プロローグ
オフィスの中で複数の箇所からアラーム音が鳴り響く。おそらく個人のスマートフォンなどだ。
最初に思い浮かぶのは防災アプリの訓練だろう。次は本当の災害発生時か。隣国がミサイルを撃ったとかもありえるな。
そう思ってスマホの画面を見ると、思わぬメッセージが表示されていた。
『世界破滅のカウントダウンが始まりました』
なんぞこれ?
イタズラアプリか。しかし、スマホのセキュリティを破って勝手にインストールされてるとか悪質だぞ。しかも俺だけではなく、オフィス内のあらゆる場所からアラームが聞こえたので大規模な汚染だ。
スマホのキャリア会社の方がクラックされたのか。
ひとまず不用意に開けないようにしながらアプリの削除処理を行おうとする。
『このアプリは削除できません』
開発者側でロックされてるって事か。スマホの設定画面からアプリの管理画面を呼び出して、強制アンインストールを試みる……が、駄目だった。
動作停止の方も受け付けていない。
セキュリティソフトのウィルスチェックにも引っかからず、ファイルから探そうとしてもどこにインストールされているかが不明だ。
正直、打つ手がなくなった。ひとまず、被害を最小限で抑える意味で電源をOFFにしておく。まあローカルの端末というより、キャリアのサーバーがやられてそうだからあまり意味はないだろうけど。
放置して作業を再開しようとパソコンの画面を見ると、そこにも『世界壊滅のカウントダウンが始まりました』と表示されていた。
うちの会社のセキュリティも破られていたらしい。
自己増殖型の潜伏ウィルスがタイマーで起動したって感じかね。そこまで大きくもない我が社までターゲットにするというのは、身代金目当てのランサムウェアとかではないのだろう。
LANケーブルを抜いて物理的にネットワークから遮断して主任へと声を掛ける。
「何かのウィルスに汚染されたみたいなんですが……」
「そうみたいだな。セキュリティ会社に連絡してみる」
弱小企業であるうちで、セキュリティ専門の部署など持てないので、対応は外部への委託だ。主任は外線電話の短縮ダイヤルでセキュリティ会社へ電話を掛ける。
「話し中だな、繋がらん」
「ネットも破滅アプリでもちきりですね」
スマホの電源を落としてない社員はそれでネット検索をしたらしい。不用心と思うか、アプリを入れられた時点で手遅れと思うかは人それぞれか。
個人のSNSに次々に情報が流れ、続いてニュースサイトにも記事が上がっていく。
中にはアプリを起動した猛者というか、セキュリティ観念の低い人が中身を解説してくれていた。
スマホのスクリーンショット機能で撮影されたらしい画面も貼り付けられている。そこには警告文が記載されていた。
そこに掲載されていた文章もかなりとんでもない内容だ。
『悪魔の召喚により世界の破滅が開始されました。
世界中へとダンジョンが出現し、放置すればそこから不浄の獣が溢れ出します。
そのままの状態が続けば、人類は10年もせずに消滅するでしょう。
それを回避するにはダンジョンを攻略し、破滅の悪魔を見つけて討伐するしかありません。』
物語のプロローグとしてはシンプルでひねりもない。必要な事だけが書かれているといった印象。
ただただ現実感はなかった。
悪魔を召喚とかダンジョン、不浄の獣。ファンタジーにもほどがある。
次のページにはゲームのキャラクターステータスのような画面が貼り付けてあった。
『オレの個人情報がダダ漏れな件』
という記事主の言葉が書かれている。画像は黒塗りで隠されているが、キャラクターの名前にあたる部分が、記事主の個人名で記されていたらしい。
そこには筋力(STR)、敏捷(AGI)、器用(DEX)、知性(INT)、精神(MND)、生命(VIT)というゲームでよく見るような能力値が記されていた。
ただその数値は全て10で個性は見せていない。
他にはジョブ、職業の欄に『無職』とか記載されてて悲しい。これはリアルの職業ではなく、ゲーム的な役割としてのジョブだとは思うが。
その予測を裏付ける様に、次の解説では職業選択画面らしき画像がはられていた。
戦士、斥候、魔術師の3つが初期ジョブらしい。斥候は索敵や罠感知などを行うスカウトという意味だろう。
シンプル過ぎる割り振りは、スキルによって派生するのか上級ジョブがあるのか。ゲームライクなシステムなのは確かだ。
『オレ様は魔術師を選ぶぜ……マナ不足で発動できませんと来たもんだ』
何事も考えながら行動する俺には到底不可能な即断即決の記事主。そこに痺れて憧れる事はないが、情報収集という意味では助かる。
記事主によると魔術師を選ぶと、スキルとしてマジックアローというのを自動的に覚えたらしい。スマホの画面にスキル欄があり、そこで名前をタップすると簡単な説明が見られるようだ。
『魔力の塊を撃ち出し、相手にダメージを与える』
分かりやすい攻撃魔法だな。属性などはないらしい。呪文の様なものはなく、スキルを使おうとしながら技名を発声する事で発動するらしい。
これらはスキルを取得した際に何となく分かったとのこと。
破天荒な性格の割に記事主の説明は詳しくて助かる。PVで稼いでるっぽいライターなら破天荒キャラを演じてるってだけかもな。
実際、記事へのアクセス、評価するポイントはかなり増えているようだ。
そして実際に発動しよとしたら、『マナ不足で発動できません』といった説明が脳裏に浮かんだらしい。
これが嘘記事って線もあるが、説明自体は実際に体験した事っぽい書き方だ。
となると次はマナってなんだという話なんだが、記事主の解説はそこで終わっていた。
「どうなってんてすかね、これ」
スマホを見せてくれていた後輩が問いかけてくる。
「ラノベの世界に紛れ込んだって事じゃないか?」
「またまた、そんな。世界ハックしたアプリに便乗したアクセス稼ぎじゃないっすか?」
常識的に考えればそちらを認めたいところだが、どうにも作り話でスルーできる事象でもなさそうだ。似たような記事も次々に上がってきている。
ふと脳裏を過ぎるのはネトゲ、ネットワークを介して多くのプレイヤーで遊ぶゲームなら、サービス開始のタイミングで一気に攻略を進める、スタートダッシュが大事だなと。
俺は自分のスマホを取り出して電源を入れる。
セキュリティ云々よりも情報収集の出遅れの方が致命的になりうると判断した。
といっていきなりアプリを起動することはしない。
ネットに上がっている情報を集めるためだ。
ニュースサイトに接続すると、トップにきているニュースは、『ダンジョン発見か?』というものだった。
早速ページを開いて内容を確認する。
『東京都内の地下鉄各所の出入り口にて、本来の地下街ではない場所に入り込む現象が確認されており、入場制限が行われている』
というような内容だった。同時に警察による調査が進められており、地下鉄全線で運行を見合わせる状況との事だ。
そしてその様なニュースは、名古屋、大阪、福岡といった主要都市の地下鉄にも発生しているらしい。
警察や地下鉄は不用意な入場は止めるように呼びかけ、そうした入口を見つけたら報告するように呼びかけている。
「地下鉄が止まってるみたいだな。帰宅に支障が出る者は早退してくれ」
同じ様にニュースを見ていた主任がそう告げた。俺も地下鉄の利用者なので定時よりも2時間早く、帰宅の途につくことにした。




