第5話 例えば、四肢を拘束されて、食事も入浴も全部私に管理される生活とか
「それで、ヴェインさんはこれからどうするんですか?」
「へ? どうするって?」
その後、クロエはソファーに座ると小さく首を傾げてそう言ってきた。
「ほら、学園ですよ……だってヴェインさんはもう……」
そこで、クロエは言いづらそうに言葉を濁す。
ああ、そうか。
俺はクロエのおかげで処刑を避けることができた。
しかし――全てを失わずに済んだわけではない。
俺の両親は大量の悪事をしていたため、処刑された。そのため、今の俺は貴族の息子ではなく、ただの平民。
学園にはコネ作りや貴族として必要なことを学ぶために通っていたが……貴族の息子ではなくなった今、俺に学園へ通う理由はないのだs。
「そうだなぁ……でも、もう少し学園には通おうかな」
「それは……どうしてですか?」
「まあ……さっき言ってたシナリオとか、原作の話になってくるんだけど……少し主人公――フェルトについて悩みがあってな」
俺は顎に手を当てながら、そう言った。
「フェルトさんですか……?」
「うん……クロエの話だとフェルトもどうやら転生者なんだろ? ……それなら、フェルトの動向をもう少し見ておきたいと思って」
フェルトが転生者であるのならば……彼は本当に邪神を倒して世界を救ってくれるのだろうか。
邪神はフェルト――勇者にしか倒せない存在。
彼がその役割を放棄してしまったり、途中で負けてしまったりすれば大変なことになる。
「それに……俺自身、学園に行ってみたくはあるからな」
俺は『黎明の竜剣』のゲームが好きである。
そのため……『黎明の竜剣』に出てくるイベントや登場人物たちを実際に見てみたい、体験してみたいという願望があった。
すると、俺の言葉を聞いたクロエは明るい表情になった。
「そうだったのですね……! なら良かったです……!」
「逆にクロエは何かしたいことはあるのか……?」
「わ、私ですか……!?」
クロエはまさか自分が訊かれるとは思ってもいなかったのか、驚いた表情をする。
さっきから俺の意思ややりたいことについて訊いてくるから、逆にクロエは何をしたいのか、気になったのだ。
「私は……ヴェインさんと一緒に居られればそれで十分です……!」
「俺と……一緒に? それだけでいいのか?」
「はい! 大好きな人と一緒に居られることは……誰にとっても幸せでしょう?」
クロエはにこりと微笑みながら、そう告げる。
その仕草に俺はつい、ドキリとしてしまった。
そっか……クロエは俺のことを好きなんだっけ……。
「そ、そっか……でも、もうちょっとないのか? 何かして欲しいこととか」
クロエには情状酌量をしてもらったり、色々お世話になったわけだし……何か、恩返しがしたい。
「して欲しいこと……あっ……!」
「何か思いついたのか?」
「はい!」
クロエはにこりと微笑むと
「ヴェインさん、同棲しませんか?」
爆弾を投下してきた。
「ど、同棲?!」
「はい……好きな人とできる限り長く一緒に居たいと思うのは変でしょうか……?」
「い、いや……別に変ではないと思うけど……」
こんなにも可愛い美少女と……ど、どど同棲?!
俺の心臓が耐えられる気がしなかった。
それに――
「俺の部屋に住むって言ったってどうするんだ? 女子と男子が同じ部屋で暮らしているところなんて、見つかったらタダじゃ済まないぞ?!」
学園の校則で、深夜は部屋の移動を禁止されている。
その上、清廉潔白な聖女が俺のようなクズと同棲しているとバレれば……彼女は大変なことになる。
「それなら私に一つ、考えがあります」
クロエはそう言うと、手のひらに収まりそうな程に小さい箱を取り出した。
俺はその箱に見覚えがあった。
これってもしかして――
「ゲートの魔道具……?!」
「はい! これを使えば私たちの部屋を繋ぐことができます!」
ゲートの魔道具……それは言葉通り、二箇所の空間をつなげる魔道具だ。
これを使えば、どれだけ離れた場所であっても簡単に行き来することができる。
あれ……でも、この魔道具ってゲーム終盤にならないと手に入らないんじゃ……?
