第6話 文句がある奴は、俺と決闘を仕掛けてこい……もちろん、俺だけでなくクロエに文句があるやつもな
「はあ……にしても憂鬱だなぁ……」
俺は教室に入る扉の前でため息をつく。
今日は学園の登校日。
そして、貴族から平民に落ちてから初めての学園でもある。
俺は深呼吸すると、教室の扉を開けた。
その途端、教室にいた生徒の目線が一斉にこちらに向く。
『――ヴェ、ヴェイン・クレセント……?!』
『――まさか、本当に処刑を回避したなんて……』
『――やはり、あの噂は本当だったのですか……!』
『――でも、あいつ……平民になったんだってよ』
『――マジで?! へえ……』
おい、聞こえてないつもりなのかもしれないが、全部ばっちり聞こえてるぞ?
やっぱり……こうなると思った。
元々、俺は悪い意味で学園内では評判だった。
何十人ものの取り巻きがおり、教師にもタメ口で、他の生徒にもぶっきら棒。
その上、あの悪徳侯爵――クレセント家の長男。
そんな俺が平民落ちしたらどうなるのか……そんなの簡単に想像できる。
「おい、ヴェイン〜! 処刑回避おめでと〜!」
突然、後ろから誰かに声をかけられた。
やっぱり、こうなるのか。
俺はため息をつきながら、振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべた黒髪の青年がいた。
彼はイルヤ・レントヘン。
レントヘン子爵家の長男にして、……俺の取り巻きだった男だ。
まあ、取り巻きと言っても勝手に金魚の糞みたいに付き纏ってきただけなんだがな。
そんな彼は、突然、馴れ馴れしく俺と肩を組んでくると――
「――そして、平民落ちおめでとう〜!」
わざとらしく、そう言った。
「どういたしまして、イルヤ」
「お、お前ッ……!」
俺の言葉に、イルヤは眉をひそめる。
俺がただ平民なのに対して、イルヤは子爵家の長男だ。
身分が下である俺にタメ口を使われたことに怒っているのだろう。
しかし、それはお門違いというもの。
この学園の校則で、学園内では身分は関係ないとされているのだ。
「お前はもう侯爵家の令息じゃねえ! ただの平民なんだぞ? どうやら、それがよくわかってねえみたいだなァ……」
イルヤはわなわなと手を震わせる。
そして、拳をギュッと握り――
「――ヴェインさん! ちょっと、酷くないですか? 私を置いていくなんて……!」
突如、勢いよく教室の扉が開かれると、そんな声と共に1人の少女が現れた。
教室にいた全員の目線が彼女に向くと、誰しもが口にした。
『聖女様だ』と。
「――すまん、クロエ……今日は早めに学校に行きたくて……」
「もう! じゃあ、明日からは一緒に登校しましょう? 約束ですからね?」
「あ、はい……」
「ところで、そこの男性は誰でしょうか? ……ヴェインさん、何かあったのですか?」
微笑みながら質問してくるクロエ。
しかし……その瞳にハイライトはなかった。
あ、イルヤの奴……死んだな。
イルヤは急いで握っていた拳を解き、額に汗を浮かばせると、必死の弁明を始めた。
「あ、あー……お、俺は友達が処刑回避したことを祝ってたんだよ! な? ヴェイン?」
「そうだな……それと、ついでに平民落ちしたことも祝ってくれたな! ありがとうな、イルヤ!」
「ッ?!」
イルヤの額からダラダラと汗が滴り落ちる。
聖女は世界に1人しか存在しない希少な存在だ。
その権力や発言力は、時に一国の王を上回るほど。
王国の子爵家の息子なんて聖女に比べれば、途轍もなく、ちっぽけな存在なのだ。
ちょっとクロエが糾弾すれば、お家取り潰しだって可能なのである。
「そうなんですね……へえ、イルヤさんはそんなことを……」
すると、スタスタとクロエはイルヤに近づいていく。
――と、思ったら、イルヤを通り越し、俺の元まで歩いてきた。
クロエは俺にニコリと微笑み――
「ヴェインさん! 行きましょ?」
俺の腕を抱き寄せて、周りにも聞こえるほどの声でそう言った。
ああそうか……クロエは、自分の持つ聖女という役職を使って、貴族たちから俺を守ろうとしてくれたのか……。
『――嘘だろ、あの聖女様が本当にあのクソ野郎と……』
『――ありえない、あんなクズと関係を持つなんて……! 聖女様は見る目がないのね……」
『――聖女様の目が節穴だったなんて……俺たちがどうにかして夢から醒ましてやらねえと』
すると、そんな声がいろんな場所から聞こえてきた。
どうしてか、俺が悪く言われた時よりも、クロエを悪く言われている今の方が不愉快だった。
「クロエ……大丈夫か?」
「なんのことです……? 私は大丈夫ですよ?」
クロエはきょとんとした表情でそう言った。
いや違う……全然大丈夫なんかじゃない。
その証拠に――
俺の腕から、クロエの速くなっている心拍数が伝わってきていた。
それだけでなく、彼女の頬からは少し汗が滲み出ている。
クロエは慣れないことをして、勇気を出して、必死になって……俺を守ろうとしてくれているのだ。
それは多分、今に始まったことじゃない。
王様に反論した時も、俺にシナリオなんて気にしないでいい、と言ってくれた時も……もしかしたら、それより前も。
ずっとずっと彼女は俺のために一途に頑張ってくれているのだ……!
「クロエ、ありがとう」
「え? な、なんのことですか――きゃっ!」
俺はクロエを優しく抱き寄せた。
そして、しっかりと周りを見渡すと――
「文句がある奴は、俺と決闘を仕掛けてこい……もちろん、俺だけでなくクロエに文句があるやつもな」
教室にいる全員へ、大声でそう言い放った。
俺がこれからクロエに報いるためにできる唯一のこと……それは、俺の持つ最強の力を使ってクロエを守って、恩返しをすること。
そして――彼女を幸福にすること。
そのためにも、クロエにこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかなかった。
「力に自信がないなら、腕の立つ家臣や仲間を代理人にしてくれたって構わない……全員、ぶっ潰してやるから」
俺は宣言するように、決意するようにして、そう言った。
『――ど、どうしてあんな奴がクロエと一緒に……!?』
ゲームの主人公――フェルトがその一部始終を見ていたことなんて知らずに。