げるかは不明。ゲートを飛び越えて入ってくるとなると、駐車場で迎え討たないとまずいだろう。
一匹ずつ入ってくるのは地下一階の獣だからか?
ゲーム的に複数で襲うのは制限されているとか。
何にせよ、対処はしないと病院内に入る事態になりそうだった。
「助けてくれーっ」
敷地の外から男性の叫び声が聞こえた。俺はゲートに駆け寄り、周囲を見渡す。街灯の近くで動く影が見えた。30mほど先だ、俺はゲートを飛び越えてそちらに向かう。
尻もちをついた男性に獣がのしかかっていた。
走ってきた勢いのままに刺股で獣の胴体を跳ね飛ばす。
「病院の中へ」
「あ、ああ、助かった」
「早く」
男の声で周囲の獣が寄ってくる危険があった。俺は獣の方へと刺股を構え、尻もちをついている男に促す。ただ負傷が酷いのかすぐに動く気配はない。
周囲には近づいてくる獣の気配を【空間把握】が捉えている。
「警備員さん、この人を中へ」
病院の方へ叫んでみるが、こっちに来るまでに時間は掛かりそうだ。状況はまずいが俺は俺にできる事に集中する。まずは目の前の獣に対処する。
さっきの一撃からは既に立ち直り、姿勢を低くしてこちらに飛びかかろうとしていた。刺股を構えて迎え討つ。
刺股を棒術として使っていたが、元々捕物用に作られた武具は使ってみると面白い。飛びかかってきた獣の前足の下から胴へと向かってすくい上げ、U字の間で受け止める。胸部へ打撃を与えた後、手首をひねって力の向きを変えながら地面へと叩きつけて抑え込む。
無防備に晒された腹部へと蹴りを放てば後ろ足をばたつかせて抗おうとするが、上半身を抑え込まれているので満足に動けない。
動けない動物を一方的に蹴りつけるとか、人道に悖る行為だと蔑まれそうだが、相手は不浄の獣。ブレた様な輪郭は現実感に乏しく、血などが流出する事もない。
下手な罪悪感は反撃を生むと知っている俺は、過剰なほどに獣を痛めつけ、反撃を許さずに封殺する。
「お兄さん」
「その人を連れて早く逃げてください。他のが寄ってきてます」
「わ、わかった」
近づいてきた警備員のおじいさんへと指示を出しつつ、俺は少しでも獣の気を引くべく道路を叩いて音を出す。
救助作業中は無防備になるからな。俺がしっかりとターゲットを取ってやらないと危ない。どうやら足を捻るかしているらしく、尻もちをついていた男性を支えるように去っていく警備員を見やりながら、俺は新たに近づいてくる獣へと向き直る。
「ダンジョン探索が人の役に立ったと喜ぶべきかねぇ」
でもあと数人は戦える人が欲しいと思う。このままだと俺は休めなくなってしまう。それを考えると憂鬱になりそうなので、刺股を振るって己を奮い立たせる。
「よっしゃこーい」