ま、まあいいか……!
「これを使えば、廊下を通らずに済むので、バレる心配は一切ありません!」
「っ……ど、同棲……」
俺の頭の中でその言葉が反響する。
できる限り、彼女のお願いには応えたいのだが……。
「ヴェインさんは……私のことがお嫌いですか?」
「まさか! 嫌いなわけがないだろ……」
「でも……好きでもないんですね」
「う、うーん……」
こんなに俺に尽くしてくれて、可愛い女の子に好意を抱かないわけがなかった。
しかし……この好意は本当に彼女が好きだからなのだろうか。
ただの感謝や下心のような気がしてならないのだ。
正直、クロエと過ごした時間が短すぎて判断できない。
クロエは俺と前に出会ったことがあるらしいが、俺はそれを覚えてないからな……。
「よくわからない……っていうのが、本心かな。ごめん、はっきりしなくって……」
「……いえ、正直に言ってくれて嬉しいですよ!」
もしかして、悲しませてしまったか……?
そう思ってクロエの顔を覗くと、彼女は決意するようなキリッとした表情をしていた。
絶対に諦めない……といった意思すらも感じる。
「それなら、なおのこと同棲させてください……! ちなみに、外堀はもうありませんからね?」
「へ?」
「あれ? 聞いてなかったんですか……? 国王様に斬首刑を取り下げてもらった時に、私が言った事――私がヴェインさんの監視役になるってこと」
「ッ――!?」
そ、そういえば……そんな条件があったなぁ……。
「この同棲は私のお願いであると同時に――国王様から任されたヴェインさんの監視の一環でもあると思うんです。つまり――」
クロエは俺の右手をぎゅっと両手で包み込む。
そして、俺の目を上目遣いで見つめながら「ふふっ」と微笑むと――
「ヴェインさんに拒否権はありません……! 断るということは何かやましいことがあるということ……もしかしたら、今度はさらに厳重な監視のもとで暮らすことになるかもしれませんね! ……例えば、四肢を拘束されて、食事も入浴も全部私に管理される生活とか」
「すぅぅぅ……」
もう、外堀は埋められていたのだ。
俺はすでにクロエに生殺与奪の権を握られている。
彼女が国王に何かを言えば……もしかしたら、命さえも奪うことができるかもしれない。
これは、クロエによる俺へのお願いなのだ。
「ぜ、是非とも同棲させてください……!」
「わかってくれたようで嬉しいです!」
クロエは微笑みながら、そう言った。
「……できることなら……こんな脅しみたいな形で承諾させたくはなかったのですけどね……仕方がありませんか」
「へ? な、何が仕方がないって?」
「いえ、なんでもありませんよ?」
結果として、今日は俺が疲れているであろうという理由から明日の夜から俺たちは同棲することになった。
「……それよりも、同棲するにあたって色々なことを決めませんか?」
「色々?」
「色々……?」
「はい! 一緒に暮らすんですから、家事の分担や寝る場所とかを決めなきゃでしょう?」
「確かにそうか……クロエは料理はできるのか?」
「勿論です!」
「なら、お願いしてもいいか……? 俺は料理がからっきしでさ……」
「わかりました! 私の料理はほっぺたが落ちるほど美味しいですよ?」
クロエは惚れてしまいそうな程の満点の笑顔でそう言った。
「あはは、それなら楽しみにしてるよ」
少し肌寒い季節のはずなのに……なんだか、心が暖かい。
俺はどうしてか、幸せを感じていた。
だからこそ、明日が学園であることを忘れていたのかもしれない。
今まで高位の貴族だった者が平民落ちしたらどうなるのか。
そんなの決まっている――仕返しのようにして、平民や下級貴族たちから虐められるのだ。