第3話 唯我独尊
「どういうことだ……? クロエ」
俺は自室にて、目の前の美少女にそう訊いた。
絹のような滑らかな銀髪に、宝石のように透き通った真紅の瞳……彼女は間違いなく、俺と敵対するはずのメインヒロインのクロエだ。
「な、何が目的なんだ?」
何度も言うが、彼女は俺と敵対するはずの存在なのだ。
そんな彼女が、極悪非道で有名な俺を助ける理由なんて一切ないはず。
「目的……ですか? ありませんよ、そんなの」
「へ?」
純粋な善意ってこと……?!
……余計に意味がわからない。
すると、クロエは恥ずかしそうに頬を赤らめながら「でも、」と付け足す。
「強いて言うなら、大好きな人を冤罪で死なせたくなかった……からですかね?」
「大好きな……人?」
俺はそこで頭がショートした。
大好き……? ダイスキ? ……いや、ダイスケの聞き間違いか?
「訳がわからないという顔をしていますね……もう一度言いますよ? 大好きな人であるあなたを冤罪なんかで死なせたくなかったんです……!」
すると、クロエの頬はさらに赤く染まっていく。
クロエは俺のことを好きなのか……?
俺はにわかには信じられなかった。
――だって、俺とクロエは、今まで話したことなんて無かったのだから。
「なあ、クロエ……俺たち話したことなんてないよな?」
「……いえ、ありますよ」
すると、クロエは切なそうな口調で話し始めた。
「ヴェインさんは覚えていないかもしれませんね……仕方ありません、あの時、私は顔を隠していましたから」
「……? そうなのか?」
「ええ」
クロエは相槌を打つと、優しく微笑した。
「でも、ヴェインさんが覚えていなくても――私はあなたのことが大好きです!」
クロエはそう言って、俺の手を握り、じっと見つめてくる。
その姿はゲームで見た時なんかよりも、断然美しく、彼女の端正な顔は、まるで女神のようだ。
見ているだけで惚れそうな程に、彼女は美しく、可愛くて――
……いやいやいや、おかしいだろ!
場の空気に飲まれてしまいそうになったが、クロエはメインヒロイン。
本来は主人公と結ばれるはずの運命にあるのだ。
もしも、その運命が狂えば――世界がとんでもないことになるに違いない。
「さあ、ヴェインさん……一緒に永遠の愛を育みましょうか?」
しかし、クロエはそう言いながら、俺にグイグイ近づいてくる。
え、永遠の愛……?!
「ま、待ってくれ……クロエにはフェルトがいるじゃないか!」
「どうしてそこでフェルトさんの名前が出るんですか? 私にとって、貴方以上に大切なことなんて一つもありませんよ?」
「い、いやだって……勇者と聖女は結ばれるのが普通というか……」
「ふふっ、そんなの誰が決めたんですか?」
笑っているはずなのに……クロエの目は全く笑ってなかった。
「勇者と聖女が結婚しなければならない、なんて決まりはどこにもありません。そんなの御伽噺や絵本が生み出した幻想に過ぎません」
「え、あっ、は、はい……」
そう言われては俺は何も言い返すことはできなかった。
いっそのこと、俺が転生者であることから説明し、ゲームのシナリオの話を持ち出せば説得できるか?
……いや、ダメだ。なんだかんだで言い負かされる気しかしない。
「では、ヴェインさん……私の告白を受けて――」
「――おいッ! ヴェイン・クレセントはいるかッ!」
その時、そんな怒鳴り声と共に、ドンドンと激しく扉が叩かれる。
だ、誰だ……?!
「ヴェイン・クレセントッ! 居るんだろッ? 扉を開けろ! この極悪人がッ!」
何度も何度も扉は叩かれる。
ご、極悪人?! 俺の冤罪はクロエによって晴れたはずだぞ?
