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もっと登丸コースター300km  作者: 伊東翔
1/1

前編

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この物語はフィクションです。

実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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既に七週も過ぎてしまっていた。

あの無念のDNSから。

※DNS(Did Not Start):スタート前にリタイア



つい最近までリラ冷え対策に気を張っていたが、札幌もようやく内地の暖かさを運んできてくれたのか。

温い南風が道路脇にある、クロワッサンみたいなキャラが描かれたピンクのノボリを優しく揺らしている。

「ようやくヒートテックが脱げるかな?」

自身のロードバイクを会社の駐輪場所に停め、オフィスに入ってタイムカードを押すとすぐ、伊東(いとう) (しょう)は暖房をいつもより弱めに設定する。

今日はエアコン操作で睨まれガチな同僚も旅行で有休らしく自由に設定できる。

「しかし、なんだかんだ結局は集客多いってのは不思議なものだな」

先週に始まったばかりの万博のニュースを聞きながら書類を縛っていく。

ヒラリ

「おっと、 ッうっ」

1枚落ちた書類を取ろうと屈んだ瞬間に"あの時の痛み"がぶり返してきて、翔の記憶はあの夜に遡る。



❇︎❇︎❇︎

「もしもし?どーしたの?」

夜更けのまだ残雪残る肌寒いと言うには寒過ぎる4月半ば、翔は突然の母親からの電話に応対していた。

母親の声は震えていた。

「祥子…、心肺止まっていま、病院なの、、いよいよダメかも」

翔は受話器を握り潰しそうな程力を込めた。

「祥子…!!!」

スマホをソファに放り投げ、翔は玄関を飛び出した。


既に祥子の死は覚悟していた。それでも最後に一目会いたいという思いが、冷たい夜気を切り裂くように彼を走らせた。

大事な妹の祥子、愛情を注ぎ変な虫がつかないよう気を張っていたつもりだが、病までを打ち払えなかった自分の不甲斐なさがなんとも情けない。

彼女がまだ小さな頃はよく一緒に散歩したものだった。好奇心旺盛で見ていて危なっかしく一瞬も目を離せなかったが、そんな様子もまたとても愛おしいものであった。

目の前の角を曲がると病院、というところで出会い頭に誰かにぶつかって転がってしまう。

「(クッソ!急いでる時に!)」

チラッと見るとネオシノツ町ご当地ゆるキャラ『おパンちゃん』の着ぐるみだった。

「(はぁ?なんでこんな所のこんな時間におパンちゃんが??)」


疑問に思いつつもすぐに立ち上がる。転がっているおパンちゃんに少し申し訳なさを感じつつも再び駆け出し病院へ着くと、ソファに座っていた母親に声を掛ける。

翔「祥子は?!」

母親「奇跡的に息を吹き返して今は何故か全然元気!チュール10本くらい食べた後、満足して寝ちゃってるよ」

翔「(チュールは一日四本までだよ…)そっか、とりあえず良かったね」


帰宅後に安心して気が緩んだのか腰の痛みで頭痛までしてくる程ズキズキと響いてきた。

「あの時にぶつけたか、寝て治ればいいんだが」

ロキソニンをがぶ飲みして寝たが願い虚しく、翌日鏡の前には骨盤辺りの腰を赤く擦りむいて痛々しい姿をした翔の背中が写っていた。

「痛みも昨日より酷いし、こりゃアカンですわ。なんとか来週までに間に合わないかな」

来週には楽しみにしていた自転車レースイベント試走日、更に翌週にはまた別の自転車イベントのブルベが控えていた。

※ブルベ(仏語 Brevet) :ノーサポート・自己責任の長距離サイクリングイベントで、タイムや順位には拘らず制限時間内での完走を認定するもの。

❇︎❇︎❇︎



「結局どちらも参加出来なかったなぁ…」

DNSの連絡は入れたが、せっかく参加を受け入れてくれてた試走会の主催者やブルベのスタッフには申し訳なかったな。

久しぶりの自転車イベントの参加であり翔自身も楽しみにしていた分、彼の落胆は大きかった。

痛む腰を抑えつつ次のブルベ予定を確認する。

来週末には『もっと登丸コースター』という300kmブルベの予定だ。

どうにか腰を治して今度こそ参加・完走を、と心を燃やしていく伊東翔であった。

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