第4話 私はヴェインさんのストーカー……じゃなくて
――パキンッ
そんな音と共に、騎士の剣は真ん中から折れた。
「ど、どう……して……」
騎士は、いつの間にかに自身の剣が折られていたことに気づき、呆気に取られていた。
「――ヴェインさんの勝利です!」
「ま、負けた……?」
騎士は自分が負けたことすら、理解できない様子だった。
「どう……して? どうして、お前がそんなに強い……? 極悪人のはずじゃ……」
「一応、こっちも死なないために必死に努力してるんだわ」
たかが騎士だ。
破滅フラグを回避するために、修練を重ねたこの剣が負けてたまるか。
『――き、騎士様が……負けた……だとォォォォォ?????』
すると、背後からそんな声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには何十人ものの野次馬が驚愕で目を丸くしていた。
――や、やっちまったぁぁぁ!!!
大して強くもないはずのヴェインが、騎士をボコボコにしている姿を見られてしまったのだ……。
恐らく、この話はすぐに色々なところに広まり……いずれ、主人公の耳にも届くだろう。
そしたら、一体、どれだけシナリオに影響が出るか……!
俺は憂鬱な足取りでその場を後にするのであった。
――――――――――――――――
「はぁぁぁ……やっちゃった……」
俺はため息をつきながら、自室のベッドで横になる。
あんな大勢に見られたのだ。
斬首刑取り消しの件も相まって、明日は面倒なことになるんだろうな……。
「というか、全部の元凶――クロエじゃねえか……」
元凶であり……恩人であるため、責めることはできないが。
「――呼びましたか?」
「うぁぁぁぁぁ?!」
驚いて振り返ると、そこには銀髪の少女――クロエがいた。
え、待って、ここ俺の部屋だよ? それに鍵付きの。
俺は驚きと恐怖で少し後退る。
「な、ななななんでここに?!」
「……? どうして驚くんですか? 私は国王様公認のヴェインさんの監視役です、部屋に居てもおかしくないでしょう?」
「そ、そういうこと? ……そもそも、どうやってこの部屋に入ってきたんだよ!」
「ピッキングは乙女の嗜みじゃないですか」
そう言いながら2本の針金を取り出すクロエ。
怖い怖い、そんな乙女が居てたまるか……!
「ところで、何か思い悩んでいる様子でしたが、どうかしましたか?」
すると、クロエは俺を心配するようにそう言ってきた。
「まあ……ちょっと色々ね」
「色々ってなんですか……? よろしければ、私が相談に乗りましょうか?」
「いや……大丈夫だよ」
クロエにシナリオや原作の話をするわけにはいかないからな。
「そうですか……じゃあ、当ててみますね!」
「へ?」
「ズバリ、ヴェインさんは実力が明るみになることを嫌っていて、さっきの戦いを大勢に見られたのを気にしているんじゃないですか?」
「ッ――?!」
「その反応……当たってたみたいですね?」
クロエはニコリと笑ってみせた。
「……だ、大正解だ……どうしてわかったんだ?」
「そりゃあ、私はヴェインさんのストーカー……じゃなくて、ヴェインさんが大好きですから、なんとなくわかりますよ!」
今、なんか不穏な言葉が聞こえた気がするんだけど、気のせいだよな……?
気のせいだと信じさせてくれ……頼む!
「でも、私、わからないんです……どうして、そこまでしてヴェインさんが実力を隠そうとするのか……本当はあの剣聖にすら勝ってしまうほど強いのに」
「ッ……」
俺がウィルスに勝ったことすらも知っているのか……。
俺はため息をつくと、諦めて少し事情を話すことにした。
「少し事情があるんだよ……例えば、英雄譚の中で、やられ役が英雄よりも有名で強かったら? ……物語は成り立たないだろ?」
「……でも、ヴェインさんの人生は英雄譚ではないです」
「いいや、英雄譚だよ……俺はやられ役……俺が下手な行動をして、英雄がちゃんと悪者を倒せなかったら大変なことなってしまう……だから、目立ちたくない、実力を明らかにしたくない」
シナリオは絶対だ。
邪神を倒せるのは、この世界で主人公1人だけ――つまり、俺が下手な行動をしてシナリオを狂わせれば、世界が滅んでしまう。
「……ます」
「え?」
「違います! この世界は物語なんかじゃ、英雄譚なんかじゃありません……もしも、そうだとしても、そんな英雄譚、私がぶち壊しますっ!」
「は、はぁぁぁ? 話聞いてたか? シナリオが――英雄譚が狂えば英雄は悪者を倒せない。つまり……世界が滅ぶのと同じなんだよ」
「――でしたら、そんな世界、滅んでしまえばいい! これは……ヴェインの人生は英雄譚の一部ではなくて、ヴェインさんだけの物語です」
クロエは勢いよく俺の肩を掴むと、俺の目を見つめて言葉を続ける。
「英雄も主人公もこの世界にはいません! この世界がゲームの世界だとしても、あなたがそのシナリオ通りに動く必要なんてないんです」
「ッ――?! ど、どうしてそれを……?」
「よくフェルトが言っていましたからね……ゲームとか、ヒロインとか、主人公とか……違和感を覚えた私はその後、調査をして――この世界は、あなた達が前世でやっていたゲームの世界であるのだと知りました」
フェルトが……?
じゃ、じゃあ、あいつも転生者なのか?!
俺は驚愕を隠せなかった。
「ヴェインさん……この世界は現実です。悪役や主人公という役割も、与えられた義務も、しないといけない行動も……何もありません」
この世界は……現実。
その事実を俺は今まで、忘れていたような気がした。
「ヴェインの人生は、ヴェインさんが主人公です。好き勝手に生きていいんですよ?」
クロエは儚げに微笑んで、俺の手を温かい両手で包み込む。
次の瞬間、急に俺の体が軽くなったような感覚がした。
鎖がほどけて、枷は外れ、重りが無くなる。
ああ、そうか……俺は今まで、シナリオに囚われすぎていたのか。
すると、クロエは突然、やってしまったという感じの顔になる。
「――ご、ごめんなさい! ヴェインさんのことになると、つい熱くなってしまって……」
「いや……ありがとう、お陰様で大切なことに気づけたよ」
俺の心の中で『ヴェインの人生は英雄譚の一部ではなくて、ヴェインさんだけの物語です』というクロエの言葉が反響し続ける。
これは俺の人生、俺の物語。
好き勝手に生きていいのだ……。
俺はクロエの手を強く握り返した。
「あなたが幸せになれないシナリオなんて――不要です。私が、人生を賭けて、あなたが幸せになるシナリオに書き換えて見せます……!」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません!」