「クロエ、一旦、隠れててくれないか?」
俺は小声でそう言うと、彼女は首を小さく縦に振った。
「どちら様ですか……?」
俺は恐る恐る扉を開けると、扉の向こうには全身を鎧で包んだ1人の騎士が居た。
騎士は俺を見るや否や、表情を憤怒に染める。
「ヴェイン・クレセント! 貴様、どんな小細工を使ったのだ! 」
「小細工?」
「そうだ! あの純粋無垢で正義そのものである聖女様が貴様のような極悪非道の者を庇うわけがない! 何か小細工を使ったのだろう?!」
「へ……? いやいや! なわけあるかよ! 俺は何もしてない! クロエが何故か俺を庇ってくれただけだ!」
「そんなわけないだろ! どうせ、貴様が変な魔法を使って聖女様を洗脳したのであろう?!」
「――呼びましたか?」
すると、部屋の奥からクロエが現れた。
へ?
「――せ、せせせ聖女様ぁぁぁ?! ど、どどどどうして貴様の部屋に聖女様がいるのだ?!」
「い、いや、これには色々事情があって――」
「――まさか! 貴様……聖女様を洗脳した上で自分のものにしようと……!」
違う違う違う!
官能小説の読みすぎじゃない?!
というか、クロエのやつ……どうして出てきちゃうんだよ……!
話が拗れるだろぉぉぉ!
すると、騎士はわなわなと怒りで手を震わせると――
「おのれ、卑劣なヴェイン・クレセントめぇ! ……貴様に決闘を申し込むッ!」
そう言って、手につけていた白い手袋をこちらに投げてきた。
俺は反射でそれをキャッチしてしまう。
あ、やべっ……。
「手袋を受け取ったな? では、早速今から闘技場にて決闘だッ!」
「え、いや、これは――」
「――私が勝ったら、聖女様を解放して貰おうッ!」
騎士は、何を言おうと聞いてくれそうにない雰囲気だった。
はあ……仕方がない。手を抜いて負けてあげるか。
負けたところで、俺はクロエを洗脳なんてしてないので問題は無い。
むしろ、クロエが俺から離れてくれるのでメリットしかないだろう。
――その時、俺の手は、クロエにぎゅっと握られた。
「――手加減、しないでくださいね?」
そして、クロエに小声でそう囁かれる。
恐る恐るクロエの顔を覗くと――聖女らしい満面な笑みを浮かべていた。
……いや、目が笑ってないんですけど。
手を抜いたら許さない……みたいな恐ろしい目をしてるんですけど?!
「は、はい……」
俺にはそうやって首を縦に振るしか選択肢はなかった。
――――――――――――――――――――
「では、一本勝負だ! 降参するか、戦闘不能になった方が負けだ! いいな、極悪人ッ!」
「へいへい……」
剣を構える騎士を伏し目に、俺も剣を構える。
クロエは俺たちが準備万端なのを確認すると、一枚のコインを投げた。
そのコインが地面に落ちた瞬間――決闘が始まった。
「死ねッ! 極悪人ッ!」
最初に動き出したのは騎士の方だった。
彼はすぐさま、こちらに駆けてくる。
そして、間合いに入った瞬間、俺の首めがけて剣を袈裟斬りで振り下ろす。
「遅いな」
筋は悪くない、力も申し分ない……けど、剣聖をも凌駕した俺には物足りな過ぎる。
俺は迫ってきた剣を簡単に受け止める。
そして、騎士の剣を弾き飛ばして勝とうとするが……
「いや……違うな」
そういえば、本気でやると、約束したんだったよな。
一応、恩人であるクロエとの約束だ。
ちゃんと果たさないと。
「支援魔法――〈疾風迅雷〉」
俺は速度強化の支援魔法である〈疾風迅雷〉を自分自身にかけた。
支援魔法は、俺――ヴェイン・クレセントが最も得意とする魔法だ。
『悪役なのに、支援魔法?』と思うかもしれないが、これには訳がある。
元々、支援魔法には自分には使えず、他人にしか使えないというルールがある。
しかし、俺はユニークスキル――〈唯我独尊〉によってその理を無視し、自分自身にも支援魔法を使えるのだ。
その上、支援魔法の効果が5倍になるというおまけ付き。
俺はその状態で、剣を構えると――風よりも速く、音よりも速く、剣を振った。
――パキンッ
次の瞬間、聞こえてきたのは騎士の剣が折れる音と――
『――き、騎士様が……負けた……だとォォォォォ?????』
そう言う野次馬たちの声だった。
え? 野次馬……?
み、見られた……?!